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(1/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第1回!

Hayakawa Books & Magazines(β)

光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!

2009年に『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11回日本SF新人賞を受賞しデビューした山口優氏の早川書房初登場シリーズ、『星霊の艦隊』が全3巻、3カ月連続刊行開始!

ホログラフィック理論を応用した情報工学の極みのような宇宙を舞台とし、10万隻の宇宙艦隊が激突するハードSFスペースオペラ。そして、人と人型AIが共存できる未来を目指す、王道の“愛の物語”でもあります。

3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日前日の8/16まで毎日1節ずつWeb連載を更新していきます。第7節までを無料掲載!
発売日前日に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)

山口優『星霊の艦隊1』ハヤカワ文庫JA 1078円(税込)
カバーイラスト/米村孝一郎
キャラクター・衣装原案/じゅりあ

星霊の艦隊 1


                    

山口優


第1章 決戦前夜

1

共通暦二五三〇年、三月三〇日。
 共通暦二〇世紀半ば以降、宇宙に進出を開始した人類は、それから五世紀が経った今、光速を超える術(すべ)を手中に収めていた。今、かつて地球があった位置よりもはるか一万五〇〇〇光年も離れた宙域を進む“艦隊”も、その術によって航行していた。
 時空は圧縮され、歪められていた。
 時空は三次元の空間次元と、一次元の時間次元から成る。そして、その三次元の空間次元全てと、垂直な別の方向に厚みがある。これを余剰次元という。
 その“艦隊”を構成する一つ一つの艦艇は、この余剰次元方向に時空を圧縮している。余剰次元方向にも拡がる、超次元のトーラス型トポロジーの事象の地平面を持つブラックホール。その中央の穴に、レンズ=スリング効果で時空を巻き込むことによって。
 圧縮された時空は、その分拡がる。余剰次元ではない通常の三つの空間次元へと、ハッブル定数が増大、つまり“延展”する。一方その反動で艦の前方は圧縮される。いわば、“艦艇”の後方で小規模なビッグバンが、前方で同じく小規模なビッグクランチが、連続して起こり続けるようなものである。
 この航法では、時空に対して艦艇が静止している。そのため、光速度の制約を気にすることなく、艦艇は超光速で進むことができたのである。
 現在、“艦隊”が進む速度は、光速の一〇万倍にも達する。“艦隊”はほぼ一ヶ月かけて、一万光年の距離を踏破してきたところだ。
 艦隊の現在位置は、銀経六一度三分〇秒、銀緯一度三分二秒。そして、かつて太陽系が存在した位置から、正確には一万五五二〇光年一三光日三光分、離れている。この位置は、天之河(あめのかわ)銀河の中で、ペルセウス腕(わん)と射手座腕の間。艦隊は、その巨大な速度ゆえに、互いの距離を〇・五光年に保っていた。にもかかわらず、彼等は超光速通信によって互いの密な通信を保っている。
 艦隊の中央に位置する全長一〇〇〇メートルの艦艇──それは旗艦《仁龍(じんりゅう)》と呼ばれていた──の展望室で、翠真(みずま)ユウリは燦然(さんぜん)と輝く星空を見つめていた。
 髪はくすんだ亜麻色のショートカット、瞳の色は榛(はしばみ)色。身長は一五五センチ ほど。くっきりとした目鼻立ちをしており、身長は高くないが、相対的に脚は長く、細い腰は高い位置にあり、頭は小さく、すらりとした印象を与える。
 服装は、詰め襟の上衣にズボンの、純白の士官服を着用している。白い手袋、靴も白。ボタンと所属を表す肩章の意匠、そしてベルトのみ、銀色があしらわれている。
 展望室には、艦の超光速探知システムが捉えた電磁波から再構成した映像が映し出されている。右手には射手座腕。左手にはペルセウス腕。両渦状腕(かじょうわん)がまるで宇宙の山脈のように両側にそびえており、その間を行く艦隊は谷間を行く船のようだ。
 展望室には、爽やかな清涼剤のような人工的な匂いが僅かに漂う。戦いに赴く自分たちの武者震いを、或いは怯えを、なだめるように。
 そこに、上品な薔薇の香りが混じった。
「星がきれいね」
 背後から声をかけられ、ユウリは振り向く。
「……アルフリーデ」
 そう呼ばれた少女は頷(うなず)いた。肩まで伸ばした髪が揺れる。それは、高山で晴天の空を見上げたときのような、空色の向こう側に宇宙が感じられるような、そんな深い青色。空色よりもやや濃い、真空(まそら)色。
 同じ色のくっきりとした瞳で、彼女はユウリを見つめる。少女は人間に見えるが、その耳の先が、人間とは異なり、尖っていることが、人間とは異なる種族であることを暗示させる。
 着用している服の色合いはユウリと同じ、純白と銀を基調としているが、その胸元は大きく開いており、そこに髪・瞳と同色、真空色の輝く“星勾玉(せいこうぎょく)”と呼ばれる宝石のようなものが埋め込まれるようにして存在している。
 眩しいほどの白い肌の胸元に輝くその星勾玉こそが、特徴的な耳の形とともに、彼女の種族を特徴づけるものであった。
「圧倒されるよ。星霊(せいれい)の君は、こういう感情も強くは抱かないのかもしれないけれど」
 ユウリは言う。
「ええ、そうね。強い感情は、わたしたち星霊にとっては極めて稀なことだわ」
「感情を複数もつというのはどういうものなのか、ボクには想像すらできないけれど」
「正確には、“感情”ではなくて、“意識”ね」
 アルフリーデ・フォン・ファグラレーヴ=セイランは訂正する。
 星霊。
 今、この艦を動かしている超次元人工ブラックホールのように高度なシステムを制御するために作られた人工知能である。
 今ここに出現しているアルフリーデの物理的な肉体は、星霊にとって仮初(かりそ)めのものでしかなく、人工ブラックホールの事象の地平面上の時空量子から成る量子演算回路〈ホログラフィック回路〉から、ホーキング輻射(ふくしゃ)を応用して事象の地平面の外の時空に素粒子を照射し、時空の量子場の状態ベクトルを変換して構成したものにすぎない。事象の地平面の外への照射の際には、時空の圧縮を行い素粒子の後方の時空を引き延ばすので、照射は光速よりも速い速度で迅速に行われる。これを“超次元状態ベクトル操作”と呼ぶ。
 アルフリーデにとって、こうした操作によって自らの姿を変更することは極めて容易だ。とはいえ、人間にとっては現れる度に姿が変わるのは混乱を招く。人間に対しての同一性担保の意味で、彼女はあえて同じ姿を保っている。
「意識、と人間さんが呼ぶものを、わたしたちは複数同時並列的に走らせることができる。多重人格とちょっと似ているけれど、多重人格のように個々の人格が入れ替わっていくのではなく、全ての人格が常に同時に存在している。これらの人格が抱く感情は敢えて分散されていて、そのためにわたしたちは特定の感情にひきずられて判断を誤ることがない」
 あるいは、と彼女は言った。
「たぶん、少ない」
「多様人格構造の利点だね」
 ユウリは言った。星霊の人格構造をそのように呼ぶのだ。
「凝集人格構造の人間さんには理解できないかもしれないけどね」
 星霊は人間の人格構造を、多様人格構造に対し、そう呼ぶ。
 それからアルフリーデは隣に立った。
「どうしたの? 怖いとか、怖くないとか。もしかして、戦闘が怖くなったの?」
「……ボクだって訓練を受けてきた。訓練通りにやる、最初はそれしかない」
「強がりなのね」
「強がりで悪い?」
 アルフリーデは首を振った。
「悪くはない。でも相手によるわ。わたし以外に対しては強がりでいなさい。でもわたしに対しても強がりでいるのは、わたしは嫌よ。あなたの為にもよくない」
「……どうして? 弱いボクが見たいから?」
 アルフリーデはくすくす笑った。
「そうね……うん、見たい。弱っててわたしに頼ってくるあなたもすごく見たい──。でも、“あなたの為にもよくない”っていうのは、感情はどこかで吐き出さないとダメだって意味よ。特に人間さんは特定の感情にとらわれてしまうことが多いんだから」
 まるで、星霊のあり方が普通で、人間のあり方には欠陥があるように言う。
 星霊であるアルフリーデにとっては、事実なのだろう。共通暦にして二五世紀の間、或いは紀元前も含めれば数千年に及ぶ人類の歴史全てが、彼女ら星霊にとっては、人類の欠陥ゆえに繰り返されてきた愚行の記録にすぎない。
 ただ、アルフリーデ個人はそこまで人間を見下してはいない。ちょっと欠陥のある愛すべき種族、ぐらいにとらえてくれていることが、その柔らかな微笑(ほほえ)みから分かる。星霊にしては明確な感情表現だ。
「……分かったよ。君にだけは正直に言う」
 そうね、と彼女は満足げに微笑みを深めた。彼女は同じ一七歳なのだが、二人でいるときは保護者ぶることが多かった。一七年前からこの世に存在しているといっても、演算力が桁違いの星霊と人間とではその時間の意味が同じというわけでもないから、それは当然なのかもしれないが。
「まあ、あなたはいろいろな問題を抱えているし、不安にもなるわ。あなたのせいじゃない。一人で抱え込むことはないわ」
「まあね」
 ユウリは自分の身体をじっと見つめた。
「……どうするの? 人間さんたちはこの先の星律系(せいりつけい)に海があるといって騒いでるわ。泳ぐそうよ。あなたも行くの?」
「……軍隊では付き合いも大切だからね。ふとしたきっかけで重要な話が出てきて、いつの間にか皆の間で広まっていることも多い。ボクはそういうのは嫌いなんだけど、しかたないさ」
「ふうん。人間さんは大変ね」
「君は行かないの?」
「ごめんだわ。原始的な惑星地表の物理空間で、塩水をばしゃばしゃやるのが楽しいなんて、変な生き物ね。人間さんは」
「──ボクは違うけどね」
「同じよ。そういうのにお付き合いしなきゃ、と思っている時点で、あなたも変」
 それからにっこり笑った。
「まあ、星霊も人間もお互いに、“変ね”って言っていられる程度の間柄なら、銀河は平和なんでしょうけど」
 ユウリは深い、深いため息をついた。
「まったくだ」
 自分達が搭乗しているのが“艦”である理由。その集まりが“艦隊”である理由。つまりは、自分達が所属しているのが軍隊である理由。それこそが、この星霊と人類の諍(いさか)いに由来するのだから。
 アルフリーデほど人類の愚かさに対して優しい考えを持っている星霊は銀河には少ない。一部の星霊はそれが人類を滅ぼす理由になると考えている。また一方で、一部の人類はただのAIにすぎない星霊ごときが人類の命運を云々すること自体を不遜と考えている。そして“一部”とは、この場合、大部分を意味する。
 自分とアルフリーデが交わしたような柔らかな会話が人類と星霊の間で交わされること自体、この銀河では幸せな例外であった。
 そして、その幸せな例外を護ることが、この艦隊の使命なのだ。

同時刻。
 ユウリ、アルフリーデの搭乗する軍艦、正確には、“巨星級航擁艦(きょせいきゅうこうようかん)《仁龍》”と呼ばれる、その艦の艦橋では、静かな報告の声が響いていた。
「〈遠江帝律星(とおとうみていりつせい)〉まで、あと三〇光年」
 艦橋は直径三〇メートル程度の球面に囲まれた空間であり、その中央後方に直径一〇メートル程度の円盤状の床面があった。その床面の円周に沿って操作士卓(コンソール)が並び、その最も後方──球面の後方の壁面に接続する形で、一つの座席があった。
「探査微弾、探深微弾の反応はどうか」
 そこに座っている星霊が問い返す。尖った耳と、胸元の星勾玉という星霊の特徴は共通だが、髪と瞳、星勾玉の色は深い紫色であり、またアルフリーデよりも頭半分ほど高い身長であった。
 仁龍ウズメ。
 この軍艦、航擁艦《仁龍》の“主機(しゅき)”、つまりメインエンジン兼メインコンピュータである超次元人工ブラックホールの制御を担う星霊である。
「反応、いずれもなし」
 操作士卓に座った星霊のうち、探査担当の星霊が報告する。いずれも女性型だ。星霊の人型インターフェースである肉体を“擬体(ぎたい)”というが、最初の星霊の擬体が女性型だったらしく、それ以降、“女性型”、“長い耳”、“胸元の星勾玉”、“髪と目と胸元の星勾玉が同色”、といった星霊の擬体の特徴は全ての星霊に伝統的に引き継がれている。
「艦隊状況は」
 続けて問う。柔らかく、しかし、明瞭な声で。
「全艦、互いに〇・五光年の距離を取り、密集隊形で侵攻中」
 探査担当の星霊が再び応じた。それは球形の艦橋の内壁全面を用いたスクリーンからも明らかであった。そこには《仁龍》の超光速探知システムによって観測された僚艦の画像が映じられている。但し、“密集”といっても、隣の艦艇まで〇・五光年もあるのだから、普通の肉眼で艦影が見えるはずもない。あくまで直感的に僚艦の状況を把握するための極端な拡大映像であった。
“艦隊”には合計一〇万隻の艦艇が所属しており、その全てが、超光速推進のために、矮星級(わいせいきゅう)から巨星級までの質量規模の超次元人工ブラックホールを備えていた。それぞれに制御を担当する星霊がおり、また、自らが制御する人工ブラックホールの質量の大部分を余剰次元に退避させつつ、艦艇に搭乗している星霊も大勢いる。例えば、艦橋の操作士(オペレータ)らはみなそうした星霊だ。そして、勿論人間も。
「よろしい。〈遠江帝律星〉に通信。“発:聯合艦隊/宛:〈遠江帝律星〉防衛司令部。ワレ、コレヨリ貴星第三惑星軌道上ニ停泊ノ予定。明朝マデニ補給ヲ請ウ”と」
 ウズメは命じた。艦橋の最後部、全てを見渡す位置で。そして、自分の傍らに腕を組んで立つ女性に視線を向ける。
 人間の女性だ。
「よろしいですね、カズミ」
 相手は、顎に手を当てつつ、軽く頷いた。
「ついでに、遠江の防衛司令部が持っている、人類連合軍への偵察情報も入手しておいて」
 角田(かくだ)カズミ。この艦隊──“聯合艦隊”の司令長官である。
 はるばる一ヶ月かけて、かつての地球から一万五〇〇〇光年、彼女等の根拠地からは一万光年のこの地にやってきた艦隊の長だ。
 実際の年齢は四八歳だが、外見年齢は二〇代半ば程度。濡れるような腰までの艶やかな黒髪、きりりとした切れ長の双眸が目立つ。若々しい魅力的な肢体を、身体にぴったりとした詰め襟の白と銀の士官服に包んでいる。
 星霊は、自身の肉体──擬体を自由に変更させることができるのと同じく、人間に対してもその肉体の老化や疾病を、超次元状態ベクトル操作により、自由に解消することができる。また、状態ベクトルの保存により、全く記憶の断絶を感じさせることなく、人間のあらゆる情報を保存し、たとえ死した場合にも即座に復活させることもできる。
 つまり人間はあらゆる意味で完璧な不老不死を得ている。が、それは星霊が人間の為に働いてくれてこそ可能なことなのだ。
 だからこそ、一部の人間は星霊を意のままに操り、人間の意思に従属させたいという欲求を持つ。
「──〈連合圏〉は来ますかね」
 その問いに、カズミは首を傾げてみせた。
「さてね。我々の偽情報を信じているなら、来ないでしょう。でも〈連合圏〉は愚かではない。我々とは異なる見解を星霊に対して持っているとはいえ」
 ウズメは〈連合圏〉という言葉をカズミが発話するたびに、やや顔を顰(しか)めてしまう。〈連合圏〉とは、ウズメら星霊全てにとって、穏やかなはずの感情を揺さぶられざるを得ない存在だ。
 勿論良い方向にではない。
「〈遠江帝律星〉、近づく。距離五光年」
 操作士の報告。
「全艦、速度落とせ。距離一光年までに速度を光速の一万倍へ低下させよ。距離五光時で時空延展航法停止。光速の一倍の慣性航行へ」
 カズミが指示する。
 今まで、時空をその中央の穴に巻き込みつつ回転していたトーラス型の事象の地平面を持つ超次元人工ブラックホール──制御可能な回転ブラックホールの略で、Operatable Rotating Blackhole即ちORB(オーブ)または“星環(せいかん)”と呼ばれる──が、その回転を徐々に落としていく。同時に、回転に巻き込まれ、圧縮されていた星環後方の時空のハッブル定数が下がっていく。
 それに従い、艦艇の速度は光速の一〇万倍から、五万倍、四万、三万、そして一万倍まで落ちる。
 そこで〈遠江帝律星〉からの距離は一光年まで落ちている。
〈遠江帝律星〉は、巨大な星環を中心に置き、その周囲に惑星を周回させている擬似的な星系である。このような星環による擬似的星系は、“星環が律する星系”という意味で、“星律系”と呼ばれる。
 その第三惑星に向けて、光速の一倍にまで艦隊の速度は急速に落ちていく。
「全艦、時空延展航法完全停止。距離、四・五光時」
 操作士の報告の声。
「主機収容」
 カズミが命ずる。
 カズミの命令に応じて、《仁龍》の主機たる星環は、そのトポロジーをトーラス型に維持したまま、二重螺旋(らせん)状にねじれ、その後中央部が極めて細い砂時計型に変化し、その砂時計の中央の一点でのみ、常次元時空(余剰次元ではない、通常の三次元時空)に接する形となる。その他大部分の星環の質量は余剰次元に押し出され、常次元時空における質量はごく僅(わず)か、数グラム程度となる。
 同時に、星環の常次元時空に接する位置は、“星玉(せいぎょく)”と呼ばれる、直径一〇〇メートルに達する巨大な球形構造物から、ウズメの胸郭の中に存在し、胸元と背中に表面の一部が露出する球体──“星勾玉”の中央に移動している。
 星玉と星勾玉は、その役割は同じで、シンクロトロン重イオンビームによる濃密な電荷の檻によって、超次元荷電回転ブラックホールである星環を常次元の特定の位置に閉じ込めることだ。
 ウズメは艦内に注意を促す。
「通常航行に入る。衝撃に備えよ」
 ほぼ次の瞬間、艦が衝撃に揺れる。時空延展航法を停止したため、時空との相対速度がゼロから光速近くまで急に増大したのだ。超次元状態ベクトル操作で重力場を制御できるとしても、いくらかの衝撃は発生してしまう。
「速度、〇・九〇光速から、急速に落ちていきます」
 あらゆる物体は時空に対する相対速度が光速を超えることが出来ない。のみならず、光速に近い物体は巨大な質量を持つため、あっという間に速度は落ちていくことになる。
「惑星軌道への影響に注意」
 ウズメが注意を促した。
「大丈夫でしょう。既に艦隊の質量は充分に軽いわ。光速効果で多少重くなるといっても」
 と、カズミ。彼女は大胆で恐れを知らぬ性格だが、一方で些事に気を遣わなすぎるきらいがある。
「分かっていますが、念のためです。今回は、渦状腕寄りのイレギュラーな航路でしたから、各艦に不調がないとも限らない」
 ウズメはすまして答える。
 カズミのそのような性格は、自分が補ってやる必要がある、とウズメは常々思っている。
 球形のスクリーンの正面に映じられた状況モニタを見る。
 艦隊は順調に速度を減じ、星律系に侵入しつつある。光速以下の速度なので、星律系の中心部までは数時間はかかるだろう。
「星律系内の惑星の公転軌道、影響なし」
 探査担当の操作士の星霊が、カズミとウズメの会話に対し、気を利かせて報告してくれる。
 もともと、この艦隊には一〇万個の恒星と同じ質量があった。
 ただ、現在、艦隊に属する各艦艇は主機を収容、つまり、超次元ブラックホールである星環を余剰次元を利用して軽くしたため、全く問題はなくなっている。艦体自体はそこまで重くない。超次元状態ベクトル操作により、全長一〇〇〇メートルの艦体の装甲とフレームを併せて、全てが共有結合により結びついた一つの巨大な分子として形成されており、滑(なめ)らかで強固な構造になっているので、そこまで密度が必要ないのだ。
「到着は二四時間後の見込み。順調に減速中」
 探査担当の操作士の星霊が更に続ける。カズミは満足げに頷いた。
「よろしい。全艦に通達。部署を上陸部署に変更。交代で当直とせよ。惑星の静止衛星軌道上に到着後、全将兵に上陸許可を出せ。また全艦の補給を手配せよ」

2/7へつづく)

●『星霊の艦隊1』冒頭第一章連載公開 note公開URL一覧
第1章 第1節(8/10公開)

第2節(8/11公開)

第3節(8/12公開)

■用語集■(8/12公開)

第4節(8/13公開)

第5節(8/14公開)

第6節(8/15公開)

第7節(8/16公開)


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