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アメリカの裏社会を不気味に牛耳る犯罪帝国の実録『ザ・コーポレーション』試し読み

【レオナルド・ディカプリオ プロデュース、ベニチオ・デル・トロ主演 映画化!】
【アマゾン・ベストブック ☆4.7】

アメリカの裏社会に跋扈した「キューバ・マフィア」のカネや暴力の変遷を解き明かす衝撃のノンフィクション『ザ・コーポレーション キューバ・マフィア全史』(T・J・イングリッシュ、峯村利哉訳/早川書房)
キューバの政変を逃れアメリカに渡った元・汚職警官が、裏社会を牛耳る「ゴッドファーザー」へとのし上がる――。冷戦下のアメリカで築かれた犯罪帝国「ザ・コーポレーション」。その闇を鮮烈に炙りだすクライム・ノンフィクションから、プロローグを【試し読み】で特別公開します。

ザ・コーポレーション キューバ・マフィア全史
『ザ・コーポレーション』早川書房

プロローグ

イダリア・フェルナンデスは、昼メロ(ソープ・オペラ)の『ジェネラル・ホスピタル』が大好きで、視聴に邪魔が入ることを嫌っていた。毎日午後3時、彼女は人気の長寿番組にチャンネルを合わせた。番組を観ているあいだは、電話が来ても出ないし、玄関扉のノックを無視することさえあった。

最近はずっとノックに応対していない。なぜなら、イダリアと殺し屋の恋人は潜伏中だからだ。ふたりは自分たちを殺そうとするキューバ系ギャングから逃れ、マイアミ郊外のオパ゠ロッカに身を隠していた。

逃亡中ではありながらも、イダリアは『ジェネラル・ホスピタル』の放送をほとんど見逃していなかった。

1976年6月16日の午後、その番組を観ているさなかに、突如として耳をつんざく不協和音が響いた。ガラスが砕け、木が裂ける音だった。

恐れおののいたイダリアが顔を上げると、窓付きの玄関扉が突き破られており、ガラス片をまき散らしながら、三人の男が乱入してきた。闖入者のひとりはフリオ・アクーナ。〝チーノ〟の通り名で知られるニューヨークのギャングだ。チーノは消音器付きの大型拳銃を握り、狂気の表情を浮かべたまま、まっすぐイダリアに向かってきた。

もう一年以上のあいだ、イダリアと恋人のエルネスト・トーレスは、悪魔から逃げ切れることを望みながら、列車や車で逃亡生活を送り、安モーテルや安アパートを転々としてきた。そもそもの発端は、エルネストの失態だった。イダリアとエルネストはニュージャージー州ユニオンシティで出会った。

相手がギャングの一員で、キューバの数当て賭博、すなわちボリータで金を稼いでいることを、イダリアは初めから知っていた。彼女はプエルトリコ人だが、ボリータには馴染みがあった。国籍にかかわらず、ラティーノたちのあいだではボリータが大人気を博しており、彼らの多くは日々の稼ぎをひとつの数字や一続きの数字に賭けていた。合法的な公営の宝くじと中身はほとんど同じでも、ボリータは犯罪組織が支配する非合法な事業だった。

ニュージャージーと東海岸の諸州では、ラティーノのあいだでボリータを取り仕切る犯罪集団を〝ザ・キューバ・マフィア〟と呼んだ。アメリカ合衆国の法執行機関の一部では、キューバ・マフィアは〝ラ・コーザ・ノストラ〟より危険な存在とみなされていた。

〝ラ・マフィア・クバーナ(スペイン語でザ・キューバ・マフィアの意)〟を差配するのは、エル・パドリーノことホセ・ミゲル・バトル・シニアだった。そして、最も恐ろしい手下のひとりがチーノ・アクーナである。

イダリアが事情に詳し いのは、最近まで恋人のエルネストがユニオンシティのバトルの下で働き、チーノとも親しい仲だったからだ。しかし、エルネストは組織と諍いを起こした。組織に属する重要な〝ボリータ銀行家〟たちの一人を、誘拐して撃ち殺しかけてしまったのだ。これは組織に対する許されざる裏切り行為であり、エルネストには暗殺指令が出された。

ある日の午後、ニュージャージー州クリフサイドにあるふたりのアパートの外で、自動車にしかけられた爆弾が炸裂してエルネストの愛車を吹き飛ばした。エルネスト本人は間一髪で難を逃れたが、数日後、マンハッタン北部の花屋で脇腹を撃たれた。エルネストは傷が治るのを待たず、脇腹の銃創を包帯で巻いて、イダリアを連れて列車に飛び乗った。マイアミに到着したのは、1976年の元旦だった。

それ以降、ふたりは鼠みたいにこそこそと暮らした。外界との接触をほとんど断ち、隠れ場所を知る者は誰もいないはずだった。しかし3週間前、エルネストはハイアリアの街でふたたび命を狙われた。住んでいる建物の前の歩道で、通りがかった車から二人組の男に発砲されたのだ。弾は前腕に当たって橈骨(とうこつ)が粉砕された。

この襲撃事件のせいで、イダリアとエルネストはマイアミに潜伏して以来、6カ月間に4度目の引っ越しを余儀なくされた。現在のオパ゠ロッカの家を知っているのはふたりだけ。アパートの大家の女性と、食料の配達依頼を〈ロス・イスパノス・マーケット〉に伝えてくれる子供だ。

この日の朝、イダリアはエルネストを起こし、シャワーを浴びさせた。銃撃で前腕にギプスをはめているため、入浴の介助をしてやり、それから朝食を作った。午後になると、エルネストはベッドで昼寝をし、イダリアは『ジェネラル・ホスピタル』にチャンネルを合わせた。そのとき、窓付きの玄関扉が破壊され、ガラス片が部屋の中へまき散らされたのだった。

イダリアの目に映ったのは、チーノ以外のふたりが部屋を横切り、寝室へ向かっていく光景。チーノ自身は銃口をイダリアに向け、引き金を引いた。標的が銃弾を胸に浴びて倒れると、チーノは上から後頭部に弾を叩き込んだ。それから女を仰向けにして、拳銃のグリップで顔と口を殴りつける。イダリアは意識を失った。

死んでいてもおかしくなかった。しかし、イダリアは死ななかった。胸への一発は重要な臓器をそれ、頭への一発も──信じ難いことに──頭に入ったあと、骨に沿って弧を描き、脳を傷つけずに外へ飛び出したのだ。大量の出血があったうえ、弾も確実に命中していたため、襲撃者たちは標的の死を微塵も疑わなかった。

意識が戻って瞼を開けたとき、イダリアは血にまみれ、警官たちに囲まれていた。「誰にやられた?」と警官のひとりが訊く。「撃った犯人を見たか?」イダリアはまだ意識が朦朧としていて何も答えなかった。警察はイダリアを台車付きの担架に乗せ、いちばん近くの病院へ急送して緊急手術を受けさせた。

その後、病室のイダリアは多数の刑事の訪問を受け、恋人のエルネストが殺されたことを知らされた。殺し屋たちがアパートに押し込んだ音を聞きつけ、エルネストは自分の銃を抜き出して応戦したものの、火力の差に圧倒され、寝室のいちばん奥まで追い詰められてしまった。警官隊が発見したとき、死体はクローゼットの中に横たわり、弾傷で穴だらけになっていたという。エルネストを殺したのが誰にしろ、実行犯は瀕死の男の眉間に銃口を押しつけ、〝情けの一撃(クー・ド・グラース)〟を叩き込んでいた。

この報せを聞いて、イダリアは嘆き悲しんだ。彼女の頭は丸刈り。黒い瞳がふたつ輝く顔は、打撲傷に覆われ、前歯が折られていた。「奴らはあたしの旦那を殺したんだ」とイダリアは苦労しながら言葉を絞り出した。「頑張ってきたけど、こうならないよう打てる手は全部打ってきたけど……いつか負けることになるのはわかってた。連中はいっぱい金を持ってるから」

刑事のひとりが言った。「もう恐れる必要はない……。我々を信じて捜査に協力すれば、すべてはうまくいく」

「エストイ・ビエン・マレアダ(眩暈がひどいの)」とイダリアは答えたが、警察が何を訊きたいのかはわかっていた。「あたしはずっと記憶をたどってた。でも、現実だったのか映画のワンシーンだったのか、はっきり思い出せないのよ。あの部屋でエル・チーノを見たような気もするんだけど」

刑事が質問を続け、別の刑事がメモをとる。「チーノが部屋へ押し入ってくるのを見たということか?」

「エル・チーノを見たわけじゃない。記憶をたどってたって言ったでしょ。チーノを見た気はするんだけど……見たはずなんだけど……」イダリアはうめき声をあげはじめた。

「おい、いったいどうしたんだ?」と刑事が訊く。
「痛いの」
「どこが?」
「頭全体」
刑事たちはイダリアに落ち着くよう言った。時間はたっぷりあり、警察は急ぐ必要がなかった。看護師がステンレスのコップで水を持ってくる。

「それで、君はどう思うんだ? あれはチーノだったと思うか?」
「チーノだったと思う……チーノだったはずよ。あたしの目に映ったのは、すごく見慣れた顔だったから。あたしにとって、あれはチーノだった」

「チーノとは知り合いなのか?」
「知り合いよ」

別の刑事が証言を書き留める。決定的瞬間が訪れたことを認識して、病床を囲む男たちはぴたりと動きを止めた。今、被害者が加害者を特定したのだ。

警察は残りの犯人の顔を見なかったかと質問した。銃で撃たれて気絶したため、ほかの男たちの身元などわかるはずがない、とイダリアは答えた。

これは嘘だった。チーノの後ろに続いて戸口を抜けてきたふたりのうち、ひとりの顔ははっきりと見えていた。イダリアの目に映ったのは、誰あろうゴッドファーザーその人だった。エル・パドリーノことホセ・ミゲル・バトル・シニア。

イダリアは警官たちに視線を向けた。「あんたたちにどう思われたっていいけど、見てのとおりあたしはまともな女なの。娘にとっては母親で、あたしは娘を心から愛してるし、あたしには母親もいる。家族の身を危険にさらすのはまっぴらごめんよ」

イダリアはこの先の展開を理解していた。チーノが犯人と特定されれば、彼を追跡するための捜査活動が始まる。おそらくは逮捕され、何らかの形の裁判にかけられる。イダリアは召喚され、法廷で証言させられ、何らかの形で〝正義〟が遂行される。これはテレビや映画で仕入れた知識だが、イダリアは厳しい現実も知っていた。

この世界では、正義の秤を超越したところにも、ある種の真実が存在する。そして、どうにか──奇跡的に──取り留めた命を、生き長らえさせたいと望むならば、ある種の行動を控える必要がある。長い人生を送りたいと願うとき、やってはいけない行為のひとつは、どんな状況下であろうとエル・パドリーノを指さすことだった。たとえ、彼に殺されそうになったとしても。

「これでおしまい」とイダリアは刑事たちに言った。「知ってることは全部話したわ。お願いだから、もう出ていってちょうだい」

警察の捜査を躱し、徹底的暴力の行使で闇社会を牛耳る「キューバ・マフィア」の実態とは? この続きはぜひ本書で。

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