モスクワの伯爵

140万部突破! 超高級ホテルに軟禁された貴族の優雅な生活を描く小説『モスクワの伯爵』(エイモア・トールズ)

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モスクワの伯爵』エイモア・トールズ/
宇佐川晶子訳/早川書房

全米140万部突破のベストセラー『モスクワの伯爵』は、いまも実在する超高級ホテルを舞台に、そこから一歩も出ずに何十年も暮らすことになったロシア貴族を描く長篇小説。

一見辛そうですが、紳士の流儀をつらぬく伯爵の生き方と絢爛豪華な内装が美しく綴られ、上質なユーモアとペーソスをかもしだし、極上の読書体験を与えてくれます。■試し読みはこちら

◎ビル・ゲイツの「この夏おすすめの5冊」に2年連続選出!
2020年のコメント「この小説の主人公は自分が住んでいる建物から出られないという、いまの私たちに似た状況の中で生きている。しかし、彼は感染症のせいでそこに閉じ込められているのではない。時は1922年。彼はロシア人伯爵で、ホテルで自宅軟禁されて終身刑に服している。楽しく、賢く、驚くほど楽観的な物語だと思った」
2019年コメント「面白く機知に富んでいて、驚くほど快活な、誰でも楽しめる素晴らしい物語だ」

◎書評
アフター6ジャンクション(2020年2月4日)【年間300冊読破】 池澤春菜が推薦する小説3選(池澤春菜氏、声優・エッセイスト)
毎日新聞(2019年12月15日)2019年「この3冊」(若島正氏、京都大学名誉教授・翻訳者)
週刊読書人(2019年12月13日)二〇一九年の収穫!!(中村邦生氏、作家)
産経新聞(2019年9月28日)書評(佐藤可士和氏、クリエイティブディレクター)
東京新聞(2019年7月28日)書評(沼野恭子氏、東京外国語大大学院教授)
ダ・ヴィンチ(2019年8月号)書評(山崎まどか氏、コラムニスト)
信濃毎日新聞(2019年6月30日)書評(栩木玲子氏、米文学者)
北日本新聞(2019年6月30日)書評(栩木玲子氏、米文学者)
熊本日日新聞(2019年6月30日)書評(栩木玲子氏、米文学者)
北國新聞(2019年6月29日)書評(栩木玲子氏、米文学者)
読売新聞(2019年6月23日)書評(鈴木幸一氏、インターネットイニシアティブ会長CEO)

◎書店員さんによるオススメのツイート


◎原書のレビュー
「紳士とは何か?」貴族とともに消え去った文化と美意識への哀愁が漂う(渡辺由佳里 氏、2017-09-26)

◎装幀
カバーの金色の箇所は、箔押しです(担当:早川書房デザイン室)。


そんな本書の訳者、宇佐川晶子さんにご紹介いただきました。

訳者あとがき

宇佐川晶子

本書『モスクワの伯爵』(A Gentleman in Moscow)は20世紀初頭のモスクワを舞台に、ホテルに軟禁されたロシア人の伯爵の半生を描いた物語である。著者のエイモア・トールズは1964年生まれの55歳。元投資家で、2011年に作家としてデビューし、本書は2016年にアメリカで出版された。

ストーリーの起点となるのは1922年。それより5年前の1917年、ロシアでは二月革命と十月革命が起きた。翌18年には皇帝ニコライ二世一家が処刑されて、長きにわたった帝政時代が終焉を迎え、ボリシェヴィキ政権が誕生して、ロシアは以後ソビエト連邦と呼ばれるようになる(1991年のソ連崩壊まで)。

この時期にロシアの貴族はそれまでの拠り所を失い、階級社会の階段を転げ落ち、亡命、流刑、投獄、国外脱出、銃殺刑などさまざまな運命をたどった。本書の主人公アレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵も、そんな貴族のひとりである。サンクトペテルブルクの屋敷、ニジニ・ノヴゴロドの別荘は没収され、家族は散り散りになった。

物語は冒頭、伯爵が裁判にかけられ、銃殺刑こそ免れたものの、それまで暮らしていたホテルに「一生軟禁」の刑を受けるところからはじまる。監視の兵とともにクレムリンを出てホテルに向かう 伯爵がのほほんとしているのは、まだ現実を把握していないためだ。これまで暮らしていた豪華なス イートは先祖伝来の家具もろとも取りあげられ、代わりに最上階の狭小な屋根裏部屋をあてがわれる。 そこから32年にわたる軟禁生活がはじまるのだ。

と、こんなふうに書くと、艱難辛苦の陰気な半生が展開されていくと思われるかもしれないが、そ うではない。まずお知らせしておきたいのは、本書が実に楽しい読み物であるということだ。

あるアメリカのベテラン編集者が、本書のゲラ刷りを読んで「チャーミングな小説」だと感想を漏 らしたそうである。著者はそれを受けて「彼の感想が正しいとしたら、それはこの本が伯爵の人柄の延長であるためだ」と言っている。確かに、伯爵は非常に魅力的な人物として描かれている。知識豊富な教養人でありつつ、めげない、あきらめない、ふさぎこまないの三つのないに加えて、何よりも人生を投げない太い神経の持ち主でもある。

こうした深みのある人物造形の妙は主人公だけにかぎらない。伯爵を取り巻く登場人物たちにもユニークな特徴があり、彼らが登場する多様なエピソードが物語に豊かなふくらみを与える。

奇をてらわない正統派の長篇小説でありながら、構成には凝った工夫が施されており、それについては、著者が各国の翻訳者に宛てた手紙のなかで解説しているので、 少し長くなるが紹介してみよう。

「お気づきだろうが、本書はいささか風変わりな構成になっている。伯爵の軟禁当日を皮切りにスト ーリーはほぼ倍の速さで進んで行く。軟禁1日後、2日後、5日後、10日後、3週間後、6週間後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後、2年後、4年後、8年後、16年後(ここまでで半分)という具合だ。 残り半分は最終章の1954年へ向かって、その8年前、4年前、2年前、1年前、6ヶ月前、3ヶ月前、6週間前、3週間前、10日前、5日前、2日前、1日前というふうに近づいていく。(中略)軟禁当初の日々の描写はかなり詳細だが、キャリアを積み、人の親となった時代は猛スピードで進む。 そして大詰めが近づいてくると、また瑣末な事柄が描かれる。余談だが、これは人生にも当てはまる 真実だと思う。わたしたちは若い頃の多くの出来事を記憶しているのに、やがてキャリアや親として の生活が中心になると10年単位の記憶しかなくなってしまうからだ」

他にも、作中のほとんどの年でさまざまな事件が起きるのは、すべて6月21日(夏至前後)と決まっていたり、各章の見出しが全部Aではじまっている(これは訳出かなわず)こと、さらには、当初32歳だった伯爵が、32年間の軟禁生活を経て、64歳で最終章を迎えるという 数字への執着など、著者のこだわりが随所に見られる。

ところで、伯爵が軟禁され、その結果として第二の我が家となったメトロポール・ホテルは、今も実在するモスクワきっての高級ホテルである。文中では、パリのリッツ、ニューヨークのプラザ、ロ ンドンのクラリッジに並び称されている。本当の舞台はモスクワではなく、ホテルだと著者が語って いるだけあって、客室はもちろん、地下から屋根の上まで余すところなく、登場人物のひとりである 少女ニーナの手引きによって、描写される。

ホテルという閉ざされた環境にありながら、伯爵はできるだけこれまでどおりの生活を送ろうとす る。レストランの総料理長やマネジャー、バーのバーテンダー、裁縫師、コンシェルジェとも従来どおり親しく付き合い、そこから垣間見る様変わりした外の世界に目を瞠る。変化する国の情勢を肌で 感じる。偶然出会う他の滞在客との交流からは熱い友情やロマンスが芽生えることもある。旧友との 別れに涙し、詳しくは書けないが、人の親になったりもするのだ。

「自らの境遇の奴隷となってはならない」という名付け親の金言をモットーに、第二の人生をメトロ ポール・ホテルで歩み出すロストフ伯爵の日常生活は驚きと喜びに満ちている。

人生の予測できない不思議さ、面白さを描き出したエイモア・トールズ。初めに書いたように、専業作家になる前は投資家だったというその才能は、本文にならうと「ブラボーと言えば充分」だろう。 

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『モスクワの伯爵』は早川書房より好評発売中です。

■著者紹介

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写真:(C) David Jacobs

エイモア・トールズ Amor Towles
1964年、ボストン生まれ。イェール・カレッジ卒業後、スタンフォード大学で英語学の修士号を取得。20年以上、投資家として働いたのち、現在はマンハッタンで執筆に専念している。2011年に発表した小説第1作『賢者たちの街』(早川書房刊)は20以上の言語に翻訳される国際的なベストセラーとなった。そして2016年に刊行された本書は、《ニューヨーク・タイムズ》紙のベストセラーリストに1年以上にわたって掲載され、《ワシントン・ポスト》《シカゴ・トリビューン》紙など8紙誌の年間ベストブックに選ばれ、全米で140万部を突破、ロシアを含めた30以上の言語で順次出版されている。

■訳者略歴
宇佐川晶子(うさがわ・あきこ)
立教大学英米文学科卒、英米文学翻訳家。訳書『ウルフ・ホール』マンテル、『ありふれた祈り』クルーガー、『蛇の書』コーンウェル、『夜のサーカス』モーゲンスターン(以上早川書房刊)他多数



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