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中島京子さん推薦! エリフ・シャファク著『レイラの最後の10分38秒』の読みどころと、著者の魅力に迫る。

 2019年のブッカー賞の最終候補にノミネートされた、トルコにルーツを持ついま注目の女性作家エリフ・シャファクの長篇小説『レイラの最後の10分38秒』(原題:10 minutes 38 seconds in This Strange World)が早川書房より刊行されました。

レイラの最後の10分38秒

 エリフ・シャファク/北田絵里子訳『レイラの最後の10分38秒

装画:千海博美/装幀:岡本歌織(next door design)

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刊行後、反響の声が続々と寄せられています。その一部を、ご紹介いたします。

 初の長篇邦訳作となる本書のあらすじと読みどころ、著者についてご紹介いたします。

●あらすじ

 1990年、トルコ。イスタンブルの路地裏のゴミ容器のなかで、一人の娼婦が息絶えようとしていた。テキーラ・レイラ。しかし、心臓の動きが止まった後も、意識は続いていた──10分38秒のあいだ。

 1947年、息子を欲しがっていた家庭に生まれ落ちた日。厳格な父のもとで育った幼少期。家出の末にたどり着いた娼館での日々。そして居場所のない街でみつけた"はみ出し者たち"との瞬間。時間の感覚が薄れていくなか、これまでの痛み、苦しみ、そして喜びが、溢れだす。

イスタンブルの多様性、歴史、猥雑さ、悲しさが組み込まれ、
モザイクキャンドルのような魅力を放つ小説。
目が離せないまま一気読みした
──中島京子(作家)

*****

 本作はフィクションですが、実際に起こった出来事や実在する場所が物語に登場します。そんな本書の読みどころや、ストーリーの構成について、訳者の北田絵里子さんに記していただきました。

訳者あとがき(一部抜粋)

北田絵里子

 2017年3月、医療系情報サイトMedical Xpressに驚くべき記事が掲載された。カナダの集中治療室勤務の医師らの報告によると、臨床死に至ったある患者が、生命維持装置を切ったあとも10分38秒間、生者の熟睡中に得られるものと同種の脳波を発しつづけたという。医師らは、これが機器の誤作動によるものでないことを確認し、医学誌 The Canadian Journal of Neurological Sciencesに論文を発表したが、この発見がわれわれの死後の生にとって何を意味するのかはまだ不明だとしている。
『レイラの最後の10分38秒』は、このニュースに興味を引かれた作家エリフ・シャファクが、"人はそのわずかな時間に何を思うのだろう? もし人生を振り返るのなら、どんなふうに?"という想像をもとに描きあげた、ひとりのトルコ人女性の物語である。

 幕あけは、1990年のトルコ。主人公のレイラはイスタンブル暮らしの長い娼婦で、冬の日の明け方、死体となって路地裏の大型ゴミ容器に棄てられている。心臓の鼓動が止まり、呼吸も途絶えたというのに、どういうわけか意識はまだある。肉体に死後の変化が起こりつつあるのもわかる。
 いつまで続くとも知れないその状況のなか、レイラは塩の肌ざわりと味とともに、1947年、この世に生まれ落ちた日のことを思い出す。それから一分が経つごとに、記憶と結びついた味やにおい──レモンと砂糖、スイカ、カルダモン・コーヒー、シングルモルト・ウィスキー等々──が、レイラの生涯の忘れがたい出来事を次々と、だが気まぐれな順序で呼び起こしていく。トルコ東部の地方都市ヴァンで、ふたりの妻を持つ厳格な父のもと、従順な娘でいることへの反発を募らせて過ごした少女時代。やむにやまれぬ家出の果てに行き着いた、イスタンブルの娼館での生活。最愛の人ディー・アリとの出会いからはじまる甘美な日々。やがて運命に翻弄されたすえ、死ぬことになった顛末を……。
 回想には、生前にレイラと固い絆を育み、死後も忠実な友でありつづける五人も姿を見せる。アナトリアの農家の息子だったナランは、幾度もの手術に耐えて女性の外見を手に入れたトランスジェンダーだ。レイラの幼馴染みのシナンは、秀才だがひどく内気な男性で、銀行員生活の裏でひそかにレイラたちと過ごすことに癒やしを感じている。小人症というハンディキャップを負うザイナブは、レバノン出身の敬虔なイスラム教徒で、娼館の雑用係としてレイラと出会ったが、占いの心得もある。夫の暴力に耐えかねてトルコ南東部の町から逃げてきたヒュメイラは、婚家の追跡に怯えながら、容姿を変えてナイトクラブの歌手をしている。ジャメーラは、政情不安の故国からトルコへ逃れてくる際、不運にも娼婦となった若いソマリア人だが、レイラとは人種の壁を越えて親しくなった。
 そしてもうひとり、忘れてはならない存在が、女性のパーソナリティを持つ"彼女"、イスタンブルの街だ。作者はエッセイ「物語がわたしの故郷」(ヘンリー・ヒッチングズ編/浅尾敦則訳、ポプラ社刊『この星の忘れられない本屋の話』所収)のなかで、イスタンブルは自分にとって"エネルギーに満ちあふれた強烈なキャラクター"であり、"カラフルな背景やメランコリックな景色を提供してくれる、ただの舞台装置とはわけがちがいます"と述べている。20世紀後半のこの街は、政治や思想上の激しい変動に揉まれながら、レイラとともに時代を歩んでいく。1968年の第六艦隊寄港、1973年のボスポラス大橋開通、1977年のメーデー集会の虐殺といったイスタンブルの歴史的な出来事は、レイラの人生にも大きな変化をもたらし、物語にうねりを与えている。さらに、なんでもない日常の習慣や食べ物、個性ある地区や通りの描写には、ごちゃ混ぜの魅力を放つ街の表情を見ることができる。

 本書は「心」「体」「魂」と題された3部で構成されている。第1部「心」では、故郷の町で家父長制という絶対的な力に抑えつけられ、大都会では直接的な暴力にさらされながらも、世を拗ねず、自分を見失わずに生きてきたレイラの肖像が繊細に描き出される。また、作中に挿入された五人の親友それぞれの物語にも、異質な者への強い偏見、名誉殺人の横行、難民の搾取といった問題が影を落としている。
 そうした社会的弱者やマイノリティが葬られがちな実在の埋葬地として、第2部「体」に登場するのが"寄る辺なき者の墓地"である。無縁墓地か共同墓地とも呼べなくはないが、現地では、単に弔いをする親類縁者がいないというより、だれにも気遣われない死者の行き着く惨めな場所と認識されていて、巻末の写真からも荒れて寒々とした様子がうかがえる。そこに眠る人々の忘れ去られた身の上にも関心を向ける必要を感じた、と作者は語っている。
 そして第3部「魂」には、また異なる色合いの加わった、詩情あふれる幕引きが待っている。全篇を通して死を直視するかたわら、尊い友情や純粋な愛にも光を投じ、力強く生を肯定した物語である。

●著者紹介

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エリフ・シャファク(Elif Shafak) 

©︎Zeynel Abidin

 1971年フランス、ストラスブールでトルコ人の両親の元に生まれる。外交官の母親の仕事の関係で海外を転々として育ち、作家を目指すようになる。大学では、国際関係の学士号、ジェンダー・女性学の修士号、政治学の博士号を取得。トルコ語と英語の両方で執筆するスタイルを持つ。女性・こども・LGBTQの人権擁護者としても精力的に活動し、2010年には、フランス文化省より芸術文化勲章を受勲、2019年には英国の王立文学協会員に選ばれている。TEDグローバルには2度登壇、2020年度のオーウェル賞の政治関連著作部門の審査員を担当するなど活躍の幅が広い作家である。現在は、夫とふたりの子供とともにロンドンに住んでいる。

TEDGlobal登壇の様子は、以下リンクよりご覧になることができます。

■「多様な考え方が持つ革命的な力」ーTEDGlobal(2017年9月)

 あるブックフェアで、「言葉を味わうことができますか?」という少女からの質問に、時間を割いて答えることができなかったエピソードを振り返り、世界が複雑な事柄や感情から逃げ、単純化・二極化していくなかで、多様な考えが共存していくことがいかに重要かについて語られています(日本語字幕あり)。

“yurt” というトルコ語の単語は 「母国」を意味します。「祖国」を意味します。興味深いのはこの単語にもう一つ 「遊牧民族が使うテント」という意味があることです。私はこの組み合わせが好きです。なぜなら、祖国が常に一つの場所である必要はない、こう教えてくれるからです。持ち運べるのです。どこにでも自分とともに持っていけるのです。そして作家には、語り部には、結局のところ、一つの大きな祖国があると思います。それは物語の国と呼ばれています。そしてこの単語の味は、自由の味なのです。(©︎Elif Shafak・©︎Toshiya Komoda/TEDサイトより引用)

 今後の活躍にも期待が高まるエリフ・シャファク。最新作のノンフィクションのエッセイ"How to Stay Sane in an Age of Division"(2020年8月刊行)についての最新トークは以下リンクからご覧になることができます。

 彼女は、トルコ人の両親を持ちながらもフランスで生まれ、海外を転々として幼少期を過ごしました。この経験は、自身のアイデンティティを一つに絞る必要はなく、帰属意識は複数であってもよい、という彼女の考えに繋がっています。そして、人の感情は、シンプルではなく、複雑であることを許容し、理解していくことが、いまの世界に求められていると一貫して主張しています。この考えは、いま日本に住む私たちが、なぜトルコ人女性の人生の物語を読む必要があるのか、という疑問の答えにも繋がっています。ぜひ、その答えを、本書を読んで確かめてみてください。

 

ありがとうございます!今日のおすすめは『わたしを離さないで』です。
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