私は無許可でホワイトハウスにもぐりこんだ――『炎と怒り』著者マイケル・ウォルフが手の内を明かす
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本書を執筆した理由は、これ以上ないほど明白だ。2017年1月20日、ドナルド・トランプの大統領就任とともに、アメリカ合衆国の政界はウォーターゲート事件以来となる桁違いの大嵐のど真ん中に放り込まれた。就任の日が近づくなか、私は、同時代を生きる者の臨場感をもってこの物語を語り、さらに、トランプ政権の内情をその最も近くにいる人々の目を通して観察するために動きはじめた。
当初は、トランプ政権の最初の100日間について記録しようと考えていた。伝統的に、就任後100日間が大統領を評価する重要な指標とされてきたからだ。しかし、200日以上ものあいだ、息つく間もなくさまざまな出来事が続いた。ようやくトランプ政権第1章の幕が下りたのは、7月の終わりに退役海兵隊大将のジョン・ケリーが首席補佐官に任命され、その3週間後に首席戦略官のスティーヴ・K・バノンが退任したときだった。
本書は、1年半という期間における、大統領との会話、政権の幹部との会話(そのうち何人かとは何十回となく話した)、そして、彼らが話した別の誰かとの会話をもとにしている。最初のインタビューは2016年5月の終わりにビバリーヒルズのトランプの自宅で行なわれた。その頃の私はまだ、トランプ政権が誕生するなど、ましてやそれに関する本を書くことになるなど想像もしていなかった。当時、共和党の大統領指名候補だったその男は、1パイントカップのハーゲンダッツのバニラをかきこみながら、さまざまな事柄について嬉々として、だが何の脈絡もなくだらだらと持論を述べた。そのあいだ、側近のホープ・ヒックス、コーリー・ルワンドウスキ、ジャレッド・クシュナーはせわしなく部屋を出入りしていた。彼ら、つまりトランプ陣営のメンバーはクリーヴランドで共和党全国大会が開催されている最中も話し合いを続けていた。そのときになってもまだ、トランプを候補に大統領選を戦うことが具体的にイメージできていなかったのだ。そこでトランプ・タワーに登場したのが、弁の立つスティーヴ・バノンである。選挙前には「愉快な変人」でしかなかったこの男は、選挙後には「奇跡の仕事人」とみなされるようになる。
1月20日の就任式の直後から、大統領執務室(オーヴァルオフィス)があるホワイトハウス西棟(ウエストウイング)のカウチがなかば私の指定席になった。以来、私は200回を超えるインタビューを重ねてきた。
トランプ政権はメディアを敵視するのを事実上の政策としているものの、じつはここ最近の政権のなかではとくにメディアに対してオープンだ。当初、私は壁のハエのような状態を保つため、ホワイトハウスに出入りする公式な許可をとるつもりだった。大統領自身もそうすることを求めていた。しかし、トランプ政権では発足初日から激しい権限争いが勃発し、誰一人許可など与えてくれそうな人はいなかった。だが、「出て行け」と言う者もいなかった。そのため私は、招待客というよりは侵入者──まさに"ハエ"そのもの──の立場で取材を重ねることになったのである。おかげで、ルールを課されることもなければ、何を書く何を書かないという約束すらしなくてすんだ。
本書で紹介する政権内部での出来事に関する発言のなかには、互いに矛盾するものもある。いかにもトランプらしく、まったく不正確なものも多い。ただ、こういった矛盾や、真実(事実とまではいわないが)の曖昧さは、本書を構成する重要な要素の一部といえる。登場人物にそれぞれの見解を語らせ、読者の皆さんに判断を委ねた箇所もある。その一方で、多くの人の見解が一致しているとか、信頼できる人物からの情報であるといった理由から、真実と思われる情報のみに絞って記載した箇所もある。
情報源の一部は、いわゆる"ディープ・バックグラウンド"で話をしてくれた。これは最近の政治関連の本ではお決まりの手法で、匿名の証言者からの情報として、詳細をぼかして描写するというやり方である。"オフレコ"のインタビューにも頼った。こちらは、匿名を条件に発言を引用させてもらうパターンだ。刊行されるまでは内容を公にしないことを条件にインタビューに答えてくれたり、"オンレコ"で率直に話してくれたりした人々もいる。
なお、トランプ政権の取材には、ジャーナリズムの観点からすると特有の難しさがいくつもあった。それらをここで挙げておきたい。いずれも原因は、政権内に"正式な手続き"と呼べるものが存在しなかったり、責任者が経験不足だったりすることにあるといえよう。たとえば、「オフレコやディープ・バックグラウンドで取材した内容が、のちにあっさり公開されてしまう」「極秘情報を提供してくれた情報源が、秘密を明かしたことでほっとしたのか、その内容をあちこちでしゃべってしまう」「会話内容の用途に条件をつけることに無頓着である」「情報源の見解があまりにも広く世間に知れわたっていて、匿名にしたところで失笑を買うだけ」「ディープ・バックグラウンドのはずの会話が、ソ連時代の地下出版物(サミズダート)のように、あるいは驚愕の噂話として瞬く間に広まってしまう」といったものだ。そして、この物語のあちらこちらにちりばめられた大統領本人の言葉の数々。トランプ大統領は、公の場でもプライベートでも、野放し状態で絶え間なく発言を続け、それらが日々あっという間に──ときには大統領がつぶやくのとほぼ同時に──拡散されていくのである。
どのような理由であれ、私が接触した人はほぼ全員が(ホワイトハウスの幹部も、それを熱心に観察している人々も)長い時間と莫大な労力を費やして、このあまりにも特異な政権の真実に光を当てる手助けをしてくれた。私が目撃し、そして本書で描いたのは、それぞれのかたちで「ドナルド・トランプの下で働くこと」になんとか意味を見いだそうと奮闘してきた人たちの姿でもある。
彼らに心から感謝している。
(『炎と怒り』より「はじめに」を抜粋)
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マイケル・ウォルフ『炎と怒り――トランプ政権の内幕』(関根光宏・藤田美菜子・他訳、本体1,800円+税)は、早川書房より2月23日(金)に発売予定です。