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納品なし、通勤なし、管理なし。“リモートワークの達人”倉貫義人が語る「3つの極意」とは?

ジェイソン・フリード&デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン『リモートワークの達人』(高橋璃子訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の刊行を記念して、国内外を代表するリモートワーカーにその極意を聞くイベントシリーズ「リモートワークの達人」が始動。

第1弾では、オフィスを撤廃して全社員がリモートワークを実践するソフトウェア会社「ソニックガーデン」の代表取締役である倉貫義人さんにご登場いただきました。

本記事ではその模様をお届けします。

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倉貫義人(株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長)
大手SIerにて経験を積んだのち、社内ベンチャーを立ち上げる。2011年にMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。月額定額&成果契約で顧問サービスを提供する「納品のない受託開発」を展開。全社員リモートワーク、オフィスの撤廃、管理のない会社経営など新しい取り組みも行っている。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』など。
ブログ https://kuranuki.sonicgarden.jp/
聞き手=横石崇(Tokyo Work Design Weekオーガナイザー/&Co.代表取締役)
2016年に&Co.を設立。ブランド開発や組織開発を手がけるプロジェクトプロデューサー。主催する国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では3万人の動員に成功。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」支配人。法政大学兼任講師。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。

共感しかない本

横石 倉貫さんは『リモートワークの達人』を、単行本で出た当時(2014年)から読まれているそうですね。この本に対してどのような印象を持ってますか?

倉貫 実は、ソニックガーデンを創業するときのベンチマークのひとつだったんです。著者の一人DHH(デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン)は、プログラミング業界ではすごく有名なフレームワークRuby on Railsの開発者で。彼らの会社「ベースキャンプ」(2014年に「37シグナルズ」から社名変更)の哲学がすごくイカしていて、最初の本『小さなチーム、大きな仕事』が出る前から注目していました。彼らの書く本にはすごくシンパシーを感じています。DHHを知っている人には「日本のベースキャンプ」とか「日本の37シグナルズ」と言っていただけるので、共感しかない本ですね。

横石 ソニックガーデンのバイブルといっても過言ではないと。

倉貫 そうですね。

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横石 僕も日本の「リモートワークの達人」といえば倉貫さんだろうということで、今回お招きさせていただきました。簡単に自己紹介をお願いできますか。

倉貫 私はいま二つの会社の経営に携わっています。一つは自分で創業したソニックガーデン。2011年に創業したので、今期で10年目に入りました。全社員リモートワークしています。もうひとつはクラシコムという会社で社外取締役をさせていただいています。「北欧、暮らしの道具店」というECサイトを運営されている会社ですね。

というわけで、お仕事のほぼ100パーセントは経営です。もともとはエンジニア、プログラマーで、プログラマーの働き方を変えるにはどうすればいいのか追求した結果、自分で会社をつくるしかないと思い、創業しました。

ソニックガーデンはいま社員が46名。システムの受託開発をしたり、自社サービスを作って販売したりと、やっていることはいわゆる普通のIT企業なんですけど、三つのポイントがあります。それが三つの「ない」、いろんなものをなくして注目いただいているのが私たちです。

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3つの「ない」

1.納品がない
ひとつめは、納品のない受託開発。システムの受託開発をしている会社だけれど、納品はしない。ではどうやってお金をもらうのかというと、月額・定額にしましょうと。定額でプロジェクトは組めるのかというと、プロジェクトは組まない。顧問税理士や顧問弁護士と同じような形で、お客さんの顧問エンジニア、顧問プログラマーとしてお仕事をさせていただくというスタイルです。かつ客先には行かず、リモートワークにしましょうと。打ち合わせはテレビ会議で。働いている時間を報告するのはやめる。どれぐらい時間をかけているかは関係ないので、成果で契約する。われわれとしては一生懸命生産性を上げると利益率が高くなるし、お客さんとしてもたくさん成果が出るようになるので互いにウィンウィン。こういうビジネスモデルです。

2.通勤がない
客先に行かなくてよいとなると、本社にも来なくていいんじゃないかということで、通勤がなくなりました。46人の社員が18か19都道府県にちらばっていて、支社があるわけでなく在宅勤務をしています。以前は渋谷にオフィスがあったのですが、地方の社員が増えてきて、東京と地方でコミュニケーションの格差が出てきてしまうのはよくないなということで、思いきって2016年に本社オフィスをなくしたんです。いまはオフィスなしで全社員リモートワークでお仕事しています。

「通勤」がないとあえて言っているのは、通勤はないけど出社はするんです。在宅勤務だからといってみんな一人で仕事をしているわけはなく、毎日テレビ会議でコミュニケーションをとるし、バーチャル空間に仮想オフィスをつくって、そこに出社してワイワイガヤガヤと仕事をしている。これが僕らの働き方です。

3.管理がない
三つ目の「ない」は、管理のない会社経営。通勤をなくしてリモートワークで、じゃあ勤怠管理はどうするのかというと、クリエイティブな仕事をしている人に命令して管理しても生産性は上がらない。なるべく内発的動機だけで生産性を上げてもらおうと思って、上司をなくしました。部署もない。承認決済もないので有給使い放題の決済使い放題。評価もしない。最終的にはノルマもなくなり、会社の売上目標までなくしてしまったんですけど、なんとかここ10年までやっています。

横石 改めて、めちゃくちゃ非常識な会社だなと思います。常識にしばられない会社。倉貫さんが掲げるようなビジネスモデルだったり働き方だったり経営だったりに希望を感じているんですけど、倉貫さんはどのような順番で手を付けていったのでしょうか。

倉貫 実は、本の出た順でわかるようになっています(笑)。

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もともとのスタート地点はビジネスモデルですね(『「納品」をなくせばうまくいく』日本実業出版社、2014年)。会社は最初5人で創業したので、管理がどうとか働き方がどうとかというほどのレベルではなく、どベンチャーというかスタートアップな感じでこのビジネスモデルを始めました。

その後、1人目の社員を勤務地不問で募集したところ地方から応募があり、めちゃめちゃ熱意と能力があるので採用しようということになりました。弊社の社員第一号がいきなり在宅勤務の人だったんです。その人がうまくいったので在宅勤務を増やしていったら、オフィスはいらないのではないかとなって真ん中の「働き方」に至りました(『リモートチームでうまくいく』日本実業出版社、2015年)。

そのときに社員がだいたい15~20人ぐらいだったんです。そうなると、管理職を置くのか、部署を作るのかという話になるんですけど、われわれの仕事の仕方でいうと管理職を置く感じじゃないよねということで、どうすれば人が増えても管理せずに生産性が出るのかをつきつめて5年ぐらいやってきて、ノウハウがたまったのでまた本を出した、という流れです(『管理ゼロで成果はあがる』技術評論社、2019年)。

横石 『リモートワークの達人』の巻末解説にも書きましたが、今回のコロナ禍では無駄なものが暴き出されたと思っていて。通勤や管理自体がそもそも必要なんだっけってみんなが考えましたよね。なんなら納品ってそもそも必要なんでしたっけというところまで思い至った人もいるのではないでしょうか。まさに倉貫さんが指摘していることが、コロナによって露わになったなという印象があります。

倉貫 そうですね。昔から働き方改革とかいろいろ言ってはいたものの全然進んでいなかったものが、一気に進むことになった。実はみんなやればできるし、やらなければいけないと思っていたのだけど、尻が叩かれてなかっただけなんじゃないかなと感じますね。時計の針が一気に進んだ感じはあると思います。

リモートワーク「三つの極意」

横石 ここからは倉貫さんに、リモートワークの「三つの極意」を伺っていきたいと思います。一つ目の極意はなんでしょう。

リモートワークの極意① セルフマネジメント

倉貫 「セルフマネジメント」かなと思います。オフィスにいて指示命令をして監視をするような仕事のしかたを、リモートワークでやろうとするとうまくいかない。離れて働いている人たちを監視したくなっちゃう。そうすると、監視カメラをつけるみたいなことが起きる。

でも、仕事ってそもそもそういうものじゃない。昔の仕事、たとえば「穴を掘る」とかだと監視していないとサボる奴が出てくるかもしれないけど、コンピュータを使うような現代の仕事って、オフィスにいても「働いているふり」ができる仕事だったんです。人の頭の中でやる仕事の場合、そもそも監視できない。であれば、しっかり成果が出せるように、自分で自分のことをマネジメントしてもらえるということが大事になるのかなと思います。

横石 そうですよね。いま、二大派閥があるじゃないですか。すべてをデータ化して管理がが大事だという派閥と、倉貫さんのようにセルフマネジメントが大事だという派閥です。このふたつは永遠に答えはないと思うんですけど、過去にさかのぼったときに倉貫さんは管理するということにもチャレンジしたことはあるんでしょうか。

倉貫 いっとき社内ベンチャーをやっていたころは、管理をしていました。オフィスだったので、徹底的に管理しきってマネジメントしたんですけど、それでは新しい事業は生まれてこないんですよね。新しいアイデアだったり新しいビジネスを生み出すときに、上司が指示命令して管理したところで、いっぱいモノはつくれるのだけど、ほんとうに価値のあるものができるかというとそうではない。手を動かしてモノばかりできるだけで、売れるものはできないし、お客さんのニーズをとらえられなかったりします。

上司だとか偉い人が全部わかっていれば指示命令して管理することで仕事ができるんですけど、正解がないような仕事をいっぱいする今の時代において、現場の人と上司とどっちがわかるのというと、現場の人のほうがよくわかったりするし、指示命令していいものを出せと言われても出せるわけがない。クリエイティブな仕事は指示命令できないということに、やってみて気づきました。指示命令でクリエイティブな仕事をさせるというのはナンセンスであり、クリエイティブな仕事をしていくに限ってはセルフマネジメントのほうがよいなと気づいたんです。

横石 『両利きの経営』という本では、「深化」と「探索」が大事だと言われています。大企業であっても小さい企業であっても、深めてばかりではだめで、探索、言うなれば「散歩」が大事だと。散歩ってKPIが作りづらいというか、誰も評価できないわけじゃないですか。上司が見ている散歩ってすごい居心地悪いですよね。

倉貫 本当そうですよ。

横石 散歩的な感覚で仕事をするというのは僕もやっているんですけど、倉貫さんたちみたいに会社が大きくなってくると、みんなが散歩に出たままでは上司が不安になる気持ちもわかるんです。そのときにどういうことをされているのでしょうか。セルフマネジメントが大事とはいえ、散歩させたままにしているのでしょうか。

倉貫 セルフマネジメントをうまく成立させるためには何が重要かと考えたときに、信頼関係は当然必要だとは思うんですけど、一番大事なことは、自分で自分のことをモチベートして仕事をしてもらう、内発的動機で仕事をしてもらうということです。お金とか褒賞、あるいは叱咤激励のような外発的動機で働かせようとすることは、本人の意志ではなく、外から持ってきた意志で働かせるということです。嫌な仕事であればそれでもやれるんですけど、監視していなかったらサボっちゃうということが起きる。そうではなく、本人がやりたい仕事であれば、ほっといてもやりますよね。やりたい仕事を会社でやってもらうことが一番大事なことかなと思っています。

僕らがよくやっているのは、指示命令して「この仕事をやりなさい」と言うのではなく、私や経営陣と社員が1on1ミーティングをして、「あなたは何がしたいんですか」という話をする。1on1の本当の基本でもあると思うんですけど、会社や上司が言うのではなく、メンバーから何がしたいのかを引き出していく。

こうやって「すり合わせ」の機会を設けると、「今度僕はこういうことにチャレンジしてみたい」「半年間こういう仕事をやってきて、これが向いていると思ったので、よりこの仕事をやっていきたいんです」「三年後のキャリアを考えると、次はこういう仕事をやってみたいんです」といった話が出てくる。それに合った仕事が会社側にイシューとしてあれば、じゃあこれをやってもらうといいんじゃないかという形で仕事が決まる。うまくすり合えば、あとはほっといても仕事をします。散歩に行こうが何をしようが、好きにやってもらっても成果が出る。

横石 『リモートワークの達人』にもそのあたりのことが少し書かれています。「社員がサボってしまうんだけどどうすればいいんですか」という疑問に対して、この本は「採用の時点でサボるやつをとっているからだ」ということを指摘しています。採用の時の見極めが大事で、モチベーションだったり何故この会社に入ったのかがお互いにちゃんとすり合っていない状況で「リモートワークしましょう!」になっちゃうと、それはサボっちゃうよねと。

とはいえ、いま困っている人たちはすでにいる仲間たちと働かないといけないわけですから、まさに倉貫さんがいまおっしゃったように、1on1で会社と個人がやりたいことをどんどん近づけていく必要があるわけです。このような会社と個人の結びつけを、倉貫さんの会社では誰が担っているのでしょうか。

倉貫 マネージャーの仕事だと思いますね。われわれの会社でいうと経営陣がマネージャーなので、組織マネージャーがやっている仕事です。マネージャーの仕事はマネジメントをすることであって、管理することではないんですよね。

横石 管理とマネジメントは違うぞ、と。

倉貫 そうです。よく勘違いされるんですけど、管理というのは手段にすぎないんです。マネジメントというのは本来、何かを達成するためになんでもやること。私はよく「いい感じにすること」がマネジメントだと言っています。チームとかプロジェクトとか成果をいい感じにすることがマネジメントだとしたら、いい感じにさえできるのであれば、管理という手段を使わずに、1on1という手段を使ってもよい。決して管理だけがマネージャーの仕事ではない。

横石 「セルフマネジメント」の「マネジメント」もそういうことですよね。自分を管理・監視するということではなく、やりたいことのために自分を律する。

倉貫 そうですね。

横石 この調子で二つ目に行きましょうか。

リモートワークの極意② 心理的安全性

倉貫 セルフマネジメントが個人の話だとすると、次はチームの話で、「心理的安全性」というキーワードです。グーグルが2012年に「社内で生産性の高いプロジェクトの共通項は何か」という研究発表を出したんです。それによると、生産性の高い、クリエイティブなことをするチームの共通項は、優秀な人がたくさん集まっていることでもカリスマ的なリーダーがいることでもなく、心理的安全性が高いことだった。ミスをしても非難されなかったり、言いたいことを言えるという状態になっているというのが「心理的安全性が高い」状態です。

横石 心理的安全性という言葉は勘違いされやすい言葉ですよね。従業員同士が仲が良いとか、飲み会に誘いやすかったり、冗談を言い合えるような関係づくりということではありませんから。グーグルが使っていた意味合いとは違う文脈で語られることが多い。

倉貫 全然違いますね。心理的安全性が高い状態というのは、要は「安心できること」ですよね。安心できると何が起きるのかというと、チャレンジがしやすい。なので、仲良しこよしでいましょうということではなく、各自がどんどんチャレンジできる環境であることが本質で、ミスを恐れずにチャレンジきるからこそ成果が出やすい。

正解がない中で成果を出していくためには、チャレンジするしかないんですね。試していくことでしか正解にたどりつけない、探索をしていくことでしか成果が出ないとしたら、チャレンジは必須になっていくので。

横石 倉貫さんの会社では、そうした本来の意味での心理的安全性をどうやって徹底しているんでしょうか。

倉貫 ひとりでやっているぶんには心理的安全性も何もないんですけど、チームでやるうえでは、困ったときにいつでも相談できるかどうかというのが大事なポイントなんですね。心理的安全性が低いチームだと、相談はどうするかというと、悩みに悩みぬいて、自分一人でかなり突き詰めた結果、本当にどうしようもなくなってから相談に行く。上司も「そんな簡単に相談しに来るな、ちゃんと調べてから来い」みたいに言って、より相談しないということが起きる。

でも、そんな一人で考えて答えが出るような簡単な仕事なんて、この世にはもうないんですよ。簡単な仕事はAIやコンピュータやロボットがやっちゃうから、もう難しい仕事しか残っていない。難しい仕事をやらないといけなくなったときに、自分一人では解決できないことがいっぱいある。

だとすれば、早めに相談したほうがいいですよね。ものができあがっていなくても、品質が悪くても、雑な状態でも相談できたほうがいい。気軽に相談できるかというのが心理的安全性につながってくる。

横石 すごくよくわかります。特に日本の企業の場合、完璧なものを持ってこいというような文化がある。職人的な質が求められることもあるし、製造業で引っ張ってきたというのがあるので、できるだけ100点に近づけようとみんな思うじゃないですか。だけどそうではなく、雑という言い方はちょっと変ですが、粗々でいいよと。

倉貫 そうです、そうです。僕はそれを本当に「雑」と呼んでいます。雑に相談してもいいよと。「たくさんつくる」とか「一回だけ品質がいいものをつくる」ではなく、クリエイティブにいろんなものをつくっていくときには、雑に相談し合うことが大事だと思うんです。

といわれても、普段話していない人にいきなり相談できるかというと難しい。どうしたら相談しやすくなるのかなというところを突き詰めていくと、僕はそれが「雑談」というキーワードになると思います。

普段話したことのない先輩に「ちょっとわからないので教えてくれますか」と雑な相談ができるかというと、めちゃくちゃ怖いから相談するハードルが高いし、上司の方だとよくあると思いますけど、普段全く話したことのない部下が「お話があります」と言って来たら、完全に嫌な気持ちになる。もっと早くいろいろ言ってくれよと。

横石 どうすればいいんですかね。

倉貫 そうした相談のハードルを下げるためには、土台に雑談ができればよい。普段から雑談できる関係性を作っておく。そうすると相談のハードルも低くなるし、相談しながら雑談することもあれば、雑談しながら相談することもある。オフィスや仕事において、雑談は無駄なものだと思われがちだし、無駄をなくそうといったときに排除されがちなんですけど、実は雑談があるからこそチームの人間関係ができて、相談もしやすくなる。なので、雑談と相談が大事だということで、僕は「ザッソウ」といっているんです。

雑談と相談をしている状態を続けていけば、チーム内の関係性が維持されていくので、心理的安全性が高まる。心理的安全性が高くなると、雑に相談することができるようになっていく。それによって、いい成果が出せるチームになっていくんじゃないかと思います。

横石 よくある話として、部下が上司に「この仕事ってそもそもやる意味があるんですか?」と言いたいときがあるじゃないですか。この問いかけというのは職場内ではすごく大事だと思うんです。でも、雑談なき「そもそも意味あるんですか」はうまくいかないですよね。

倉貫 うまくいかないですね。関係性がない中で「そもそもハンコいるんですか」とか言ったら、めちゃくちゃ怒られるでしょうね。

横石 そのベースに雑談があるというのは、非常によくわかるなと思いつつ、雑談ってどうやればいいんだっけと悩む人もいると思います。雑談って倉貫さんはどうやりますか?

倉貫 これね、雑談をやりなさいといった瞬間に雑談ではないので(笑)。言ってみれば、目的のある会話、業務上必要な会話以外はすべて雑談だと思っています。昔から言う「報・連・相」が公式なコミュニケーションだとすると、雑談は非公式なコミュニケーションですね。そういう非公式なコミュニケーションを許すか許さないかというだけだと思うんです。非公式なコミュニケーションがむしろどんどん生まれてもよいという環境づくりをしたり、機会を作っていくことが、マネジメント側にできることだと思います。

リモートワークの極意③ 仮想オフィス

横石 いま視聴者の方からコメントを頂いたんですけど、「リモート、バーチャルで雑談できる環境をどのように作っていますか? リモートになって雑談が生まれづらくなってしまった」と。

倉貫 そうなんです。どうすればよいのか。僕らも色々考えたんですけど、オフィスにいたら雑談が自然と生まれるんですよね。たまたま隣の席に座って話すとか、廊下で昔の同期とすれちがってちょっと情報交換をするとか。そういう偶発的なきっかけ、用事がなくてもコミュニケーションできる機会を作らないといけない。リモートワークでみんな一人ずつ働くようになって、業務上の目的のあるコミュニケーションはできるのだけど、目的のないコミュニケーションをテレビ会議でやれるかというと、なかなかとっかかりがない。

横石 ヴァーチャル上の雑談ってなんでやりづらいんでしょうか。すごく目的志向になりますよね。

倉貫 そうですね。僕はこれは、同じ場で働いていないからだと思うんです。ここでの「場」は、経営学で言う「場(Ba)」で。経営学者の野中郁次郎先生なんかもおっしゃっていますが、イノベーションや新しいことが生まれるのは場があるからだといわれます。いわゆるワイガヤ(自動車メーカーのホンダで大切にされてきた、職場での多人数による会話のこと)、みんながワイワガヤガヤしている状態があるからこそ新しいものが生まれる、それは同じ場所にいるからだ、と。

同じ場にいるからと言われたら、リモートワークだと再現できないように思うじゃないですか。無理だなと思っちゃうんですけど、いまは21世紀なので、場を再発明できないかと考えたんです。

横石 ワイガヤ2.0ができないかと。

倉貫 そうですね。オフィス、職場、合宿所などいろいろな場がありますが、要は時間と空間がそろっていることを場と呼んでいるのではないかと。場の条件は時空がそろうこと

同じ時間にいる、というのがまず大事。夜型の人と朝型の人でイノベーションが起きるのか、ワイガヤできるのかというと無理ですよね。オフィスは同じ時間帯にいるというのが再現できた。もうひとつは、同じ空間にいること。オフィスはそれも満たしていますよね。

リモートワークをしたとき、時間はなんとかそろえられる。一緒の時間に働けばいい。じゃあ空間はどうするかといったときに、空間はヴァーチャル空間でいいんじゃない? と考えたんです。仮想空間にオフィスを作ればいいじゃないかと。

それで僕らは仮想オフィスを作ったんです。そこにみんな昼間出社して、一緒に過ごしている。目的があって集まっているわけではなく、ただみんなそこにいて、それぞれ自由に仕事をしている。そうすると、仕事の途中で休憩するときにお互いにコミュニケーションをしたり、何かつぶやいている人を見てちょっとコミュニケーションをしたりだとか、誰かがザワザワしていたら面白そうだから話に入るとかが起きる。ヴァーチャルだけど時空がそろっている場があれば、偶発性やワイワイガヤガヤする感覚は作れる。

横石 なるほど。

倉貫 オンラインに場を作るというのは、MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、大規模多人数同時参加型オンラインRPG)とかやっている人はみんなわかってて、今晩8時にどこどこサーバーに集合と言って集まって、クエストに行ったりしますよね。あれって同じ時空にいる感じなんですよ。遊びでヴァーチャル空間で集まれるのであれば、仕事もヴァーチャル空間で集まって、一緒にワイワイやればいいじゃないのという発想ですね。

横石 よくニュースなどでソニックガーデンの仮想オフィスの画面が紹介されているのを見ますが、あれはまさにワイガヤを目指したオフィス空間だったんですね。

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ソニックガーデンの仮想オフィス

倉貫 はい。なので、三つの極意の三つ目は「仮想オフィス」です。

横石 お話を伺っていて思い出したのですが、予防医学者の石川善樹さんが、これからの働き方を進めていく上で意識すべきは時間・空間、そしてもうひとつは仲間だとおっしゃっていて。石川さんはそれを「サンマ(三間)」と言っているんですけど。倉貫さんの会社ではまさに社員たちが仲間という感覚で集まってきていて、三つの「間」がうまく統合されて融和されている場(時空)が作られているのだなとあらためて感じました。

倉貫 そうですね。今回の三カ条で言うと、心理的安全性が「仲間」にあたります。リモートワークがうまくいくためには、まず個人の成熟、セルフマネジメントができるということがあり、心理的安全性が高いチームであるという、チームの仲間の話があり、その二つが融合できる場所としての仮想オフィスがある。この三つがあることで、リモートワークでもよいチーム、よい仕事ができるようになるのではないかと思います。

横石 この三位一体になっていることが大事で、どれか一つだけというわけでもなさそうですよね。

倉貫 おっしゃるとおりです。オフィスにいたからといって、心理的安全性がないオフィスもいっぱいあります。よく「リモートワークになるとコミュニケーションがうまくいかないんです」と言う方がいらっしゃいますが、よくよく訊いていくと、オフィスでもコミュニケーションがうまくいっていなかったりとか。それリモートのせいじゃなくて御社のワークのせいですね、という……。

お悩み解決コーナー!

横石 さて、倉貫さんにいくつか質問が届いています。

質問①リモートオンリーのチームで、チームビルディングができるのか?

倉貫 何をもってチームビルディングと言うかですが、できると思います。目的・目標があって、そのために力を合わせるのがチームなので、その目的なり目標がコンピュータやインターネットを通じて成果を出せるものであれば、その仕事を通じてチームビルディングができる。

横石 すべての会社がリモートオンリーになるかどうかは疑問ですが、ほとんどの会社がリモートを駆使して、自分たちの組織を強くしていくという方向に向くのは間違いない。リモートワークをスキルやテクニックとして柔軟に取り入れていくのが強いチームなのだと思います。

質問②メンバーコンディション把握のために顔出し会議もたまには実施したいのだが、女性メンバーにどう提案するのが好ましいか?

倉貫 コミュニケーションは基本的に関係性だと僕は思っていまして、関係性がすごくできあがっているのであれば顔出しなしでもよい。声を聴くだけで相手のことがよくわかるのであれば顔出しなしでもいけるんですけど、関係性がそこまでない状態だったり、疎遠な状態だと、顔出ししないとわからない。状況に応じてやるべきですね。

「顔出ししたくない」というのはちょっと難しいですね。「顔出ししたくないというのは個人の思いであって、チームの成果につながるの?」という話をすればいいと思うんです。先ほどのチームビルディングの話と同じですが、「いま僕らは目的を持ったチームです」ということを確認したうえで、「この成果を出すためにはお互いにコンディションをわかったほうがやりやすいと思うんですけど、どうですか?」と。「私は別にチームとかどうでもいいので顔出ししません」と言われたら、その人を採用したのが本当は間違っているんです。その人はチームに貢献したくないと言っているわけですよね。顔出しするかどうかがポイントではなく、チームに貢献しようと思う意思があるかのほうが大事なんです。

横石 そこ、見誤りがちなので、重要なポイントかもしれませんね。ちなみに僕はいま大学で講師をやっているんですけど、オンライン授業で顔出ししていない人が何人かいたので「みんな顔出して」と言ったら、カップルで僕の授業を聴いている人がいて。しかもベッドの上で聴いてたのかよ! みたいな。顔出しされて困ったこともあります、という話でした(笑)。

質問③インナーブランディングを命じられているのですが、いまの状況下でどうしたものかと悩んでいます。リモートワークをしながら他部署の同僚とコミュニケーションをとるにはどういったことが必要でしょうか。

横石 大企業の方からのご質問ですかね。

倉貫 そうですね、インナーブランディングという言葉を使う時点である程度大きな会社さんかなと思います。逆に聞きたいんですけど、これまで他部署とどうやってコミュニケーションをとっていたんですかね。大きな会社だとすれば、他部署の人とは別フロアじゃないですか。もしくは隣のビルとかにいるわけじゃないですか。だとすれば、最初からリモートワークですよね

横石 そうですね。リアルの状況からリモートワークをしていた。

倉貫 なので、自分の部署を超えたところとどうコミュニケーションをとるのかというのは、リモートワークというよりは社内コミュニケーションの課題だと思います。例えば仮想オフィスを使うと、仮想オフィス内で他の部署や別フロアの人を呼び出して話をすることもできる。そういうITツールは、リモートワーク以前のところから使ってもいいんじゃないかと思います。

質問④ウェブ会議での効率的な進め方を教えてください。いきなり在宅勤務がはじまり、ウェブ会議でのディスカッションがうまくできません。ウェブ会議の作法やいい進め方があれば教えてください。

倉貫 テレビ会議に慣れていらっしゃらないということだとは思いますが、テレビ会議ならではの問題は大きく二つあると思んです。

リアルの会議と違うところのひとつは、同時に一人しか喋れないということです。リアルだと、会議室に5~6人いたときに、向こうで2、3人、こっちで3人ぐらいで喋ったり、隣の人と喋るということが同時に起きても距離があるので成立するんですけど、5~6人画面上に並んでテレビ会議をすると、誰かが喋っているときに同時に喋ると混乱しますよね。順番に喋るしかないというのがテレビ会議の制約ひとつ目。

ふたつ目は、5~6人いたときに誰に向かって喋っているのかわからないという問題。リアルの会議だと、こっちを向いてあなたに喋っていますとわかるんですけど、テレビ会議だと、これは私に言っているのか、それともあいつに言っているのかわからないという問題があります。

解決策としては、ひとつはシンプルに、ちゃんとファシリテーターを置くということですね。ただ集まって雑多に話そうとしてもお見合いになっちゃうので、人数が多くなってきたときには司会進行を置くのが定石かなと。

横石 ファシリテーターの適任者は誰なのかなと思うんですけど、マネージャーがやったほうがいいのか、一番若手がやったほうがいいのか。どういう人が適任なんでしょうか。

倉貫 ケースバイケースですね。先ほど関係性という話をしましたけど、会議も結局、その場の関係性で成立するものなので、マネージャーしかわからない情報を共有するというときのファシリテーションを若い人にやらせても、結局何を喋るのかわからないので、うまくいかない。それはマネージャー自身がやればよい。それよりももうちょっとフラットなチームにしていって、みんなが意見をうまく出し合うようにしたいので、若手があえてやったほうが意見が出るというのであれば、それでもいいです。特別に、どういうときにどう、というものではない感じがします。

横石 全員がファシリテーションの機能をちゃんと能力を高めておけという話ですね。

倉貫 それはそうです。司会進行をするだけなので、そんなに難しい話じゃないと思います。

もうひとつ、目線がわからない問題の解決策としては、画面共有を絶対に使うということですね。かつ、メモを書きながら話をする。そうすると、いま何の議題を話しているのかみんな一目瞭然でわかるし、お互いの目線の代わりにみんなで資料を見ながら話をすればいいので、議論が発散しない。

横石 Zoomとかいろんなテレビ会議システムは、自分が見えるじゃないですか。ずっと鏡を見ながら話をしている状況だったりするので、あれはあれでつらいですよ。不自然な状況なので、しんどくなっちゃう。だからやっぱり、みんなで画面共有して議題をテンポよく進めていくといった工夫は確かに必要だなと思います。

横石 今回は「リモートワークの達人」になるための三カ条を、倉貫さんにまとめていただきました。一つ目は「セルフマネジメント」、二つ目は「心理的安全性」、三つめは「仮想オフィス」。この三位一体を意識して、今後のリモートワークにお役立て頂ければと思います。

ところで倉貫さん、新しい著書を仕込んでいるといううわさも。

倉貫 今、鋭意執筆中です。おそらく9月ぐらいに出るとは思いますけど、それまで時間がかかるので、『リモートワークの達人』と一緒に私のこれまでの本も読んでいただけると。

横石 倉貫さん、本日は誠にありがとうございました。

(2020年7月9日、オンラインで実施)

グラレコ

©グラフィックカタリスト 成田 富男
http://tomios-graphic-dialogue.mystrikingly.com/





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