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年末年始の「衝動買い」を減らす方法とは? 「行動経済学」を実生活にいかすには…

「クレジットカードだとついムダ使いしてしまう」
「高いものは質がよいと思い込みがち」
「目先の欲求に負けて貯金できない」
……わかっているのになかなか避けられないお金のワナと対策を、現代の新常識である「行動経済学」からわかりやすく解説するのが、『無料より安いものもある お金の行動経済学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

なにかと出費の多い年末年始、誰もが頭を悩ませる「衝動買い」「無駄遣い」の原因も、この「行動経済学」で説明できるといいます。
東京大学大学院経済学研究科教授 阿部誠氏による本書解説をご紹介します。

枠付_無料より安いものもある

解説 日々の暮らしの裏に「行動経済学」あり
(東京大学大学院経済学研究科教授 阿部 誠)

1)行動経済学とは

購買の5~9割は事前に予定されていなかった非計画購買(衝動買い)であると言われている。この割合は、消費者特性、商品特性、環境要因などによって異なるが、衝動買いは経済活動の半分以上を占めており、それらはビジネスにとって不可欠なものである。企業は消費者行動の原理に基づき、魅力的なマーケティング活動を展開することで、消費者を誘惑する。その結果、消費者は時として無駄な買い物をしてしまうケースも少なくない。

だからこそ、自分たちがどのような行動原理に基づいて消費活動を行っているのか、それを消費者自身が知ることで、マーケターの巧みな誘導に乗ることなく、不本意な消費を避けることができるようになるのである。

日々マーケティングに接触している消費者として、自分が非合理的な判断を下す可能性があること、そして、どうすればより合理的に購買意思決定ができるかを知ることは大変、重要である。

そのヒントを与えてくれるのが、行動経済学なのだ。「行動経済学」という言葉は、近年ニュースでもよく耳にするようになった。とはいえ、行動経済学はまだ世間一般にはなじみの薄い学問であろう。世界でもっとも有名なマーケティング学者であろうフィリップ・コトラーは、日本経済新聞2013年12月31日の朝刊に掲載された「私の履歴書」で、以下のように語っている。

実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。過去100年にわたりマーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた。

日本経済新聞 2013年12月31日朝刊

つまり、読者のみなさんは、一般消費者として日々「行動経済学」に接しているのである。

2)日本(vs. 欧米)における「お金」に対する考え方、文化

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お金とは不思議なものだ。生活になくてはならないものであるが、給料はいくらか、家賃はいくらか、貯蓄はいくらか、などを他人とオープンに語ることはまれだ。また、「お金より大切なモノ・コトはたくさんある」「お金儲けに明け暮れる」などと悪者扱いをされることも多々ある。一方でお金は大変、清いものであり、お年玉、結婚式のご祝儀、葬式の香典などのように、相手に直接渡すことをはばからない。

海外でこのような風習をほとんど見かけないことを考えると、日本人のお金に対する思いは非常に複雑であり、独特な文化を築いているといえよう。

本書はこの複雑な「お金」というものに対して、一般の消費者が誤った判断をしないためにはどうすべきかを、行動経済学の視点から語ったものである。

アリエリーとクライスラーの結論は明確である。「お金に関する決定で問題にすべきことは、機会費用と、購入物から得られる真の利益と、他のお金の使い道と比べて得られる真の喜びだ」と。

しかし、言うは易く行うは難し。完全に合理的な世界では当たり前に出来て当然のことなのだが、現実は不合理に溢れており、往々にして人は誤った判断をしてしまう。この結論を具体的に説明して説得力のあるものにするために、本書はWhat・Why・How の3部で構成されている。

▼第1部(What):冒頭のストーリー(カジノにおけるジョージの間違いだらけの金銭行動)、人は往々にして価値の評価を誤る、お金の特性

▼第2部(Why):なぜ非合理的に行動? 合理的な世界(ホモエコノミカス、伝統的な経済学)には存在しない要因、様々なメカニズムの説明
 4章:人は価値を相対的に評価してしまうことを理解しない
 5章:過度の心の会計、同じお金なのにカテゴリーに分類して融通がきかない
 6章:出費の痛みを軽視、無視する
 7章:アンカリング、自己ハーディング、確証バイアス
 8章:所有意識
 9章:公正さと労力で判断してしまう
 10章:言葉と儀式を信じてしまう
 11章:期待と現実を混同する
 12章:自制できない
 13章:価格を過度に重視する、価値を数値という比較や判断が簡単な一次元で評価してしまう

▼第3部(How):どう対応? 価値評価のあやまちを回避、修正、軽減するために、個人として何ができるか?
 14章:第2部の各要因に対してどう対処すべきか、を詳細に解説
 15章:無料という名のものはない
 16章:(自制するための)コミットメント
 17章:(彼らとの闘い)ナッジ
 18章:(立ち止まって考える)ヒューリスティックスにたよらない:システム1 vs. システム2

3)原書のタイトル

ところで、日本語に翻訳されたアリエリーの原書のタイトルにはどれも「行動経済学」が含まれていないことにお気づきだろうか。これには二つの意味がある。第一に、翻訳版の出版社が「行動経済学」を含めたのは、単純にその方が本が売れると判断したからである。つまり、日本人はアメリカ人以上に「行動経済学」という言葉に対してなじみがあり、強い関心を持っていることを表している。

同分野から何名かの研究者にノーベル経済学賞が授与されたことも一つの理由だろう。某生命保険会社のミステリアスなテレビCMの影響もあるかもしれない。第二に、アリエリーが原書で「行動経済学」を使わなかった理由として、彼がもともと消費者行動学、行動意思決定論の研究者であり、経済学というよりは心理学プロパーであるということが挙げられよう。

行動経済学はトベルスキーとカーネマンの功績によって80年代初めに誕生したといわれるが、人間の経済行動の研究はそれ以前から、経営・マーケティングの分野における消費者行動学、あるいは認知心理学や社会心理学の分野における行動意思決定論などで行われていた。たとえば消費者研究の代表的な学術雑誌 Journal of Consumer Research は1974年に創刊されており、マーケティングにおける学術雑誌トップ4のひとつである。

行動経済学、消費者行動学、行動意思決定論は全て人の経済活動を研究する点で、重なる領域であり、明確に区別することは難しい。あえて言えば、研究者の所属する部局が、それぞれ経済学、マーケティング、心理学という違いによって、重視する視点が異なってくるであろう。行動経済学は社会・経済政策などの影響を施策者の立場から評価することが主な関心である。

一方、消費者行動学はビジネス上の意思決定に対する一般消費者の反応を探究することに重点をおくし、行動意思決定論は購買行動に加えてより多彩な個人の意思決定に関する現象を、心理学の観点から探る。

その分類でいうと、アリエリーは消費者行動の研究者としてMIT(マサチューセッツ工科大学)、デューク大学ではマーケティング学科の教授なので、原書に「行動経済学」が含まれていないのも納得がいく。マーケティングの分野では、ビジネス環境における消費者の(特に不合理的な)反応を理解することによって、企業の意思決定の向上を図ることが主な目的なのである。

4)400ページ近い本書を読んだ印象

私は、本書をぜひファイナンシャルプランナーやお金を管理したい人に読んで欲しい。金融に関する専門的な知識と並行して学ぶことによって、より実現可能性が高まる。もしかしたら、金融のテクニカルなこと以上に重要なことを教えてくれるであろう。

私が読んだアリエリーの多くの著書では、彼が個人的に関わった研究者や場所の実名が出てくるため、リアリティーがあるとともに、ドキュメンタリー小説のような親しみやすさ、とっつきやすさがある。本書ではそれをさらに一歩進めて、研究者が汗を流して労力をつぎ込んで困難を乗り越えていく血の通った人間として描かれており、一般教養としても物語としても十分に楽しめる。

一方、共著者のクライスラーはコメディアンでもあり文章表現に彼の影響が如実に表れている。15章「無料のアドバイス」はなんとたった1ページ。世の中に無料なものなど無いことを説得力のある行動でアドバイスしている! 物語風に説明されているので400ページ近いボリュームと長めではある。以前の著書で紹介された実験の再掲載も多いため、アリエリーの他の本をすでに数冊、読んだ人にとっては、よい復習になるだろう。

5)さらに深く行動経済学を学びたければ

行動経済学は伝統的な経済学で仮定されている超合理的、超自制的、超利己的なホモエコノミカスという人間像を緩めた学問である。本書では人間がお金に関して超利己的でない行動をとる、たとえば寄付、募金、ボランティアのような利他性は、カバーされていない。この分野でも多くの研究が進められており、多数の興味深い実験が行われ、新たな知見が得られているので、ぜひ、関連書籍を覗いて欲しい。

また、より高度なトピックとして、取引効用理論とプロスペクト理論を挙げておこう。これらを提唱した研究者は、その貢献からノーベル経済学賞を受賞するというエポックメイキングな理論である。2017年にノーベル経済学賞を受賞したテイラーの取引効用理論では、モノ・サービスの売買からもたらされる満足度(全体効用)は、製品自体から得られる価値「獲得効用」と、お得に買えたかを評価した「取引効用」の和になることを提唱している。

伝統的な経済学では、価格は需給のバランスによって市場メカニズムから決まるとされているが、現実社会では需給が一致しない価格付けが多々見られる。たとえば、レストランで顧客の混み方によって値段を変えることはないし、電力消費が発電量の上限に近づいても電気代は変わらない。

また、人気コンサートやイベントのチケットは高値で転売されるにもかかわらず、額面価格はそれよりかなり安く設定されていることが多い。その理由は、売り手が顧客の取引効用を考慮しているからなのだ。取引効用に影響を与える内的参照価格は社会的公平性や商品のコストを強く反映する。

需給が一致するからといって法外な価格付けをすると、取引効用が下がって顧客のリピート購買に悪影響が出たり、売り手が暴利をむさぼっているという口コミが流れたりする可能性があるからなのだ。それを理解しているかしこいマーケターは、需給が一致すると期待されるところに価格を設定しない。

プロスペクト理論は行動経済学において最も代表的な理論で、スタンフォード大学のトベルスキーと2002年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のダニエル・カーネマンによって提唱された。

この理論は、選択に損得や確率が関係する不確実な状況において、人がどのようなプロセスを経て意思決定をするかを説明する。意思決定は、まず「編集段階」そして「評価段階」という二つのステップを踏んで行われる。編集段階では、選択肢を認識し、損得の基準となるべき参照点を決定する。それは相対性、アンカリング、フレーミングなどの文脈に影響される。評価段階では、損得に対する感じ方は価値関数によって、確率に対する感じ方は確率荷重関数によって、それぞれ計算され行動が決定される。

他の書籍( たとえば、拙著『東大教授が教えるヤバいマーケティング』KADOKAWA)なども参考にして、ぜひ、これらのトピックも学んで欲しい。

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