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「核の時代」を考える上での必読書、『原爆初動調査 隠された真実』編集者インタビュー

映画「オッペンハイマー」には描かれていなかった事実がここにあるーー。ハヤカワ新書の評判の一冊『原爆初動調査 隠された真実』(NHKスペシャル取材班)。長期化するウクライナ戦争、不安定な東アジア情勢、中東の戦禍……核の脅威は現在進行形の問題でもあります。原爆の日を前に、本書の刊行の経緯や読みどころについて、改めて担当編集者に聞きました。

原爆初動調査(ハヤカワ新書)
『原爆初動調査 隠された真実』
ハヤカワ新書

こうして科学と人道は「政治」に蹂躙されたーー
今なお続く「核の時代」を考える上での必読書。

広島と長崎でアメリカ軍によって戦後行われた「原爆の被害と効果」の大規模調査。残留放射線が計測され、科学者たちが人体への影響の可能性を指摘したにもかかわらず、なぜ事実は隠蔽されたのか。放送文化基金賞奨励賞を受賞するなど大きな反響を呼んだNHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」の内容に、NHK広島・福岡放送局の取材チームによる2年間の長期取材の成果を大幅に加筆し書籍化。

なぜ『原爆初動調査 隠された真実』を刊行?

編集担当・石井広行(以下同):このハヤカワ新書『原爆初動調査』のベースとなったのは、2021年8月にNHKで放送された番組「NHKスペシャル『原爆初動調査 隠された真実』」です。ただ取材チームによる2年間の長期取材の成果には、とうてい放送時間には納まりきらないほどの情報量がありました。それを、じっくり考えながら読み進めることのできる書籍という媒体でより多くの人にお伝えできればと考え、新書として刊行しました。裏付けが確かで質の高い情報が掲載されていることは、本書の大きな強みになっていると思います。

「原爆投下」というテーマは過去のもののようでいて、実は新しいものでもあります。本書の「まえがき」でも触れられていますが、ロシアによるウクライナへの核威嚇や、東アジアの不安定な情勢を考えると、核兵器使用の危機は、今なお私たちのすぐそばにあります。そして、語弊があるかもしれませんが、「被害をほどほどに抑えつつ核を使う」こともできるんだという幻想が、どこか私たちの中にあるのかもしれません。しかし、本書のページをめくっていただければ、到底そんな生易しいものではないことはすぐに分かります。核兵器が投下された後の広島・長崎では実際に何が起きていたのか――その核心に迫る一冊であり、この本に書かれている事実は本当に重いと感じます。

本書の読みどころは?

本書では複数の視点から原爆投下後の実態に迫っているため、事実をより立体的に知ることができるのが特徴です。原爆初動調査においてアメリカが行ったことを検証するパートが大きな柱ですが、そこに日本の科学者がどのように関わったのかや、同時期にソビエト連邦はどのような思惑で動いたかなど、これまでほとんど知られていなかった事実が掘り起こされていきます。

単純に特定の国を善悪でくくるのではなく、科学者の生き方と政治の関係など、普遍的なテーマについておのずと深く考えさせられます。この点は、今年公開された映画「オッペンハイマー」にも通じるものがあるかもしれません。(本書にもオッペンハイマー当人がアメリカ側の当事者として登場します。どんな登場の仕方か、本書をお読みいただくと興味深いと思います。)

そして何より胸に迫るのが、当時被爆地で起きたことを実際に体験した方や、その声を受け継いだ子孫の方々の肉声に迫る証言部分です。過酷な体験を語っていただいたことには編集者としても改めて感謝申し上げたいと思います。

原爆投下後に亡くなった方のご家族が、この番組取材を通じて初めて、今まで知らされていなかった「放射線被害」の事実を知る辛い場面も書かれています。たとえようのない無念さ、やりきれなさが伝わってきます。著者である取材チームが広島や長崎で現地に密着し、関係者との信頼関係を深めてきたこともよく分かります。そこでは、取材班の胸中の迷いや葛藤もリアルに描かれており、その覚悟のほども伝わってきます。

亡くなった方たちのありし日の姿を写した写真や、当時の手書きの手帳やカルテの画像なども、書籍という形になることで、それを見る私たちの心にダイレクトに訴えかけてくるものがあると感じました。残された貴重な資料を、バトンを受け継ぐように書籍の形で次の世代に渡すことができるのは活字メディアの強みでしょう。

少し補足すると、NHKスペシャル取材班である著者チームの3人は、最年長者でも40代です。戦争を直接知らない世代が人口の大半を占める今日の日本において、若き取材班が「核戦争のむごたらしさ」に真摯に向き合い、受け止める姿が、読者の方にも伝わればと思います。

どんな読者にお薦め?

まずは国内外のノンフィクションを読まれる方にお薦めします。この本を読み進めることで、読者の皆さんは歴史の裏側に隠された事実に迫っていく緊迫感を追体験できると思います。国際政治の裏側、旧ソ連の調査の実態……「本当にこんなことが実際に行なわれていたのか?」と驚くような真実に、まるでベールを一枚一枚剥がすように肉迫していく過程に、驚いていただけるのではないでしょうか。

核兵器開発の実態や原爆の被害についてあまり知らなかった、という方にとっても読みやすい内容と構成になっています。これから本格的にこうしたテーマについて調べてみたいという方や、自由研究や卒業論文の資料を探している方にとっても、本文や本書の参考文献リストはきっと役に立つでしょう。

それにしても、アメリカという国は「記録」に関しては本当に几帳面だと、今回膨大な参考文献を整理する過程で改めて感じました。本書には、かつてはコンフィデンシャル(国家機密)扱いされており、半世紀以上経って公開されたような文書も数多く登場します。そうしたパズルのピースのような断片的な情報一つひとつを取材チームは丹念につなげ、原爆投下をめぐる隠された真実を立体的に浮かび上がらせてくれます。

本書を通じ、政治や歴史の大きな出来事の裏側にある小さなディテール、たとえば当日の気象条件によりたまたま大きな放射線残量が生じてしまった地域や、そこに住む一人ひとりの人生に目を向けることの大切さを改めて教えられたように思います。「原爆投下が戦争を終結させた」というのはひとつの見方ですが、その一方で、アメリカ兵として被爆地を調査した人たちにも放射線被ばくの被害など大きな傷を残したことが本書の後半に書かれています。多面的な見方をしていくと、原爆の被害者は本当にさまざまなところにいるのです。


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