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百合が俺を人間にしてくれた【2】――対談◆宮澤伊織×草野原々

新作『そいねドリーマー』の発売を記念して、2018年8月24日に書泉百合部で行われた対談イベント「平成最後の夏と百合 宮澤伊織×草野原々」採録を公開いたします。(前回はこちら

宮澤伊織『そいねドリーマー』
(書影はKindle版にリンクしています)

■開幕業火

宮澤 本日はご足労いただきありがとうございます、宮澤伊織です。

草野 こんにちは、私の名前は草野原々です! 「げんげん」と呼んでください! SF作家の草野原々をどうぞよろしくお願いします!

――はい。ということで、SFセミナーの「百合との遭遇」という刺激的なインタビューで話題の宮澤さんと、『最後にして最初のアイドル』という、大変過激な百合SFを書いた原々さんが今日ここに並ぶことになりました。

草野 ドリームマッチです!!

宮澤 そうですね……。「人前で百合について話したくない」とさんざん言ったはずなんですけど、また引っ張り出していただいてありがとうございます……。

――まずはこの前の「百合との遭遇」採録記事が、異常に大きな反響を呼んだことを振り返っておければと思います。

宮澤 だいぶ多くの方々に読んでいただけたようで……。SFセミナーのインタビューで、早川書房のnote記事のタイトルにもなった「百合が俺を人間にしてくれた」という発言をしたんですが、あの後で知り合いに会ったとき、「あっ、人間が来た!」と言われました。

――具体的な反響としては、公開から3日でアクセス数が早川書房note歴代全記事の1位をぶっちぎりで更新、「はてなブックマーク」のトップに、「宮澤伊織インタビュー」がツイッターのトレンドに入りました。そして、一部の有志によりネット上で韓国と英語圏にも伝わったらしく。

宮澤 僕は韓国語訳のほうは把握していなかったんですけど、英語は翻訳しようとしている方を見つけました。その後どうなったのかわかりませんが、「This guy is an absolute madman.」とか呟いてましたね。失敬な、普通のことしか話してなかったのに……と思いました。

――まあ、マッドでも人間は人間ですから。実はあのとき、原々さんも会場最前列に座っていらしたんですよね。だから何度か話にも出てきた。

宮澤 「人間を描くのが百合」だと僕が言ったんですけど、「最近は人間を描かないで百合を描く方もいる」と溝口さんが答えて、あのときは2人とも草野さんのほうを見ていました。

――原々さんは現場で聞かれていて、いかがでしたか。

草野 うーん、あまりにもが強すぎて、その強さに対して納得するところもありつつ、反発するところもあったというのが正直な実感でありました。そのあたりは創作方法のスタンスが違うのかもしれないですね。

――SFセミナーでは宮澤さんが「不在の百合」という概念を持ち出して、けっこう語るところまで語ってしまった感があるんですけど、今日はせっかく原々さんがいらっしゃるので、原々さんによる百合の話もうかがいたく。

草野 ちょっと時間をください。図を書きます。

――図、ですか?

(ホワイトボードの現れる音)

草野原々『最後にして最初のアイドル』
(ハヤカワ文庫JA)

■強い百合 弱い百合

――ええと、ではこの図の説明をお願いします。

草野 宮澤さんの講義を聞いて、このアプローチは「強い百合(Strong Yuri)」だと思いました。それはなにかというと、エモさを重視する。感情や人間の心を重視して、その極限までいくと、虚構者の関係性というものが実在化する……ということになります。

宮澤 虚構者というのは、架空のキャラクターということですね。

――「架空の人物は実在しないが、架空の関係性は実在する」という。

草野 そのとき一瞬納得したんです。それならば私、つまり作家という存在は、神に準ずる素晴らしい存在になると。なぜかというと、虚構存在を現実にできるという形而上学的な能力を持っているからです。
 しかしながら、本当に私はそんな神のような力を持っているのか、疑問に感じました。そこで私が向かう先は「強い百合」ではなく、その逆なのではないかと方向転換しました。それが「弱い百合(Weak Yuri)」です。

――弱い百合(Weak Yuri)。

草野 「強い百合」の重要な性質は、実在論(Realism)です。感情に対してフォーカスする。虚構の中で「感情がある」というリアリティに注目し、その究極において、感情というものが現実化する。「Radical Strong Yuri」と私は命名しましたが、そこに至ると、虚構が実在化するわけです。

――キャラクターの感情と、現実世界の感情が等価になると。

草野 「Radical Strong Yuri」では、虚構と現実の区別は無くなります。私の小説でいえば、「エヴォリューションがーるず」の時は、強い百合の立場に立っていました。登場人物の感情が実在するということを前提として、心理学の見地から性格判断を勉強し、どの性格に当てはまるかということを前提にしてキャラクターを作っていたからです。しかしこの方法では、先行きが不安になりました。というのも、新作のプロットを出したとき、担当の溝口さんから「もっと常識的なキャラクターがほしい」と言われたからです。

――言いましたね。

草野 そのオファーを受けて、では、常識的なキャラクターというのは一体なんなんだろうか、何が常識的なのか、どうすれば常識的なキャラクターになるのか、ということを色々考えた結果、それは人が持っている心の理論(Theory of Mind)が、常識的な形をした存在である、と考えつきました。「心の理論」とは、他者がどのような心を持っているか、どのようなことを考えているかということを理論上で解釈し、その感情があると仮定する能力ですね。感情や心というものの実在にはコミットしていない。

――それは常識的なキャラなのでしょうか。

草野 そういった、心についてリアリズムの立場をとらない方向性を「弱い百合(Weak Yuri)」と命名します。「強い百合(Strong Yuri)」の実在論に対して、「弱い百合(Weak Yuri)」は反実在論(anti-realism)、あるいは認識論(Epistemology)に立つ百合ということにもなります。面白いことに「Weak Yuri」を極限までやると、実在的な人物の心も虚構になるんです。

――われわれも、虚構的な存在に過ぎないということですね。

草野 そうですね。小説の文章を読んで「ここには悲しみという感情があるだろう」と理論的に思うことと同じで、人間の顔を見て「ここには悲しみの感情があるのだろう」と理論的に解釈する。「Weak Yuri」を極限まで急進的に捉えた「Radical Weak Yuri」の場合は、実在者の関係性さえも虚構になるのです。つまり、「強い百合」と「弱い百合」の極限においては、どちらも実在者と虚構者の存在論的地位は同一のものとなるのです。ここにウロボロスの輪が生じます。
 具体的な作品を挙げますと、麻耶雄嵩先生の『友達以上探偵未満』というミステリ小説があります。性格も推理方法も異なる2人の探偵志望の女の子が主人公で、一方が直感型、もう一方が論理型です。その1人の感情についての理論的パラダイムが最後には転換されるという仕掛けがあり、ここに理論が重要視された「弱い百合」的なものを感じました。理論の転換というミステリ的な仕掛けを使った百合といえるでしょう。しかし、この作品には「正解」があり、まだ実在論の範囲内です。
 さらに相対的・多元的な作品としては、ユリ熊嵐』があります。

――幾原邦彦監督のアニメですね。

草野 幾原監督のアニメ全般にいえますが、実在論をとっていないんです。だから難解といわれているんです。リアリズムに立っていないということがわかれば、いろいろ解釈の余地ができる。
「ユリ熊嵐」の場合は作中で「ユリ裁判」というものが行われ、自分が何を感じていたかや、略歴や正体というものを「ユリ裁判」「ユリ承認」されることによって確定するというプロセスを踏んでいます。その世界では自分の心というものも多元的で、矛盾した心の存在が許されるような世界を描いています。ここに私は「弱い百合」性を見いだしました。
(図を指して)「強い百合(Strong Yuri)」の隣に「原因・真理」と書いていますが、原因とはそれ自体が世界に対し影響を与えるもので、真理というものはそれ自体が独自で存在するというものです。一方で「弱い百合(Weak Yuri)」がモチーフにするのは「理由・理論」といったもので、理由というものは、それ自体が何かに影響をおよぼすのではなく、ある理論のなかで、その理論を妥当と解釈したときのみ、理由が理由として働くんです。

宮澤 (ホワイトボードから目をそらす)

――なんでこっち見るんですか。

草野 「理論をどのように決定するか」という点で大事なのが、個人の人生です。個人の人生すべてによって、そこにどのような感情が生じるかということが決定するんです。キャラクターを描くということは、そのキャラクター個人の人生すべてが、どのように心の理論を決定するかを描くということと同義になります。
 ここでようやく創作論になりますが、「常識的なキャラクターを書け」と言われて、私がどのように書いたか。キャラクターがどのような理論を持っていて、その理論によって、その感情があるものとキャラクターがどのように思っているか、ということを考えて書きました。

――ありがとうございました。今後は言葉に気をつけます。

宮澤 面白いことを言われていますね。「Radical Strong Yuri」が、「架空のキャラクターの関係性は実在する」。「Radical Weak Yuri」は、「実在する人間の関係性が虚構である」。後者はたとえば……実在のアイドルさんの、いわゆる “““百合営業””” みたいなものですかね……?

草野 (宮澤氏を指さして)この間にも虚構的な関係性があります!

宮澤 僕たちの関係性は虚構であると?

草野 すべて虚構なんです。われわれは虚構の中に生きているんですよ。

宮澤 はい。

草野 虚構と実在というものの間に意味がなくなる。1つになるのです。

――ちなみに、さきほど「Strong Yuri」を突き詰めると作者は神になる、とおっしゃっていましたが、「Weak Yuri」を追究した場合、作者は何になるのでしょうか?

草野 うーん……世界?

――なるほど。

草野 上に神があり、下に世界がある。それらは1つで、同時なんですよ。

――はい

草野 もうひとつ、百合ハードSFというジャンルは、私の持論では非常に親和性が高いと思っています。よって、これからハード百合SFが大量に生まれると予想します。

――それは、どうしてでしょう。

草野 ハードSFの致命的な弱点は、SFファン以外には面白くないということです。メインが科学的な説明で、いろいろな物語がありますが、最後には科学的な説明にパスする。でも、それがSFファン以外にはカタルシスがほとんどない。長々とした説明を読まされても何が面白いのか、というのが正直なところではないでしょうか。だから、ハードSFはSFファン以外には広がらないという悲しい現実があります。しかしこれをハード百合SFにすると、科学的な説明の場面が、女性同士が会話している場面になります。これはすなわち、みなさんの好きな百合描写です。

宮澤 すごく感心しました。確かにそうなんです。ハードSFの説明部分はどうしても長い会話になるじゃないですか。そこに関係性を入れ込むというのはまったくなかった発想で、うまく成り立つように思えます。

――その手法、「暗黒声優」のラストシーンで実践されてましたね。

草野 そうです。あのときはまだ言語化できていませんでしたが、結果として実践になりました。

――宮澤さんも『裏世界ピクニック』では、キャラクターの会話でSF設定の説明をされていると思いますが。

宮澤 それは必要に迫られてというか、なんとかして説明を説明だけにせず会話に入れ込もうと苦心した結果です。みんなやっていることだと思いますが……。必ず説明パートのあるハードSFで、意識的にそれをやるのは正しいなと。

草野 「弱い百合」の立場で、ハード百合SFを量産していきます。

「暗黒声優」
(『最後にして最初のアイドル』収録)

■原々原理

――それでは次の話に進みたいと思います。2018年以降の百合SFをいかにやっていくか、ということで、前回の宮澤さんのインタビューでは異種族間の百合や、「不在の百合」という概念が出ました。後者は人間がいなくてもエモい風景だけで百合が成立するというものです。これらを超えていくのは難しそうですが、原々さんは何かアイデアはありますか?

草野 思ったんですが、微分って百合だなと。

――びぶん

草野 数学の微分です。まず、関数がありますね。「X=2Y」とか。1つの値を決めると、もう1つの値も決定するというものですよね。これは言い換えると、一方がもう一方に依存しているということです。これは百合ですね。関数というのはカップリングなんですよ。わかりますね。

――はい

宮澤 わかります。

草野 微分は、Xが変化したときにf(x)がどのように変化するか、ということを表している数学ですよね。一方の女性が変化したときに、もう一方の女性はどのように変化するかを求めるのが導関数ということになります。

宮澤 百合を数式で表せると。

草野 ひとつの微分方程式というものをモデルにして百合を見る。関数が何を表しているのかというと、ひとつには心理。喜びや怒り、いろいろ次元がありますね。XとY、両方の感情の関数です。一方がどう感じて、もう一方がどんな気持ちになるかという関数。あるいは、シチュエーションも関数で表現可能です。たとえば一方が電話をしたら、もう一方がどう反応するか。一方がバレンタインにチョコを渡したら、もう一方はどんな行動をとるか。あるいは、可能性空間。一方がもし作家になったら、もう一方がどうなるかという反事実的な空間を、関数が示す。「弱い百合」においては、この関数とはキャラクターの理論上のパラメーターとなります。一人のキャラクターの理論のなかで、関数により表現できる心理や可能性や状況をもっていて、もう一方のキャラクターの理論においても別の関数を持っている。その関数間の関係が新たな関数が生み出していく。それが私の、「弱い百合」の立場における関数百合です。「強い百合」においては、これらの関数が実在しているものとなります。

宮澤 なるほど、わかりやすいですね。

――はい

草野 微分方程式を元の方程式に戻す作業もありますが、その場合は無数のシチュエーションから「このカップリングはどのようなものか」というのを逆に導出することが、微分方程式を解くということになりますね。

宮澤 現実の人間関係もそのように捉えるということですか?

草野 人の数だけ様々な理論があり、時間軸に沿って理論が変化する。関数も人や時間ごとに変化し、関数間の関係によって、新たな関数が生まれる。それが現実だということです。

宮澤 完全に理解しました。

――はい

草野 これを短篇にできないかと思ってるんですよね。円城塔先生みたいな感じに書けないかなと。

――関数百合短篇、ですか。

宮澤 いま、溝口さんの口調から「何かうっかりしたことを言うと、本当に書かせるぞ」という空気を感じました。

――いえ、そんな。

チャート式 基礎からの数学Ⅱ+B
(数研出版)

■虚無へと加速する男

――それでは、宮澤さんからもお願いします。

宮澤 そうですね……今の百合ジャンルを成り立たせている約束事、決まり事みたいなものがいろいろあると思いますが、これはどんどん進行形で古くなっていくものだと思います。
 たとえば、この前のインタビューでも、最初にアップデートするべき概念として挙げた「お姉さま」があります。言葉が足りなかったなと思ったのは、あれは「お姉さま」という概念自体が古いと言いたかったわけではないんです。80~90年代くらいの少年漫画とかで、「百合ってお姉さま~” とかいうやつでしょ」という「侮り」みたいなものがあったと思うんですよ。僕はそういうのを観測していたんですけど、今はそこからどんどん進歩しているんだよ、ということが言いたかった。
 同じように今われわれが読んでいるような百合も、いずれクリシェ(お約束)としてどんどん古くなっていくだろうと思います。まだ何がどう変化していくかはわからないですけど、そこで陳腐にならないよう更新を続けていくことが、百合をやっている人間の使命だと思うんです。ただ、ここを突き詰めていくと、百合というジャンル自体がクリシェになりえてしまう。

――百合をやればやるほど、百合の力が弱まっていくと。

宮澤 だってそもそも「俺は百合を書いているんだ」と自分で言うのって、なんか浮ついてて、イヤな感じじゃないですか(※)。「真面目にやれ」と思う。語るごとに、言葉にするごとに陳腐になっていくというものがあると感じています。個々のクリシェだけではなくて、ジャンル自体にもそういうことはいえる。最終的には百合というジャンルも人間と人間の関係という、当たり前のところに行きつくのかもしれません。
(※宮澤註:ここでは宮澤の自分自身に対する感覚についてのみ話している。他人に向けた言葉ではない。読者はこれを気に入らない人を殴る便利な棍棒として使ってはならない。棍棒は自分で作ってください)

――宮澤さんを人間にしてくれた、百合が。

宮澤 特定の方向の話になりますが、バーチャルYouTuberの百合を観測している人と、そうでない人で、わりと認識の差ができつつあると思うんです。バーチャルYouTuberは、実在の人間が百合的な関係性を見せてくれる。完全に架空のキャラクター同士の百合とは違って「これは俺が観ていていいものなのか」という感覚が生まれてくるんですよ。われわれに見せてくれている関係性はたしかに素晴らしいが、これは本来、誰にも覗き見されない場所で展開されるべきじゃないのか……と。

――消費してしまっていいのか、という葛藤でしょうか。

宮澤 というか……われわれのことは気にしないで、誰にも目の届かないところで幸せにやっていてほしいなという気持ちになってくるんです。とくに、バーチャルYouTuberの場合は、百合オタクの文脈を知っている方がバーチャルYouTuberになって、百合をやっているという場合も多いので。ロシア的倒置法でいうところの「ソビエトロシアではキャラクターがあなたを観る!」みたいな。われわれの観測が対象に影響を与えることへの恐れというか、仲がいい女性と女性が「これは百合だよね」とキャッキャすること自体に、他人の関係を勝手にカテゴライズしてしまったことへの罪悪感があるんですよね。それがバーチャルYouTuberでは露骨になって、みんな言葉を失っていくわけです。
 とはいえ、これはごく一部の限界オタクしぐさでしかなく、創作ジャンルとしての百合はまだ発展途上で、今後もどんどん広がっていくと思います。限界オタクの言うことをあまり真面目に聞くのもどうかと思いますね(なぜか半ギレ)。

――宮澤さんがご自身を限界オタクと宣言されたようなものですが。

宮澤 そう、ですね……。なので、そういう認識の齟齬がありつつも、百合というジャンル自体はホームとして……ホーム、アウェーという意味でのホームとして、これからも機能していくんじゃないでしょうか。

――今のお話、原々さんはいかがですか?

草野 私はバーチャルYouTuberをそれほど見ていないからなのかもしれないけど、宮澤さんが言われていた実感がまだちょっとつかめなくて。たとえばそれは声優やアイドルの関係性を見ているのと何か違うんでしょうか。

宮澤 なんだろう。僕は逆に、声優さんやアイドルさんにくわしくないのでよくわからないんですけど。

――逆に、完全にフィクションだとそういう恐れはないのでしょうか。宮澤さんが自作で百合を書こうとしたときに、キャラクター同士でカップリングを作ることへの罪悪感というか。

宮澤 それはないですね。創作では明確に、ここに強い関係があるぞというつもりで書いているので。

――なるほど。創作の問題というより、今みたいに百合を語らざるをえない状況になったときに生まれる限界オタクしぐさということですね。

宮澤 そう……です、ね………殺してくれ………(いきなり呻く)

――大丈夫ですか。

宮澤 あのですね、壁になりたいとか、観葉植物になって見守りたいとか、あるじゃないですか。僕はまったくそう思わないんですよ。

――それはどうして?

宮澤 え? いらないじゃないですか。僕。

――壁ですら、存在しなくていいと。

宮澤 うん。観測したくない。

草野 私も「壁になりたい」というのはよくわからなくて。その壁にはどのぐらい意識があるんでしょう?

宮澤 そうなんですよ。

――よく壁が擬人化されてたりしますが。

宮澤 それは、壁の形をした人間じゃないかと思って。僕はまったく壁にはなりたくないです。かろうじて受け入れられる概念としては、以前『けものフレンズ』が放送されていたときに漫画家の今井哲也さんがツイッターで書かれていたかつて人間だったものになってジャパリパークのすみっこのほうに転がっていたい、みたいな。これが僕が受け入れられる限界ですね。

――『裏世界ピクニック』でいえば、序盤でくねくねにやられて死んでた人でしょうか。

宮澤 うーん、もうちょっと風化していたほうがいいかなあ。

――あそこから100年経過したぐらいの状態で。

宮澤 そうですね。白骨死体がバラバラになったような状態でかろうじて。もちろん意識はいらないですし、観測することで影響を与えたくない。観測できない百合を書きたいです。

――観測できない百合、ですか。

宮澤 無になりたいですね。

――がんばりましょう。

■公開編集会議

――最後に、新作の告知などありましたら。宮澤さんからお願いします。

宮澤 『裏世界ピクニック』の漫画の単行本が発売されました。描いているのは『スパイラル』の水野英多先生です。スクウェア・エニックスさんに、非常に素晴らしいコミカライズにしていただいておりますので、ぜひお読みいただけると。

――こちらも毎回ネームを読ませていただいて、宮澤さんも目を通しているのですが、もう本当に素晴らしいですね。

宮澤 水野先生がめちゃくちゃ原作を重視して、要素を拾っていただいて。本当に丁寧なコミカライズになっていると思います。

――単行本には宮澤さんの書き下ろしのショートショートもついています。小桜というキャラがバーチャルYouTuberをやっているという、今日のお話をふまえるとかなり業深いエピソードで、大変おすすめです。
 漫画化は原作のどこまで、と決まっているわけではなく、好評いただけるかぎり連載もずっと続きますので、ぜひ応援よろしくお願いします。

宮澤 あと『裏世界ピクニック』は、小説最新話が電子書籍で8月末に配信されます。タイトルは「サンヌキさんとカラテカさん」、2巻に出てきた、空手を使う空魚の後輩が再登場します。小説3巻は11月刊行の予定ですね。

――ありがとうございます。それでは続いて、原々さん。

草野 はい! 早川書房さんからは長篇を出します。シリーズ化される予定なんですけど。

――え?

草野 題名は『大進化どうぶつデスゲーム』。今まさに1巻のクライマックスを書いているところで、おそらく9月には初稿を渡せると思います。その結果、来春には出版されているはずです!

――初耳ですけど、そうなんですか。

草野 え!? 出ないの!!?

――まだ企画も通っていないのに、いきなりここまで外堀を埋められるとは思いませんでした。

草野 内容は、百合群像劇です。総登場人物18人、18人の女の子が相互に関係性を育んでいきます。総カップリング数は約150通りですね。イメージとしては『BanG Dream!』『けものフレンズ』『ジーンダイバー』を足し合わせたようなものです。キャラクター18人の女子高のクラスで、生徒たちが800万年前の中新世に飛ばされ、そこで人類の歴史、生命の歴史を賭けた戦いをするという、冒険ハード百合SFです。

――以上すべて、原稿が面白く、かつ社内で企画が通ればという予告です。

草野 そうですね。みなさん早川書房にをかけてください! もし1巻が売れれば、シリーズものにしようと画策しております!

――「1巻が出せれば」ですね。

草野 はい! まず第1のハードルとして1巻を出す! 1巻が売れる! そして早川書房の偉い人全員「よし、OKだ!」と言って、シリーズ化が決定される! 以上が私の計画ですので、どうかよろしくお願いします! みなさんしか頼れる人たちはいません!!

――原々さんと会った方が「げんげんには勝てねえ……」とおっしゃるのをよく聞きますが、気持ちはわかります。他社のお仕事はどうですか。

草野 直近では、9月半ばに刊行される〈小説すばる〉さんの10月号に短篇を寄稿しました。VTuberとウィトゲンシュタインを組み合わせたSFです。楽しみにしていてください。多少百合かな、ぐらいの展開もありますから。
 そして、小学館のガガガ文庫さんから学園ラブコメを出す予定です。「主人公が人間の男の子じゃないといけない」と大変厳しいことを言われて、なぜか学園ラブコメのラノベを書くことになったんですけど、全然書けないので、ラブコメ世界にSFとファンタジーが侵略してくる話にしようと思って企画書を出したら、おおむねOKをもらえました。これも来春ごろの刊行を予定していますので、お楽しみに!

――はい、ありがとうございました。

■公開編集会議(延長戦)

――実は、今日は僕からも1つおしらせがあります。おふたりにも事前には伝えていなかったのですが。

宮澤 そうなんですか。

――ここ最近の流れとして、『裏世界ピクニック』は大好評でシリーズ化・漫画化され、草野さんの「最後にして最初のアイドル」も42年ぶりに新人のデビュー作で星雲賞を受賞。「百合が俺を人間にしてくれた」の記事も爆発し、今日もこれだけ多くの方々にお集まりいただけて……こちらとしても、さすがに百合SFの勢いを無視できなくなってきました。
 というわけで――SFマガジンで、百合特集をやりたいと思います。

草野 おお!

――編集長の許可もとっていますので、2018年末、12月売号で確定です。そして……ちょうどここに、作家さんが2人いらっしゃいますね?

宮澤 あっ……。

――草野さん。関数百合、でしたっけ?

草野 はい

――お願いできますか?

草野 えっと……もうひとつアイデアがあります! 「スーパードーピングバトル」という、極限までドーピングをやってスポーツで勝つという……。

――それは百合なんですか?

草野 ……女の子同士が、戦うという……!

――関数百合のほうが面白そうですね?

草野 はい

――そして宮澤さん。観測できない百合、でしたよね?

宮澤 ………………………わかりました。

(会場拍手)

――それでは、今この場で掲載短篇も2本決まりましたので、12月に向けて特集企画もがんばります。本日はありがとうございました!

(2018年8月24日/於・書泉ブックタワー)

※※※※※

●宮澤伊織(@walkeri)
秋田県生まれ。2011年、『僕の魔剣が、うるさい件について』でデビュー。2015年、「神々の歩法」で第6回創元SF短編賞を受賞。冒険企画局に所属し、「魚蹴」名義で『インセイン』などTRPGのリプレイや世界設定も手がける。ハヤカワ文庫JAより『裏世界ピクニック』を刊行中。
『裏世界ピクニック』試し読み
『そいねドリーマー』試し読み

●草野原々(@The_Gen_Gen) 
1990年生まれ。広島県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒、北海道大学大学院理学院在学中。2016年、「最後にして最初のアイドル」が第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞し、電子書籍オリジナル版として刊行されて作家デビュー。同作は2017年に第48回星雲賞(日本短編部門)とセンス・オブ・ジェンダー賞(未来にはばたけアイドル賞)を受賞し、著者本人も第27回暗黒星雲賞(ゲスト部門)を受賞、英訳版も刊行される。
『最後にして最初のアイドル』紹介&著者インタビュー

●聞き手&原稿構成
溝口力丸
(@marumizog)
早川書房SFマガジン編集部。『裏世界ピクニック』『そいねドリーマー』『最後にして最初のアイドル』担当。

【そして百合特集へ】


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