見出し画像

我々はただ皆さまに伝えるほかない。SFプロトタイピングは世界を変える、と。『SFプロトタイピング』はじめに

SF(サイエンス・フィクション)を通じて私たちの未来を試作=プロトタイプし、逆算とストーリーの力で新しいプロダクトやサービス、組織変革の突破口を開く――「SFプロトタイピング」と呼ばれる手法が、いま熱い注目を集めている。刊行直後より「日経新聞」や「週刊ダイヤモンド」などビジネス媒体で書評が相次ぐ話題の入門書SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略(宮本道人=監修・編著、難波優輝・大澤博隆=編著)より、「はじめに」を全文公開します。

画像1

はじめに 宮本道人+難波優輝+大澤博隆

「予想外」の未来を予想する

 SFプロトタイピング……それはサイエンス・フィクション的な発想を元に、まだ実現していないビジョンの試作品=プロトタイプを作ることで、他者と未来像を議論・共有するためのメソッドである。近年ビジネスの現場で脚光を浴び始めており、すでに様々な領域で実践されている。

 SFプロトタイピングで作られるプロトタイプには、

1. ガジェットを介した未来の具現化:未来社会の変化を象徴するガジェット(製品・街・社会制度など)が登場すること
2. キャラクターからの具体的な眺め:抽象的な視点ではなく、特定の性格や意志、感情を持ったキャラクターの視点から、ガジェットのもたらす影響が考察されること
3. プロットによる動的なシミュレーション:断片的なシナリオにとどまらず、キャラクターたちの意識や社会状況が時間経過にともない変容してゆくプロセスを描くこと

 などの特徴があり、それらが「SF」という名前を冠している理由である。

 SFプロトタイピングは「バックキャスティング」的な方法である。

「バックキャスティング」とは、先に起こる出来事を考えてから逆算して今を考えることを意味する。対義語は「フォアキャスティング」だ。フォアキャスティング的な未来予測は、これまで多くの企業が行ってきたことの一つで、現在の科学技術や社会状況から演繹し、実現する確率の高い未来を想定してゆくものである。しかしこの方法では、斜め上の未来は想像しにくい。
 先にSF的なビジョンありきで、それを成立させるための技術や、そこに対する対応策を探っていったほうが、VUCA(変動性Volatility、不確実性Uncertainty、複雑性Complexity、曖昧性Ambiguity)の時代と言われるいま、ほかにない独自の強みを得られるのだ。

 だがいったい、SFプロトタイピングとは具体的にどんな営みで、どこでどのように行われているのか?

 その可能性と力にもかかわらず、SFプロトタイピングの全貌はなぜかまとめられてこなかった。ゆえに、それが自分と関係するようなものと感じている人は少ないかもしれない。

 しかし、SFプロトタイピングは、実は誰にでも関係し得るものだ。
 一つ、ここで問いかけてみよう。コロナ禍を考えてほしい。あなたはそれを予想できただろうか?

「ウイルスで誰もが家に籠もってリモートワークに明け暮れる未来が突然来るかもしれない」などとコロナ以前に主張していた人がいたら、「そんなこと有り得ないのでは?」と一笑に付していたのではないだろうか。

 一方SFのなかには、コロナ禍的な状況を予測できていたものがしっかりとある。1956年にアイザック・アシモフによって書かれたSF小説の古典『はだかの太陽』では、ウイルス感染を恐れて自宅に引きこもりリモート通話でコミュニケーションを取って暮らしている人類の姿が描かれている。もっと最近の例では、2010年に高嶋哲夫によって書かれたシミュレーション小説『首都感染』で、都市封鎖をしてパンデミックに立ち向かう人々の姿が描かれている。

 もし実際にそのような状況を想定して動けていたら、例えば巣ごもり需要を見越した商品を開発したり、組織を在宅勤務しやすい状態にいち早く整えたりして、あなたはいま大成功できていたかもしれないし、大勢の人がそれに助けられていたかもしれない。未来予測とはそういうものだ。実際のところ、その予測がSF的か現実的か、なんて区分けは、後になってみないとほとんどわからない。

 未来は常に不確定で、ゆらいでいる。蓋然性の高い未来を常に想定しているだけでは、突如として訪れる大きなゆらぎに対処することはできない。

 誰かの予想した未来像を鵜呑みにするのではなく、自ら「予想外」の未来を予想する。そうすることで、斜め上の社会変化が起きたときに生き抜くことができる。それが、SFプロトタイピングがすべての人にとって意味をもつ理由なのだ。

空想の世界には自由がある

 ビジネスパーソンにとって特にSFプロトタイピングが役に立つのは、事業や製品を新たに創り出すような局面だろう。社内でプロジェクトを企画し、人材とリソースを回してゆく際には、いままで与えられてきた課題をこなすのではなく、これから進むべき道を決め、チームを動かす必要がある。もちろん大前提として地道な分析は重要だが、確実な未来は存在しない。「こうなるだろう」ではなく「こうなりたい」という未来像を考えるように、思考法を切り替えなければならない。そんなミッションを背負ったあなたにとって、SFプロトタイピングがもたらす予想外の思考のジャンプ力は強い武器となる。

 また、こうした思考のジャンプを、独りよがりではなく皆で協力して進めるためにも、SFプロトタイピングは役に立つ。社内で自分の意見を通すのは難しい。おそらくあなたの社内には様々な専門家がいて、様々な価値観や意見を持っている。あなたのチームには優秀な人材が眠っているかもしれないが、社内の様々な圧力で、そうした人々の意見を十分に掘り出せないこともある。

 そんなときに、SFプロトタイピングを介した議論が効果を発揮する。空想の世界には自由がある。「フィクション」であれば、誰もが枷を外して新しいアイデアを発言し、コミュニケーションしやすくなる。また、物語の世界の登場人物たちの気持ちに寄り添えば、その登場人物たちをなんとか救い出すアイデアも湧きやすくなる。あなたのチームを活性化させること、それが、SFプロトタイピングのもう一つの利点である。

 自分が作家でないことなど気にしなくていい。場合によってはSF作家の手助けを借りてもいいのだ。最終成果物は作品ではない。あなたの企画だ。アマチュア上等、見様見真似で気軽にいけばいい。作品を作るプロセスから、未来をみんなで考えること、その力を養うこと、それがSFプロトタイピングの価値である。

SFが生んだイノベーション

 SFプロトタイピングの可能性をもう少し知ってもらうために、そもそもSFとは何かを簡単に話そう。

「SF」と聞いてあなたが思い浮かべるイメージは何だろうか?
 宇宙人、光線銃、アンドロイド、空飛ぶクルマ……荒唐無稽なものから比較的現実的なものまで、なんとなく未来っぽさのあるガジェットを思い浮かべる方が多いかもしれない。もちろん、それも間違いではない。しかしSFとは、単に技術を描くジャンルではなく、何よりも「スペキュラティブ」なものだ。スペキュラティブとは「思弁的」の意味で、現状の社会のリアルを描くだけではなく、現実から外れた未知を、そして、価値を思い描くことを意味する。

 例えば、空飛ぶクルマを描く際、その機能を想像するだけではなく、それが社会、生活、倫理に与える影響と変容した世界を思弁=スペキュレイトすること。それがSFのSFたるゆえんなのだ。

 SFの歴史を遡れば、最初にSFという文学ジャンルを世にもたらしたのは、ヒューゴー・ガーンズバックという編集者/技術者であった。ガーンズバックは「サイエンス・フィクション」という名称を生み出し、科学者にインスピレーションを与え、科学のイメージと魅力を一般に共有するための物語を掲載する雑誌『アメージング・ストーリーズ』を1926年に創刊。以降SFはサブカルチャーの中で生息域を拡大していくのだが、そこに徐々に文学的な流れが入り込み、現実の資本主義への批判や、技術そのものへの警鐘、技術とわたしたちの関係を批評する物語がSFの力強い流れを創り、現在に受け継がれてゆくことになる。そのなかで、コンピュータとネットワークの価値に早くから注目していた「サイバーパンク」といったサブジャンルが登場したり、SFという頭文字が「スペキュラティブ・フィクション」として解釈されるようになったりして、SFは大きな市場と一定の社会的地位を確立するのである。

 このようなSFの特性は、これまで様々な形でイノベーションに影響してきた。

 例えば、ロケット工学の基礎を築いたロシアの研究者コンスタンチン・ツィオルコフスキーはSF作家でもあり、「SFの父」とも呼ばれるフランスの作家ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』から影響を受けていた。例えばアイザック・アシモフが小説内で示したロボット工学三原則は、様々なロボット工学者に影響を及ぼした。そういった例は、枚挙にいとまがない。

 より最近では、人工知能(AI)の技術的特異点(シンギュラリティ)の概念が好例である。シンギュラリティとは、AIが発展して賢くなり、技術やサイエンスの担い手が人間からAIになると、技術の発展に不連続で予測不可能な段階が出るという考え方で、未来学者(フューチャリスト)レイ・カーツワイルが唱えて一躍有名になった。しかしこれはカーツワイルが単独で考えたわけではなく、ヴァーナー・ヴィンジというSF作家と共同で作った概念である。

 また、大企業でなく消費者自身が製品を作ってゆく「メイカームーブメント」は、米技術誌『WIRED』の元編集長クリス・アンダーソンが『MAKERS』という著作を書いたことで広く普及した概念だが、アンダーソンは同著の冒頭で、SF作家コリイ・ドクトロウの同名の著作『Makers』への謝辞を寄せ、その影響について記述している。

 日本でも、ドラえもん、鉄腕アトム、星新一のショートショートなどに影響されて実業家・研究者・技術者になったという人は多い。ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義は、Pepperを「世界初の感情を持つロボット」として売り出したとき、自身への鉄腕アトムの影響を述べている。

 これらはSFが直接的に技術イノベーションに貢献している例だが、一方で、SFには社会の価値観を大きく前進させる力もある。ここではその一例として、女性の社会活躍への影響を挙げよう。

 例えば、宇宙飛行を行った初めてのアフリカ系アメリカ人女性であるメイ・ジェミソンは、キャリア選択においてTVドラマの〈スタートレック〉シリーズのウフーラというキャラクターに影響を受けたことを明らかにしている。ウフーラは、アメリカのTVドラマ界で、初めてメインキャラクターとして活躍したアフリカ系女性キャラクターである。

 ほかの例では、女性の尊厳が侵害されるディストピアを描いたマーガレット・アトウッドの小説『侍女の物語』にも触れておきたい。この本が書かれたのは1985年だが、2017年にドラマ化された際、本作は大きな話題を呼んだ。"Me Too" 運動や反トランプ運動と重なり、ムーブメントの一部となったのだ。女優のエマ・ワトソンがこの本をパリの様々な場所に100冊隠し、そのことをツイートするといった活動を行ったこともあった。

SFを積極的に利用する

 こうしたSFが生み出す発想力を、より積極的に利用しようとする試みが「SFプロトタイピング」であると言えよう。この単語を明確に使い始めたのは、インテルに所属する未来学者、ブライアン・デイビッド・ジョンソンである。ジョンソンが2011年の著書『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』の中でこの概念を紹介して以降、似たようなフレームで行われる取り組みが、広くSFプロトタイピングと呼ばれるようになっていった。

 SF活用の意義を早くから認知した層としては、コンサルティング業界、軍事業界、学術業界などが挙げられる。アメリカでは、2012年にSFを用いたコンサルティングを行うSciFutures という会社が立ち上げられた。学術方面では同年、カリフォルニア大学サンディエゴ校にアーサー・C・クラーク人類想像力センターが創設されている。『2001年宇宙の旅』などで知られる著名なSF作家クラークの遺志を継ぎ、SF的想像力を育て実社会に応用することを目的とした研究組織だ。軍事方面では、2016年にアメリカ海兵隊戦闘研究所がSFワークショップを開催したり、2018年にフランス陸軍が、未来予測のためにSF作家を雇い「RED TEAM」を結成したりしている。

 特に近年、ビジネス界からのSFへの注目度を押し上げた要因の一つに、中国の小説『三体』の大ヒットがある。バラク・オバマやマーク・ザッカーバーグといった著名人がこぞって絶賛したこともあって『三体』は世界的に知られるようになり、それまでSFに馴染みがなかったビジネスパーソンまでが手に取るようになった。中国国家はそこにSFの勝機を見出し、現在、SF産業に大きな力を入れている。例えば、世界のSF関係者・ファンが一同に介するイベント「ワールドコン(世界SF大会)」に政府支援で作家や政治家を参加させたり、「SF都市宣言」を行った四川省・成都の未来像を描くSFコンテストを開催したり、『三体』の著者である劉慈欣を火星探査プロジェクトのイメージ大使に任命したりといったことである。SFプロトタイピングはビジネスだけでなく、国家・行政にも関係し得る。

 もっとも、SF的発想を実用しようという考えは、海外だけでなく日本においても古くからあった。1970年の大阪万博では、三菱未来館などの個別のパビリオンに対する多数のSF作家の参画に加え、万博全体のビジョナリーアドバイザー、コンサルタントに近い立場で、SF作家の小松左京が参加している。小松はもともと、大阪で万博が開かれるのを契機として、日本の未来を考える勉強会を自発的に開催していたが、のちにこの勉強会が、万博の思想的リーダーに位置づけられていく。小松はジャーナリズムに強い関心があった作家であり、『日本沈没』『復活の日』など、その小説は同時代のSFの中でも、特にシミュレーショナルな側面が強い。その後、小松は未来学という学問領域を提案し、SFを未来予測に使うことを提案している。

SFプロトタイピングの種々の方法論を一望する

 本書はこのようなSFプロトタイピングの可能性を一望することで、あなたがこれからSFプロトタイピングを実践し、未来を想像していくための地図を提供する。

 ここまで見てきたように、SFプロトタイピングには様々な種類の試みがあり、一つの確立した方法論があるわけではない。また、そもそもSFプロトタイピングというジャンル自体、これから開拓してゆく段階にあるため、一つ一つのプロジェクトの中で新しい方法論が次々に生み出されている。それらの試行錯誤をバラバラにせず、一つにまとめていこうというのが、本書の目標である。

 そこで本書では、コンサルタント、起業家、作家、編集者、アーティスト、キュレーター、研究者など、これまで様々な立場でSFプロトタイピングを実践してきた方々にお話を伺った。あわせて、筆者ら自身がSFプロトタイピングを研究・実践してきた中で得た知見を論考としてまとめるとともに、SFプロトタイピングの事例、参考になるフィクション作品、ノンフィクション作品の紹介・マッピングを行った。

 本編に入る前に、筆者らとSFプロトタイピングの関係も簡単に説明しておこう。

 宮本道人は、科学と文学の組み合わせの新しい可能性を追求してきた科学文化作家・応用文学者である。「対震災実用文学論 東日本大震災において文学はどう使われたか」(『東日本大震災後文学論』所収)など、フィクションの実用を研究している。自ら漫画原作などを執筆する作家でもあり、これまで様々なSFプロトタイピングプロジェクトに作品制作者・コーディネーター・専門家といった立場で参加してきた。

 難波優輝は、「未知のものへの想像力」や「他者の理解」といった関心からSFの可能性を研究している美学者である。自身も企業とのSFプロトタイピングプロジェクトで作品を制作、理論と実践の両面からSFプロトタイピングの分析を行っている。

 大澤博隆は、筑波大学にて人間と人工知能システムの社会的相互作用「ヒューマンエージェントインタラクション」を研究している研究者である。「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」と題した研究プロジェクトで人工知能技術とSFとの相互の影響について調査しているほか、三菱総合研究所と共同で「SF思考学」の研究を進めている。学会誌『人工知能』『情報処理』でSF短篇に関わる企画なども扱ってきた。

 この三人が、これから読者の皆さまをSFプロトタイピングの世界へ連れてゆく案内役だ。本書の制作は、我々にとって、SFプロトタイピングという広大な領土を巡る驚異の旅だった。そこで出会ったのは、SFプロトタイピングに流れ込む偉大な源流たちと受け継ぐべき財宝であり、現在に広がるSFプロトタイピングの豊かな生態系とそれぞれの試みのユニークな姿だった。

 旅から戻った我々は、SFプロトタイピングの地理と風土をいっそうクリアに把握できるようになった。同時に、まだ見ぬ土地、鬱蒼と茂る可能性が無数に存在すると予感している。

 我々はただ皆さまに伝えるほかない。SFプロトタイピングは世界を変える、と。その理由は以下の章を読んで頂ければ必ずわかって頂けるものと思う。

 本書は現時点での我々が皆さまに提示するSFプロトタイピングの最前線の調査記録であり、同時に、皆さまが我々のずっと先、未知の領域へ進むための地図である。

 それでは、SFプロトタイピングをめぐる驚異の旅を始めよう。

* * *

宮本道人=監修・編著、難波優輝・大澤博隆=編著SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略(四六判並製単行本、定価1980円)は早川書房より好評発売中です。

|| こちらも読みたい ||



みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!