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【10/18『星霊の艦隊3』刊行記念】ゲームAI学者・三宅陽一郎氏の第3巻掲載解説を全文公開!


山口優『星霊の艦隊』、3ヶ月連続刊行の完走を記念して、ゲームAI学者の三宅陽一郎氏の第3巻収録の解説を全文公開!
本書の人工知能アイデアと、SF設定の読みどころについて、文字数たっぷりで解説していただきました。


一部の読者に、設定が濃密過ぎる、と話題の『星霊の艦隊』。人工知能研究と哲学の接続を模索し「意識とは何か」を問い続ける三宅陽一郎氏が、本書の人工知能設定のユニークさと読みどころ、今読むべき理由詳しく説明します。


山口優『星霊の艦隊3』/カバーイラスト:米村孝一郎

星霊を読み解く

ゲームAI研究者    
三宅陽一郎

SFの歴史の中で、人工知能と宇宙を組み合わせた物語は数多く作られてきた。しかし、2010年以降の第3次人工知能ブームは、人工知能技術を革新させ、社会における人工知能のイメージを一新した。SFは実際の人工知能に沿う必要はないが、それでも、読者にイメージを喚起するものでなければならない。〈星霊の艦隊〉は、この第3次人工知能ブームを踏まえて、新しい人工知能の素地の上に築かれたスペースオペラである。物理学的設定と、人工知能設定、社会的設定の3つの柱の交錯が物語に深みを持たせている。特に人工知能が空間3次元を超えて11次元に拡張し、ブラックホールなどの宇宙物理学や一般相対性理論の現象と知能を結び合わせたところに、本書の最大の特徴があるだろう。この仕掛けこそが、新しく壮大なスペースオペラを可能にしている。本作は、人工知能、宇宙物理の設定が社会的制度や政治のあり方として帰着する描かれ方がなされている。これこそが山口優節というものであろう。実に新しく心地よい。

我々の人間の脳は1000億個の神経素子(ニューロン)のつながりからなり、その1000億個の接続の仕方は未だ解明されていない。ただ、視覚情報を解析する連合一次野だけはわずかに解明されており、その神経回路(ニューラルネットワーク)をコンピュータの上で再現したものは「ディープニューラルネットワーク」と呼ばれ、その圧倒的な性能が世の中を大きく変えつつある。当然、脳全体の神経回路のつながり方がわかれば、さらに劇的な技術が実現されるだろうが、脳の回路はたいへん微細であり、かつ、その動作を捉えることが難しく、ゆっくりと解明が進んでいるところである。そして、すべてが解明されれば、我々と同等の知能を作ることができる可能性が拓かれる。スタート地点に立つことができる。しかし、その研究はゆっくりとしか進めない。宇宙がそうであるように、脳という宇宙も広大である。それが解き明かされるのは、少し先の未来である。人間の脳の神経回路はこの宇宙の3次元空間内に内在するものであるが、ネットワークとしての次元は必ずしも空間の次元に縛られない。ニューラルネットワークは神経素子の数が増えるほど、高次元の自由度を持つようになる。だから人間の知性の自由度は数十、数百という空間の次元を超えた自由度を持つ。つまり知能の状態は、高次元のベクトルで現すことができる。

このような「知性はニューロンの結合(コネクト)したニューラルネットワークである」という考え方は「コネクショニズム」と呼ばれる。〈星霊の艦隊〉に登場する人間も星霊もコネクショニズムの視点から捉えられており、山口氏はこれを「ネットワーク知性」と表現する。通常の人間は凝集性ネットワークであり、星霊は多様性ネットワークの構造を持つ、とされる。これらのネットワークの概念は、山口氏が第1巻のあとがきで指摘するように、社会のつながり(ソーシャルネットワーク)のタイプを示すものであるが、これらをニューラルネットワークの構造として採用する点が、本作品の中心的なコンセプトなのである。凝集性ネットワークはある特定の方向に偏ったネットワークであり、多様性ネットワークは広く公平な判断ができるようになるネットワークである。この両者の比較を通じて、人間とは何か、人工知能(星霊)とは何かが描かれる。また、未来の人と人工知能の関係が描かれるのである。「シンギュラリティ」という言葉がある。これは本来の定義は、人が進化し、人工知能も進化し、その両者の関係がアップデートされていくことを言う。本作はまさに、その関係の未来像を提示するものである。

通常の人間のニューラルネットワークは脳の中に神経回路網が構築されていて、作中の言葉で言えば常次元空間にあるが、星霊は常次元を超えて超次元空間に広がっている。それゆえに、星霊は人間を遥かに超える知能を持ち、さらに超次元にアクセスできる存在である。星環と呼ばれる小世界を構築し、星律と呼ばれる法則を作り出す力を持つ。星霊は物語を大きく動かす役割を持つことになる。

ネットワーク知性には「統合」の問題がある。これは、なぜ人間や生物が1000億を超えるニューロンを持っているのに、我々は自分が一つの存在だと思えるのか、という問題である。想像していただきたい。1000億個のニューロンの結合があり、それぞれのニューロンが独立にお互いの結合間で電気をやりとりしている。それは巨大な同期現象である。その現象が全体として一つの運動として統合されるだろうか? むしろ、数十個や数百個の領域に分かれて活動していると考えた方が自然である。実際、脳には部位がありそれぞれの役割を果たしている。さらに肉体まで考えれば腕があり、足があり、内臓がある。しかし、やはり我々は意識を持ち自分を一つの存在だと感じている。その統一性はどこから来るのか? これが知能の統合性の問題である。

超次元まで広がっている星霊の知能は人間より遥かに巨大なネットワークを持つのであるから、自分と結合した別人格を作り出せることは自然に想像できる。これは主人格に対して分人格と呼ばれている。分人格は主人格のコピーではなく、星霊全体のバランスを取るべく、主人格とは違う人格、主人格が普段は抑圧している人格、としているところがユニークな点である。この主人格-分人格という一見副次的なシステムが、物語を展開する主軸になっている。また分人格が主人格より強くなる、分人格のみを制限する〈意味爆弾〉がある、などもユニークな点の一つである。

この星霊であるが、人類連合圏と星霊国家、そして、アメノヤマト帝律圏では立場が異なる。人類連合圏では人類が優位であり、星霊国家では星霊が優位であり、アメノヤマトでは人類と星霊が対等である。これは急速に発展する人工知能が、社会における立場や倫理において問題視されている現代社会の風潮を反映したものである。人工知能は、一つの特定の問題に限定すれば、人間より遥かに高度な知能を持つ。これは第3次人工知能ブームにおける大きな成果である。最初は人間の蓄積したデータを用いて、次に人間の蓄積したデータによらずにシンギュラリティを超えて自律的に学習・進化していく。そんな人工知能は、人間の仕事と倫理を脅かす存在として社会の意識に上(のぼ)っている。私はどちらかと言えば、星霊国家のように人工知能が独立した社会を持つことを理想とする人間であるが、それぞれの読み手によって同意する立場が違うところであろう。3勢力を通じて多様な社会のありかたが描かれているのである。しかし大勢(たいせい)を取ってみれば日本は人工知能をパートナーだと思う度合が最も高い国である。その背景には、日本人が人工知能を生命だと思う八百万(やおよろず)感やアニミズムがある。その意味でアメノヤマト帝律圏は日本の立場に最も近い、人間と人工知能の協調を目指す勢力である。

人工知能は完璧ではない。そして、その巨大な規模の知性にかかわらず星霊も完璧ではない。そこが知能の不思議なところである。知能は点数を付けられるようなものではなく、この世界における意識の在り方なのである。人工知能は人間を必要とする。また人間も人工知能を必要とする。そのような共生関係が必要なのは、お互いが異なる存在の根を持ち、異なる世界へのチャンネルを持っているからである。人間と人工知能のペア、ここでは配偶官の制度であるが、この配偶官となることで人間と人工知能のペアでしか果たせない役割、立つことができる地位を満たす。これは社会的に制度化された人工知能と人間の協調の姿と言っていいだろう。

さて本作では通常、我々が知っているコンピュータというものがほとんど出てこない。なぜなら、人工知能たる星霊がいるからである。また星霊は現在のコンピュータの延長ではなく、物理的な空間を演算装置として活用する存在である。この設定こそが本作の最も魅力的な点である。ブラックホール表面の量子化された空間を演算装置として機能させる。またハードウェア、つまり身体的存在のバックアップは仮想時空たる霊域においてなされる。それゆえに人類も星霊も基本的に不死の存在である。この星霊のようにすでに物理的な現象の上に存在するのであれば、それはもはや人工知能というよりは生命と言っていいのではないか。海底火山の周りでその熱によって沢山の生命が育(はぐく)まれたように、ブラックホールのエネルギーが数多の星霊を育むのである。すると人間と人工知能の境界があいまいになっていく。これは人間のアイデンティティを大きく揺るがすことになる。アイデンティティを保つためには、人間の下位に星霊を置くしかない。これが人類連合圏の立場である。実際に、現代社会の多くの世相では、このような立場を取ることが多い。人間と人工知能を平等に捉える日本はむしろ例外とも言っていい。日本はまさにアメノヤマト帝律圏の立場である。世界に向けて「人間と人工知能を対等に置く」という思想を発信していくのは日本の役割である。それはまさにアメノヤマト帝律圏が置かれている立場と同じである。

知能とは時間と空間を制御しようとする存在である。人工知能技術のほとんどは、そのために構築される。空間を上手に使い、過去を知り未来を予測するのが知能の本質である。その意味で星霊は人工知能の究極の姿と言ってよい。そして、その恩恵もあって人類はほとんど不足・不満のない生活をくらしている。にもかかわらず、人類と星霊の間では、お互いを尊重せずに争いが起こっている。人も進化し、人工知能も進化する。シンギュラリティとはその関係がアップデートされることであると説いた。その関係性が大きく崩れた未来を本作は描いている。その解決には、これから我々が直面する社会的問題を解決するヒントが描かれることと期待している。この長い旅路の果てに、この物語が我々をどこに運んでくれるのか、たいへん楽しみである。


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