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前途有望な捜査官が情報提供者を殺害。FBI史上初の「殺人犯」を追った犯罪ノンフィクション『死体とFBI』本文試し読み

将来を嘱望されたFBI捜査官は、なぜ情報提供者を殺したのか?
全米に衝撃を与えた、FBI史上初の「殺人犯」の足跡とその人間関係を克明に追う犯罪ノンフィクション『死体とFBI 情報提供者を殺した捜査官の告白』(ジョー・シャーキー、倉田真木訳、早川書房)が発売。
映画化(邦題『エージェント・スミス』)もされた話題作を「試し読み」でご紹介します。

死体とFBI 早川書房
『死体とFBI』早川書房

《冒頭あらすじ》1987年、FBI捜査官として任命され間もないマーク・パットナムは、聡明な妻と幼い娘とともに、生まれ育ったアメリカ東海岸を離れケンタッキー州の炭鉱町パイクビルに赴任する。新参者を拒む田舎町は出世を望むマークにとって厳しい環境だったが、地道に業務をこなす熱血漢の彼は地元警官や保安官らの信用を得る。犯罪が絶えない赴任地で、手柄を挙げようとマークが目を付けたのは「銀行強盗」だった。カネで雇える有能な情報提供者を探そうとした彼は――。

第2章「この女をぜったい落としてみせる」

銀行強盗にとって、ケンタッキー東部は他にはない難しさと他にはない成功の可能性がある。銀行を襲うには、いろいろな点で理想的な土地ではない。
理由のひとつは、この地域には銀行強盗を取り締まるFBI支局があること。もうひとつは、銀行を襲うのはたいてい日中なので、明るいうちに車で逃走する運転技術が不可欠なことだ。

山腹のこちら側の狭い山道を上ってはあちら側の折れまがった山道を下ることを繰り返すのは容易なことではなく、そんな悪路を2時間も走らないと最寄りの州間道路までたどり着けないのである。

とは言っても、1980年代はまだ、大手ナショナルバンク各行が地方銀行をのきなみ飲み込んでしまう前で、ケンタッキー東部の炭田地帯にあるほとんどの銀行は個人経営の独立系だった。中には、夫婦だけで営んでいるものもあった。

ビジネスや不動産業が盛んではない多くの寂れた町にある零細地方銀行は、その主な業務が、生活保護や炭鉱労働組合年金や社会保障身体障害保険給付金の小切手の現金化と、現金での預金の受け入れだった。
1980年代以前は、麻薬の売人も現金を隠すのに地元の銀行の世話になっていた。いずれにしても、孤立した山間集落の独立系銀行は多くの場合、防犯設備といってもホットドッグの屋台並みだった。

そうした銀行は自ずと、手っ取り早く金を手に入れようという衝動に駆られた一匹狼のならず者を引き寄せた。そして、そういう輩は決まってたいして計画を練っていなかった。

たとえばある強盗は、銀行の屋根に身を隠し、スーパーマーケットのピグリーウィグリーの店の売上金を預けに夜間金庫にやって来るドライバーに飛びかかるつもりだった。だが失敗し、駐車場に伸びるはめになった。
またあるツキのない強盗集団は、ピーター・クリーク沿いの銀行を襲ったものの、逃走ドライバーが道に迷い、おまけに銀行の窓口担当者にきちんと頼んで借りた車も一キロほど走ったところで燃料切れになり立ち往生してしまった。

そんな状況に変化が起こったのが1987年の春の終わりから夏にかけてのことで、ケンタッキー州からウェストバージニア州にまたがるタグ渓谷の山間の町々で立て続けに銀行が襲われるこれまでにない事態が発生した。
小規模な銀行が、目穴をぞんざいにくり抜いたスキーマスクを被り先端を切り詰めた(ソードオフ)ショットガンを手にした強盗団に、鮮やかなだけでなく同じような手口で次々に襲われたのである。その手口は、バート・ハットフィールド〔編集部注:地元の若手保安官代理〕たち地元警官にはお馴染みだった。

容疑者と目されたのは、地元ではよく知られた悪党カール・エドワード・「キャット・アイズ」・ロックハートだった。キャット・アイズ、すなわち猫の目と呼ばれるこの男は、銀行強盗の罪で収監されていた刑務所から少し前に出たばかりで保護観察中の身だった。保護観察中であることなどどこ吹く風で、強盗稼業を再開したと見られた。

銀行強盗としてのキャットの仕事ぶりは、一風変わっていた。大胆さの点では30年代の銀行強盗ジョン・ディリンジャーに引けを取らないが、腕のほうはかなりお粗末だし、慎重さの点でも遠くおよばなかった。自信家のキャットは出所すると、ほぼ全員と顔見知りのタグ渓谷で稼業に復帰したことを宣言したのだ。

さらに、強奪した金を惜しみなく使い、ボンネットに懐かしの「叫ぶチキン」が金色で型抜きされた中古のポンティアック・ファイアーバード・トランザムを購入した。車は1977年の映画「トランザム7000」でバート・レイノルズが乗りまわしていたのとそっくりだった。出所してわずか数週間のキャットがその派手な中古車を買う5000ドルを現金で持っていたのであれば、出どころがどこかバートには察しがついた。

キャット・アイズの人当たりがよいのは間違いなかった。やわらかい話し方をする黒髪の男で、通称の由来となった緑色の瞳はきらきらしていた。おかげで、感じのよい若者だという評判を手に入れた。だが、幼い頃から、人生の目標は銀行強盗になることだと公言していた。
それを実現したキャットはこの時、数年前の1980年に起こした大胆な強奪事件で懲役18年を言い渡されたものの、刑期を7年務めたところでバージニアの刑務所から出所したばかりだった。

その事件でキャットは、バージニア、ケンタッキー、ウェストバージニアの3州が州境を接するアパラチア山脈の外れの小さな町バージニア州グランディの銀行から30万ドルを強奪したのだった。

タグ渓谷で、キャットは伝説の男になっていた。それは主に、その時の30万ドルをすっからかんになるまで使い、3カ月にわたって男友だちとふたりで白いキャデラック・エルドラドに乗り、荒っぽい運転をしながら南部数州を逃げまわったからだ。
その逃走劇のクライマックスは、ナッシュビルでのギャンブルと放蕩三昧の夢の一週間だった。そこでふたりは、最後の5万ドルを使いきり、金もエネルギーも使い果たして故郷に戻って出頭する。ふたりはその場ですぐさま逮捕された。

キャットが気に入ってよく入り浸っていたのが、タグ・フォークを渡ってすぐのウェストバージニア州バルカンにある小さな木造住宅だった。そこはケネスとスーザン・スミスが暮らす家だった。家のすぐ横にタグ・フォークにかかる小さな橋があり、道はそこからケンタッキー側の町フリーバーンへと続いていた。
その橋の傍らには、バートの中古車屋があった。店の前をポンティアック・ファイアーバードで通るとき、キャットはご丁寧に手まで振ってよこした。

6月に入ると、バートは新しい友人マーク・パットナムに電話し、最近立て続けに起こっている銀行強盗が誰の仕業か心当たりがあると話した。

「誰だい?」マークは訊いた。
「ロックハートってやつだ。『キャット・アイズ』・ロックハート」バートが言った。
「そいつだと思う理由は?」

「そうだな、突如として金回りがよくなった。やつについてひとつ言えるとしたら、奪った金は使うってことなんだ」
バートの説明によると、目撃情報はどれも、強盗がだぶだぶのつなぎを着てスキーマスクを被っていたというものだった。それはキャットが好む扮装だった。

「そいつを捕まえる策はあるのか?」
バートには秘策があった。そのためにマークを、キャットの幼なじみケネス・スミスに引き合わせるという。ケネスは恥じるふうもなくキャットに心酔しており、どうやら今は自宅に住まわせていると見られた。

キャットの主な長所は、社交性、多弁、義理堅さだった。法を守る市民としてなら賞賛に値することだが、銀行強盗の場合は問題になる。
人好きがするので、匿ってくれと頼めば匿う者は少なくなかっただろうし、しかも義理堅くもあるので、もてなしに対しておおっぴらに謝意を示した。

キャットは自分をロビン・フッドになぞらえるのが好きだったが、この大昔のイギリスの無法者が脱獄したせいで森に隠れていたことは頭になかった。自分が社会の役に立っていると思いたかったのだ。
だから、キャットに金があるときは仲間たちも潤った。酒やコカイン、現金を仲間に分配するだけでなく、仲間の妻や子にまでスニーカーや服を買ってやるなど、なるほど称賛と注目を集めるであろう振る舞いをした。

キャットが仮出所すると、ケネス・スミスは、自身も薬物所持で保護観察中だったにもかかわらず、キャットとその恋人を恭しく自宅に招いた。それまでキャットは母の家の裏庭にテントを張り、恋人シェリー・ジャスティスと暮らしていたが、そこを出てスミス家にしばらく居候することになる。

ケネスは、フリーバーンの町外れにあるバレンシーホロー出身のスーザン・ダニエルズと5年間の結婚生活を送った末、数年前に離婚していた。ただ、今も断続的にひとつ屋根の下で暮らしていた。スーザンはふたりの子どもたちのためだと言っていたが、彼女と親しい人たちは、ケネスがいつもどこからか手に入れてくるドラッグも魅力なのだと知っていた。

ケネスはコカインと酒を好んだ。スーザンの好みは錠剤(ピル)で、この地域では手に入れやすかった。生活保護や身体障害手当、メディケードやメディケアを受給している患者を相手にする「疼痛管理」クリニックを開いている医者が多かったからだ。

スーザンとケネスとふたりの子どもが暮らす4部屋からなる木造平屋は川を渡ってすぐのところにあり、かなり前から社会のはぐれ者たちの交流の場になっていた。ふらっと立ち寄っては、服を借りたり、ビールを飲んだり、たばこで一服したり、食卓でコカインを吸い込んだり、気が向けばソファで一泊したりする場所だった。

スーザンは場当たり的ながらも、テレビドラマで観た郊外家庭のように家計をやりくりしていたが、ケネスはそんなことにはお構いなくキャットとシェリーを招き、「ここにいてくれ。部屋代は家の雑用をしてくれればいいから」とふたりに告げた。
それでふたりは、自分たちの住まいを見つけて落ち着くまで、要するにキャットがいちばんよく知っている方法で金を手に入れるまで、同居することになった。

スミス家の食卓に入れ替わり立ち替わりやって来る面々に、キャットはよく銀行強盗の戦略を語りながら、武勇伝をおもしろおかしく話して聞かせた。
戦略とは、銀行が何時に開店し何時に閉店するか、建物がれんが造りか下見板張りか、警報器がどこについているか、職員が何人いるか、「給料日」の現金輸送車が何時に来るか、生活保護手当の小切手が月初めのいつ届くかといったことである。

そういった細かい点を徹底的に洗い出すのが素人とプロの違いだとキャットは強調した。夏中ずっと、ケネスとスーザンは熱心に耳を傾けた。できる女を自認するスーザンは、キャットの投資アドバイスにとくに心を奪われた。
「トレーラーハウスがいいぞ。何台か購入したら、あとはのんびり椅子に座って家賃を取り立てるのさ」

中古車販売業者でパートタイム法執行官でもあるバート・ハットフィールド保安官代理は、タグ渓谷上流の狭い世界で荒い金遣いをしている人物の情報に耳をとがらせていた。
常に金欠なのに贅沢好みのケネス・スミスなら、潤沢な資金をもつFBIから報酬が得られると聞けば情報提供するかもしれない、とマークに提案する。8月、またもや小さな銀行を狙った強奪事件が発生した。

マークとダン・ブレナン〔編集部注:FBIパイクビル支局の同僚〕は数日かけて数十におよぶ銀行の支店を周り、強盗が急増していることを警告し、警備の相談に乗っていた。その合間に、バートがケネスを伴い、マークに会いにパイクビルにやって来た。

その顔合わせは不首尾に終わった。ケネスがいくつも要求を突き付けたからだ。情報提供の結果如何を問わずに、保護観察処分を取り消し、保護拘置してくれさえすれば協力すると言う。さらに、週払いの報酬を要求し、キャットの動向といった特別な情報には特別手当も要求した。

その後、マークがケネスの保護観察官に連絡を取ったところ、「やめとけ。あいつはまったく当てにならない」とのこと。それだけでなく、けちな麻薬の売人で忘れっぽいことでもよく知られていた。詳細を把握しているのは、元妻スーザンのほうだった。

バートは、25歳のスーザン・スミスを赤ん坊のときから知っていたので、ケネスの代わりに彼女に話を持ちかけたらどうかとマークに提案した。ただし、スーザンはしょっちゅう「減らず口をたたく」ので、虚言癖があるという噂もあった。

それでも、銀行強盗の容疑者とひとつ屋根の下で暮らし、直に接している。それに以前、バートに有益情報をこっそり提供してくれたこともあった。スーザンなら、銀行強盗と最重要容疑者についての情報を収集する能力があるとバートは思った。

===この続きは本書で===

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