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「シャーリー・ホームズと221Bな茶会」高殿円(作家)×三宅香帆(書評家)

シャーリー・ホームズと221Bな茶会


登場人物全員性別逆転&現代版の進化系ホームズ・パスティーシュ、〈シャーリー・ホームズ〉シリーズが今年で10周年を迎えました。シリーズをもっと盛り上げていこうということで、コラボメニューを食べつつ、著者の高殿円さんと、第2作『シャーリー・ホームズとバスカヴィル家の狗』で解説を担当した書評家の三宅香帆さんのトークで作品世界を深堀りした、5/24、サロン クリスティでのイベントの模様を一部抜粋して、お届けします。

(編集部)

※イベントのご案内はこちらでした↓
ご参考ください。


■シャーリーのはじまり

高殿 ありがたいことに、〈シャーリー・ホームズ〉が始まって、10年が経ちます。

三宅 構想されたのはいつからですか。

高殿 ロンドンオリンピックの最中に『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』の連載が始まったんです。10年で三巻しか出ていないのですが、おかげさまで続いています。〈シャーリー・ホームズ〉は不思議ななりたちなんです。まず2010年ぐらいから日本でもBBCの「シャーロック」ブームが来ていて、私もすごく楽しく拝見していました。

三宅 「シャーロック」を観て、〈シャーリー・ホームズ〉を構想したんでしょうか。


高殿
 原典を現代に置き換えた「シャーロック」の人気を受けて、ハリウッドが作り始めたのが「エレメンタリー」。現代男女のコンビでした。当時、ファンからかなり批判されたからやらなかったけれど、ホームズとワトソンがくっつきそうな設定でしたよね。私も許せん! と思ってました。ところで、みなさんはコナン・ドイルの原典は読まれていますか? ちなみに私は新潮文庫版をベースに書いています。何回読んでもなぜ同居したのかわからない。ワトソンは医者でしょう。ホームズは多分、家がジェントリーとかじゃないですか。こんないい場所に住んでいるんだから、絶対お金に困っていないんですよ。そもそも、同居しなきゃいけない切羽詰まった事情がない。だけどなんか当たり前のように引っ越してくる。何回読んでも、おまえたちが一緒に居る意味がわからない! コナン・ドイルが書いていた当時、まだ同性カップルというのが難しい時代でしたから、あれをさらっと出して、すごい売れたことに意味があると思っています。おじさんたちも同居したいという、そんな雰囲気もあったんじゃないかと。

三宅 ふわっと住んで、なんかいいなと思わせる雰囲気が。

高殿 男は家庭を持ち、子供を学校にやり、地位と名誉を築かなければいけないという考え方でガチガチだった時代に、おじさんもふわっと住みたい、みたいな。それで、おじさんの心もキュンとなった。たぶん、コナン・ドイルが自分でキュンとしたからあれを書いたんだと思います。そう考えると、「エレメンタリー」はアメリカの解釈違い。絶対同性同士じゃないとダメだろうと思ったんです。みんなに反対されるなにかがないとホームズとワトソンじゃないでしょうと。ちょっと後ろめたいものがないと、あの設定にはならないですよ。そう怒りのツイートをしたら、スクショして保存していた人がいた。担当編集者です。私が同人誌で出して楽しかったで終わらせようと思っていたら、「会議に出しました」といわれて。

三宅 同人誌で百合ホームズを書いていたんですか?

高殿 書こうかなと思ってTwitterに投稿したんです。それが、「企画を出しますけどいいですか?」っていう連絡がきて、どうせ通らないだろうと思っていたら、「通りました、載せましょう」と。

三宅 すごい。そうやって企画が成り立つんですね。言い方が難しいですけど、男性がメイン読者の《ミステリマガジン》の早川書房で、この百合ホームズが出た意義がものすごく素晴らしいと、いちファンとして思いました。

高殿 そろそろ007も女性になったらいいと思うんです。女性になる前に多分、イギリス俳優じゃないとダメ、アメリカ人にやらせるなとか色々あるかもしれない。それらを男性がずっと独占してきて、物語だって独占してきたんですよ。かつては、本を買えるのはお金を持っている男性のみだった時代がありました。そろそろ女性が頑張ってもいいと思って、そういう意味で、この百合ホームズも受け入れてもらえる土壌はできただろうと思いました。怒られたらごめんで終わらせようとしたけど、意外といいぞって言ってくれる人がいた。

三宅 パンケーキが出てくるし、女子文化が詰まっているところも好きですね。

高殿 と話していたら、このお茶会のスペシャリテ、〈シャーリーズハート〉がサーブされましたね。かわいいですね。

パンケーキ〈シャーリーズハート〉

三宅 高殿さんが企画されたパンケーキなんですよね。

高殿 そうです。このお茶会で、パンケーキを出してほしいとリクエストしました。他にも柚子スコーンやコロネーションチキンサンドも今日のメニューにあって、わりと小麦率は高い。

イベントで提供されたイブニングティーのタワー。
この日のメニュー。


三宅 〈シャーリー・ホームズ〉シリーズは小麦が大事ですから。「くたばれグルテンフリー!」という、あのセリフ大好きです(笑)。小麦おいしいですから。

高殿 グルテンを味わってください。一服されたら、トークを再開します。
 

■リアルな描写は取材から

高殿 二巻の『シャーリー・ホームズとバスカヴィル家の狗』の取材のためにデヴォン州のエクセターに行きました。そのとき帰りの特急列車に乗る前にお腹がすいて、エクセターの駅前にある雑貨店で適当にサンドイッチを買いました。おばあちゃんの手作りのような、素人がサランラップでまいた、コッペパンにチキンを詰めたものが売っていて。

三宅 じゃあ、そのとき食べたのが二巻に出てくるコロネーションチキンサンド?

イベントで提供された奥がコロネーションチキンサンド。手前が柚子スコーン、右が赤毛組合サラダ。

高殿 そう。面白かったのは、我々は何かもわからないで買っているんです。何味かもわからない。私はてっきりシーチキンサンドだと思ってました。日本人の味としては。でも、カレー!? ってなって。

三宅 このお茶会で食べているいるみんなも同じような反応をしていると思います。

高殿 コロネーションチキンサンドというものがあることをそのときは知らなくて、味にびっくりしていたら、相席のおばあちゃんが「これはコロネーションチキンサンドよ」って爆笑しながらいう。

三宅 よくわからない平たい顔の民族が「なんじゃこりゃ」といって、なぜカレーなんだと話していたら……。

高殿 そしたらおばあちゃんが、ロンドンまでの2時間半ヒマだから、平たい顔の民族に、これはカレー味で、コロネーションチキンサンドというんだと教えてくれて。私たちはヒアリングもおろそかな英会話しかできないので、コロネーションチキンサンド、イコール女王様だと結び付かない。

三宅 結びつかないですよね。

高殿 なんで王冠とチキンが合体しているんだとなる。そうしたら、おばあちゃんが、女王エリザベス二世の戴冠式のときに考案されたもので、簡単に言うとカレーといえばインドでしょう。長いことインドと言えばイギリスの国庫をうるおしてくれていたので、カレーの味がいわゆるイギリスのママの味になると。今となっては結構失礼な話だと思うんですけど、そういうことを我々はふんわり聞き取ったんです。それで、これはネタに使えるなと。こんなにみんなママの味、カレー味がイギリス人に浸透しているのを知らない。おばあちゃんがサランラップで巻いて売っていたりする。

三宅 読んで初めて知りました。

高殿 日本でいうところの、おかかおにぎりみたいな感じでしょうか。そんな感じで行き当たりばったりでひろってきて詰めこんだので、かなり取材しているんだと思われているかもしれないけど、全然そんなことはない(笑)。おばあちゃん情報。

三宅 あのリアルな生活描写はどうやって書いているんだろうと、みんな思ってると思いますよ。

高殿 実際に住んでみないと全然わからないので、本当に書けているかどうかいつも不安になるんですけど。

三宅 住んだときいてびっくりしました。

高殿 半月滞在したり、一週間アパートで過ごしたりしました。

ロンドンのスーパーへ。芽キャベツが大量。
ロンドンのスーパーは、当時からセルフレジが一般的。
自炊。
イギリスで配信中だったBBCのドラマを一気見!
ハロッズのショコラティエ〈ウィリアム・カーリー〉。


三宅 アパートを借りるんですか。

高殿 いまはAirbnbとかで借りられるようになりましたよね。昔はホテルズドットコムとかで借りてました。一番初めに取材旅行に行ったときは、スマホがシムフリーじゃなかったんです。なかなか宿にたどり着けなくて大変でした。初めての場所だとグーグルマップの奴隷になるしかない。その時に、リモートのWi-Fiは死んでいる。野良Wi-Fiを拾うために、近くのお店に行ったり、日本からプリントアウトしてきた地図を見てグルグル回ったり。人に聞いても、こんな公園は知らないと言われるんですよね。よくたどりつけましたね。ダートムーアでも遭難しかけたし、いろいろやらかしてますね(笑)。
 

■美味しい事件と次回お茶会

三宅 ダートムーアというと、『狗』の舞台ですよね。遭難しかけたんですか?

高殿 しかけました! 三宅さんが行ったのはスコットランドでしょう?

三宅 ネス湖やハリーポッターのロケ地があって、中世の街並みもけっこう残っていていました。

高殿 天気がすごく変わりませんでした?

三宅 夏だったからそこまでではなかったですね。

ムーア
ムーア。何もない。
ムーア。誰もいない。
ムーア。羊がいる。


高殿 私はそれで遭難しかけました。『狗』の取材で行ったのはイギリスのサウスウエストですね。たとえばプリマスは、エリザベス一世の時代、スペインと戦っていたころの大きな貿易地点です。密貿易関係の有名人の銅像が立っていて、どういう倫理観なのか分からないですが、そういうことが街ぐるみで行われた場所なんだと思って、作品にも取り入れました。『狗』では、アルスターという名前で書きましたけど、デヴォン州エクセターがモデルです。そこに行きました。

プリマスの宿の秘密通路?
プリマスの宿外観
部屋名がsmuggler=密輸人???


ダートムーア。広い。ダートムーアの右斜め上にエクセター、左斜め下がプリマス。地図の右手をずっと行くとロンドン。
デヴォンシャー名物の乳製品をたっぷりつかったクリームティー。

三宅 名前をあえて変えたんですね。

高殿 エクセター大学はイギリスの女流文学の錚々たる人たちを輩出しているところで、茶化していいものかと思って。田舎とか、ここのやつらが密貿易人の末裔みたいに書いたりして申し訳なくて、架空の街にして、わかる人にはわかるという感じで、ちょっと名前だけは変えさせていただきました。エクセターからダートムーアにタクシーで移動したら、突然の吹雪で、目印になるようなものが何もなくて遭難しかけました。それで、雪にまみれて宿にたどり着き、ようやく着いたら、ゲストハウスのオーナー夫妻が神妙な顔で迎えてくれたんです。どうしたのかなと思いつつベッドルームへ行ったら、ダブルベッドにバラがハート形にまかれていて、「あなたたちはカップルなの?」ってオーナー夫人に訊かれました。その瞬間、幸先がいいなって(笑)。百合ホームズを書くために取材に行って、百合カップルだと間違われる。節約してワンベッドルームだったんですよ。違うんです、作家と編集者で取材にきたんですよと話して、そこの飼い猫や飼い犬をモフって、翌日、見渡す限り羊しかいないダートムーアを見学して帰りました。行くところ行くところにオチがありますね(笑)。

ムーアの宿にて、噂のダブルベッド。
ムーアの宿の犬たち。


三宅 そこにも創作の秘密が! 最新作『シャーリー・ホームズとジョー・ワトソンの醜聞』までたどりつけませんでしたし、またぜひ聞かせてください。次回は朗読会もいいのではと思います。

(2024年5月24日、於・早川書房一階サロン クリスティ)

※本稿は、ミステリマガジン2024年9月号に収録した記事の再録です。

◉著者紹介

三宅香帆氏(左)、高殿円氏(右)。


高殿 円

小説家・漫画原作家・脚本家。兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し『マグダミリア 三つの星』でデビュー。2013年に『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞、2023年に『グランドシャトー』で第11回大阪ほんま本大賞、2024年に『忘らるる物語』で第23回Sense of Gender賞を受賞。著書に、〈シャーリー・ホームズ〉シリーズ(早川書房刊)『上流階級』『剣と紅』『芦屋山手お道具迎賓館』『35歳、働き女子よ城を持て!』『私の実家が売れません!』などがあり、現代物から歴史物、ファンタジー、エッセイまで、卓越したストーリーテリングと多彩な作風で人気を博す。2010年に上梓した『トッカン 特別国税徴収官』で話題となった〈トッカン〉シリーズ(早川書房刊)が連続TVドラマ化されたほか、映像化・舞台化・コミカライズ化作品多数。

◉解説者略歴

三宅香帆
文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院卒。著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『名場面でわかる 刺さる小説の技術』『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『娘が母を殺すには?』『30日de源氏物語』他多数。編著に『私たちの金曜日』、共著に『みんなで読む源氏物語』(渡辺祐真編、ハヤカワ新書)などがある。

◉書誌情報

書名:『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱
著訳者:高殿 円
ハヤカワ文庫JA 288頁

『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』

あらすじ
2012年、オリンピック開催に沸くロンドン。怪我で除隊して以来、次の就職先が見つからない女医ジョー・ワトソンに、ベイカー街221bでのフラットシェアの話が舞い込む。だが、シェア相手が特別だった。同居人――シャーリー・ホームズは、頭脳と電脳を駆使して英国の危機に立ち向かう、世界唯一の顧問探偵だというのだ。ある日、女刑事グロリア・レストレードが訪ねてくる。遺体がピンク色に染まる中毒死が頻発しているらしい。いまだ無職のジョーはシャーリーに連れられて調査に赴く。それは二人がコンビを組む、初めての事件だった。目覚ましい独創性と原作への愛に溢れた、登場人物全員性別逆転・現代版ホームズ・パスティーシュ第1弾!

あらかじめご了承ください。