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『吸血鬼ハンターたちの読書会』の柳下毅一郎氏による解説を公開! 吸血鬼ハンターたちはどんな実録犯罪本を読んだのか?

グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』は、4月20日発売の吸血鬼ホラー・エンターテインメントです。本書冒頭の「西洋社会の偉大な本」を読む読書会でいろいろなことがあった主人公パトリシアたち(いろいろなことの参考:こちらの記事)は、連続殺人鬼や凶悪な殺人事件をあつかった犯罪ノンフィクションの本の読書会を始めます。「人生に新たな視点を与えてくれる」から。そうするうちに、恐怖のできごとに巻き込まれていきます……。

そういうわけで、本書『吸血鬼ハンターたちの読書会』には、80年代から90年代初頭にかけての有名な殺人事件をあつかった本、ベストセラーになった犯罪ノンフィクションがたくさんが登場します。ですが、日本には紹介されていない作品やなじみのない事件も多かったので、巻末に柳下毅一郎さんに解説を書いていただきました。本書に登場する犯罪ノンフィクションとそこで扱われた犯罪を紹介していただいています。ここにその解説「実録殺人マニアのための読書会」を一挙公開します。

実録殺人マニアのための読書会


特殊翻訳家  柳下毅一郎 
 
 サウスカロライナ州の郊外町であるマウントプレザントに住む白人有閑主婦たちによる「西洋社会の偉大な本を読む」読書会から追い出されたパトリシアは、不良主婦キティに誘われて実録犯罪本を輪読する意識の低い読書会に参加することになる。悪趣味の極みのような実録犯罪本だが、実のところ、アメリカでは肩の凝らない娯楽として広く受け入れられた存在である。そこにはグロテスクでおぞましい恐怖があり、興味深い人間精神の探求があり、下世話なゴシップの三面記事がある。夕刊紙や女性雑誌を分厚くしたようなもの、と言えばいいのかもしれない。パトリシアたちの読書会はやがて思わぬ方向に転がっていく。だが、ここでは、彼女たちが読む本のうちのいくつかを紹介していきたい。その中のいくつかは、彼女たちの冒険にも深くかかわっているからだ。

 John Bloom & Jim Atkinson の Evidence of Love(愛の証拠)は1980年にテキサス州であった殺人事件を扱っている。主婦キャンディ・モンゴメリーは教会でベティ・ゴアと出会って友人になるが、その直後、ベティの夫と情事をはじめる。2人は最終的に別れることになるが、その直後、ベティは自宅で斧でめった打ちにされて殺害された。41回も打たれていたが、そのうち40回は、まだ彼女が生きているうちの打撃だったという。キャンディは逮捕されるが、最初にベティから斧で襲われた正当防衛だった、と主張した。裁判では、幼少期のトラウマで怒りの発作が起きてしまうのだというキャンディの主張が認められ、彼女は無罪になった。
 Edward Keyes の The Michigan Murders(ミシガン連続殺人)は1967年から69年にかけて、ミシガン州のアナーバー周辺で、若い娘ばかり7人も殺害した連続殺人鬼ジョン・ノーマン・コリンズについてのノンフィクションである。まだ連続殺人鬼なるものが有名になる前の存在ゆえ知名度はさほどでもないが、凶悪性は後年の有名殺人鬼に勝るとも劣らない。少女を誘拐すると暴行して殺害、しばしば死体損壊もおこなった。彼は最後の殺人の1週間後に逮捕され、終身刑を宣告された。
 Joan Barthel の A Death in Canaan(ケイナンの死)は1973年9月、コネティカット州の小さな町で起きた殺人事件を扱っている。その日、18歳のピーター・ライリーが帰宅すると、彼を迎えたのはシングルマザーであった母バーバラの惨殺死体だった。警察はピーターを殺人容疑で逮捕した。長時間の取り調べを受け、嘘発見器の結果を突きつけられたピーターは殺害を自白した。だが、ピーターの無罪を信じる町の人々はカンパを募って保釈費用を出し、弁護士を雇った。この事件は全米の注目を集め、アーサー・ミラーからジャック・ニコルソンまで多彩な人々がピーターの支援に声をあげた。ジョーン・バーセルの本にはウィリアム・スタイロンが序文を寄せている。ピーターは73年の裁判で主として自白を元に有罪判決を受けるが、4年後の再審で無罪が認められた。だが、彼の母を殺した犯人はわからないままである。
 Jerry Bledsoe の Bitter Blood(苦き血)はノースカロライナ州郊外の裕福な一家にまつわる恐るべき事件の記録であり、全米でベストセラーになった。1984年、豪邸に住む未亡人ドロレス・リンチとその娘が射殺されているのを、家を訪れた人が発見した。自然、唯一の相続人である息子トムに疑惑の目が向いたが、ほどなく彼への容疑は取り下げられる。歯科医のトムは著名な法曹一家の娘スージーと結婚していたが、夫婦仲は冷え切っており、トムは病院の歯科助手の娘と親密になっていた。事件が迷宮入りかと思われたとき……予想外の展開が次々に起こり、まさしく連続ドラマの趣がある事件だが、実際にテレビドラマ化されている。
 ティム・カーヒルの『第四のジャック』はジョン・ウェイン・ゲイシー、1972年から78年のあいだにシカゴで33人の少年を殺害した連続殺人鬼についての本である。建築業者だったゲイシーは地元の名士であり、ピエロの格好で福祉施設の慰問をしたことから「キラー・クラウン」と呼ばれるようになる。彼はアルバイトなどの名目で誘いこんだ少年たちを拘束しておいて暴行、痛めつけたのち窒息させるなどして殺した。ゲイシーは裁判では多重人格を主張し、カーヒルもその主張に添うかたちでこの本を発表した。だが、裁判ではゲイシーの主張は認められず、死刑判決がくだされた。彼は1994年に処刑されている。
『丘腹の絞殺魔』(ダーシイ・オブライエン)とは「ヒルサイド・ストラングラー」と呼ばれた2人組の殺人鬼、アンジェロ・ブオーノとケネス・ビアンキのことである。いとこ同士の2人は1977年から1978年にかけてロサンジェルスで10人以上の女性を殺害した。2人組の殺人鬼という珍しいタイプである(単独犯と思われていたので、単数形の「ストラングラー」と渾名がついた。ただし、警察は複数の人間が犯行にかかわっていると知っていたという)。2人は女性を拉致し、暴行したのち絞殺し、死体を車から丘腹に捨てていった。当初、2人のうちでは年長のブオーノが犯行を主導したものと思われていたが、取り調べが進むうちに狡猾で頭のいいビアンキが、粗暴なブオーノを操って犯行を起こしたと考えられるようになった。ビアンキは拘置所内から「ファン」の女の子に頼み、模倣犯罪をさせようとしたことさえある。現場に自分の精液を残せば、冤罪と認められるだろうと考えたのだ。2人はともに終身刑を受けた。
 Vincent Bugliosi の Helter Skelter(ヘルター・スケルター)が扱うのはチャールズ・マンソンの〝ファミリー〟によるシャロン・テート惨殺事件、あるいはアメリカ史上もっとも有名な殺人かもしれない。ブリオシ(バグリオーシとも)はLA郡地方検事補としてマンソンを起訴し有罪に持ちこんだ事件の立役者である。本は捜査内容をも含む第一級の資料であり、全米でベストセラーとなった。若い頃から刑務所を出入りしていた詐欺師のマンソンは、10代の少女たちを集めてヒッピー・コミューンを作りあげていた。ブリオシはマンソンが〝ファミリー〟の子供たちを洗脳し、世界最終戦争を引き起こすために無差別殺人を犯させたのだと主張した。マンソンがどこまで〝ファミリー〟メンバーを支配していたのかについては疑問も残る。シャロン・テートらの惨殺現場は、黒人過激派の仕業に見せかけようと考えた〝ファミリー〟メンバーの手によって、血で「PIGS」などの文字が書き殴られる凄惨なものだった。
 トルーマン・カポーティによる『冷血』はニュー・ジャーナリズムの源流とされる傑作ノンフィクション。1959年11月、刑務所で出会ったリチャード・ヒコックとペリー・スミスの2人は、カンザス州の農家を襲って一家4人を惨殺する。金目当てで子供までも皆殺しにするというまさしく「冷血」きわまりない犯行だった。カポーティは加害者を含む関係者から長時間にわたって話を聞き、綿密な調査によって事件のすべてを描き出そうとした。とりわけ自分と境遇の似たところがあったペリー・スミスに惹かれていたという。
「ゾディアック」は1968年から翌年にかけて4件の事件で最低5人を殺した殺人鬼の名前である。新聞社への声明文で「こちらはゾディアック」と名乗ったことからこの名前で呼ばれることになった。ゾディアックはベイエリア周辺でカップルを襲って銃撃したのである。当時サンフランシスコ・クロニクル紙で漫画家として働いていたロバート・グレイスミスは事件に興味をいだき、『ゾディアック』を執筆する。ゾディアックはたびたび暗号文で声明を送りつけ、世間を騒がせて喜んでいたため、劇場型犯罪者とも呼ばれる。多くのアマチュア暗号解読者がゾディアックの暗号に挑み、そのいくつかは解読されている。グレイスミスの著書は2007年にデヴィッド・フィンチャーによって映画化された。声明文の中で37人を殺害したと吹聴しているゾディアックだが、その正体は今もなお不明である。
 アン・ルールは「実録殺人の女王」と呼ばれた大ベストセラー作家である。作品の多くがベストセラーとなり、映像化もされている人気作家だが、扇情的で少々冗長な書きっぷりには賛否が分かれる。シアトル警察につとめたのち実録犯罪作家として名をあげるが、もっとも有名な作品が連続殺人鬼テッド・バンディを追いかけた『テッド・バンディ』であろう。1971年、シアトルで「いのちの電話」でボランティアとして働いていたとき、ルールは同僚の1人だったハンサムで内気な大学生と友情を結ぶ。だが、その彼こそが、アメリカでもっとも恐れられた連続殺人鬼、20人以上を暴行して殺害した男だったのである。この驚くべきめぐり合わせのおかげもあり、本はベストセラーとなった。原題The Stranger Beside Me(わたしのとなりの見知らぬ人)は誰もが好青年と受け止めたバンディの裏の顔を意味しているが、本書では12章の章タイトルに掲げられ、パトリシアの「見知らぬ隣人」の正体を暗示する。
 ルール作品はさらに数作が読書会に登場する。『スモール・サクリファイス』『テッド・バンディ』と並ぶルールの代表作である。1983年、オレゴン州スプリングフィールドの病院に、ダイアン・ダウンズは血まみれの3人の子供を乗せた車を乗りつけた。3人の子供は銃で撃たれており、7歳の娘はすでに死亡していた。ダイアン自身は左手を撃たれていた。ダイアンはカージャックに遭ったのだと説明したが、あまりに冷静すぎる態度が疑いを呼んだ。ダイアンは恋人との情事の邪魔になる子供を冷酷に殺害したのである。
 Dead by Sunset(落日の死)はオレゴンで1986年に発生した殺人事件を扱っている。37歳の女性が、ハイウェイ上で殺害されているのが見つかったのだ。離婚調停中だった夫が犯人として逮捕された。有罪になった男は、獄中でアン・ルールを論難する電子書籍を出版している。And Never Let Her Go(決して彼女を離さない)で扱われるのはデラウェア州で起きた失踪事件である。1996年6月、州知事の秘書をつとめる30歳のアン・マリー・フェイヒーが忽然と姿を消した。彼女と恋人関係にあった既婚者トーマス・カパーノに疑いの目が向けられる。カパーノは元州司法長官補で、知事や市長に助言をする大物弁護士であった。だが、カパーノの兄弟や別の愛人からの証言があり、死体も凶器も見つからないままに殺人で死刑判決がくだされた。カパーノはフェイヒーを射殺し、遺体を海に捨てたとされる。
 Joe McGinniss の Fatal Vision(危険な幻想)は1970年、ノースカロライナ州フォート・ブラッグ基地内で起きた殺人事件についてのノンフィクションである。軍医のジェフリー・R・マクドナルド大尉の妻と2人の子供が殺害され、大尉が殺人犯として起訴されたのだ。マクドナルドは4人組の侵入者に襲われたのだと主張した。捜査は難航し、法手続きは二転三転したが、1979年に有罪判決がくだされた。ただし、この本には興味深い後日談がある。ジョー・マギニスはマクドナルドに依頼されてこの事件の取材をはじめた。だが、調べているうちにマクドナルドが真犯人だと考えるようになり、有罪判決が出たあとに Fatal Vision を出版した。だが、それまでは、情報を引き出すために、マクドナルドを無罪だと考えているような態度を取っていたのである。騙され、裏切られたと感じたマクドナルドは契約違反だとマギニスを訴えたのだ。この訴えからジャーナリズムの倫理について考察するのが『ジャーナリストと殺人者』(ジャネット・マルカム、小林宏明訳、白水社)である。
「人民寺院」は1955年にインディアナポリスで設立され、60年代にカリフォルニアに移ったキリスト教系新興宗教である。教祖ジム・ジョーンズは共産主義とキリスト教信仰を折衷し、社会を改善しようと訴え、全盛期には2万人もの信者数を誇った。だが乱脈な経理やジョーンズの心霊治療などの問題が追及されるようになると南米ガイアナに移住し、そこに楽園を築くと言い出す。1977年、ジョーンズは信者を連れてガイアナに〝ジョーンズタウン〟を拓いた。1978年11月17日、サンフランシスコから教会を視察に来た下院議員が離脱した信者を連れて帰国しようとしたとき、人民寺院のメンバーは議員やジャーナリストらを襲撃して殺害した。その後ジョーンズは信者に青酸入りクールエイドを飲ませ、900人あまりの信者全員が集団自殺した。ティム・レイターマン&ジョン・ジェーコブズの『人民寺院』は、この全記録である。ガイアナなどという地名が出てくることは普通ないのだから、カーターもパトリシアが「ガイアナの小さな町での生活を書いたすばらしい本」を読んだと言い出した時点で気づくべきだったろう!
 本作の著者グレイディ・ヘンドリクスはサウスカロライナ州チャールストン生まれである。作家になる前はジャーナリストとしてプレイボーイなどに執筆していた。ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルの創設メンバーの1人であり、ニューヨーク・サン紙で映画評論を書いていたこともある。要するに映画マニアである。それもゲテモノホラーを好むタイプの。ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルではJホラーや韓国映画などを紹介していたという。
 2009年にクラリオン・ワークショップに参加後、2012年にSF小説 Occupy Space とファンタジー Satan Loves You でデビュー、以後ホラーを中心にキャリアを重ねている。本作が日本初紹介となる。読んでいただけた方にはすでにおわかりのように、ストレートではなく少しひねったホラーが持ち味であるようだ。2017年にはノンフィクションPaperbacks from Hell: The Twisted History of ’70s and ’80s Horror Fiction を発表。モダン・ホラー以降のペーパーバック・ホラーの歴史を概説して翌年ブラム・ストーカー賞ノンフィクション部門を受賞した。小説以外にも映画やテレビの脚本に多数携わっている。なお、本作もテレビ・シリーズ化の企画があるようだ。

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『吸血鬼ハンターたちの読書会』
The Southern Book Club's Guide to Slaying Vampires
グレイディ・ヘンドリクス  原島文世 訳
装画:緒賀岳志  装幀:岩郷重力
四六判並製/電子書籍版
3190円(税込)
2022年4月20日発売

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