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「異説」こそが科学を進歩させてきた!『オウムアムアは地球人を見たか?』渡部潤一さん解説

 好評発売中の『オウムアムアは地球人を見たか?』(アヴィ・ローブ:著、松井信彦:翻訳)。ノンフィクションですが、つい最近「エイリアン・テクノロジー」が地球近傍を訪れていたとする、まるで『三体』などのSF小説を地で行くような大胆な仮説を展開。ニューヨーク・タイムズはじめ各紙誌でベストセラーとなり、2021年のアマゾンベストブックにも選ばれるなど世界中でセンセーションを巻き起こしている話題の本です。
 いつの時代も科学を大きなブレークスルーへと導いてきた「異説(アノマリー)」の、現代における存在意義とは? 単なる科学ノンフィクションの枠には収まらない魅力を持つこの話題作を、国立天文台の渡部潤一さんはどのように読んだのか。巻末の解説を掲載します。(一部を編集しています。)

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 学問には大きく分けて、XとYの二種類があるといわれている。数学や物理学は英語ではマセマティックス、フィジックスなので、発音的にXで終わる。一方、生物学や化学はバイオロジー、ケミストリーのようにYで終わる。大局的に言えば、前者は多様な現象の奥に潜むユニークな法則を導こうとしているのに対し、後者は多様性そのものに着目して、その分類からはじめる性格が強い。そのため後者では新しい多様性の発見(いわば新種の発見)が学問を大きく進展させてきた。天文学(アストロノミー)もまちがいなく後者に属する。もちろん現代の学問では両者の性格は入り交じっており、宇宙物理学という言い方もされるように、このふたつの分類が明確ではなくなったものの、新種が発見されたときの学問の急速な広がりと世界観の変容は、天文学においてYの学問の要素がいまでも強いことを示している。1995年にペガスス座51番星にはじめて太陽系以外の恒星を回る惑星(系外惑星)が発見されて以降、四半世紀を経過した現在、多様な系外惑星の存在が明らかになり、いまや天文学のメジャーな分野に育っているのが良い例だろう。そして天文学者に衝撃を与え、これと全く同じ状況が起こりそうな予感をさせたのが、太陽系外からやってきた新種の天体オウムアムアの発見だった。

(中略)銀河系には太陽のような恒星がそれこそ星の数ほど(約2000億以上と言われている)存在するのだから、他の恒星系で生まれた小天体が、その生誕地を飛び出し、無数に銀河系空間を漂っているのは当然で、太陽系に入り込んでくること自体は、それほど不思議ではないのである。ただ問題はその視認頻度にある。地球近傍を含む太陽系の内部の大きさは、銀河系からすれば限りなく小さな“的”である。たとえれば、太平洋の真ん中にひとつだけ野球のボールが浮いているようなものだ。宇宙から、そのボールめがけて小石を放り投げても、当たる確率は極めて低いのとほぼ同じ状況である。もちろん、恒星に比べれば、こうした小天体は十桁以上も数が多いはずだ。太陽系を例にしても、太陽一つに対して、彗星や小惑星といった小天体は推定で数百億個以上も生まれたと考えられ、相当数を星間空間に放出してきたと考えられている。

 同様に他の恒星のまわりでも無数の小天体が生まれ、その大半が銀河系空間に放り出されていると思ってよいだろう。とすれば、他の恒星で生まれ、漂っている小天体が太陽系に入り込み、かつ太陽にも近づいて、我々が見ることがあるかもしれない。そんな観測可能な狭い空間範囲に、いったいどの程度の頻度で他の恒星起源の天体がやってくるのか。実際、それらの量を推定・検証し、何人かの研究者が確率計算をすることで、逆に星間空間を旅する彗星や小惑星のような小天体がどの程度存在するのか、その空間密度の上限値を推定した研究もなされてきた。大学院生の頃だと思うが、私もそんな論文を読んで「人類が星間空間からの小天体に出会えるのは数千年先になるんじゃないか」と、かなり悲観的になった覚えがある。

 しかし、2017年10月、オウムアムアの発見は、そんな私の、いや世界中の天文学者の偏見を打ち破り、ブレークスルーをもたらした。星間空間からの小天体という新種の発見としてだけでなく、それまで太陽系生まれの小天体には見られなかった異常な特徴にも注目が集まった。ひとつは形状の奇妙さである。小天体の形状は自転によって太陽光を反射する面積が違ってくるために増光減光を繰り返すが、オウムアムアの変光幅は2等級にも及び、小天体としては余りに激しかった。一様な反射率を仮定すると、その形状は軸比が10:1に及ぶほど極めて細長いか、非常に扁平であると推定された。これまで人類が目にしてきた太陽系の小天体は、極端な例でも3:1どまりで、かなり奇妙だった。もうひとつの特徴は、軌道が正確に決まってくるにつれて判明したオウムアムアの不自然な加速である。しかし、世界中の望遠鏡がいくら観測しても、加速の原因となる、太陽系の彗星のような物質の蒸発・放出活動は一切見られなかった。

 これらの異常な特徴から、オウムアムアが知的生命体が作り上げた人工建造物である可能性を指摘したのが、本書の著者アヴィ・ローブらであった。もともと形状の奇妙さだけからも巷では宇宙船説はささやかれていた。10:1というような細長い葉巻型形状は、宇宙航行中に星間空間の塵や小天体との衝突を避けるためには合理的なものだ。進行方向に対して、断面積を最小にすることで塵などと衝突するリスクを少なくできる。その意味では長期の宇宙航行に最も適した形状なのである。ただ、オウムアムアは8時間ほどの周期で、ぐるぐると自転していたため、進行方向に向けて断面積が大きくなる時と小さくなる時があった。これを考えると、巨大宇宙船が取るリスク低減策とは矛盾しており、宇宙船であったとしても、すでに制御されていない、かなり昔に廃棄されたものかもしれないという憶測もなされていた。しかし、ローブは形状だけでなく、加速の原因を太陽光圧を受けて推進される構造物である可能性を定量的に説明してしまったのである。このアイデアに刺激された一部の電波天文学者が、オウムアムアからの人工電波に聞き耳を立てたのだが、残念ながら何も検出できなかった。一方で、彗星や小惑星研究者の誰もが彼らのアイデアには否定的だったし、かくいう私も、こうした異常な特徴に対し、天然自然の天体と考えた上で何か他の説明ができるのではないかと思っていたのは事実である。

(中略)いずれにしろ、現時点で宇宙船説が研究者の間で不利だからといって本書の醍醐味が失われることは決してない。こうした可能性を示すことで綿密な議論を行っていくことこそ科学の正しい方法だからである。人工建造物の可能性を提示したのが、そのあたりの似非科学者ではなく、ファーストスターや宇宙の再電離、巨大ブラックホールの研究などで多数の業績を上げてきた、まっとうな天体物理学者のアヴィ・ローブであることも合わせて考えると、本書の意義がさらに深まる。ローブはもともと著名だった上に、たとえばアンドロメダ銀河と我々の銀河系の衝突後に合体して生まれる新しい銀河に「ミルコメダ」(ミルキーウェイとアンドロメダを合体させた造語)と名付けるなど、奇抜さとユーモアを兼ね備えた人物として認識されてきた。本書では、オウムアムアそのものについての記述や考え方はもちろん、そもそもこうしたユニークな発想の原点がどこにあるのかを明らかにしている。イスラエルの開拓地に育った少年時代から回想し、徴兵制などのイスラエル人としての経歴に影響された哲学的思想に端を発していること、目指していた哲学と天文学が親和性があり、人との偶然の出会いもあって進んできた道であることや、(本書のテーマでもあるオウムアムア=知的生命建造物説のような)異説(アノマリー)の存在が学問を健全に導いていくという信念、そして現代の学術界が若手の本来持ち得るユニークな発想の芽を摘んでしまっているのではないかという危惧を持ち、それがひいては学術界全体の発展にとってマイナスになってしまうという強い危機感を抱いていることが見て取れる。こういった異説を含めた議論のプロセスそのものがオープンに市民に開示されることが健全だという意見には、広報普及活動に携わってきた私もまったく同感である。結果はもちろん、その結果が導かれていく過程にこそ科学の醍醐味があるからだ。その過程で様々な異説が登場しては、いろいろな角度から可能性が検討されていくことで、研究者自身も視野が広がっていく。

 著者は、本書で自説が異説(アノマリー)であると認識しながらも、それを打ち出し、議論していくことの大切さを説いているのだ。もちろん、その裏にはスターショット計画(多数の無人探査機を打ち上げ、地上からレーザー光を当てて光速の三割ほどまで加速し、太陽から最も近い恒星・惑星系であるケンタウルス座のプロキシマを探査する計画)を率先してきた独自の立場や見識も基礎となっている。なんといっても、オウムアムアの加速の原因は太陽光による光圧と考えてもなんら矛盾はない。また、このオウムアムアの運動は太陽近傍の恒星系の空間移動の平均値である局所静止基準とほぼ一致していることにローブは注目している。それは偶然ではなく、知的生命が建造し、定点観測用におかれた探査用ブイなのではないか、と想像を巡らせているのだ。広大な銀河系空間のあちこちに、大海原に浮かべられたブイのような探査機がばらまかれているという発想は、さすがローブならではであろう。

 オウムアムアという、人類がはじめて目撃した新種の天体がもたらしたブレークスルーは実に大きい。本書には紹介されていないが、希有な形状の原因だけでも、潮汐破壊破片説、フラクタルダスト集積体説、水素分子氷説、微惑星集積説などバラエティに富んでいる。また、オウムアムアのような星間空間小天体をひとつのツールとして、恒星の一種である金属欠乏星に迫る研究もあり、この新種がもたらした科学的な刺激はきわめて大きなものがある。そして、この余波は今後も続くはずだ。本書でも紹介されたように、新種の天体の2番目としてボリソフ彗星が発見されたことは、そこに偶然性があるにせよ、われわれは星間空間を旅する小天体の空間密度を過小評価していたことを示している。今後、アメリカのヴェラ・ルービン天文台などのサーベイ型大型望遠鏡が稼働すれば、新種の多様性が明らかになり、もしかするとローブが言うように、われわれが知的生命の片鱗に出会える日が来るのかもしれない。

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■著者紹介
アヴィ・ローブ
(AVI LOEB)
1962年生まれ。ハーバード大学教授で、2011年から2020年まで天文学科長を務める。ハーバード大学ブラックホール・イニシアチブ創設者兼所長。ハーバード・スミソニアン天体物理学センター理論計算研究所所長。またブレイクスルー・スターショット計画委員長、米国アカデミー物理学および天文学委員会の委員長を務めている。米国大統領科学技術諮問委員会の委員でもあり、2012年には《タイム》誌が選ぶ「宇宙で最も影響力のある25人」の一人に選ばれている。2021年に始動した、異星文明の証拠を探索する「ガリレオ・プロジェクト」を率いる。ボストン近郊在住。

■訳者略歴
松井信彦
(まつい・のぶひこ)
翻訳家。慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻前期博士課程(修士課程)修了。訳書にイ&ユン『人類との遭遇』、シュワルツ&ロンドン『神経免疫学革命』、ハンド『「偶然」の統計学』、レヴィン『重力波は歌う』(共訳)、ビリングズ『五〇億年の孤独』(以上早川書房)、ラッセル『AI新生』、ミーオドヴニク『Liquid 液体』ほか。

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