見出し画像

【『アグレッサーズ』4/20(水)刊行】《戦闘妖精・雪風》シリーズガイド

神林長平氏の人気シリーズ《戦闘妖精・雪風》。13年ぶりの第4作『アグレッサーズ』刊行にさきがけ、冬木糸一氏による「《戦闘妖精・雪風》シリーズガイド」(SFマガジン2022年6月号より)を先行掲載いたします。ぜひ本欄で既刊3作を復習して、最新作をお楽しみください。

はじめに

《戦闘妖精・雪風》シリーズの新刊『アグレッサーズ』が刊行される。本シリーズは、神林長平のデビュー初期の一九八四年に第一部『戦闘妖精・雪風』が刊行(二〇〇二年に改訂版『戦闘妖精・雪風〈改〉』刊行)。九九年に第二部『グッドラック』が、〇九年に『アンブロークン アロー』と、十数年ごとに巻を重ねてきた。作品には常に神林長平のその時々のテーマ、思索が盛り込まれ、十数年ごとの著者の最前線、その集大成を体験することができる、著者の代表作にしてライフワークといえるシリーズだ。未読の方がいれば、今からでも付き合っていただきたい。

基盤となる世界観について

 今回は、シリーズの新作刊行にあたって、前巻からの期間が空いていることもあり、これまでの三作を順々に、最初はネタバレ配慮の紹介をし、その後記憶回復用に、オチまで含めた紹介を行いたい。まず、シリーズの基盤となる世界観から始めよう。

 物語の舞台は南極に出現した〈通路〉から地球に異星体ジャムが侵攻してきた世界。地球防衛軍がジャムへの反撃、対抗のためにその通路をくぐりぬけると、そこには未知の惑星・フェアリイが存在している。対ジャム戦における主力であるフェアリイ空軍(FAF)は、このフェアリイ星側の通路を取り囲むようにして基地を建設し、ジャムの侵攻が地球に及ばないように食い止めている。そうした防衛にあたっての主戦力となっているのが、シルフィードと呼ばれるコンピュータを搭載した大型戦闘機だ。

 中でも、シルフィードを改良し、人類とはまた別の知的生命体とさえもいえる人工知能を有する〈スーパーシルフ〉が、〝情報収集のために味方を見殺しにしたとしても必ず還れ〟を至上命令とする部隊〈特殊戦〉に配属されている。特殊戦に所属する面々にはその非情にして絶対の命令もあって、〝なにかの手違いで人間になってしまった機械〟とでもいうべき特殊な人格が求められるが、物語の開始当初はその精神の体現者ともいえる深井零を中心に、シリーズは展開していくことになる。

三作目までのざっくりとした振り返り&紹介

 一作目の『戦闘妖精・雪風〈改〉』は、一般的な軍事SFが多くの紙面を割く戦況の分析や手に汗握るドッグファイトに注力せず、この戦争の意味、ヒトと機械の関係性、人間の存在意義についての問答に焦点があたる。たとえば、この戦争に人間は必要なのか。ジャムは地球に横溢する機械こそが主人だと判断して、機械に宣戦をし、人間は自分たちが攻撃の対象だと勘違いして独り相撲をしているだけなのではないか──など。

 人間が作り上げたはずの戦闘機械に、人間が邪魔だと宣言され排除されていく不合理な状況、超高度な人工知能の意図をはかりかね、振り回される人間の姿など、現代においてなお通じるテーマ、状況がすでにしてここには描き出されている。

 第二作『グッドラック』では、第一作のラストで起こる出来事によってFAFは「ジャムとは何なのか」という問いにより真剣に取り組む必要に駆られるも、相手は実在すらも疑われる存在である。そうしたあまりに異質な存在を認識するためには、言葉にできない世界を無理やり言葉にするような力ずくのコミュニケーションが必要とされる。

 無意識の思考の流れであっても、人間は「言葉」を用いることで強引にその意味を浮上させることができる。それは、機械にはない人間の強みであり、第二作では、そうした人間には理解できない異質な知性・意識と、「言葉」を通して人間の存在を認めさせるための格闘ともいえるコミュニケートを試みる人間たちの苦闘、雪風と零、機械と人間の、単なるパートナーシップを超えた、あらたな関係性の構築が描かれていく。

『戦闘妖精・雪風〈改〉』では人間はもはや必要ないと排除され、『グッドラック』ではこの戦争における人間の意味、言葉の力をあらためて見出した。『アンブロークン アロー』では、零と特殊戦の面々は人間の現実認識が通用しない場所、雪風たち機械知性やジャムが見ている世界に入り込み、その体験を意識&言語化することを通して、ジャムの存在へとかつてなく近づいていく。そうした、世界を見渡しても「神林長平の領域」としか言いようがない領域を開拓し、独自のロジックで世界に対する思索を深めてきた作家が、十三年ぶりの続篇となる第四作『アグレッサーズ』で何を描き出すのか──。

三作を記憶回復用に紹介する──『戦闘妖精・雪風〈改〉』

 といったところで、ここからは三作をもう少し詳細に紹介していこう。第一作『戦闘妖精・雪風〈改〉』で描かれていく重要なテーマの一つは、「この戦争に人間は必要なのか」だ。戦闘機は人間を乗せずにすむのであれば、生命維持関連の装置を積む必要もなくなり、人間には耐えきれない機動で動くことが可能になる。しかも、フェアリイ空軍には高性能な人工知能が搭載されているのだ。普通に考えれば、人間は不要に思える。

 零の上官であるブッカー少佐は、こうした問いかけに対して、『人間に仕掛けられた戦争だからな。すべてを機械に代理させるわけにはいかんだろうさ』と返答してみせる。だが、これは本当に人間に仕掛けられた戦争なのだろうか? 仮にこれが機械に仕掛けられた戦争であるならば、いよいよ人間が関与する理由はなくなってしまう。

 そうした考えを後押しするように、FAFの機械知性たちは無人機の製造を推進し、現特殊戦もまた無人化されることが決定される。零は雪風とパートナーを組む最後の任務において、ジャムが人間の精巧なコピーを作り出すことができることを発見するも、脱出の過程でジャムの追撃を受け、雪風は自身の中枢機能を付近を飛行中の最新鋭機に転送し、旧機体を破壊する。零はFAFの機械知性のみならず愛機にすらも見捨てられ、人と機械、そしてジャムの関係性は、新たな状況へと移行し物語は幕を閉じる。

『グッドラック 戦闘妖精・雪風』

 続く『グッドラック』では、零が持ち帰った情報によりFAFはあらたな戦略を考え出す必要に駆られている。ジャムはこれまで人間の存在を無視していたはずが、人間のコピーを作り出していたということは、その状況に変化があったことを意味する。おそらくジャムは人間を認知し、それが何なのかを知るためにコピー人間を作ったのだ。

 その事実は、FAFの内部どころか地球にも、人間に成り代わったジャムが紛れ込んでいる可能性を示している。FAFは状況を打開するためにもジャムの基地を片っ端から叩く攻撃的な戦略をとるが、その最中に零はジャムから未知の空間に誘い出され、はじめて人間の言語によるコミュニケートに成功する。我々に下れ、というジャムにたいして、零はその選択肢はない、お前たちは何者だ、と答えるのみで、あっけなく交渉は決裂する。

 その後、ジャムは零を捕獲するために動くが、雪風は零の命を人質にとることで窮地を脱しようとする。最終的に零は雪風のためなら死んでもいいという極限の覚悟を示し、元の空間への帰還を果たすのだが、これは前作で壊れかけた零と雪風の関係性があらたに紡ぎ直された瞬間だ。愛機とパイロットとしてのパートナーシップではなく、必要となれば合理的な判断のもとお互いを見捨てることができる、「互いが自己の一部」であり、「二つの異なる世界認識用の情報処理システム」を持つ、ジャムの脅威に対抗するために生まれた、新種の複合生命体。それが、あらたな雪風と零の関係性なのだ。

 零との接触を経たジャムは、彼らが理解できない特殊戦の出方をうかがうためにも、フェアリイ全土における全面戦闘に打って出る。続々と特殊戦機が撃墜されていく中、生きては帰れない、やめろ、と制止されながらも、雪風と零は出撃する。

『アンブロークン アロー 戦闘妖精・雪風』

 三作目となる『アンブロークン アロー』は、ジャムの側へと裏切ったFAF情報軍のロンバート大佐による、ジャムの代行として行われる、人類への宣戦布告から幕を開ける。三作目にして、ようやく本当の意味での人間とジャムの戦争がはじまったのだ。

 その一方、前作ラストで飛び立った雪風と零がジャム機と接触したタイミングで、雪風も含む特殊戦の面々は、常識が通用しない世界──雪風やジャムをも含めた、個々人の世界認識が混じり合ったような異質な世界へと紛れ込んでしまう。それは幻の世界なのかといえば、おそらくそうではない。たとえば、人間は世界を見る時、特定の光の波長に色を感じるように、自分なりの認識を通している。本作では、そうした個々による解釈が入る前のむき出しの世界を〈リアルな世界〉と呼称し、そこは時間もなければ、自分も他人も、人も物体もない、ただ〈可能性〉のみが存在する場所であると語られる。

 特殊戦の面々がいるのは〈リアルな世界〉の一歩手前、ジャムや機械知性たち非人間の世界に近いもののようだ。おそらくはジャムの攻撃によるこの状況からの脱出のため、またジャム側として活動する人間のロンバート大佐を見つけるため、零は雪風が特殊戦の面々を偵察ポッドのように利用している、と結論づける。零がジャム討伐のために、機械として雪風を利用するように、雪風の側も零──人間を利用しているのだと。前作で提示された「複合生命体」としての在り方が、ここでは描かれている。

 その後雪風に再搭乗した零は、この事態を打開するため、地球に向かい状況を偵察した後に帰還せよ、とブッカー少佐から命令を受ける。この現況が〈リアルな世界〉へと一歩近づいたせいであるのなら、〈人間の世界認識〉が支配する地球へと一歩後退することで、元の世界を取り戻すことができるのではないかというのだ。地球が存在しているのかすらも不明なまま、雪風と零は地球へ向けて飛翔する。非人間の世界から人間の世界へ。『おれは人間だ。これが、人間だ。わかったか、ジャム。』と宣言しながら。

おわりに

 人間とはまるで異なる異質な知性、そうした、人間の概念、言葉ではどうしたって表現できない〈なにか〉を、なんとかして言葉ですくい取ろうとし、機械がいくら高度な機能を有しようが、人間の存在する意味を問い続ける過程。それが雪風がこれまで描いてきたものである。第一作目から三十八年が経過し、神林長平の思索はどのような境地へと至ったのか? 『アグレッサーズ』で、その最前線が体験できる。
(SFマガジン2022年6月号より再録)


アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風』は4/20(水)発売。
さらに4/25(月)発売のSFマガジン6月号では、新連載《戦闘妖精・雪風》第5部がスタート。どちらもご期待ください。

シリーズ既刊


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!