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AI技術者、SFを書く。竹田人造インタビュー

新作『AI法廷のハッカー弁護士』の発売を記念して、著者の竹田人造さんにインタビューを行いました。本職のデータサイエンティストがSF小説を書いた理由、AIが人の何を変えるか、魅力的なキャラクターの作り方、現実での裁判の面白さなど盛りだくさんの内容です。(聞き手&構成:担当編集)

竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』
イラスト shirakaba
装幀 野条友史(BALCOLONY.)
竹田人造(たけだ・じんぞう)
1990年、東京都生まれ。

■データサイエンティスト、作家になる

 ――竹田さんは2020年の第8回ハヤカワSFコンテストにて『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』で優秀賞を受賞してデビューされました。小説はいつから書かれていたんですか?

竹田 16歳、高校生くらいからですね。友達がたくさんいそうな空間には一切入らずに、独学でした。大学に入ったらSF研に行こうかと思ったんですけど、私、人がたくさんいるドアを開けるのが無理なんですよ。向こうに自分の知らない仲の良い人たちが詰まっている状態のドアが。結局、部室の前を三往復ぐらいして帰りました。

――竹田さんは現在のご職業がデータサイエンティストということですが、どのようなキャリアを積んでこられたのでしょうか。

竹田 小さい頃は「ロボット博士になる」と言っていました。アニメの《勇者シリーズ》が好きだったからです。勇者ロボってよく合体するんですが、大人になるにつれ、自分はロボットの身体的な部分と頭脳のどっちに興味があるんだ? と考えるようになった。後者、頭脳のほうだなと思って、AIの技術を勉強したくて情報系の大学にいったんです。物理や数学から情報系に進むタイプの人もいますけど。私は最初から情報系一筋でした。
 就職活動もエンジニア職を中心に受けたんですが、大学推薦の会社は落ちて、ひたすら面接でガンダムの話をした企業にだけ受かったんです(笑)。『機動戦士ガンダム』の最終回、ラストシューティングでシャアのジオングヘッドを撃ち落としたのは、アムロではなくガンダムのAIです! という話をずっとしていたら採用されました。

――ロボットアニメの見方で人生が決まった感じがしますね。

竹田 そうだったと思います。《勇者シリーズ》も「超AI」というざっくりした思考回路がよくテーマになりますし。一度転職していますが、ずっとそんな感じで情報系の仕事をしてきました。

――データサイエンティストというのは具体的にどんな仕事なんですか?

竹田 「これがデータサイエンティストです」というのは言いづらいですが、データを扱う仕事で、将来出そうとしている製品やゲームの売上予測をやっている人はけっこういます。あとはレコメンドシステムを作ったり。施策検討まで手を伸ばすタイプと、精度さえ出せばいいというデータ収拾タイプと、いろいろいるとは思います。私は後者をしつつ異常検知のシステムを作ったりしていることが多いです。

――データを集めてシステムを作っていく。

竹田 私にシステム屋としての能力があるかというとないと思うので、ひとまず私のことは「フワフワしているだけでお金をもらっている人間」だと思ってください。

――エンジニアはいろんな仕事をしているイメージがありますが、それぞれ専門が細分化されています。竹田さんのようにエンジニアが主人公の小説を書くときは、本職の範囲とは異なる知識も必要になりそうですよね。普段のお仕事はどのくらい小説の役に立っているのでしょうか。

竹田 多少は役に立っていると思います。また聞きした話が使えたりしますし。あとは業界の空気感みたいなところ。『10億ゲット』でいえば、技術展示会みたいな場所の人たちがどういうノリで来ているのかとか、スタッフに駆り出される若手が、だりーなと思いながら行く感じとか。そのあたりの微妙な空気感は役立てやすいです。AIまわりは仕事の知識を使いますが、他の技術については調べて書くことも多くて、ガチの人からは多少突っ込みどころがあったりするんでしょうけど。

――たしかに、作中のエンジニアの人間像がかなり生っぽいですよね。

竹田 めちゃくちゃマウントをとってくる人は現実にいますね。話を聞いていると、僕らは勉強しにきてるのか叱られにきているのかな?とわからなくなるような空気を醸してくる人。

――『10億ゲット』はそんなエンジニアたちの冒険小説でありつつ、現実の技術の少し先を描いたSFでもあります。ハヤカワSFコンテストへの応募動機を教えていただけますか。

竹田 「これはSFだ!」という気持ちは強かったですね。長篇を書いたからにはどこかに出したいなと思っていて、「ミステリ系の賞でもいいんじゃないか」と大森望さんに言われたりしましたが、いやこれはSFなんだと思っていた。具体的には、これまでSFで描かれてきたAIのイメージに対するアンチテーゼ的な要素を入れています。ベつに『アイ、ロボット』みたいなAI像もあって全然いいと思うのですが、エンジニアとしてのAIへの接し方を書いてみるのがSFに対する問いかけになると考えて、これが自分にとってのSFなんだぜという強い気持ちでSFコンテストに応募しました。

――デビュー作『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』「アドヴァーサリアル・パイパーズ あるいは最後の現金強盗」のタイトルで創元SF短編賞にも応募されていた作品で、SFコンテストのときは「電子の泥舟に金貨を積んで」というタイトルでした。改題はネット上でも大きな話題になりました。当時を振り返ってどうですか。

竹田 今思うと、いちばんしっくりくるタイトルに落ち着いた気がします。内容的にも合っていると思うんです。自分は最初から順番に書いていき、終盤のちょっとどろっとした空気が残ったままタイトルをつけたところがあった。全体としてはエンタメ性の強い小説なので、当時の担当さんにはそこに合ったタイトルを付けてもらえたと思います。

――竹田さんは最後の30ページからタイトルをつけたけど、初代担当は最初の30ページからタイトルをつけたような感じでしょうか。

竹田 そういうイメージだと思います。

――竹田さんのエンタメ性の強さをタイトルでも表そうとしている節がありますね。今回の『AI法廷のハッカー弁護士』もですが、どちらも良い意味でこれまでのハヤカワのSFらしからぬタイトルだと思います。

竹田 確かにそうですね。カッコよさよりもわかりやすさというか。

■諦めることを諦めてきた

――これから作家を目指す後輩のために、デビューのコツなどあれば教えてください。

竹田 むしろこっちが教えて欲しいくらいです(笑)。私も投稿歴が十年ぐらいあったので、何もアドバイスできないんですよね。数を撃ったらたまたま当たったぐらいで、なにもない。正直、私は諦めずに書き続けましょうということは言いたくないです。むしろ諦めたほうがいいと思います。さっさと諦められるなら諦めた方がいい。といっても体育会系のような、できないなら帰れ!というニュアンスじゃなくて、選択肢は増やした方がいいので。視野を狭く持たずに、思い詰めないで生きたらいいと思います。
 私の場合は諦めのラインをたくさん設定していて、最初は大学卒業時点で諦めようとか、大学院を卒業したら諦めようとか、知り合いが二十八歳でデビューしたから、その歳を過ぎたら諦めようとか。諦めようと思いながらラインをずるずる延ばしていた結果が今なので、全然人にオススメできないですね。いや本当、いろいろ見て回ったほうがいいと思います。
 たまに、突然「作家になるため会社を辞めました」と言って完全体になる人がいますが、やめたほうがいいです。デビューする以前の段階から仕事を辞めるのはマジでやめたほうがいい。私の知り合いはある日突然「ラッパーになる」と言って突然会社を辞めたんです。それで引っ越しまでしたんですが、三か月ぐらいで心が折れて帰ってきました。
 とにかくあまり狭く考えず、他にどうしてもやることがないのなら続ける、くらいでもいいと思います。デビューしないコツみたいになっていますが(笑)、そういう感じで書いていくのがいいですね。

――ちょうど受賞の直前くらいに、ゲンロンSF創作講座にも参加されてたんですよね。

竹田 そうですね。ああいう高い講座料を払って受講する空間のいちばんいい点は、同じく作家になりたい人と切磋琢磨できるところだと思います。何より小説を書くことを恥ずかしがらなくていい。私の場合、以前は知り合いに小説を書いている人たちもいたんですけど、私がずるずる諦めきれない間に、一人抜け二人抜け、残ったのは私だけになっていた。そうすると、もう諦めた人たちに向けて「まだ作家を目指してるんで書いたものを読んでくれないか」って言いにくいじゃないですか。見せられる人がいないんですよ。そういう状態でずっと書いていたので、客観的な評価をもらいやすい環境に行くというのは、まわりに創作友達がいない人こそ試してほしい。同じような環境の人も多いので、みんな優しいです。

――竹田さんに影響を与えた、お好きな小説作品や作家について教えてください。

竹田 デビュー前、知り合いの作家さんから「せっかくAI系の仕事をしているのだから、こういうSF小説を書いてみたら?」とオススメされたのが藤井太洋さんです。読んでみて、こういう方向もアリなんだ!と思ったのが私がSFを書くきっかけでした。『ハロー・ワールド』『ビッグデータ・コネクト』だったかな。影響は強いですね。
 比較的ライトめのSFで好きで読んでいたのは柴田勝家さんですね。『虐殺器官』っぽいものを読みたいなと思って、『クロニスタ 戦争人類学者』を手に取ったんです。ロマンを感じる設定でありつつ『虐殺器官』ぽい楽しみ方もできて、派手なアクションもあり楽しく読めました。粘菌SF『ヒト夜の永い夢』も大好きです。柴田さんの作風は広いですよね。柴田勝家という字面のインパクトにくらべて繊細な心理描写を書かれる作家さんで、そこが好きです。『ヒト夜の永い夢』はコワモテの南方熊楠が主人公ですし、強そうなおじさんが他にもいっぱい出てきますが、根本的にその内心に抱えた弱い部分のつながりが話のテーマになっている。人の弱さの書き方が上手いですよね。『ヒト夜』はBGMが平沢進っぽいというか。今敏さんの映画みたいで、それも良かったです。
 読んでいて「こういう作家になりたいな」と思うのは柞刈湯葉さんです。欲しいものをくれる感じ。『異常論文』「裏アカシック・レコード」なんかまさにそうですね。文字通り異常な論文でした。『ポストコロナのSF』「献身者たち」もがっつり医療SFで、『人間たちの話』も全作よかった。エンタメ性と外連味がある作家さんが好きなのかもしれません。
 ついでに漫画の話もしておきますと、ちょっと前のいわゆる“オタクの義務教育”的な作品はわりと通過しています。特に『ベルセルク』『トライガン』アニメ版の『ガングレイヴ』、『スティール・ボール・ラン』あたりにだいぶ青春を持っていかれました。そこに映画の『アイリッシュマン』『ノッキン・オン・ヘブンズドア』を足すと露骨に性癖が見えてくるかと思います。『ベルセルク』はもう生涯解けない呪いです。
 キャラクターのプライド描写はスポーツや格闘漫画の影響を受けていますね。『ピンポン』『グラップラー刃牙』『あしたのジョー』『ロックアップ』みたいな。

柴田勝家さん(作家)

■性格が悪いキャラクターが好き

――「エンタメ性」というのは竹田さんの作品にとってもキーワードな気がします。物語の型が脚本的というか、とてもしっかりしていますよね。映画がお好きなんですか?

竹田 エンタメ系では映画の『オーシャンズ11』をはじめ犯罪物はたくさん観ていますし、マーティン・スコセッシ監督作品も好きですね。イヤなやつが破滅していく話が大好きで。スコセッシ監督はあれだけキャリアが長いのに、ほぼ最新作に近い『アイリッシュ・マン』が一番好きです。めちゃくちゃ面白いのでぜひ。マフィアの終活みたいな映画で『カジノ』のリメイク的なところもありますが、『カジノ』より好きですね。

――キャラクターに底意地の悪さがある作品がお好きなんでしょうか。

竹田 そうかもしれません。デヴィッド・フィンチャー監督も好きです。語りがある映画が多いじゃないですか、『ファイト・クラブ』もずーっと一人でブツブツ言ってる感じですよね。社会から取り残されてさびしくなっているような人たち。

――今回の『AI法廷のハッカー弁護士』は帯に「電脳法廷ミステリ」とあるとおり、SF要素がある法廷ミステリという新作です。裁判ものをやってみようと思ったきっかけは何でしょう? 

竹田 ぶっちゃけると、『逆転裁判』が好きだったからなんです。あれって完全に、性格が悪い人向けのゲームじゃないですか(笑)。人の嘘や誤魔化しを小突き回して、ボコボコにしていく楽しいゲームです。こういうものを一度書いてみたいな、性格悪く人を追い詰める作品を書いてみたいなと思ったんです。
 さきほど私自身に対して影響が強かった作品をあげましたが、今作に影響を受けているのは『逆転裁判』とドラマの『リーガル・ハイ』、それと宮内悠介さんの『スペース金融道』ですね。作中に事務所の諸訓を入れたのも『スペース金融道』からの影響です。パワー系の上司とそこについていく部下の関係が『スペース金融道』の面白さのひとつですが、その型には勉強させてもらったところがあります。『AI法廷』は上司側が語り手なんですけど。

――ミステリでいえば、いわゆる「探偵と助手」ものの組み合わせですね。たしかに『AI法廷』は探偵側が語り手なのが珍しいかもしれません。ワトソンではなくホームズの一人称でお話が進むような。

竹田 自分でも「普通は逆だろ」と思いながら書いていて、これでいいのかなと思うところもありましたが、語りの面白さを優先しようと思ったんです。一人称としての面白さ。『ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密』という映画がありまして、マックを大きくしたビジネスマンの話なんですが、これがとにかくヒドいやつで、でもそこが面白い。そういう主人公から見た語りというのが好きです。あと、ニコラス・ケイジの『ロード・オブ・ウォー』は小説を書くたびに観返すんです。最初からキマりにキマっている武器商人の話。「銃を持っているのは十二人に一人の計算になるというが、私が目指すのは一人が一つ銃を持つ世界だ」とか、とんでもないことを言う。その語り口の振り切れ方が気持ちよかったので、そっちの方向を書いてみようとするなら、主人公の性格が悪い方がいいなと。

――性格が悪すぎると読者も感情移入しづらくなりますがけど、『AI法廷』ではその点はとても慎重にバランスを取っている印象がありました。主人公が裁判に勝つためにかなり自己犠牲的な精神でいたり、文明に対する美学を持っていたり。

竹田 これだけ一貫して性格がヤバいなら認めてもいいかな、と思ってもらうためのヘイト管理ですね。

■「ッターン!」ではないハッカー像を

―― 『AI法廷』作中でのハッキング描写は2022年現在の現実ともかなり地続きです。作中のテーマにハッキングを選んだ理由はありますか。

竹田 AIの裏をかく話って、自分の色をシンプルに出しやすいんですよね。他の人がまだ書いていないところを書けたりもしますし。

――竹田さんご自身にラッダイト思想があるわけではない?

竹田 そういうわけではないですね。すごいテクノロジーを作る話よりも、そのすごい技術の穴を見つけるほうがドラマを作りやすいと思っています。SFで、存在しない技術を作る話も書けるかもしれませんが、未知の専門用語が並んで、こういうふうな感じで超凄いシステムが出来たんだというのは、読者としてもそう書かれたら納得するしか無くなりそうで。どちらかといえば、それを崩したりズルするほうが話を動かしやすい。

――ハッカーもそうですが、やはり魅力的な悪人の描写が上手いですよね。

竹田 誰でも絶対、イヤなところはありますからね。書くときに気を付けているのは、登場人物に、物語的な主張を通すための藁人形を作りたくない。ヒドい目にあうためだけに設置された悪役とか、作家と異なる主張をして叩かれるためのキャラクターみたいな存在が往々にしてあるわけですが、自分としてはそういったことはしたくないなと気を付けています。

――作劇的な強制を感じさせないキャラ作り。

竹田 もちろん悪いやつは悪いんですけど、「どんなキャラクターでも長台詞を書けるようにしたい」というのが私の意識としてはあります。饒舌な性格かどうかは別として「自分はこういう人生だからこう思っている」と語れるキャラクターを作りたいと思っています。

――『10億ゲット』はキャラクター同士の関係性や、軽妙なやり取りも人気でした。『AI法廷』もさらに進化している気がしています。イラストが『裏世界ピクニック』shirakabaさんというのもあいまって、そのまま動き出しそう。

竹田 shirakabaさんはすごいですよね。イラストを描いていただくにあたって決めた設定もあります。錦野博士の眼鏡は気が付いたら増えていましたが(笑)、使ってそうな機械についても提案されて、逆になるほどと思ったりもしました。

――「ハッカーっぽい機械」みたいな漠然としたガジェットも、絵にする場合は決めないといけませんからね。そういうフィクションによくあるぼんやりしたハッカーらしさも、竹田さんが刷新したいイメージでしょうし。

竹田 「カタカタカタカタッ!ッターン!」的な何してるのかわからないハッキングとか、謎のGUIをピロピロしたら全部解決するような感じには絶対したくなかったんです。現実にありうる、研究されている延長のハッキング描写になるよう気を付けました。ファンタジーになりすぎないように。

――本作のキャラクターで推しはいますか。

竹田 メインの三人はけっこう気に入っていますし、三話から出てくるライバルも、二話のポストヒューマンも、けっこうみんな気に入っています。サブキャラでは、三話に出てくる北関東のヤンキーのプログラマの爺さんでしょうか。たぶんこの人、マウスに手を触れるのがダサいと思っているタイプのエンジニアですよ。できるだけキーボードの上で完結しないと気が済まないとか、こだわりまくるタイプ。

――『AI法廷』でまず読んでいただきたいのは、巻頭の登場人物紹介です。竹田さんに書いていただいたんですが、全員なんか一言多い。

竹田 いっぱい書きたかったんです(笑)。小川哲さんの『ゲームの王国』の登場人物紹介が楽しかった影響もありますね。ポル・ポトの紹介と一緒に「土と会話できる」「輪ゴムと会話できる」という人物が並んでいたりする。ああいう楽しさが好きでした。

――そういえばハヤカワSFコンテスト出身で、デビュー二作目の小説が単行本なのは『ゲームの王国』以来じゃないでしょうか。

竹田 比較対象が重い!

shirakabaさんによる錦野博士イラストラフ

■AIは何を変えるのか

――『AI法廷』におけるAI裁判官のように、今後AIが劇的に社会の仕組みを変えることはあると思いますか。

竹田 「社会を変えるか」「社会制度を変えるか」という二段階でお話しますと、前者の社会はもう、とっくに変えられていますね。私たちはもう、AIに洗脳されて生きていますよ。Twitterの表示順やGoogleの検索順、Amazonのおすすめ順、そういったAIに操作された情報を当たり前に摂取して生きている。情報って食べ物と一緒なので、摂取して自分を作って、それをもとに次の判断を下してしまう。Yahoo!のコメント欄は過激化しすぎて修正が入りしましたけど、控えめなコメントが上にくるようにAIで調整するのもある種の洗脳なわけですよね。そういう意味ではわれわれはすでに洗脳されているので、社会を変えてはいると思います。今後どうあがいても社会はAIによって変えられていくだろうし、いいか悪いかはともかく、もっと進んでいくだろうし、われわれはAIによって作られた情報生命体になっていくのだろうと思います。
 後者の「AIは社会制度を変えるか」でいくと、本作のAI裁判官みたいな、何らかの判断をする職業にはある程度使われる可能性があると思います。とはいえAIが法律を書くかといえば書かないでしょうし、行政がAIで変わるというのも、民主主義国家ではまだ先なのではないでしょうか。いちおう今回、裁判所のぺージも調べたんですが、作中でも出てくる事務総局の情報課は実在します。作中だとAI裁判官の管理をしていますが、実在の部署のホームページをみるとまだ「FAXをやめよう」というレベルです。がんばってメールとかに変えていきましょう、みたいな。お役所が苦手そうですし、日本で導入されるのは遠い先なんじゃないでしょうか。古いシステムで回せているから、逆にそれが足かせになっているところもあるんでしょうね。

――AIによる裁判支援は現実でも議論になっているようです。

竹田 過去の事例の参照のためのAIはあるでしょうね。裁判記録の文字列の一致度みたいなもので、人間には気付けない事例を探してきたり。法律って生き物のような部分もあるので、そのふわっとした部分を使いこなすにはAIって結構使えるんじゃないかなと思います。それこそ個人レベルでは、もう手の早い弁護士がバリバリ使いはじめているのでは。

――竹田さんは本作の取材のため、実際の裁判も取材されたと伺いました。

竹田 私が取材に行った時は刑事裁判は見れなかったんですけど、東京の地裁・高裁で民事裁判を見ました。けっこうショックを受けましたね。社会の大人のダメなところがしっかり出ている。わりとすっぽかす人がいるんですよ。もう二、三回出頭命令が出ているのに出てこないから「今回で終わりにしますか、それとももう一度チャンスをあげます?」みたいなことを裁判官が聞いて、来なかった相手方の弁護士が「うーん、もう一度だけ……」みたいな話をしている。小学校でずっと宿題を持ってこないやつに対する対応みたいな空気がありました。

――文字通りの欠席裁判ですね。

竹田 そうです。あと、人と人とのケンカがすごい。「大人ってこんなにガチで詰めるんだ……」みたいな詰め方をする、勉強になりました。裁判って、人の感情が争いという方向へ明確に発露する場所なんだなと。ケンカがとても理知的に行なわれている。

――法的に許された大人のケンカ。

竹田 まさにそんな感じです。タメ語でいくんですよ。弁護士が「だからさあ君はさあ!」みたいなテンションで詰めていく。それに対して相手方の弁護士がカットを入れたりするんですけど、止まらない。ガチのケンカが見られるのはすごいなと。こういう言い方もアレですが、傍聴しているぶんには非常にエンタメ性が強かったです。

――AIを筆頭に、シンギュラリティメタバースなど、SF的な用語が社会的にバズワード化することが多くなりました。実際にAIをテーマに作品を書かれる身として、こうした現実との距離感をどのようにお考えですか?

竹田 テクノロジーを楽しんでいる人と、お金を集めている人が分かれているのかなという気はしているんですが、注目を集めることも大事なので、両立していいんじゃないでしょうか。私個人でいえば、未来はこうなるということは語れないなと認識しています。『10億ゲット』を書いた後にも画像生成で新しいモデルが流行ったりして、私の発想にないところから新技術が出てきたりしたんですよ。そういう意味で私程度では未来は推し量れないという実感があります。SF作家として情けないような気もしますが。

――SF作家は未来のことを書いてもあっという間に追いつかれて、現実に肩を叩かれるというお話をよく聞きます。自分の書いたものが古びるかもしれない怖さはありますか。

竹田 読者の方には「いま楽しんでくれればいい」と思っているので、そこまでは。未来の読者から「この時代の人は技術をこうとらえていたんだ」と読まれるのも面白いのかなと思うんです。現実に近い話を書いているからこそ、その時代の人が考えた話として面白さが残るんじゃないでしょうか。

――竹田さんは作品もそうですが、根底に技術の進歩に対するポジティブさを感じますね。

竹田 世の中が進んでくれることに対する信頼はあります。私が全然想像がつかないような理論や技術が出てきている実感があって、未来への期待は感じますね。『10億ゲット』では、どんどん未来へ進んでいくけど俺はついていけない……みたいなことも書きましたが。

――『10億ゲット』でも『AI法廷』にしても、紹介文を書くとき「近未来」という言葉を入れていいか迷うくらい、ほぼ現在の話ですよね。少しSF的な技術がある以外は、ほぼこの現実世界。

竹田 うまくやれば実装できるんじゃないか? ぐらいのラインです。

――「近未来」と書くことで生まれる現実との距離感すら、竹田さんのSFはなくても楽しめる気がしています。

竹田 「現未来」くらいのものでしょうか。

――現未来、いいですね。「現実よりもリアルな未来」みたいな。
 ありがとうございました。最後に読者へのメッセージをお願いします。

竹田 『10億ゲット』を読まれた人へ。『AI法廷』は舞台は変わっていますが、性格の悪い奴らが性格の悪いことをやりあう話なので、キャラの絡みが好きだった人は楽しめると思います。今回は技術描写をやわらかめにしたので、前作が難しめだった方でも大丈夫のはず。それにSFミステリでも法廷ものってそんなになかったと思うので、新ジャンルを開拓するような気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
 あともし面白かったらどこかで褒めといていただけるとホント助かります。インターネットでは口コミが強いですし、私の心が助かるので……。

(5月19日/於・早川書房)

👇第1話「魔法使いの棲む法廷」試し読み

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