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アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』本日発売! 山岸真氏解説公開
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アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』本日発売! 山岸真氏解説公開

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あの『火星の人』の著者、アンディ・ウィアーの最新作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』いよいよ本日発売です! 

人類滅亡の危機に立ち向かう男を描いた笑いあり涙あり感動ありの極限のエンターテインメント! 年末年始の読書に超! おすすめです。本欄ではSF翻訳業・山岸真さんによる解説を再録します。

解説
SF翻訳業 山岸真
  
 
 本書は『火星の人』(ハヤカワ文庫SF。映画邦題『オデッセイ』)の作者、アンディ・ウィアーの第三長篇Project Hail Mary(米Ballantine、英Del Rey UK)の全訳である。
 できれば本書は、内容についてなんの事前情報もなしに読んでいただくのがいちばんいい。というのは、冒頭で目覚めた主人公(本書の語り手でもある)は、自分が誰で、どこに、なぜいるかがわからず、そこからさまざまな科学的手段やふとしたきっかけを通して状況を解明していく──その過程の面白さが、とくに上巻前半の読みどころであるからだ。
 とにかく、『火星の人』の作者の新作という期待を裏切らないことはまちがいなく保証できるので、書店で最初にこのページを開いている方は安心してお買い求めください。
 それでは不安だという方のために、本書の面白さ・評価の高さを物語るデータをあげておく。2021年5月に出版された本書は、〈ローカス〉集計のSF専門書店のベストセラーで発売から5カ月連続一位(現時点の最新データ)になり、〈ロサンジェルス・タイムズ〉の週間ベストセラーで3カ月連続最高2位、〈ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー〉と〈パブリッシャーズ・ウィークリイ〉でも最高3位にランクイン。Amazonではカスタマーレビューの八割弱が星5つで平均は星4つ半(ともに『火星の人』と同じ数字)。すでにドイツ、オランダ、韓国、ルーマニア、ブラジル、スペインなどで翻訳され、MGM製作でライアン・ゴズリング主演の映画化が進行中である。
 また、年末恒例の各種のベスト・ブックでも、11月下旬までに発表された分だけで、「ビル・ゲイツの今年の5冊」に選ばれたのをはじめ、〈カーカス・レビュー〉やAmazonなどで2021年ベストSF&ファンタジーの一冊にあげられている。
 
 とはいうものの、カバーや帯から目に入ってしまう情報もあることだし、以下、刊行前に版元から発表されている内容紹介にある部分、上巻前半までの内容にざっと触れておこう。
 まず、上下巻とも巻頭にとある図解が載っていることでわかるように、これは宇宙SFである。
 目覚めた主人公は、病室めいた部屋にいた。天井からはロボットアームがぶら下がり、話しかけてくるのはコンピュータだけ。そして室内では二つのベッドに横たわる男女の死体……。
 ほどなく彼は、ちょっとしたきっかけから過去の一場面を思いだす。こうした連想のかたちで自分の身の上やここにいたる経緯、そしてこれがどんな状況なのかが判明していく、というのが下巻の半分過ぎまで貫かれた本書の基本パターン。"現在パート"と"過去パート"が並行して、それぞれ時系列で進んでいく。
 過去パートが進むにつれて、彼の名前がライランド・グレースで、アメリカ人であること、博士号を持つ科学者だが、生命の存在と液体の水の関係に関する異端の説を提唱しそれに固執したことで学界を去り、中学校の科学教師になっていたことが判明する。
 と同時に、地球が急速に氷河期に向かっていることがわかってくる。年代は特定されていないがおそらくごく近い未来、太陽から金星まで、特定の波長を放射する線(ライン)が大きな弧を描いているのが発見され、発見者名からペトロヴァ・ラインと命名される。時を同じくして、太陽の出力(明るさ)が指数関数的に減少しているのが観測された。このままだと30年以内に地球の気温は10から15度下がってしまう。人類ばかりか地球上の全生命が突然の危機に直面しているのだ!
 まもなく、金星周回軌道に投入された無人宇宙船が、ペトロヴァ・ラインを形成する物質の試料を採取する。それはなんと、直径約10ミクロンの地球外生命体だった! しかも、太陽光の減少と、生命体の増加とは一致していた──生命体が太陽(の出力エネルギー)を食べているのだ!! この生命体は、アストロファージ(宇宙を食べるもの)と呼ばれることになる。
 さらに、地球から8光年以内にあるいくつもの恒星の光度が、数十年前から10パーセント落ちていることが明らかになる。いずれもアストロファージ(光速の0.92倍の速度で移動できる)に"感染"したのだ。ところが、感染した星の集団の中心近くにあるタウ・セチだけはなぜか例外で、影響を受けていなかった。
 ひょっとしたら、そこにいけば地球を救う手がかりが見つかるのでは?
 こうして、全地球規模の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が始動した──。
"過去パート"で以上のような状況や経緯が明かされるあいだに、"現在パート"の物語も進んでいく。グレースが目覚めた部屋から壁の梯子を上がった先には、科学実験や観測・測定・検査に必要な小型機器・大型備品が豊富にそろった実験室(ラボラトリー)があった。ここで彼は、落下速度から重力を計算した結果──から即結論には飛びつかずに振り子の実験を加えて、自分のいる場所が地球ではないことを突き止める。やがて自分が宇宙船の中にいることも思い出し、近傍の太陽の黒点の観測によって、そこが地球とはべつの恒星系であることを知る。
 ──と書いてくればお察しのとおり、そこはタウ・セチ星系だった。グレースの乗っている宇宙船が〈ヘイル・メアリー〉号で、その宇宙船をタウ・セチに送りこむのがプロジェクト・ヘイル・メアリーの第一目標である。
 だが、地球とタウ・セチの距離は11.9光年。現在の地球のテクノロジーでは、人類滅亡までに残された時間のあいだにそこを往復するのは到底不可能だ。亜光速航法かなにかが発明されたとでもいうのだろうか? また、その旅のあいだ乗員のグレース(と死体になっている二人)は、まだ実用化されていないはずだった冷凍睡眠にでも入っていたのだろうか?
 それに加えて、宇宙船には地球に戻れるだけの燃料が残っていなかった。グレース(たち)は片道切符の特攻ミッションに送り出されたのだ。だがそれでは、もしタウ・セチで人類を救う鍵が手に入っても、それを地球に届けるという肝心のミッションが果たせないのでは……?
 こうした謎の答えも上巻前半に出てくるが、それは読んでのお楽しみにしておく。
 さて、ここまでが上巻の半分手前、第6章の途中までの展開である。すでに設定やアイデアが山盛り状態だが、第6章の最後にはさらなるSF的展開が待っている。それは、グレースが思わず、
「うっそだろう!」
と叫んでしまうような、超特大のサプライズだ。作者ウィアーのこれまでの二長篇、『火星の人』と『アルテミス』(ハヤカワ文庫SF)が宇宙開発SFだったのに対して、本書はこの時点で宇宙SFといっても大きく異なる顔を見せることになる。
 ふつうなら、このアイデアというかサブジャンルについて、先行作品と本書を比較しながら語ったりするのが「解説」の役割だろうが、本書の場合、ここではその部分についてはなにも割らずにおくのがベストだと思う。
 ただ、本書の上巻後半以降の現在パート(宇宙パート)はバディものとして展開し、その楽しさに満ちあふれている、とだけいっておこう。
 
 このように、本書ではいくつもの非常に大胆なSF的設定・アイデアが使われていて、現実の科学知識の範囲から躊躇なしに大きく飛躍している。『火星の人』や『アルテミス』の作風を考えると、これはちょっと意外ではあるが、その分、物語のスケールも桁ちがいに大きなものになっていて、長篇3作目にしてこれまでとはちがう方向性を披露したともいえる。
 とはいえ、これはウィアーが作風を大転換したとかいうことではまったくなくて、従来の作品での作者の持ち味は本書でも変わっていない。じっさい、『火星の人』巻末の解説で中村融さんが紹介している作者の言葉のつぎのような部分は、主人公名(マーク)を変えれば本書にも当てはまる。
「科学がプロットを創りだすんだ! 複雑きわまる問題と解決のひとつひとつを検討しているうちに、そうでなかったら気がつかなかった些細なディテールが、マークの解決しなければならない重大な問題になった」
「マークが直面する問題のそれぞれは、彼の置かれた状況から当然そうなるものでなければならない──あるいは、できれば、前の問題を解決した結果、意図しない形で発生した問題でなければならないと決めた」
 科学的な思考や手つきの物語化とでもいったらいいだろうか。本書では全篇にわたって実験と推論の積み重ねがプロットを推進していて、科学実験の楽しさがそのまま小説になっているような感もある。記憶がまだろくによみがえっていない段階で主人公のいう、「ぼくは科学が好きだ。それはわかっている。ささやかな実験だったが、わくわくした」という言葉は象徴的だ。
 作風といえば、『アルテミス』巻末の解説でウィアー作品の主人公の人物造形について大森望さんのいう、「何があってもへこたれない性格とピンチを笑い飛ばすユーモア精神」も、本書に受け継がれている。揺らぐことなきユーモアもまた、作者の持ち味だ。たとえば、
「ぼくの顎がガクッと落ちる。そう、ぼくはゼロG環境にいる。それでも落ちるのだ」
 このベタなネタはよりにもよって、本書のSF的な山場のひとつがおとずれた瞬間の、その次の行での主人公の独白なのである……。
 本書では随所でポップカルチャーへの言及があり、それもユーモアに貢献している。献辞から登場して作中でも重要な存在となるビートルズ(とそのメンバー個々人)を始め、『プレデター』シリーズに関するトリヴィア、コメディグループの三ばか大将や『ロッキー』や『超人ハルク』に由来するネーミング、など。
 ちなみにネーミングといえば、英語のヘイル・メアリー(Hail Mary)はラテン語のアヴェ・マリア(Ave Maria)にあたるが、アメリカンフットボールの試合終盤に、劣勢のチームが一発逆転を狙って投げる・神頼み・のロングパスを「ヘイル・メアリー(メリー)・パス」と呼ぶ。つまり、プロジェクト・ヘイル・メアリーというのは、「イチかバチか計画」といった意味。人類の命運がかかった大事業にこんな名前をつけた上に、それをタイトルにしてしまうのも、この作者ならではだ。(なお作中の人類はけっして投げやりになっているわけではなく、〈ヘイル・メアリー〉号以外にも、過去パート〔地球パート〕ではとんでもないスケールの計画をいくつか実行に移す)
 そして本書でも健在な作者の持ち味がもうひとつ。読んでいると自然にわくわく感が湧いてきて、ハラハラさせられるのも含めて楽しくなってくることだ。本書が『火星の人』の作者の新作という期待を裏切らないというのは、なによりもこの抜群のストーリーテリングのことである。
 主人公も読者も、希望と絶望のあいだを何度となく往復させられつづけ、とくに下巻の最後三分の一はその頻度が増していくのに加えて、振れ幅も天国と地獄のどん底くらいに大きくなっていく。
 残りページが数十ページを切っても、どうか油断することなく、作者の語りに思う存分ふりまわされてください。
 
 話は飛ぶが、グレースが中学校で科学の授業をする場面を読んでいて、ぼくは映画『オデッセイ』のラストシーンを連想した。それは原作の『火星の人』にはないくだりで、主人公(マーク・ワトニー)が宇宙飛行士養成プログラムで若者たちに語りかける。
「とにかく考えろ。計算し、問題をひとつ潰す。で、次を潰す。問題を十分潰していけば、生還できる」(吹替版より)
 話の内容こそちがうけれど、本書の授業の場面も映画のラストシーンも、科学的な手続き、知識や考え方の重要さを新しい世代に伝えようとしている点は共通する。
 また本書には、「科学教師だからそういう細かい科学知識を持っていて当然だ」という意味合いのフレーズが何度か出てくる。それは反復ギャグ気味だったり、いやそれは無理だろとツッコミたくなったりもするが、同時にそこには作者の本音というか理想が顔をのぞかせているように思える。
 それが端的にあらわれているのが、本書下巻のこのセリフだ。
「ぼくは教師なわけです。教壇に立っているべきなんです。ぼくらは強く生き抜いていく世代をしっかり育てなければならない。(略)これからの世界がうまく回っていくようにするのは、子どもたちの世代です。そしてかれらが引き継ぐのは混乱した世界だ。ぼくは子どもたちがきたるべき世界をきちんと受け止められるよう準備を整えてやることができる」
 先に作者の持ち味として最初に言及したポイントと考え合わせると、アンディ・ウィアー作品の底流には明確な科学観とともに、それを継承していくことへの一貫した思いがあるのが感じられる。ジョージ・R・R・マーティンは本書に対して、「ここには伝統的な(オールド・スクール)SFのファン(わたしのような)が愛するあらゆるものがある」という賛辞を送ったが、そのあらゆるものには、このへんのことも含まれているのだろう。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)』
Project Hail Mary(2021)
アンディ・ウィアー/小野田和子訳
装画:鷲尾直広/装幀:岩郷重力+N.S
四六判上製 早川書房

地球上の全生命滅亡まで30年……。
全地球規模のプロジェクトが始動した!

グレースは、真っ白い奇妙な部屋で、たった一人で目を覚ました。ロボットアームに看護されながらずいぶん長く寝ていたようで、自分の名前も思い出せなかったが、推測するに、どうやらここは地球ではないらしい……。断片的によみがえる記憶と科学知識から、彼は少しずつ真実を導き出す。ここは宇宙船〈ヘイル・メアリー〉号――。
ペトロヴァ問題と呼ばれる災禍によって、太陽エネルギーが指数関数的に減少、存亡の危機に瀕した人類は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を発動。遠く宇宙に向けて最後の希望となる恒星間宇宙船を放った……。

『火星の人』で火星の、『アルテミス』で月での絶望的状況でのサバイバルをリアルに描いた著者が、人類滅亡の危機に立ち向かう男を描いた極限のエンターテインメント。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の次には、ぜひこちらもどうぞ!




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