【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その2)【絶賛発売中】
レベッカ・ヤロス『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』(上・下)は、全世界で話題のロマンタジー。読者投稿型書評サイトGoodreadsでは、130万人が★5.0をつけたすごい作品です。その冒頭部分を第3章まで試し読みとして公開いたします。この記事では第1章の中盤を公開します。
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第1章(承前)
わたしは手早く着替えたものの、なにもかも別人の服のような気がした。もっとも、わたしに合わせて仕立てられたのはあきらかだ。チュニックは腕を覆うぴったりした黒いシャツに交換され、風通しのいいズボンはあらゆる曲線に沿っている革ズボンに替わった。それから、ミラがシャツの上につける胴着型のコルセットの紐を結んでくれた。
「擦り傷をさけるためだよ」と説明する。
「騎手が戦闘に着ていく服みたい」たしかに、この服はなかなかかっこいい。たとえ偽者みたいな気がしても。(信じられない、これってほんとに起きてることなんだ)
「そのとおり。だってそれがあんたのやることでしょ。戦闘に行くのが」
革と見慣れない布地を組み合わせたものが鎖骨から胴のくびれのすぐ下まで体を覆い、胸をくるみ、肩の上で交差している。わたしは胸郭に沿っていくつもななめに縫いつけられている隠れた鞘を指でたどった。
「あんたの短剣用」
「4本しかないのに」わたしは床の山からその4本を拾いあげた。
「もっと手に入れることになるから」
短剣をするりと鞘におさめると、あばらそのものが武器になったようだった。この配置は巧妙だ。あばらと太腿にある鞘のおかげで、やすやすと短剣に手が届く。
鏡に映るわたしは自分だとわからないほどだった。騎手みたいに見える。まだ書記官の気分だけれど。
数分後、自分で入れた荷物の半分が木箱の上に積み重ねられた。姉はわたしのリュックサックをつめなおし、不必要だとみなしたものはなんでも、また感傷的な品はほぼすべて処分しながら、騎手科での生き残り方を早口で助言した。そのあと、これまででいちばん感傷的な真似をしてわたしをびっくりさせた──髪を編んで頭に巻きつけてあげるから、両膝のあいだに座りなさいと言ったのだ。
成人した女性ではなく子どもに戻ったようだったけれど、わたしはそうした。
「これはなに?」心臓の真上についているなにかをためしに指でひっかいてみる。
「私が考え出したもの」ミラはわたしの三つ編みを痛いほどひっぱり、きっちりと頭に巻きつけた。「あんたのために特別に作らせたの、チェニーの鱗を縫い込んでね。だから気をつけてよ」
「竜の鱗?」わたしはぐいっと頭を引いて姉を見た。「どうやって? チェニーはあんなに大きいのに」
「たまたま、大きいものをすごく小さくできる騎手を知ってるの」いわくありげな笑みが姉の唇に浮かんだ。「ついでに、小さめのモノも……ずっとずっと大きくできるんだけど」
わたしはあきれた顔をしてみせた。ミラは昔から、つきあっている男たちのことをわたしよりあけすけに口にする……ふたりのどちらについても。「それって、どれだけ大きくなるわけ?」
ミラは声をたてて笑ってから、わたしの三つ編みをひっぱった。「前を向いて。髪を切るべきだったのに」髪の房を頭からぎゅっと引いては編む作業を再開する。「格技でも実戦でも不利になるし、ばかでかい的になるのは言うまでもないでしょ。誰の髪もこんなふうに先が銀色になっ
てたりしないもの。みんなもうあんたを狙うつもりだろうしね」
「どんな長さにしても、髪の先で色素がだんだん薄くなるってよくわかってるくせに」わたしの瞳も同じように曖昧な色彩だ。さまざまな青と琥珀色がまじりあった淡い榛色は、絶対にどの色とも定まらないように見えた。「それに、ほかの人はみんな色合いを気にするけど、それをのぞけば、わたしの中で完全に健康なのはこの髪だけなんだから。これを切ったら、やっとまともなことをしてくれた体に罰を与えてるみたいな気がするもの。そもそも、自分が誰なのか隠す必要を感じてるわけでもないのに」
「隠す必要はないよ」ミラは三つ編みをぐいっと引いてわたしをのけぞらせ、目を合わせた。「あんたは私の知ってる中でいちばん頭がいい。それを忘れないで。その頭脳が最大の武器だってこと。みんなを出し抜いてやって、ヴァイオレット。聞いてる?」
わたしがうなずくと、姉は手をゆるめてから、ろくに息継ぎもせずに長年の知識をたった15分にまとめ続け、そのあいだに三つ編みを仕上げてわたしを立たせた。
「よく観察して。おとなしくしてるのはいいけど、どんなものにも目を配って、周囲の全員をうまく自分のために利用すること。『竜騎手法典』は読んだ?」
「何度かね」騎手科の規則集は、ほかの兵科の規則集と比べてほんの数分の1の長さだ。たぶん騎手は規則に従うのが苦手だからだろう。
「よかった。だったら、ほかの騎手がいつでもあんたを殺せるって知ってるでしょ。鬼畜な候補生は殺そうとしてくるよ。人数が少ないほうが試煉で確率があがるってことだから。絆を結びたがる竜の数が足りたためしはないし、殺されるほど軽はずみなやつなら、どうせ竜にはふさわしくないもの」
「寝てるとき以外はね。就寝中に騎手候補生を攻撃することは極刑に処し得る違反である。第3条──」
「そうだけど、だからって夜が安全だってわけじゃないよ。できたらこれを着たまま寝て」姉はわたしのコルセットの腹部をぽんと叩いた。
「騎手の黒は獲得するはずのものでしょ。ほんとに今日は自分のチュニックを着ていかないほうがいいと思う?」わたしは両手で革をさっとなでた。
「橋の上の風は余分な布を船の帆みたいにふくらませるからね」いまではずっと軽くなったリュックを渡してくる。「服がぴったりしてるほど上では楽なの。格技が始まったら、マットの上でもそう。いつでも防御手段は身につけてて。絶対に短剣は体から離さないで」自分の太腿にさがっている鞘を指さす。
「持つ資格がないって言われそう」
「あんたはソレンゲイル家の一員でしょ」それで充分に答えになっているかのように、姉は応じた。「なにを言われたってほっときなさい」
「で、竜の鱗はずるだって思わないわけ?」
「いったん小塔に上ったらずるなんてないから。生き残るか死ぬかだけ」鐘が鳴った──あと30分しかない。ミラはぐっと唾をのんだ。「もうすぐ時間だよ。覚悟はできた?」
「ううん」
「私もそうだった」姉の口の端に皮肉な笑みが浮かびあがる。「しかも、そのための訓練に人生を費やしてきたのにね」
「わたしは今日死んだりしない」肩にリュックをかけると、今朝より少しだけ楽に息ができた。前とは比べものにならないほど扱いやすい。
さまざまな階段をぐるぐるとおりていくあいだ、要塞の中心部、管理区域の廊下は不気味なほど静かだった。でも、下に行くにつれて外の騒がしさは高まった。正門のすぐ下の草地で、何千人もの対象者が大切な人を抱きしめている様子が窓越しに見える。たいていの家族が最後の鐘まで対象者にしがみついて離れないのは、毎年目にしていた。要塞に通じる4本の道、とりわけ大学の前で合流する地点は馬と荷馬車でふさがっている。でも、吐き気がこみあげたのは草地の端に並ぶ空の荷馬車のせいだった。
あれは死体用だ。
中庭に続く最後のかどをまがる直前、ミラは立ち止まった。
「なに──うわ」わたしをぐいっと胸に引き寄せ、比較的人目のない廊下で抱きしめてくる。
「大好きだよ、ヴァイオレット。私が教えたことを全部忘れないで。死亡者名簿のもうひとつの名前にならないで」その声がふるえ、わたしは両腕を姉に巻きつけて力をこめた。
「大丈夫だから」と約束する。
ミラがうなずくと、わたしの頭のてっぺんに顎がぶつかった。「わかってる。行こう」
それだけ言って身を離し、要塞の正門のすぐ内側にある混雑した中庭へ足を踏み入れた。教官に指揮官、うちの母までが非公式に集まって、城壁の外側の混乱が内側の秩序へと変わるのを待っている。軍事大学のあらゆる出入口の中で、今日候補生が入ることのない唯一の門が正門だった。どの兵科もそれぞれの入口と施設を備えているからだ。それどころか、騎手たちはみずからの砦まで持っている。思いあがった傲慢な連中だ。
わたしはミラのあとに続き、何歩か早足で進んで追いついた。
「デイン・エートスを見つけて」開放された門をめざして中庭を横切っているとき、ミラが告げた。
「デイン?」またデインに会えると思うとつい笑顔になり、心拍数がはねあがった。1年ぶりだ。あのおだやかな褐色の瞳や笑い方、全身をなめらかに連携させる動きがなつかしい。ふたりの友情と、条件さえ揃えばそれ以上になるかもしれないと思った瞬間が恋しかった。デインがこちらを見るときの、わたしのことが気になっていると考えているようなまなざしも。わたしはただ……ずっと会いたかったのだ。
「私が騎手科を出てから3年しかたってないけど、聞いたところじゃうまくやってるみたいだから、守ってくれるよ。そんなふうに笑わないの」ミラはたしなめた。「あの子は2年生になるし」こちらに指をふってみせる。「2年生といちゃついちゃだめ。もし誰かと寝たかったら──きっとそういう気分になるけど──」両眉をあげる。「しかも頻繁にね、この先どうなるかまったくわからないんだし。そういうときは同学年を相手にすること。体で安全を買ったって候補生に噂されるほどまずいことはないよ」
「じゃ、1年生なら誰でも好きな相手と寝ていいわけね」わたしはちょっぴりにやっとした。「2年と3年がだめなだけで」
「そのとおり」ミラは片目をつぶった。
わたしたちは門を抜けて砦を出ると、その先の統制された混乱に加わった。
ナヴァールの6つの州がそれぞれ今年の兵役の対象者を送ってよこす。志願する場合もある。刑罰として宣告される者もいる。大半は徴集兵だ。このバスギアス大学にきた全員に共通しているのは、入学試験──筆記と、わたしが通ったのがまだ信じられない敏捷性の試験──に合格したことだ。つまり、少なくとも前線の歩兵隊の使い捨て要員として終わることはない。
ミラがわたしを連れてすりへった石畳の道沿いに南の小塔へ向かうあいだ、あたりの空気はぴりぴりした予感に満ちていた。大学本部はバスギアス山の斜面に建てられている。山頂自体の稜線を切りひらいて造られたからだ。気をもみながら待っている対象者と涙ぐむ家族の群れを威圧しているのは、無秩序に広がる建造物と塔だ。数階分の高さがある石の胸壁──内側の高々とそびえる主塔を守るために築かれた──に加え、4隅には防衛用の小塔が立ち、そのひとつに鐘がおさめられている。
群衆の大部分は北の小塔の足もとに並ぶために移動していた──歩兵科への入口だ。一部はわたしたちの後ろにある門へ向かっている──大学の南端を占める治療師科。書記官科に加わるため、中央のトンネルから要塞の地下の文書館へと入っていく数人を見つけると、羨望が胸にこみあげた。
騎手科への入口は、北の歩兵用入口と同様、塔の下部にある防備を固めた扉だ。ただし、歩兵の対象者が地上の歩兵科へそのまま歩いて入っていけるのに対し、わたしたち騎手は上っていく。
登録を待つ騎手対象者の列にミラと合流したとき、うっかり上を見るというあやまちを犯してしまった。
はるか上空、大学本部と、さらに高く南の尾根にそそりたつ騎手科の砦を隔てる渓谷にかかっているのが、次の数時間で騎手対象者を候補生と分かつことになる石の橋だ。
あのしろものを渡ることになるなんて、信じられない。
「しかも考えてみてよ、こっちは長年書記官の筆記試験に向けて準備してきたんだから」わたしの声は皮肉たっぷりだった。「平均台の練習をしておくべきだったのに」
ミラはその台詞を黙殺した。列が前進し、対象者がつぎつぎと扉の中へ姿を消していく。「風に足をとられないようにね」
わたしたちよりふたり前で、連れ合いによって若い男からひきはがされた女の人がすすり泣いている。夫婦は列から離れ、涙ながらに丘の斜面を下って、道を埋めつくす身内の群れへと向かっていった。前方にはもう親はいない。記録係のほうへ動いていく数十人の対象者だけだ。
「目の前の石をひたすら見て、下を向かないこと」顔の線をこわばらせてミラが言った。「腕を広げてバランスをとって。もしリュックがすべったら落としなさい。あんたが落ちるよりましだから」
後ろをふりかえると、数分のうちに何百人も列に並んだように見えた。「あの人たちを先に行かせるべきかも」心臓をわしづかみにされたような恐怖に襲われて、そうささやく。いったいわたしはなにをしているのだろう?
「だめ」ミラが答えた。「あの階段で長く待つほど──」塔のほうを示す。「──不安がどんどん大きくなるよ。こわくてどうしようもなくなる前に橋を渡って」
列が移動し、また鐘が鳴った。8時だ。
はたして、後ろにいる何千人もの集団は、自分の選んだ兵科へと完全に分かれていた。全員が名簿に登録して兵役を始めるために列を作っている。
「集中して」ミラがぴしゃりと言い、わたしはぱっと前を向いた。「きびしく聞こえるかもしれないけど、あそこで友情を求めないで、ヴァイオレット。同盟を結びなさい」
いまやわたしたちの前にはふたりしかいなかった──ひとりは満杯のリュックサックを背負った女の子で、高い頬骨と卵形の顔が神々の女王アマリの絵画を思わせる。暗褐色の髪は数本の短い三つ編みにしてあり、やはり浅黒い首筋の肌にちょうど触れる長さだった。ふたりめはがっしりした金髪の男の子で、女の人がとりすがって泣いている。その子はさらに大きいリュックサックをかかえていた。
そのふたりの脇から名簿登録用の机を見やり、わたしは目をみひらいた。「あれって……?」とささやく。
ミラが視線を投げ、小声で悪態をついた。「分離派の子? そうだよ。手首の上から始まってる、あのちらちら光る焼き印が見える? あれは反乱の証痕」
わたしは驚いて眉をあげた。いままでに聞いた証痕といえば、竜が絆を結んだ騎手の皮膚に魔法で痕をつけるものだけだ。でも、その証痕は名誉と力の象徴で、たいていは贈ってくれた竜の形をしている。あの焼き印の渦巻や斜線は、権利の主張というより警告のように感じられた。
「竜があれをやったの?」とささやく。
ミラはうなずいた。「反乱軍の親たちを処刑したとき、メルグレン総司令官の竜がその子女全員につけたんだって母さんが言ってたけど、それ以上は話したがらなかった。この先親が反逆するのを阻止したいなら、子どもに罰を与えるのがいちばんでしょ」
なんだか……残酷な気がするけれど、バスギアスで暮らすなら、なにより大切なのは竜に疑問を持たないことだ。なにしろ、無礼だと思えば誰でも焼き払う傾向があるのだから。
「反乱の証痕がある〝焼き印持ち〟の子たちは、もちろんほとんどティレンドールからきてるけど、ほかの州出身の親が謀叛人になった場合もあるよ──」その顔から血の気が引き、姉はわたしのリュックの紐をつかんで自分のほうへ向かせた。「いま思い出した」声が低くなり、わたしは身を寄せた。せっぱつまった調子に心臓がはねあがる。「ゼイデン・リオーソンには絶対に近づかないこと」
肺からどっと空気が流れ出た。その名前……
「あのゼイデン・リオーソン」恐怖のまじったまなざしでミラは裏付けた。「いま3年生。身許がばれたら、その瞬間殺されるよ」
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こちらの『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』の記事もご覧ください。
・Vol.1 全世界が熱狂する"ロマンタジー"日本上陸!
・Vol.2 ロマンタジーの時代が来る! 発売前から大反響
・Vol.3 これがロマンタジーだ!
・Vol4 各国で絶賛! 桁違いの人気ぶり
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