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6月1日放送「奇跡体験! アンビリバボー」にて1時間丸ごと総特集! 『スパイの血脈』より「訳者あとがき」特別公開

早川書房より好評発売中のノンフィクション『スパイの血脈』(ブライアン・デンソン/国弘喜美代訳)が、6月1日(木)放送のフジテレビ系列「奇跡体験! アンビリバボー」にて大特集されます。著者および捜査関係者への貴重なインタビュー&迫真の再現ドラマで事件の全貌に迫る、1時間丸ごとのスパイ親子特集です。http://www.fujitv.co.jp/unb/

1990年代から2000年代にかけて起こったニコルソン父子事件が、なぜ「いま」これほど注目を浴びるのか? そのカギは、トランプ大統領に「ロシア疑惑」渦巻く昨今の米ロ情勢との、深い関係にありました。翻訳者が語ります。

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訳者あとがき

本書『スパイの血脈』The Spy’s Sonは、ロシアに機密情報を売り渡した米国人父子、ジムとネイサン・ニコルソンについての実話である。

「米国内で工作活動に従事するロシアのスパイの数は、冷戦時代の規模に劣らないどころか、それ以上かもしれない」

本書に出てくる、ジョージ・W・ブッシュ政権下で国家対情報局長をつとめたミシェル・ヴァン・クリーヴのことばだ。諜報活動は、冷戦の終結によって下火になるどころか勢いを増した。さらに2001年の同時多発テロを機に、米国がテロとの戦いの時代に突入すると、テロ対策という大義のもと情報収集は強化され、その重要性を訴える声が大きくなっていく。そして近年、パナマ文書、ウィキリークスなど、機密情報がらみのニュースが世間を騒がせ、ドナルド・トランプ米大統領の選挙戦にロシア政府が関与していた疑いがあるとして、連日さまざまな報道がなされている。

ジム・ニコルソンはまさにこうした時代の諜報の世界に身を置き、息子のネイサンも、父に導かれて同じ世界を垣間見た。

本書は裁判のシーンからはじまる。傍聴席にいる本作の著者ブライアン・デンソンの目あては、被告人のジム・ニコルソンだ。ジムは米国を裏切ってスパイ行為を働いた罪で服役中の元CIA局員で、この日はまた別の新たな罪に問われていた。獄中から末の息子を操り、ロシアに情報を売り渡した容疑である。ジムを見ているうちに、著者デンソンの脳裏にいくつもの疑問が渦を巻く。なぜジムはふたたびロシアに接触したのか。いまさらロシア側になんの得があるのか。実の息子をスパイに仕立てることができるとは、いったいどんな父親なのだろう──著者は答を求めて、取材を重ねる。ジムの家族や囚人仲間、捜査陣や関係者に話を聞いて、捜査資料、裁判記録、ジムの日記に目を通す。著者の問いに対し、ネイサンは面談や電話、メールなどで延べ200時間をかけて答えている。著者は調査結果を《オレゴニアン》紙で連載した。その記事を核にして新たにまとめられたのが本書である。

ジム・ニコルソンは、1980年にCIAに入局後、マニラ、バンコク、東京での勤務を経て、ブカレスト支局長に昇進した。そして1994年、クアラルンプール駐在時にロシアの情報部員に接触し、CIAのユダとなるべく一歩を踏み出す。そのあとCIAの訓練所〝ファーム〟の教官になるが、1996年ダレス国際空港で逮捕され、翌年、懲役23年7か月の判決を受ける。ところがそれから九年ほどのあいだに、ジムは獄中からロシアに伝言を送る方法を考え出していた。絶対に裏切られる心配のない相手、息子のネイサンを連絡役に仕立てることにしたのである。ネイサンは父に頼られたことがうれしく、言われるがままスパイの世界に足を踏み入れ、一度途絶えたユダの道を開通させる。

ジムとネイサンが具体的にどうやってロシアの情報部員と接触し、どんなふうに取引し、その後どうなったのかは、本文でご確認いただきたい。徹底した取材にもとづき、会話を多用した形で臨場感をもって各シーンが描写されているため、ニコルソン親子の行動が映像的に立ちあがってくるはずだ。ところで、スパイと言えば、小説や映画に出てくる謎めいたヒーロー、ヒロインというイメージが強いが、ニコルソン父子がむしろ特別な人ではないことに驚く読者も多いと思う。ネイサンにいたっては、ふつうどころか、どちらかと言えば冴えない青年で、人が良すぎて保険外交員もつとまらない、少しぼんやりした性格だ。そのネイサンがロシアの情報機関に受け入れられて、ベテランスパイとの一対一での取引に臨み、与えられた役割をそれなりにこなしてゆく。フィクションとちがって現実はむしろそういうものなのかもしれないと、かえって生々しく感じられるのではないだろうか。

ジムとネイサン以外のニコルソン家の家族からも、著者は可能なかぎり話を聞き、そのことばを引用している。ジムとネイサンの関係は大きな読みどころだが、CIA局員の妻がどんな犠牲を強いられるか、家族のなかにふたりもスパイがいた現実を各自がどう受け止めるのかといった点も興味深い。

また、ニコルソン父子に対する捜査陣の動きが、その都度対応する形で差しこまれていくため、スパイ小説を読むような楽しみもある。駐在国と世界の情勢に加え、スパイとその逸話についても著者はたっぷりページをさいている。たとえば、2010年にオバマ米大統領とメドヴェージェフ露大統領のもとで、映画「ブリッジ・オブ・スパイ」さながらのスパイ交換劇がおこなわれたくだり、交換された工作員がその先どうなったかを描いたくだりなどは、スパイ小説そのままだ。

ジムが国への背信行為を開始したのは、折しもオルドリッチ・エイムズに終身刑が宣告されたころだった。元CIA局員のエイムズはソ連に機密情報を売り渡した有名な二重スパイだ。その後米露によるスパイの引き抜き合戦が激しくなり、イスラム過激派組織に関する情報収集が急務になると、CIAとFBIはやむをえず手を組み、情報を共有しはじめる。スパイ捜査の手法、裁判で有罪判決に持ちこむための証拠集めなど、裏切り者を見きわめ、追い詰め、逮捕するまでの過程が、ジャーナリストである著者の筆でつぶさに記されている。司法の場での駆け引きも実にドラマチックだ。

われわれが諜報の世界を知る手立てはかぎられている。たとえば、いまでこそ世界じゅうにその存在と活動内容が知られているが、ほんの20年ほど前には米国の情報機関、国家安全保障局(NSA)はほとんど知られておらず、“そんな組織は存在しない(No Such Agency)”の略だと揶揄されていた。その周知に、エドワード・スノーデンによる内部告発が果たした役割は小さくない。また、最近になってジョン・ル・カレやフレデリック・フォーサイスなどの有名作家が、実は情報組織に在籍あるいは協力していたことをみずから明かしており、ほかにも公表されてこそいないものの元スパイの作家がいると言われている。告発であれフィクションであれ、内部を知る者のことばを通して、わたしたちはようやく諜報の実態をうかがい知ることができる。ジムとネイサンはなぜスパイになったのか、諜報の世界の一端を描いた本書のなかにその答がある。

著者のブライアン・デンソンはオレゴン州ポートランド在住のジャーナリストで、30年以上にわたって政治・社会問題を掘りさげ、《オレゴニアン》紙や《ヒューストン・ポスト》紙などに記事を寄稿してきた。すぐれた報道に対して贈られるジョージ・ポルク賞など数々の賞に輝き、ピュリッツァー賞国内報道賞のファイナリストにもなった。2015年に刊行された本書は、デンソンの初の著書であり、英国、オーストラリア、ポーランドで出版され、ロシア、エストニア、オランダでも出版が予定されている。

現在ジムは“ロッキー山脈のアルカトラズ”とも言われるコロラド州フローレンスの最厳重警戒連邦刑務所で服役中だ。ネイサンとの連絡はもとより、メディアとの接触も固く禁じられている。著者のデンソンは、オレゴン・パブリック・ブロードキャスティングのインタビューを受け、ジムが出所したら訊きたい質問をひとつあげてくれと言われて、こう答えた──「実の息子をスパイにするなんて、どうしてそんなまねができたのか」

出所は早くて2024年、そのときジム・ニコルソンは七三歳になっている。

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ニコルソン父子事件の背景をお知りになりたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。 親子で売国! 全米を震撼させた「ニコルソン父子事件」とは?①父・ジム編②息子・ネイサン編

『スパイの血脈』は、早川書房より好評発売中です。


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