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祝・生誕100周年! カート・ヴォネガット『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』大森望氏・訳者あとがき

今年はカート・ヴォネガット生誕100周年イヤー! カート・ヴォネガットによる幻の作品、『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』がこのたび発売となりました。
臨死体験を経たヴォネガットは、なんと死者たちと話ができるように! シェイクスピアやヒトラー、ニュートン、アシモフ、キルゴア・トラウトなどなど、名だたる故人たちにインタビューを敢行します。ヴォネガット節が炸裂している本書の、翻訳者のひとりである大森望氏による「あとがき」を掲載いたします。

訳者あとがき
大森 望

 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)が、米国インディアナ州インディアナポリスでこの世に生を享(う)けたのは、いまから百年ちょっと前、1922年11月11日のこと。この日は、第一次世界大戦休戦記念日(Armistice Day)にあたる。ヴォネガットは後年、平和を記念するこの日に生まれたことを誇りに思うようになったという(第二次世界大戦後、アメリカでは「復員軍人の日」と呼び名が改まり、連邦政府の定める祝日となっている)。
 話のついでに、ごく簡単に経歴を紹介すると、ヴォネガットは1943年、コーネル大学を中退して陸軍に入隊。ドイツ軍の捕虜となり、ドレスデンの収容所で連合軍による無差別攻撃を経験する。帰国後はシカゴ大学人類学部で文化人類学を専攻。四七年、大学院を中退してゼネラル・エレクトリック社に入社し、ニューヨーク州スケネクタディの本社で広報担当として働くかたわら小説を書く。1950年、SF短篇「バーンハウス効果に関する報告書」で作家デビュー。翌年には勤めを辞めて専業作家となり、1952年に第一長篇『プレイヤー・ピアノ』を刊行。以後、生涯で14冊の長篇小説と50篇足らずの短篇小説を発表し、2007年4月11日、ニューヨーク・シティのマンハッタン区で世を去った。84歳だった。
 早いもので、それからもう16年あまり。生誕100周年を迎えたいまも、その人気は衰えない。ヴォネガットが残した小説やエッセイは、生前未発表だった原稿も含めて没後に次々と書籍化され、そのほとんどが邦訳されている。早川書房からは『カート・ヴォネガット全短篇』がハードカバー四巻本で翻訳刊行され、〈SFマガジン〉2022年12月号では「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」が組まれた。海外の現代作家の中では、おそらくもっとも日本人に愛されているひとりだろう。
 ……と、すっかり前置きが長くなったが、本書『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』は、実在した物故者20人(プラス自作の登場人物であるキルゴア・トラウト)にヴォネガット自身が取材した架空インタビュー集 God Bless You, Dr. Kevorkian の全訳。後半に、作家リー・ストリンガーとの対談 Like Shaking Hands with God: A Conversation About Writing の全訳を併録した。原書は、どちらもセヴン・ストーリーズ・プレスから、1999年に別々の単行本として刊行されているので、性格の異なる二冊の合本ということになる。
 前半部にあたる「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」のほうは、序文にもあるとおり、もともとは、ニューヨーク・シティの公共放送局、WNYCの番組で1998年に放送されたもの(番組と番組のあいだに入る、九十秒程度の尺のブリッジ番組だったらしい)。その放送台本にヴォネガットが手を入れて書籍化された。
 WNYCは、1922年に設立されたニューヨークでもっとも古いラジオ局のひとつ。ヴォネガットはWNYCのプロデューサーであるマーティ・ゴールデンソーンとともに「あの世リポート」(Reports on the Afterlife)と題する番組を企画・制作。WNYCの“「死後の世界」リポーター”として天国の門のすぐ手前まで赴き、有名無名とりまぜた多くの故人たちにインタビューした。もっとも、この世とあの世をつなぐ青いトンネルの向こうに録音機器は持ち込めない(という設定)ので、実際に放送されたのはヴォネガットによるリポート(事実上は、本書のもとになった放送台本の朗読)ということになる。そのうち一部の音源──30秒から120秒程度のクリップが16本ある──は、ウェブ上にあるWNYCのアーカイブで、“Kurt Vonnegut: WNYC Reporter on the Afterlife” として公開されているので、興味のある方はぜひ検索して聴いてみてほしい。
 死者たちに取材するための手段が、キヴォーキアン医師によって開発された制御臨死体験テクノロジーであり、それを実施する場所が、“死刑の街”として有名なテキサス州ハンツヴィルの致死注射施設(死刑執行施設)だというのがヴォネガットらしいところ。
 ジャック・キヴォーキアン(1928~2011年)は、積極的安楽死の熱心な支持者として知られた病理医。「死ぬことは犯罪ではない」と主張し、末期の患者が医師の助けを借りて安楽死する権利を唱道した。一九八九年にはタナトロンと名づけた自殺装置を開発。多くの末期患者の尊厳死を幇助して、“死の医師(ドクター・デス)”の異名をとる。WNYCでヴォネガットの「あの世リポート」が放送されていた1998年11月22日には、CBSのドキュメンタリー番組『60ミニッツ』で安楽死処置の模様を録画したテープがオンエアされ、全米で大きな論議を呼んだ。「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」最終章にもあるとおり、その直後、キヴォーキアン医師は殺人罪などで起訴され、翌年、実刑判決を受けた。日本でも、著書Prescription Medicide が翻訳刊行されている(『死を処方する』松田和也訳、青土社)
 作中でしばしばニューヨーク・タイムズの追悼記事が引用されているように、ヴォネガットがインタビューする相手には、1998年から99年にかけて世を去った人物が多く、日本ではちょっと考えられないくらい現実に密着した、ある意味きわめてジャーナリスティックな企画だったと言えるかもしれない。愛犬を救おうとして心臓発作で死んだ人、アボリジニの人権のために戦ったバーナム・バーナム、アメリカ社会党の大物、全米気球連盟の創立者、マーティン・ルーサー・キング殺害の犯人とされる人物……。
 歴史上の人物では、奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウン(作中に出てくる歌は、その後、替え歌の「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」として広まり、日本では「ごんべさんの赤ちゃん」として、あるいはヨドバシカメラのCMソングとして有名)や、モンキー裁判で有名な弁護士クラレンス・ダロウなど、アメリカ社会にとって重要な役割を果たした人物が何人か選ばれている。
 題名は、もちろん、自身の長篇『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(God Bless You, Mr. Rosewater)が下敷き。あの世へと通じる青いトンネルは、1985年の長篇『ガラパゴスの箱舟』にも登場している。
 この God Bless You, Dr. Kevorkian の一部(「まえがき」と、アドルフ・ヒトラー、アイザック・ニュートン、ウィリアム・シェイクスピア、メアリ・シェリー、キルゴア・トラウト、アイザック・アシモフが登場する章)は、浅倉久志氏の翻訳により、「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」のタイトルで、新潮社の雑誌〈yom yom〉の創刊号(2006年12月刊)に掲載された。
 今回、それら既訳部分のあいだを埋めるようなかたちで未訳部分を大森が訳出した。このユニークな物故者インタビュー集がはじめて書籍のかたちで、まるごと日本語で読んでいただけるようになったことを喜びたい。
 本書の後半にあたる「神さまと握手」は、ニューヨークの書店で行われたヴォネガットとストリンガーの公開トークイベントの採録。対談相手のリー・ストリンガーは、1951年、ブロンクスの北にある小さな街で生まれた。ハイスクール卒業後、テレビのニュースカメラマンを皮切りにさまざまな職業を転々としたのち、1985年、マンハッタンで路上生活者となる。それ以降の十二年間の体験をさまざまな角度から書いた『グランドセントラル駅・冬』が1998年に出版されると、たちまちメディアの脚光を浴び、玄人筋にも注目され、アメリカのみならずカナダやイギリスでもベストセラーになった。カート・ヴォネガットも同書を絶賛したひとり。『グランドセントラル駅・冬』を出版し、リー・ストリンガーを世に出したセヴン・ストーリーズ・プレスの社主ダニエル・サイモンが、両者の対談を企画。まったくバックグラウンドの違う二人が創作について語り合う書店イベントが実現した。ざっくばらんな雰囲気の対談で、ヴォネガットのまたべつの一面が垣間見える。
 このイベントでは、それぞれの新刊(ストリンガーの『グランドセントラル駅・冬』と、ヴォネガットの『タイムクエイク』)の一部が朗読されるコーナーがあり、本書にはその朗読もそのまま収められている。前者については、中川五郎氏の快諾を得て、文藝春秋版の訳文を(中川氏のチェックのうえで)そのまま使わせていただいた。『タイムクエイク』の翻訳は、もちろん、ハヤカワ文庫SFの浅倉久志氏の翻訳を使用した。また、マーク・トウェイン「ストームフィールド船長の天国訪問記抄」からの引用については、『マーク・トウェイン短編全集(上)』(文化書房博文社)に収録された勝浦吉雄氏の訳文をお借りした。記して感謝する。
 以上、二冊の原書を一冊にまとめたひと粒で二度おいしい本書を楽しんでいただければさいわいです。
 2023年4月

『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』
カート・ヴォネガット=著
浅倉久志・大森 望=訳
カバーデザイン:川名 潤

生誕100周年記念刊行
ヴォネガットによる幻の架空インタビュー集。


始まりは、心臓の手術中に起きた偶然の臨死体験だった。その後、ヴォネガットは、キヴォーキアン医師が監督する制御臨死体験により、天国の門のすぐ手前まで赴き、死者たちと話ができる立場となる。かくて、ラジオ局の「死後の世界レポーター」に就任したヴォネガットは、シェイクスピアやヒトラー、ニュートン、アシモフ、キルゴア・トラウトなどなど、名だたる故人たちにインタビューを敢行した――カート・ヴォネガットによる、死者20人+αへの架空インタビュー集。
ホームレス出身の作家リー・ストリンガーと、創作について率直に語り合う公開対談「神さまとの握手――書くことについての対話」を併録。

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