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"人間がいないほうが、世界はずっとすばらしい" ーー児童書SFに込められた願い (大谷真弓さんによる訳者あとがき)


早川書房から新たに立ち上がったハヤカワ・ジュニア・SFより、
第一弾『12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅』(リー・ベーコン 著、大谷真弓 翻訳、朝日川日和 イラスト)が発売中。
日常がガラッと変わってしまう経験をした今の子供たちに届けたい作品です。SF作品がこどもたちにこそ必要だと思うその理由とはーー?
 本書より、大谷真弓さんによる訳者あとがきを全文公開します。




 人間がいないほうが、世界はずっとすばらしい。


 ショッキングな言葉ですが、それがこの物語の始まりです。
舞台は、地球上から人間が消えて三十年後の世界。環境をよごして世界を破壊したあげく、戦争でめちゃくちゃにしてしまった人間は、ついにロボットたちから愛想をつかされ、ほろぼされてしまいます。
野生の動植物とロボットたちだけになった世界で、物語をかたるのは、XR935という名前の十二歳のロボット。
ロボットなので、頭のなかはコンピューター。プログラムのように論理的にものを考え、毎日、決まった行動をします。決まった時間に決まった仕事をして、決まった時間に家に帰って、朝まで充電。毎日がそのくりかえし。すべてが予測可能な、ロボットにとって幸せな人生。
ところが、そんな予測可能な人生が、ある日とつぜんがらりと変わってしまいます──人間の女の子のせいで。

 原書のタイトルは『Last Human(ラスト・ヒューマン)』──〝生きのこった最後の人間〟という意味です。
それは、XR935と同じ十二歳の女の子。
絶滅したはずの人間が目の前にいる、それだけでもロボットにとっては大混乱なのに、女の子の行動は、まったく予測がつきません。歩いていたかと思ったら、急にかがんで地面の虫を観察したり、つもった落ち葉をけったりする。かと思えば、ロボットに服を着せようとしたり。
いっぽう、ロボットは自分の存在する理由を知っていて、すべての行動には目的があり、意味のないことはしません。予測不可不能な行動をする、エラーだらけの人間は、ロボットにとっては敵。すぐ消去するべき存在です。
けれど、こんなかよわい子どもが、本当に敵? 
XR935となかまたちに、そんな疑問がわきます。
自分たちに組みこまれている情報は、本当に正しいのだろうか?
 こうして、予測可能なロボットたちと予測不可能な少女という、でこぼこグループの旅が始まります。冒頭の一文は、物語の最初にXR935がいう言葉です。人間との旅を終えたとき、その言葉はどう変化しているでしょう。

 この物語(がたり)は、SF──サイエンスフィクション──というジャンルの作品です。
サイエンスフィクションとは、サイエンス(科学)とフィクション(空想物語)を合体させた言葉です。というと、なんだかむずかしそうに聞こえますが、そんなことはありません。
たとえば、『ドラえもん』もSFです。未来から来たロボットが、現代のさえない男の子を、未来の科学技術がうんだ発明品で助けてくれるお話は、世界じゅうの子どもたちに親しまれています。
 けれど、なぜ、わざわざ科学を持ちだすのでしょうか? それは、SFは基本的にとっぴょうしもない物語だからです。現実には、まずありえないお話ばかり。
そのままでは、「そんなことあるわけないじゃん」で終わってしまいます。そこで、未来から人がやってくる話には、タイムマシンという時空を自由に行き来できる機械を考え、光の速さで移動しても百年以上かかる遠い宇宙の星へ行くために、ワープという方法を考えました。科学が発達すれば可能なことだと説明されると、ぐっと本当らしく聞こえて、ありえない話も真にせまってきます。すると、読んだ人は、とっぴょうしもない話について、真剣に考えてくれます。

 では、なぜとっぴょうしもない話を、真剣に考えてもらいたいのでしょう? SF作品に登場したことは、何年もたってから現実になることがあります。月面着陸、空飛ぶ車、ロボットなどなど。予言みたいですよね。
それは、「今ある科学技術がもう少し発達したら、未来はどうなるんだろう?」と想像して、物語を作っているからです。
ほんの少しまちがった方向へ進むと、とんでもないことになってしまうかもしれません。ちょっとした遊び心のつもりが、世界の破滅をまねくかもしれません。
それどころか、今この瞬間も、それとは知らずに未来の人々に恐ろしい影響をあたえることをしているのかも。だから一度立ち止まって、ゆっくり考えてみましょう──そんな願いがSF作品にはこめられています。
反対に、歴史上の人物が、あのときちがう行動をとっていたら、どうなっていただろうという空想から生まれたSFもあります。
未来の物語も、むかしの物語も、もしかしたらあったかもしれない別の現在の物語も、今のわたしたちはこのままでいいのか、と問いかけてきます。

 とはいえ、まずは気楽に楽しんでください。SFは、もしこんなものが発明されたら、もしあんなことが発見されたら、どうなるだろうといった、いろんな「もし」をふくらませたエンターテインメントです。楽しんだあと、心にひっかかる部分があったら、ちょっぴり考えてもらえるとうれしいです。

              2021年4月 大谷真弓(訳者あとがきより)


12歳のロボット-ぼくとエマの希望の旅_帯

【書誌情報】
12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅
著者:リー・ベーコン
訳者:大谷真弓
イラスト:朝日川日和
2021年5月18日発売
46版 並製343ページ
定価(本体1,400円+税)
対象: 小学校中学年~
ルビ:小学3年生以上で習う漢字にルビ

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