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【シリーズ第二作邦訳決定!】大好評の英国ミステリ『ストーンサークルの殺人』訳者あとがきを公開!

 英国ミステリの最高峰「ゴールド・ダガー」受賞作『ストーンサークルの殺人』。発売直後から大好評をいただいております! 本作に続く〈ワシントン・ポー〉シリーズ第二作『Black Summer』も邦訳が決定しました(刊行時期は来年を予定しております)。どうぞお楽しみに!
 この度『ストーンサークルの殺人』に収録された訳者あとがきを特別公開いたします。

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◎訳者あとがき

 山の緑を背景に巨石が環状に並ぶストーンサークル。そこでひとりの老人が鉄杭にくくりつけられ、焼き殺されようとしている。そんなショッキングで凄惨な描写から始まる本書『ストーンサークルの殺人』(原題The Puppet Show)はM・W・クレイヴンの長篇三作めにして〈ワシントン・ポー〉シリーズの第一作であり、二〇一九年の英国推理作家協会賞最優秀長篇賞(ゴールド・ダガー)を受賞した作品である。

 国家犯罪対策庁(NCA)の重大犯罪分析課(SCAS)に所属するワシントン・ポーは、被害者家族に機密情報を含んだ報告書を渡してしまうというミスをおかし、正式な処分が決まるまで停職を命じられた。世間とのつながりを絶ってカンブリア州の丘陵地帯に引っこみ、エドガーという名のスプリンガースパニエル犬と暮らすようになって一年半が過ぎたが、処分はいまも決まっていない。そんなある日、かつての部下であるステファニ
ー・フリンが訪れ、彼の停職が解かれたと告げる。

 カンブリア州では、年配男性がストーンサークルで焼き殺されるという残虐な連続殺人事件が発生していた。マスコミが〝イモレーション・マン〟と名づけた犯人の犯行は大胆でありながら用意周到で、捜査は難航していた。地元のカンブリア州警察が重大犯罪分析課の協力をあおいだところ、三人めの被害者の胸にポーのフルネームと数字の5とおぼしき文字が刻まれているのがわかったのだった。
 犯人はなぜ年配男性をねらうのか。ストーンサークルを現場に選んだのにはなにかわけがあるのか。残忍な殺害方法にどんな意味があるのか。ポーの名が被害者の胸に刻まれた理由はなんなのか。そして本当にポーが五人めの被害者になるのか。やがて、無差別と思われた事件につながりが見えはじめ──

 英国情報部の落ちこぼれスパイの活躍を描いた『窓際のスパイ』や『死んだライオン』(早川書房刊)の著者ミック・ヘロンが、〝すばらしい新シリーズの幕開け〟と絶賛しているが、訳者もいま、同じ思いでこのあとがきを書いている。猟奇的な連続殺人事件というと、その殺害方法にどうしても目が奪われ、捜査の本質を見失いがちになるものだが、主人公のワシントン・ポーは証拠が指し示すものを愚直なまでに追いかけると同時に、視点を変えることで得られる直感で謎を少しずつ解明していく。複雑な生い立ちと徹底的に正義を求める姿勢は、どこか、マイクル・コナリーが描く刑事ハリー・ボッシュに重なって見える。実際、イギリス版ハリー・ボッシュと評す声もあるようだ。
 本書ではもうひとり、魅力的な人物が登場する。SCASで分析官として働くティリー・ブラッドショーだ。やせぎすでノーメイク、金色のハリー・ポッター風眼鏡をかけた彼女は非凡な頭脳の持ち主で、十六歳のときにオックスフォード大学で最初の学位を受けて以来、学問の世界のなかだけで生きてきた。世間一般の常識に疎く、ポーを困惑させることも多いが、データマイニングでは高い能力を発揮する。ものの五分でプログラムを書いて答えを出し、まわりをびっくりさせたかと思えば、膨大な量の画像をカラー印刷して手作業で分類するという根気強い面も見せる。ティリーもポーも不器用で人づき合いが苦手だが、そんな似たもの同士のふたりが、捜査を通じて心を通わせていくところもいい。

 捜査が進むにつれ、目を覆いたくなるようなむごい事実が浮かびあがってくる。なぜこんなことができる人間がいるのか、やり場のない怒りに駆られることもしばしばだが、ポーとティリーの友情が一服の清涼剤的な役割を果たしてくれる。本書を読み終えた読者の方に、ポーとティリーの物語をもっと読みたいと思っていただければ幸いだ。

 著者のM・W・クレイヴンはカンブリア州カーライルに生まれ、ニューカッスルで育った。十六歳のときに陸軍に入隊して十年間を過ごし、除隊後は福祉を学んで保護観察官として働いたそうだ。その後、カンブリア州警察のエイヴィソン・フルークという刑事を主人公にした Born In A Burial Gown(二〇一五年)、Body Breaker(二〇一七年)を発表。あらすじを読んだ印象では、主人公のフルークはかなり型破りで、上司と対立することもしょっちゅうという、ワシントン・ポーをもっと扱いづらくしたタイプのようだ。
 そして二〇一八年、本書『ストーンサークルの殺人』が刊行されたが、レビューサイト《What’s Good To Read》でのインタビューによれば、当初はエイヴィソン・フルークのシリーズの三作めとして書くつもりだったとのこと。エージェントから新しいシリーズを書いたらどうかとアドバイスされて生まれたのが、ワシントン・ポーだそうだ。職場の同僚にからかわれているティリーを救った場面や、ホテルのバーでティリーにからんだ酔っ払い連中をこらしめる場面などは、エイヴィソン・フルークのキャラクターが色濃く出ていると思われる。
 主人公のワシントン・ポーという名前は、とある会話のなかで、〝ワシントン・ポスト〟と新聞の名前を言ったつもりが、〝ワシントン・ポー?〟と訊き返されたときに、これだと思ったとのこと。そして、カンブリア州生まれでワシントンという名前はめずらしいを通りこし、普通はありえないため、生い立ちのエピソードをつけくわえたそうだ。
『ストーンサークルの殺人』は好評で、ワシントン・ポーのシリーズは現時点で三作めまでが出版されている。二作めとなる Black Summer(二〇一九年)は、ポーが六年前に担当し、解決した殺人事件の被害者、つまり死んだはずの女性が生きていたという設定だ。こちらも一般読者からの評判は上々で、英国推理作家協会賞最優秀長篇賞のロングリスト入りを果たした。残念ながら最終候補作には残らず、二作つづけての受賞の夢は消えたが、とても期待できる内容になっている。
 また、今年の六月にはシリーズ三作めの The Curator が刊行され、来年の夏には四作めの Dead Ground も予定されている。五作めもほぼ書き終わっており、六作めのプロットもできあがっているとのこと。さらには、ポーとティリーが登場する短篇が三作おさめられた Cut Short も今年の九月に出版される予定になっている。残念ながらこのあとがきを書いている時点では入手できないのだが、新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、人との距離をおくことを余儀なくされたポーが古い事件を洗い直すという、タイムリーな一篇も入っているとのことで、ひじょうに楽しみだ。
 楽しみといえば、クレイヴン本人がインタビューで明かしたところによれば、本書『ストーンサークルの殺人』のテレビドラマ化も実現しそうとのこと。ポーとティリーを演じるのは誰になるのか、詳細の発表を待ちたい。
 二〇二〇年八月

◎あらすじ

 イギリス、カンブリア州に点在するストーンサークルで次々と老人の焼死体が発見された。マスコミに「イモレーション・マン」と名付けられた正体不明の犯人は、被害者の遺体を損壊しており、三番目の被害者にはなぜか、不祥事を起こして停職中のNCA(国家犯罪対策庁)の警官「ワシントン・ポー」の名前と「5」と思しき字が刻み付けられていた。ポーを5番目に殺すという殺人予告なのか? 身に覚えのないポーは停職を解かれ、捜査に合流。停職中に部下から上司になってしまったフリン、変わり者の分析官ブラッドショー、親友の同僚リードらと調査に乗り出す。しかし新たに発見された死体はさらなる謎を生み、事件は思いがけない展開へ……。


◎著者紹介

M・W・クレイヴン
イギリス・カンブリア州出身の作家。軍隊、保護観察官の職を経て2015年に作家デビュー。2018年に発表した本作で、英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールド・ダガーを受賞した。

【書誌情報】
■タイトル:『ストーンサークルの殺人』 
■著訳者:M・W・クレイヴン/東野さやか訳 
■本体価格:1,180 円 ■発売日:2020年9月3日 ■ISBN: 9784151842511
■レーベル:ハヤカワ・ミステリ文庫
※書影等はAmazonにリンクしています。


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