138億年宇宙の旅_下

ブラックホール、ダークマター、多宇宙 の謎もクリアにわかる!『138億年宇宙の旅』訳者あとがき


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ハヤカワ文庫『138億年宇宙の旅』上(クリストフ・ガルファール/塩原通緒 訳)は、好評発売中です。〔訳者あとがき=下巻に所収〕

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理系に苦手意識のある人だって、映像がまざまざと見えてくるようなストーリー展開に思わず、引きこまれて読めてしまう!「先端宇宙論」入門。本書の魅力を訳者が語ります。

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訳者あとがき            塩原通緒


先日、2017年ノーベル賞各部門の受賞者が発表され、今年のノーベル物理学賞は3名のアメリカ人物理学者に贈られることとなった。受賞理由は、重力波観測への多大なる貢献。

かのアインシュタインが約100年前に存在を予言した重力波をついに直接検出して、この栄誉とあいなったのである。物理学、天文学、宇宙論、その他さまざまな関連科学分野の研究に従事する世界中の人たちが、昨年の検出の発表と今回の受賞に大いに沸き立ったことだろう。

重力波は、20世紀物理学の燦然たる偉業である一般相対性理論の正しさを裏づけるとともに、いままで観測できなかった宇宙の彼方をのぞきこむための窓となってもくれるのだ。いまだ明らかになっていない宇宙の実像が、これでますます解明に近づくと期待されるのである。

といったようなことをニュースの解説記事などでよく見かけるが、何やらすごそうだけれど何がすごいのか今ひとつわからない、宇宙のことをよくわかるように教えてほしい、と思っている人も多いはず。

あるいは、そういった時事的な話とは無関係に、空気のきれいなところで眺めた満天の星の美しさに感嘆したり、スリリングなSF映画に魅惑されたりして、この宇宙をもっと知りたいと好奇心でいっぱいになっている人や、日常から遠く離れた広大な宇宙の原理を知って日々の雑事にも超然と構えたいという人も、世の中にはたくさんいるだろう。

どちらにしても、そうした専門外の人たちのために、現代物理学の基本的な知識と最新の宇宙論をわかりやすく解説してくれる格好の一冊が、折りよくここに登場した。

本書のタイトルに入っている「138億年」は、われわれの宇宙のおおよその年齢だ。本書は読者のひとりひとりに、その138億年の歴史を持つ宇宙を旅してもらいながら、この宇宙について現時点で科学的にわかっていることを無理なく理解してもらえるようになっている。

とはいえ、そのような入門書は、昨今ではたくさんある。ハンディな新書もあれば、写真の豊富なムックもあるし、本書のような500ぺージ前後の分厚い単行本〔編集部注:今回、文庫化にあたって上・下二分冊としました〕もある。どれを選ぶかはお好みしだいだが、それら多種多様な選択肢の中で、本書にはどのような特色があるのだろう。
 
まず、まえがきで「約束」されているように、本書に方程式はたった一つしか出てこない。

アインシュタインの有名な方程式、E = mc² 、 これだけだ。

もしあなたが数式アレルギーなら、それはたしかにありがたいことだろう。しかし昨今、それを謳い文句にしている本もまた、さほど珍しくない。

むしろ本書の特色として、もう一点ぜひ付け加えておきたいのは、本書には図版がたった一つしか出てこない、ということだ。その唯一の視覚的情報はアインシュタインのとある有名な顔写真、これだけである。

これ以外には、写真もない。イラストもない。グラフもない。よって、この抽象的な138億年の宇宙の旅のあいだに頼りとすべきは、読者である「あなた」の想像力、これしかないのだ。しかし、想像力さえ働かせてもらえれば、この本の文章は平易だし、ユーモアもあり、飽きさせない、と思う。

さすが「読者を誰ひとり振り落とさない」ことをめざして書かれただけはある。そんな、ある意味では大胆な入門書を書いた人のプロフィールを、ひとまず先に紹介しておこうか。

なるほどね、と納得する人も多いかもしれない。著者のクリストフ・ガルファールは、最もわかりやすく言えば、スティーヴン・ホーキングのお弟子さんである。現代の最も著名な理論物理学者のひとりであるホーキングの指導のもと、ケンブリッジ大学でブラックホールの情報パラドックスなどのテーマを研究し、理論物理学の博士号を取得した。サイエンスライターとしても名高いホーキングが娘さんのルーシーとの共著で出版した児童書『宇宙への秘密の鍵』にも、科学面での構成と執筆で参加している。

そして現在は、一般の人々に科学知識の基礎と最新情報を広く伝えることを目的として、執筆や講演を中心に活動しているという。昨年には、『世の中ががらりと変わって見える物理の本』や『すごい物理学講義』などの著作で知られるイタリアの物理学者、カルロ・ロヴェッリといっしょに公開講義も行なった。近年この二人は、物理学の最新理論にとどまらない、科学そのものについての新たなる優れた解説者として並んで取り上げられることも多いようだ。講義はさぞや盛況だったことだろう。

ガルファールはこれまでに母語のフランス語で三冊の科学児童書を出版しているが、一般向けに著した本としてはこれが第一作となる。それでもすでに、本書は世界21の国と地域で翻訳出版され、フランスでは2015年のベストサイエンスブック・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

ガルファールが軽快な調子でいざなう本書の旅は、138億年前からの宇宙の歴史を順々に説明されていくという比喩的な「旅」ではない。読者であるあなたは文字どおり、宇宙空間に放り出されてしまうのだ。

この冒険旅行はちょっとしたストーリー仕立てになっていて、宇宙論のウの字も知らず、ビーチリゾートでバカンスを楽しんでいただけのあなたが、のんびり夜空の星を眺めているうちにいつのまにか地球の外に飛ばされて未来の太陽の終焉を目撃するという、衝撃的なシーンから話が始まる。

その後、あなたは現在と過去と未来を、日常の世界と非日常の世界を行き来しながら、宇宙の果てへ、原子の内部へと旅をする。そうして行く先々で不思議な現象に翻弄されるうち、しだいに一般相対性理論や場の量子論などを直感的に捉えられるようになっていく。

このような物語風の入門書といえば、往年の物理学ファンにとってまず思い出すのはジョージ・ガモフの『トムキンス』シリーズだ。しかし本書での主人公は、あなたが読む物語の登場人物ではなく、ほかならぬ「あなた」自身となっている。その臨場感たるや。

この物語では一場面ごとにあなたが自分の頭で考えて、自分の足で進んでいかなければならない。したがって、旅路は読者ひとりひとりにとって違うものとなるだろう。幸い、この本にはあらかじめイメージを固定してしまうような図解がない。

だから現実の旅でするように、この思考の旅でも、読み進めながら絵日記をつけてみることをお勧めしたい。新しいものに出会ったら、想像でイラストを描いてみる。時間をさかのぼったら、変化があるごとに年表にしてみる。できあがった日記を最後に振り返ってみれば、それはあなただけの旅の証しだ。

本書の翻訳にあたっては、2015年刊行のハードカバー初版をもとに全訳したうえで、2016年刊行のペーパーバック版での加筆修正をできるかぎり反映させた。原著で追加修正されたのは、おもに重力波に関する箇所である。

ガルファールは現在、新しい本を執筆中だという。本書は現時点でほとんど確立している理論の解説が主軸だったから、今度は量子重力理論をわかりやすく語ってくれたらありがたい。

2017年10月

   〔編集部注:この文章は本書の単行本版のために書かれたものです〕

■訳者紹介■  塩原通緒(しおばら・みちお)
翻訳家。立教大学文学部英米文学科卒。訳書にホーキング『ホーキング、ブラックホールを語る』、リーバーマン『人体600万年史』、ボール『流れ』(以上、早川書房刊)、ピンカー『暴力の人類史』(共訳)、クラウス『偉大なる宇宙の物語』、ランドール『ダークマターと恐竜絶滅』(共訳)ほか多数。なお、早川書房より『物語創世』(共訳)を6月下旬刊行予定。

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ハヤカワ文庫『138億年宇宙の旅』上(クリストフ・ガルファール/塩原通緒 訳)は、好評発売中です。
              
◆下巻目次◆
第5部 時空の起源
第6部 予期せぬ謎
第7部 わかっていることの一歩先へ
エピローグ
謝 辞
訳者あとがき
解説/村山 斉
参考資料

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◆上巻目次◆
第1部 コスモス
第2部 宇宙の筋道
第3部 高速の世界
第4部 量子の世界に飛び込む


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