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「超加工食品」とはなにか? なにが問題なのか? 『不自然な食卓』訳者あとがき

幾度もの化学的処理と無数の添加物、徹底した工業合成プロセスによって製造され、小売店の棚を埋め尽くす「超加工食品」。その成分の組成から業界をあげた規制妨害の実態まで、綿密なリサーチと著者自身の身体を実験台とした検証を通じて現代の「食」を蝕む病理のすべてを解き明かしたノンフィクション、『不自然な食卓——超加工食品が人体を蝕む』(クリス・ヴァン・トゥレケン著、梅田智世訳)が本日発売しました。

近年注目が集まる「超加工食品」の定義をアップデートし、そして我々の健康と生活への悪影響だけにとどまらない、超加工食品にまつわる「真の問題」に肉薄た本書は海外で高い評価を受けており、《サンデー・タイムズ》ベストセラー第1位、《タイムズ》サイエンス・ブック・オブ・ザ・イヤー2023、Amazonベスト・ブック・オブ・ザ・イヤー2023など、数多くの賞を受賞。超加工食品にかんする学びの最初の一歩としても、さらなる知識の獲得にも最適の一冊です。

今回の記事では「訳者あとがき」から、本書があぶり出した超加工食品の本質の一端に迫ります。


『不自然な食卓——超加工食品が人体を蝕む』(クリス・ヴァン・トゥレケン著、梅田智世訳)書影。

訳者あとがき


「超加工食品で早死にリスク増大、30年間の研究で判明」(CNN、2024年5月10日)
「『超加工食品』でたばこ並みの依存性が判明、渇望や禁断症状も」(ナショナルジオグラフィック、2024年6月5日)

このふたつの記事に代表されるように、ここ最近、「超加工食品」なるものをめぐる報道を目にすることが増えている。いずれも学術誌に掲載された論文をもとに、肥満、高血圧、がん、認知症などの疾患との関連や依存性を指摘する内容で、読む者の不安をかきたてる。

だが、そもそもそこで言われている「超加工食品」とはなんなのか?
本当に体に悪いのか?
もしそうなら、その食品のどの要素が、どのような仕組みで人体に害をおよぼすのか?

そうした疑問の数々に体当たりで挑んだのが本書である。著者クリス・ヴァン・トゥレケンは感染症を専門とする医師。BBCのブロードキャスターでもあり、ユニセフやWHOと連携した活動にもたずさわっている。ここで言う「体当たり」は比喩ではない。

というのも、著者は本書の執筆にあたり、1カ月のあいだ毎日のカロリーの80%を超加工食品(UPF)から摂取する「UPFダイエット」を敢行し、自分の体を実験台にしてその影響をつぶさに調べたからだ。本書では、この実験の経過を追いながら、膨大な数の科学文献と食品関係者や専門家への取材をもとに、生物学、歴史、経済といったさまざまな角度からUPFを徹底的に解剖している。

パート1ではまず、UPFとはなにか、という基本的な定義を示し、UPFや人工成分の歴史をたどりつつ、UPFの害をめぐる研究のあらましを説明する。UPFの定義の重要なポイントはその食品がつくられた「目的」であり、食品企業はかねをエネルギーとする生態系の一員として経済の軍拡競争を繰り広げている──パート1で提示されるこの考えかたは、本書の全体を貫く柱になっている。

パート2~3では、人間を含めた生きものの体が食と栄養にどう対処しているかをひもとき、糖質過多や運動不足や意志の力など、食事関連疾患の原因として考えられそうなUPF以外の要素を考察する。さらに、1カ月のUPFダイエットを経て著者の体に起きた変化を踏まえ、UPFがそうした変化を引き起こす仕組みを探っていく。

超加工食品をめぐっては、各成分や添加物のよしあしが注目されることが多い。脂質や糖分や塩分の多さ、乳化剤・保存料・香料などのさまざまな添加物。そのひとつひとつが害をもたらす可能性があるのはたしかで、本書のパート1~3でも、科学研究から得られた膨大な証拠をもとにそれが示されている。

だが、本書を読み進めていくと、問題の核心はじつは別のところにあるのではないかという疑問が浮かび上がってくる。その核心に迫るパート4~5では、食品業界の現実と、わたしたち消費者がUPFに払っている見えないコストを掘り下げる。利益を追求し、政策や科学研究に出資する企業の影響力。金にものを言わせ、自分たちに都合のよい主張を広めるマーケティング。株主の圧力にしたがわざるをえない企業の仕組み。環境に多大な負荷をかけることで成り立つ「安さ」。経済的・地理的な理由で生鮮食品を手に入れにくく、実質的に選択肢がない状況に置かれている人たち。消費者からは見えにくいそうした真の「コスト」をひとつひとつ検証し、UPFの問題とはつきつめれば社会構造の問題であることをあぶりだしていくところに本書の真骨頂がある。

本書で語られる食品消費や肥満などの健康問題の状況は、おもに英国社会を念頭に置いたもので、日本の現状とは異なる点もいくつかある。たとえば、日本では食事におけるUPFの割合は英米ほど大きくないし(東京大学の研究グループによる調査では3~4割)【1】、生鮮食品を手に入れるハードルもまだそこまで高くない。

だが、訳者個人の実感からすると、スーパーに並んではいても高くて手を出せない野菜や果物はここ数年で確実に増えている。過疎化が進めば、生鮮食品を売る店まで行くのが難しい人も増えるだろう。気候変動による影響が農業におよびはじめ、家畜の伝染病がたびたび発生していることからすれば、生鮮食品がさらに値上がりしてもおかしくない。日本の経済力が低下し、国全体が貧しくなっているいま、食料自給率の低さを考えれば、生鮮食品が手の届かない贅沢品になり、UPFしか選択肢がない状況にならないという保証はない。本書で浮き彫りにされている問題は、けっして対岸の火事ではないのだ。「まっとうな食品を手ごろな価格で買える」環境を守りたいのなら、真剣に考えなければいけないだろう。

また、著者が厳しく批判する「利益相反」は、紅麹サプリに絡んで日本でこのところニュースになっている【2】機能性表示食品にかんしても問題視されている。さらに言えば、本書で指摘されている「利益を追求する組織が政策や世論を歪める」という構図は、食品業界だけでなく、世界全体でも日本でも社会のいたるところで目にする。本書に登場するコンサルタントが言っているように、利益の追求からよい結果が生まれ、それが社会の発展につながることももちろんある。

だが、「健康に生きる」という基本的人権にかかわる問題を、利益追求を第一とする企業のなすがままにしてもいいのか。政治がしかるべく役割を果たすべきではないのか。そんな疑問をつきつける本書は、フードシステムにかぎらず、現代社会のありかたを考えるうえでも、ひとつの重要な視点を提示しているのではないだろうか。

食と健康をめぐっては、カロリー、サプリメント、脂質と糖質、うま味調味料、添加物などなど、さまざまな話題が浮上しては、そのたびに熱い(しばしば過熱気味の)議論が繰り広げられる。食の問題はだれにとっても無関係ではなく、あれこれと心配するのも、人それぞれ考えかたが違うのも当然だろう。

著者がたびたび言っているように、本書はなにを食べてはいけないか、あるいはなにを食べるべきかを指南する本ではない。重要なのは「自分がどうしたいのか、なにを食べるのかを自分で決める」ことであり、そのためには正しい情報の提供、誤解を誘うマーケティングの制限、UPFでない食品を買いたいときに買える環境が必要だと著者は訴えている。その「本当の意味での選択肢がある世界」をつくるにはどうすればいいのか。人の健康を害さず、地球の環境を蝕まない食品をだれもが買えるようにするためには、現在の「病んだフードシステム」をどう変えればいいのか。次に超加工食品を買って食べるときには、成分表を眺めながら、そんなことを考えてみてはいかがだろうか。


【1】篠崎奈々、村上健太郎、佐々木敏「超加工食品の摂取量は年齢や喫煙状況によって異なるか?──日本人成人における超加工食品の摂取量と個人的特性との関連」(https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400209526.pdf

【2】小林製薬公式サイト「紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ」(https://www.kobayashi.co.jp/newsrelease/2024/20240322/

〔ウェブサイトの最終閲覧日は2024年8月19日〕

◆書籍概要