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【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その6)【絶賛発売中】

レベッカ・ヤロス『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』(上・下)は、全世界で話題のロマンタジー。読者投稿型書評サイトGoodreadsでは、130万人が★5.0をつけたすごい作品です。
2024年9月4日の発売を前に冒頭部分を試し読みとして公開いたします。
この記事では第3章後半を公開します。

これまでの試し読みの記事はこちらからどうぞ
【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その1)【絶賛発売中】
【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その5)【絶賛発売中】

『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―(上・下)』
レベッカ・ヤロス 原島文世 訳
装幀/名久井直子
早川書房
単行本四六判並製/電子書籍版
ISBN: 上 978-4152103499/下 978-4152103505
各2,090円(税込) 2024年9月4日発売

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第3章(承前)

「おい」デインは片手で短く刈った薄茶の巻き毛をかきまわした。「勝手に代弁するなよ。僕が言っている意味はわかってるだろう。たとえ試煉まで生きのびたとしても、竜がきみと絆を結ぶ保証はない。現実に、去年は34人の候補生が絆を結べないまま無為に過ごすことになった。今年の入学生と一緒にあらためて一から始めて、再度の機会を待っているんだ。しかもその全員がなんの問題もなく健康で──」

「不愉快なこと言わないでよ」ずしんと気分が落ち込む。デインが正しい可能性があるとしても、わたしがその話を聞きたいわけじゃない……健康でないと言われたくもなかった。

「僕はきみを死なせたくないんだ!」デインは叫び、その声が階段の石にこだました。「いますぐ書記官科に連れていったら、まだあっちの試験に楽々合格できる。飲みに出たときに話せるとっておきのネタにできるぞ。外に戻れば──」中庭への出口を指さす。「──僕の手には負えなくなる。ここではきみを守れないんだ。完全には」

「そんなこと頼んでない!」待って……ほんとうに守ってほしくないのだろうか? ミラが勧めたのはそういうことだったのでは? 「裏口からこっそり連れ出したいなら、どうして自分の分隊に入れるなんてリアンノンに言ったわけ?」

 胸がいっそう強く痛んだ。この大陸全土でミラの次にわたしをよく知っている人なのに、そのデインさえ、騎手科ではやっていけないと考えているのだ。

「あの子を追い払うためだ、きみを連れ出せるようにな!」デインは2段あがって距離を縮めたものの、肩をいからせた姿勢に妥協の気配はなかった。決意が物理的な形をとるとしたら、いまのデイン・エートスだろう。「いちばんの親友が死ぬのを僕が見たがると思っているのか? きみがソレンゲイル司令官の娘と知って、あいつらがなにをするか見ているのが楽しいとでも? 革服を着たからって騎手になるわけじゃない、ヴィー。みんなよってたかってきみを八つ裂きにするだろうし、そうならなければ竜たちがやるさ。騎手科には卒業か死しかないと知っているだろう。きみを救わせてくれ」全身でうなだれ、懇願のまなざしを向けられると、腹立ちもいくらかおさまった。「頼むから助け出させてくれよ」

「無理」わたしはささやいた。「母さんは即刻連れ戻すって言ったもの。わたしは騎手としてここを出るか、墓石に名前を刻まれるしかないの」

「本気で言ったわけじゃないさ」デインはかぶりをふった。「本気で言うはずがない」

「本気だよ。ミラでも説得できなかった」

 わたしの目を探ったデインは、そこに真実を見てとったかのように身をこわばらせた。「くそ」

「ほんと。くそ」肩をすくめてみせる。いま話しているのが自分の人生のことではないかのように。

「わかったよ」デインが気持ちを入れ替えてこの情報に順応しているのが見てとれた。「別の手を見つけよう。とりあえずいまは行くぞ」わたしの手をとって、さっき出てきた小部屋へ先導する。「あっちへ出てほかの1年生と合流するんだ。僕は戻って塔の戸口から入る。僕らが知り合いなのはすぐばれるだろうが、誰にも攻撃する材料は与えるなよ」ぎゅっと手を握りしめてから離し、それ以上なにも言わずに歩み去ると、トンネルの奥へ姿を消した。

 わたしはリュックサックの紐をつかみ、中庭のまだらな陽射しの中へ入っていった。雲が切れて霧雨が蒸発しかけている。騎手や候補生のほうへ向かっていくと、足の下で砂利がざくざく鳴った。

 騎手1000人を収容できる広大な中庭は、文書館の地図に記録されているとおりだった。ごつごつしたしずく形で、曲線の部分は厚さ3メートル以上もある巨大な外壁で構成されている。その側面に石の広間が並ぶ。山に食い込む4階建ての建物は端がまるくなっており、それが学術棟なのは知っていた。デインに連れていかれたのは崖を見おろす右側の建物で、そこが寮だ。堂々たる丸屋根の会堂がそのふたつをつなぎ、背後の集会場、食堂、図書館への入口の役目を果たしている。わたしはぽかんとみとれるのをやめ、中庭で外壁のほうに向き直った。橋の右側には石の壇があり、騎手科長と副騎手科長らしき軍服の男性が立っていた。ふたりとも正式な軍装一式を身につけ、勲章が陽射しにきらめいている。

 増え続ける人波の中にリアンノンを見つけるには数分かかった。別の女の子と話しているところで、その子は真っ黒な髪をデインと同じぐらい短く切っていた。

「きたね!」リアンノンの笑顔は本物で、心からほっとした様子だった。「心配してた。どう、いろいろ……」眉をあげてみせる。

「もう大丈夫」うなずいてもうひとりの女の子のほうを向くと、リアンノンが紹介してくれた。名前はタラ、北にあるエメラルド海沿岸のモレイン州の出身だ。ミラのように自信に満ちた雰囲気の持ち主で、昂奮に目をきらきらさせてリアンノンと話している。両方とも子どものころから竜に夢中だったらしい。わたしは同盟を結ぶとしたら詳細を思い出せる程度に注意を払って耳をかたむけた。

 中庭から聞こえるバスギアスの鐘が1時間たったことを告げ、さらに1時間が過ぎたことを知らせた。ようやく最後の候補生が中庭に足を踏み入れ、向こう側の小塔からきた騎手3人があとに続いた。

 その中にゼイデンがいる。人混みで目立つのは背丈のせいだけではなかった。魚がさめに近づかないような、ほかの騎手がみんなよけていく雰囲気があるからだ。一瞬、あの男のしるし──竜との絆から得る独自の力はなんだろう、と思わずにはいられなかった。剣呑な空気をまとい、つかつかと壇へ近づいていくゼイデンの前で、3年生でさえさっと道をあけるように見えるのはそのためなのだろうか。壇上にはいまや10人立っていた。パンチェク騎手科長が前に移動し、候補生たちと向かい合った様子からして──

「そろそろ始まりそう」リアンノンとタラに声をかけると、ふたりとも壇のほうを向いた。全員が同じ動きをする。

「今日、301人の諸君が橋を生きて渡り、候補生になった」パンチェク騎手科長は政治家っぽい笑顔でわたしたちを示した。この人はいつでも両手を使って話す。「よくやった。不首尾に終わったのは67人だ」

 脳がすばやく計算をおこない、胸が締めつけられた。ほぼ20パーセント。雨のせい? 風? 平均より高い。ここにたどりつこうとして67人が死んだ。

「騎手科長にとって、いまの職は足がかりにすぎないって聞いたことがある」タラがささやいた。「ソレンゲイル司令官の地位をほしがってるんだって、その次はメルグレン総司令官の」

 ナヴァール全軍の総司令官。母の経歴の中で顔を合わせるたびに、メルグレンの小さなまるい目はわたしを縮こまらせたものだ。

「メルグレン総司令官の?」リアンノンがわたしの反対側からささやき返した。

「その地位につくことはないと思う」騎手科長が騎手科にきた候補生を歓迎しているとき、わたしは静かに言った。「メルグレンが竜にもらってるしるしの能力は、戦闘が起こる前に結果を見通す力だから。それにまさるものはないし、先にわかってたら暗殺できないでしょ」

「法典に語られるとおり、これから真の苦難が始まる!」パンチェクは叫び、この中庭にいる、わたしの見積もりでは500人の集団に声を届かせた。「諸君は上官に試され、同輩に狩られ、本能に導かれる。試煉まで生き残り、選ばれたならば、騎手となるだろう。そのあと、何人が卒業までたどりつくか見てみようではないか」

 統計によれば、どの年でも、多少の増減はあるとはいえ、生きて卒業するのは約4分の1だ。騎手科への志願者が不足することはない。この中庭にいる候補生の誰もが、自分は選ばれた人材で、ナヴァール軍の最精鋭……竜騎手になるために必要な条件を具えていると考えている。ほんのわずかなあいだ、わたしもそうなのだろうか、と思わずにはいられなかった。もしかしたら、ただ生きのびる以上のことができるかもしれないと。

「教官が諸君を指導する」パンチェクは約束し、弧を描くように手を動かして、学術棟の入口の前に立っている教授の列を示した。「どれだけ学ぶかは諸君次第だ」人差し指をこちらに向ける。「統制は各部隊にゆだねられ、騎竜団長に最終決定権がある。私が関与しなければならない事態になれば……」不吉な微笑がその顔にゆっくりと広がった。「関与してほしいとは思わないだろうな」

「そういうわけで、諸君のことは騎竜団長にまかせる。最善の忠告か? 死ぬな」騎手科長は副騎手科長とともに壇上からおり、石の舞台には騎手たちだけが残った。

 肩幅の広い、傷痕のある顔に冷笑を浮かべた焦げ茶色の髪の女がつかつかと前に出た。軍服の肩に並ぶ銀の棘が陽射しにきらめく。「私はナイラ、騎手科の上席騎竜団長で第一騎竜団の指揮官だ。小隊長に分隊長、位置につけ」

 誰かがわたしの肩にぶつかり、リアンノンとの隙間を通り抜けていった。ほかの面々もあとに続く。やがて前方に50人ばかりが間隔をあけて隊列を組んだ。

「小隊と分隊」軍人の家庭で育っていない場合に備えて、リアンノンに小声で教える。「各小隊に3分隊ずつ、4騎竜団にそれぞれ3小隊」

「助かる」リアンノンは答えた。

 デインは第二騎竜団の小隊に立っており、こちらに顔を向けていたものの、目を合わせなかった。

「第一騎竜団! そう小隊! 第一分隊!」ナイラが呼びあげた。
 壇に近い男が手をあげた。

「候補生、名前が呼ばれたら、自分の分隊長の後ろに隊列を組め」ナイラが指示した。

 弩と名簿を持った赤毛の女が進み出て名前を呼びはじめた。候補生がひとりひとり集団を離れて隊列に移動する。わたしは服装と傲慢ごうまんな態度からざっと判断を下しつつ数え続けた。見たところ、だいたい1分隊に15、6名所属するようだ。

 ジャックは第一騎竜団の炎小隊に呼ばれていった。

 タラが小隊に呼ばれ、まもなく第二騎竜団の呼び出しが始まった。

 騎竜団長が進み出て、それがゼイデンではなかったとき、わたしは感謝の吐息をもらした。

 リアンノンとわたしはどちらも第二騎竜団の炎小隊第二分隊に呼ばれた。すばやく隊列に加わって正方形に並ぶ。さっと目を走らせると、この分隊には分隊長──わたしを見ようとしないデイン──と女副隊長、2年か3年らしい騎手4人、1年生が9人いるのがわかった。騎手のひとりは軍服にふたつ星をつけ、ピンク色の髪を半分剃りあげていて、反乱の証痕レリックつきだった。その痕が手首から肘の上まで前腕をぐるりと覆い、軍服の下に消えている。じろじろ見ているのに気づかれないよう、わたしは目をそらした。

 残りの騎竜団が呼ばれているあいだ、みんな黙っていた。もう太陽がすっかり出てきて、革服に照りつけ、皮膚をじりじりと焼いている。〝おまえをあの書庫に置いておくなとあの人に言ったのに〟今朝の母の言葉がつきまとってきたけれど、備える手段があったわけじゃない。陽射しに関するかぎり、わたしには2種類の結果しかないのだ。白いかやけどするか。

 命令の声が響くと、全員が壇のほうを向いた。名簿を持っている相手に視線をすえておこうとしたのに、わたしの目は裏切り者らしく右へ動いてしまい、脈が速くなった。

 ゼイデンは第四騎竜団の団長として立っている位置から打算的な冷たい目でこちらをながめていた。まるでわたしの死を画策しているようだ。

 わたしは顎をもたげた。

 傷痕が走っているほうの眉があがる。それから、ゼイデンが第二騎竜団の団長になにか言うと、団長たちが全員、見るからに白熱した討議に加わった。

「なに話してるんだと思う?」リアンノンがささやいた。

「静かに」デインが小声で鋭く言った。

 背筋がこわばる。ここで、こんな状況でわたしのデインでいてくれることは期待できないにしても、あの口調は神経にさわった。

 やっと団長たちがこちらを向いた。ゼイデンの唇がわずかに弧を描いていたので、たちまち不安になる。

「デイン・エートス、おまえを分隊ごとオーラ・ベインヘヴンの分隊と入れ替える」ナイラが命じた。

(待って。なに? オーラ・ベインヘヴンって誰?)

 デインはうなずき、隊員のほうに向き直った。「あとに続け」一度だけ言うと、隊列をぬってすたすたと進んでいく。残された分隊はあわてて小走りでついていった。途中で別の分隊を通り越し……そして……

 息そのものが肺で凍りついた。

 第四騎竜団に移動している。ゼイデンの騎竜団に。

 1分か、もしかしたら2分後には、新たな隊列で位置についていた。どうにか呼吸しようとつとめる。ゼイデンの整った傲岸ごうがんな顔にはむかつく薄ら笑いが浮かんでいた。

 いまや完全になすがままだ。指揮系統の中で従属する立場になってしまった。ごく軽微な違反でも、たとえでっちあげでさえ、好きなようにわたしを処罰できるのだ。

 人員の割り当てを終えてナイラが視線を向けると、ゼイデンはうなずいて進み出た。ようやくにらめっこが中断する。心臓が放れ馬なみに駆けまわっている以上、勝ったのは向こうだろう。

「これで全員が候補生だ」その声はほかの話し手より力強く、中庭じゅうに響き渡った。「分隊仲間を見てみろ。おまえを殺すなと法典が保証しているのはその連中だけだ。だが、そいつらに命を絶たれることがないからといって、ほかのやつらが試みないとはかぎらない。竜がほしいか? 自力で手に入れろ」

 周囲のほとんどは喝采かっさいしたけれど、わたしは口を閉ざしたままでいた。

 今日、67人が墜落したか、ほかの形で死んだ。67人がディランのように、両親が死体を引き取るか、山裾の質素な墓石の下に埋められるのを見守るかという運命をたどった。失われた命に喝采する気にはなれなかった。

 ゼイデンのまなざしがわたしの目を捉えた。胃をぎゅっと締めつける視線は一瞬でそれた。

「さぞ鼻高々な気分だろうな、1年坊主ども?」

 さらなる歓呼。

「橋を渡ったあとでは無敵の気分だろう」ゼイデンは声をはりあげた。「自分が手出しできない存在だと考えているな! 精鋭になる途上にあると! 粒よりの逸材、選ばれし者だと!」

 宣言するたびに歓声があがり、どんどん大きくなっていく。

(違う)あれは喝采だけじゃない。空気を叩いて屈服させる翼の響きだ。

「うわ、すごい、きれい」その姿が見えてきたとき、リアンノンが隣でささやいた──竜の群れ。

 わたしはずっと竜のまわりで過ごしてきたけれど、常に距離を置いていた。竜は選んでいない人間を許容しないからだ。でも、あの8頭は? まっすぐこちらをめざして飛んでくる──高速で。

 頭上を越えそうだと思った瞬間、竜たちは垂直に飛び込み、巨大な半透明の翼で空気を打って止まった。半円形の外壁に降り立ったとき、翼が巻き起こした突風の激しさに、わたしは後ろへよろけそうになった。着地する動きで胸もとの鱗が波打ち、剃刀かみそりのように鋭い鉤爪が壁のふちの両端にめりこむ。なぜ外壁が厚さ3メートルもあるのかわかった。あれは防壁じゃない。要塞の境界はまさかの止まり木なのだ。

 口がぽかんとひらいた。ここに住んでいた5年間で、一度もこんな光景は見たことがない。もっとも、徴兵日に起こることを見物するのは一度も許されなかった。

 候補生が何人か悲鳴をあげた。

 どうやら、誰もが竜騎手になりたがるのは、現実に6メートルの距離に近づいてみるまでのことらしい。

 真ん前にいる紺色の青竜が特大の鼻孔から息を吹きかけてきて、蒸気が顔に叩きつけられた。頭からはつややかに光る青い角が優美かつ物騒な弧を描いてのびている。一瞬翼が広がり、たたみこまれた。第一関節の先には猛々しい鉤爪が1本生えていた。尾も同様に命取りになるけれど、この角度からは見えなかったし、尾の手がかりがないと、それぞれの竜がどの種類なのかも見分けがつかなかった。

 どれも危険なことに変わりはない。

「また石工を入れないといけなくなりそうだ」デインが口の中でつぶやいた。竜たちがつかんだ下で石が崩れ、わたしの胴ほどもあるかたまりがいくつも中庭に落ちてきたからだ。

 さまざまな濃淡の赤竜が3頭、緑系の色が2頭──ミラの竜のチェニーのような──母の竜に似た茶が1頭、だいだいが1頭、そしてわたしの前にいる桁外れに大きな紺。いずれも見あげるほど大きく、砦の建造物に影を投げかけつつ、黄金の瞳を細めて容赦ない判断を下している。

 絆を結んで脆弱ぜいじゃくな人間にしるしの能力を発現させ、ナヴァールを取り巻く防御結界を織りあげる必要がなければ、確実に全員を食らっておしまいにしているだろう。でも、竜たちは無慈悲なグリフォンどもから〝隠れ谷〟──バスギアスの背後にある、竜がと呼ぶ谷間──を守りたがっているし、人間のほうは生きていたいので、まったくありそうにない協力関係を結んでいるわけだ。

 心臓が胸から飛び出しそうにどきどきした。わたしも心臓と同意見だ。逃げ出したくてたまらない。この種族の1頭に乗ることになっているなんて、考えるだけでもばかばかしかった。

 男の候補生がひとり、第三騎竜団からいきなり駆け出した。金切り声をあげながら後ろにそびえる石の塔へ逃げていく。みんなふりむいて、その姿が中央の巨大なアーチ形の扉をめざす姿を見ようとした。アーチに刻まれた文字はここからでも見えそうだったけれど、すでにその言葉は暗記している。〝騎手なき竜は悲劇。竜なき騎手は死す〟

 ひとたび絆を結べば、騎手は竜なしでは生きられない。一方で、たいていの竜は人間が死んだあとも問題なく生きていられる。だから慎重に選定するのだ、臆病者を選んで恥をかかないように。まあ、どのみち竜が間違いを認めることはないにしても。

 左側の赤竜がばかでかい口をひらき、わたしの体ほどもある歯を見せた。あの顎は望めば葡萄の粒のようにわたしをかみくだけるだろう。舌に沿って火がほとばしり、逃げていく候補生に向かって死の炎が噴射された。

 塔の影までたどりつかないうちに、その男の子は砂利の上に盛りあがった灰の山になっていた。

(死者68人)

 正面に視線を戻したとき、炎の熱が顔の側面に吹きつけてきた。また誰かが逃げ出してこんなふうに処刑されるとしたら、見たくない。まわりでまた悲鳴が響いた。せいいっぱい歯を食いしばって沈黙を保つ。

 あと2回熱風が届いた。1度目は左側、次は右側だ。

(これで70)

 紺竜がこちらに首をかしげたようだった。あの細めた黄金の瞳がまっすぐ体をつらぬき、吐き気がするほどの不安といつのまにか胸に巣食った疑念を見透かしているようだ。膝に巻いた包帯さえ見抜かれるに違いない。わたしが不利であることを知っているのだ。あの前脚をよじ登ってまたがるには小さすぎ、騎乗するには弱すぎることを。竜はいつでも知っている。

 でも、わたしは逃げない。乗り越えられないと思われるものが現れるたびにあきらめていたら、いまここには立っていないだろう。〝わたしは今日死んだりしない〟その言葉が頭にこだました。橋に乗る前にも、渡っている最中にも聞こえたように。

 なんとか胸を張り、顎をふりあげる。

 承認のしるしか、退屈したのか、竜は目をしばたたくと、視線をそらした。

「心変わりしたい気分のやつはまだいるか?」ゼイデンが声をあげ、背後の紺竜と同じ鋭い目つきで残った候補生の列を見渡した。「いないか? すばらしい。来年の夏のいまごろには、だいたい半分が死んでいるはずだ」左側からいくつか間の悪いすすり泣きが聞こえる以外、隊列は静まり返っていた。「その次の年にはさらに3分の1、最後の年も同様だな。ママやパパが誰だろうが、ここで気にするやつはいない。タウリ王の次男さえ、試煉のあいだに命を落とした。そういうわけだ、もう一度訊く──いまは騎手科に入学できて無敵だという気がするか? 手出しができない存在だと? 精鋭だと?」

 誰も喝采しなかった。

 またもや熱風が叩きつけられた──今度はまともに顔面に──全身の筋肉が締まり、焼き払われる覚悟を決める。でも、それは炎ではなかった……ただの蒸気だ。竜たちがいっせいに息を吐き出し終わると、リアンノンの三つ編みが吹き戻された。前方の1年生はズボンを濡らしており、濃い色のしみが両脚に広がっていった。

 わたしたちをおびえさせたいらしい。目標達成だ。

「いいか、あいつらにとっては手出しができないわけでも特別でもない」ゼイデンは紺竜を指さし、わたしと目を合わせながら、まるで秘密を明かすかのように少し身を乗り出した。「竜にとって、おまえたちはただの獲物だ」

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つづきは製品版でお楽しみください。

『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―(上)』
『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―(下)』

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こちらの『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』の記事もご覧ください。
・Vol.1 全世界が熱狂する"ロマンタジー"日本上陸!
・Vol.2 ロマンタジーの時代が来る! 発売前から大反響
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