7分間SF

1話7分で読めるSF作品集 試し読み! 草上仁『7分間SF』(ハヤカワ文庫JA)

あっと驚く結末が、じわりと心に余韻を残す、すこしふしぎなお話が盛りだくさん。いつでもどこでも楽しめるSF作品集第2弾、草上仁『7分間SF』(ハヤカワ文庫JA)。その中の一篇「カツブシ岩」の試し読みを公開! あなたはこのお話のオチ、想像できますか? 

『7分間SF』あらすじと収録作リストはこちら↓↓

■カツブシ岩

辺境の惑星クロッカスで化石調査隊一行が見つけたものとは?

「カツブシ岩を調べたいとね」
 赤銅(しゃくどう)色に日焼けしたイップは、口の中のものを、くちゃくちゃと噛んだ。
「そいつはまた、酔狂(すいきょう)なこった」
 GEMクルーザーのステアリングを握ったスターク博士は、そいつが酔狂なことだとは思っていなかった。惑星クロッカスにおける伝説の巨獣ビヒモスの絶滅は、重要な学術上の問題だったし、そのビヒモスが呑んだと伝えられている財宝運搬船の存在は、最近新たに発掘された粘土板によって、ほぼ証明されたと考えられるのだ。これは、世紀の大発見だった。
 スターク博士は、ステアリングを切って、大きな砂丘の裾(すそ)を左に回り込んだ。GEMは、緩やかな風紋に沿う形でバウンドする。スターク博士は、頭上を見上げて、調査隊の飛行船が追尾してきていることを確かめると、『現地ガイド』のイップに訊ねた。
「この方向でいいんだね?」
 この砂漠では、地図やコンパスよりも、地形に慣れた現地人の目のほうが当てになる。砂の中に含まれる大量の磁化鉄が、磁気式コンパスや精密なジャイロコンパスを狂わせるのだ。
「だいたい、いいぞ」
 イップは、呑気な声で答えた。
「ただ、ネコトカゲの群れに襲われたくないなら、もう少し、西に寄ったほうがいい」
 スターク博士は頷いて、車体を横滑りさせた。砂漠を徘徊するのは、現地人だけではない。体長二メートルほどのネコトカゲは、肉食性の危険な獣で、これまでに何組もの探検隊や学術調査隊が犠牲になっている。ネコトカゲの群れは、何日もじっと身を横たえているから、一日二回の砂嵐で半ば砂に埋まっていて、慣れた現地人の目でないと、砂丘と見分けがつかないのだ。
 ネコトカゲの群れを避けながらまっすぐ南に進むと、黒々とした『カツブシ岩』の輪郭(りんかく)が、地平線上に見えてきた。巨大だ。航空測量によれば、ピーナツの殻のような形のその岩は、高さ二十メートル、幅三十メートル、全長百メートル近くある。
 スターク博士は、答えのわかっている問いを発した。
「あれか?」
「ああ」
 イップは、揺れるシートの上で、ポケットから出した褐色(かっしょく)の石を削っていた。鋭い石のナイフを器用に操って、かんなくずのような薄片を切り出している。スターク博士は、内心の興奮をそのまま口に出した。
「あれは、ビヒモスの化石だ。全てのカツブシ岩は、ビヒモスの化石なんだ。わたしは、そう確信するに至った」
 イップは、面倒くさげに答えた。
「そうかね」
「そして、あの特別な岩の中には、古代の財宝運搬船が眠っているはずだ」
「ほほう」
「君がネグダグ遺跡で菱形(ひしがた)の石を見つけてくれたおかげだよ。それで、あの決定的な粘土板が手に入った。あれこそ、画期的な発見だった」
「そいつはよかった」
 イップの口調は、あいかわらずそっけなかった。
 おかしなことに、惑星クロッカスの砂漠地帯に住むイップたち現地人は、自分たちの祖先が運行していた財宝運搬船にも、遠い昔に絶滅してしまったビヒモスにも、全く関心を持っていないように見える。彼らは、砂漠を気ままにうろつき回るだけの、怠惰(たいだ)で無目的な生活に慣れてしまっているのだ。それというのも、化石食料資源に恵まれすぎているせいだと、スターク博士は思っていた。
 化石食料資源──今、イップが口の中でくちゃくちゃ噛んでいるものこそ、それだった。クロッカスでは、それは、『カツブシ石』と呼ばれている。外観はこぶし大の石のようで、重量は乾燥した軽量木材ほど。現地人はそれをどこから掘り出してくるのか、よそ者には決して知らせないが、ありかを知っている者には、簡単に掘り出せるらしい。彼らは、石か金属のナイフでそいつを削って、口に運ぶ。
 数年前にクロッカスに派遣された探検隊は、砂漠でネコトカゲに襲われる前に、この『カツブシ石』の分析を終えていた。驚いたことに、『カツブシ石』は、豊富な蛋白質、ビタミン、ミネラル、脂肪、炭水化物を含む完全食品だった。まさに、『化石』なのだ。太古にクロッカスの地表に生きていた動植物の死骸が堆積し、砂漠の乾燥した気候と、惑星クロッカス特有の『カツブシ菌』が、それを化石に変えたものと考えられていた。この星系の太陽が数千年前から発するようになった有害な放射線のおかげで、今は死滅してしまっている『カツブシ菌』は、死骸の中に菌糸を張り巡らせて、水分を徹底的に吸い上げる。だから、ただ乾燥させるのと違って、内部までカチカチに固まった『カツブシ石』が出来上がるのだ。
 その組成はともかくとして、『カツブシ石』は、太古から贈られた保存食料で、かつての人類が、化石エネルギー資源で怠惰に食いつないできたのと同様、少数のクロッカス現地人が、農耕や狩猟、牧畜に真面目に取り組まなくても生きていけるのは、『カツブシ石』のおかげなのだった。
 スターク博士は、GEMのオートクルーズをセットすると、平和な顔つきで薄片を噛んでいるイップに向かって訊ねた。
「『カツブシ岩』が、でっかいカツブシ石だってことは、知ってるんだろう?」
 スターク博士が、その事実を知ったのは、第三次調査隊の地震波解析を見た時のことだった。カツブシ岩は、岩にしては驚くほど軽かった。通常のカツブシ石よりは重いが、表面の組成は、ある種のカツブシ石にそっくりなのだ。
 イップは、真面目な顔で、スターク博士を見上げた。
「もちろん。そうでなきゃ、どうして、『カツブシ岩』なんて名前をつけるかね」
「あれを削って、喰ってみようとは思わないのか?」
 博士の質問に、イップはかぶりを振った。
「ありゃあ、でかすぎるし、堅すぎる。もっと手頃なカツブシ石は、いくらでも採れる」
 スターク博士は、小柄な現地人を見下ろした。人類と起源を同じくするヒューマノイドだが、背丈は一メートルと少ししかなかった。体表面積が広いにもかかわらず、砂漠に適応したクロッカス人の代謝率は低い。彼らにとっては、一日にこぶし大のカツブシ石一つで充分なのだ。何もあくせく働く必要はないというわけか。博士は、意地の悪い質問を発したくなった。
「それでも、化石資源だ。いつかは枯渇(こかつ)してしまうだろう?」
 驚いたことに、イップは、真面目な顔で頷いた。
「そうなんだ。だから、長老会議は、おれたち若い者に何とかしろってうるさい。自分たちゃ、これまで何もしてこなかったくせにさ」
「で、何とかなりそうなのか?」
 イップは、落ちくぼんだ目を擦り、哲学的な表情でカツブシを噛んだ。
「いつだって、何か方法が見つかるもんだよ。あんただって、最後には粘土板を見つけただろう?」
 スターク博士は、誇りに満ちた顔で頷いた。
「そうだ。君が言った通り、ネグダグの遺跡は大当たりだった」
 ネグダグ遺跡の浅い砂に埋もれていた粘土板には、ビヒモスの姿だけではなく、太古の財宝運搬船の積荷目録と、ほぼ正確と思われる難破地点についての情報が刻まれていた。スターク博士は、土地の古老の助けを借りて粘土板を解読すると、精力的な資金調達活動を開始し、ついにある財団を説得することに成功したのだ。
 今、その財団が出した資金で急遽(きゅうきょ)仕立てられた総勢八十名の研究者、学生、技師、ハンター、作業員、それにコックからなる一隊が、探査資材のひと山とともに真空球飛行船に乗って、GEMの後ろをのんびりと追尾してきている。
 イップは、口の中のカツブシを飲み込んだ。
「現地に着いたら、どうするんだね?」
「まず、全ての資材を下ろして、テントを設営する」
 と、スターク博士は答えた。
「宿営地の周囲にハンターを配置して、ネコトカゲの警戒に当たらせる」
 イップは、考え深げに頷いた。
「奴らは物騒(ぶっそう)だからな。それから?」
「『カツブシ岩』に、振動計とオートハンマーを設置して、内部構造を解析する」
 博士の答えに、イップは、少しだけ興味を惹(ひ)かれたように見えた。
「なんだかよくわからないが、船を探すのか?」
 スターク博士は、頷いた。
「まあ、そういうことだな。それから、有望そうな場所に向かって、ボーリングを行う」
「ボーリング?」
「何十メートルも──何十背丈も長さのあるシリンダーを打ち込んで、円筒状のサンプルを採取するのさ」
「カツブシをか?」
「うまくいけば、それ以外の何かが引っかかってくるはずだ」
「コグレグのかけらとか?」
「そういうことだ。イップ、カツブシが欲しいか?」
 イップは、静かな微笑(ほほえ)みを浮かべた。
「カツブシは、いつでも欲しいよ。くれるのかい?」
 スターク博士は、前方を睨(にら)みながら頷いた。
「大量の削りクズが出るはずだ」
「そりゃいい」
 イップは頷いた。
「多少堅くても、長老会議が喜ぶだろう。しかしなあ、八十人か」
 スターク博士は、いぶかしげに、現地人ガイドの赤銅色の顔を見つめた。
「八十人がどうかしたか?」
 イップは、目を伏せた。
「何でもないさ。カツブシに八十人なんて、大したもんだと思っただけだ」
 確かに大したものだと、スターク博士は思った。しかし、機材を設置し、データを取り、それを解析するのに、どうしてもそれだけの人数が必要なのだ。砂漠では、スピードがものを言う。時間がかかるほど、生活資材の消費が増加するし、保険料もかさんでくる。ネコトカゲのおかげで、保険の等級は最高レベルに引き上げられている。詳細な調査をするだけの値打ちがあると証明するのに、何日もかけるわけにはいかないのだ。
 GEMの前方で、ピーナツ殻の形をしたカツブシ岩が、次第に大きくなってきた。

 スターク博士は、粘土板から複写した巨獣ビヒモスの絵を折り畳みテーブルに広げて、目の前のカツブシ岩と見比べた。
 絵から、装飾的な三本の角と、とげだらけの尾を取り去り、牙の生えた円形の口を閉じさせ、大雑把(おおざっぱ)な輪郭だけを比べてみる。
 見れば見るほど、そっくりだった。
 絵では、椰子(やし)に似た樹木が植わっている背中は少しくびれていて、巨大な臀部(でんぶ)に向けて、なだらかに傾斜している。頭部にあたる膨らみは、それよりも少し小さい。
 スターク博士は、手を伸ばして、カツブシ石をくちゃくちゃ噛みながら無表情にカツブシ岩を見上げているイップの肩を叩いた。
「見ろ。あれだ。間違いない」
「そうかね? おれには、他の岩と同じに見えるが」
 スターク博士は、そうは思わなかった。こいつは、特別な岩なのだ。
 スターク博士の研究は、最初から潤沢(じゅんたく)な予算に恵まれていたわけではなかった。博士は、単独でクロッカスにやってきて、独自の調査を進めてきたのだ。航空写真の解析に、すでに知られている遺跡の発掘調査、土地の古老からの聞き込み。
『カツブシ石』というのと同じく、『巨獣ビヒモス』というのは第一次探検隊が命名した呼称で、現地ではその伝説の生き物は『ヅガッダグドマネング』と呼ばれている。銀河中で採集される、よくある伝説の一つだ。かつて、大海に(あるいは、大空に)、島ほどの大きさの巨獣が棲(す)んでいた。その巨獣の背中には植物が茂り、誤って近づいてくる船を丸呑みにする──。
 地球には、ヨナやピノキオの伝説が残っているし、ランドバーでは巨鳥スマックの言い伝えが、タイクォーには巨魚ザンドラジバンの神話がある。
 しかし、スターク博士は、他でもないクロッカスの伝説に、興味を持ったのだった。
 現在のクロッカス人は砂漠の民で、海を見たことのない者がほとんどだ。それなのになぜ、船を呑む巨獣の伝説を持っているのか。初期調査によれば、クロッカスのダググ大陸北西部が砂漠化したのは比較的最近──たかだか数千年前のことだった。それまで、確かにこの地には内海が広がっていた。すっかり怠惰になってしまったクロッカス人自身からは、自分たちが海の民の末裔だという記憶は失われている。しかしそれでも、巨獣に呑まれた財宝運搬船の伝説だけは、保持されてきたのだ。
 ひょっとすると、『ヅガッダグドマネング』という巨獣は、かつて本当にこの地に存在したのではないか?
 スターク博士がそう思い始めた頃、カツブシ岩付近の地震波解析結果が目に留まった。砂漠のあちこちに散在するカツブシ岩は、岩石とは思えないほどに軽く、全て同じようなピーナツ殻形状をしている。
 もしも──と、スターク博士は思った。もしも、何らかの天候なり地殻なりの変動で、内海が急速に干上がったのだとしたら。
 もしも、その際、魚の死骸にカツブシ菌が作用して、カツブシ石が産成したのだとしたら。小さな魚の化石は砂に埋まってカツブシ石となり、巨獣は埋もれることなく、カツブシ岩として今も身を晒(さら)しているのだとしたら。
 砂漠では、話し相手が少ない。だから、スターク博士は、煙草(たばこ)や酒などの嗜好(しこう)品で雇った現地人ガイドのイップに、自分の調査について詳しく語り聞かせた。巨獣ビヒモス──『ヅガッダグドマネング』の伝説については、イップ自身、よく知っていたし、何人もの古老を博士に紹介してくれた。そして、ネグダグの遺跡で、ついに問題の粘土板を発見した時にも、イップが立ち会っていたのだ。実のところ、菱形の平らな石板の下を掘るように示唆(しさ)したのは、この現地ガイドだった。菱形は、「だいじなようなもののしるし」だと言って。
 イップが言った通り、菱形の石板の下には三枚半の粘土板が埋まっていた。そして、一枚目の粘土板には、船を呑み込もうとしている『ヅガッダグドマネング』の姿が、二枚目には、財宝運搬船『ダゴドガングム』が難破したと言われる場所──ダングドゥの東、夏至(げし)の落ち陽にグゥガ岬(みさき)が重なるところ──が刻まれていた。残りの一枚半は、財宝運搬船の積荷目録だった。古代都市ダングドゥの場所はわかっていたし、グゥガ岬は同じ名前の砂丘として今も残っていた。スターク博士が、コンピューターによる地形解析をかけた結果、巨大なカツブシ岩のひとつ──まさに、今見上げているカツブシ岩の位置が、難破地点にぴったりと重なった。
 スターク博士は、まさに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。研究資金は枯渇しかけていたし、単にカツブシ岩が絶滅した巨大生物の化石であるという仮説だけでは、どこの財団も興味を持ってくれそうになかった。ネコトカゲのおかげで、クロッカスの砂漠地帯は危険な場所と目されており、調査団や発掘隊に要する保険費用は、膨大な額にのぼっていたのだ。
 カツブシ岩が巨獣ビヒモスの化石だって? それは結構。誰が、そんな馬鹿でかいカツブシを欲しがる?
 しかし、財宝運搬船が絡んでいるとなると、話は違ってくる。古代の財宝は、いつでも、人々の興味を惹きつけるものだ。伝説と粘土板によれば、『ダゴドガングム』は、コグレグ(金塊)と、ミガヅング(緑の石──おそらくはエメラルド)他、当時の宝飾品を山ほど積み込んでいたことになっているのだ。それがなかったら、どこの財団も、カツブシ岩調査計画なんかに見向きもしなかったろう。
 これからは違う。この最初の試掘で何かが見つかれば、ほうっておいても、いくつもの発掘隊が仕立てられるはずだ。スターク博士は、むしろ、舞台の袖に押しやられてしまわないように努力しなければならない。
 何かが見つかれば。
 今、カツブシ岩の周囲には、大量の金属パイプで足場が組まれていて、ヘルメットをかぶった技術者たちが、設置したオートハンマーと振動計を忙しく点検している。振動計からの無線信号を受ける防塵(ぼうじん)型のポータブル・コンピューターは、すでに最初の計算を終えていた。
 腕組みをして巨岩を観察していた比較生物学者が、カツブシ岩の尻の部分を指差した。
「この筋肉は、扇状の尾を駆動して、推進力を生み出すためのものでしょう。もし、あいつがビヒモスなんだとしたらね」
「その尾はどうなったんだろう?」
 スターク博士の問いに、空色のヘルメットをかぶった比較生物学者は肩をすくめた。
「身体に比べれば薄いですからね。風化しちゃったんだと考えられます。もし、あいつがビヒモスなんだとしたら、ですが」
 スターク博士は、顔をしかめた。
「いちいち、もし、なんて言わなくてもいい。胃はどのあたりだと思う?」
 比較生物学者も、顔をしかめた。
「誰も解剖したわけじゃないですからね。はっきり言って、わかりません。しかし、後半身の筋肉組織が、ここまで肥大発達しているのだとすれば、消化器官はその前──前半身後部からくびれの部分あたりに存在すると考えるのが、無難でしょうな」
 イップは、カツブシ石のかすを口から吐き出すと、古代の叡智(えいち)を伝えるような重々しい声で、言った。
「うん。胃はだいたい、腹の底にあるな」
 スターク博士は、イップの言葉にさほど感銘を受けた様子を見せず、別の折り畳みテーブルに向かっている地震学者のほうを振り返った。地震学者とその助手は、コンピューターが弾き出した何十枚ものプリントアウトと格闘しているところだった。
「どう思う?」
 博士の質問を受けて、中年の地震学者は、テーブルの上で、コンピューターの描き出したグラフを辿(たど)った。
「ちょうどそのあたりに、いくつか空洞がある」
 スターク博士は、再び比較生物学者のほうに向き直った。
「ビヒモスが、複数の胃を持っていた可能性はあるだろうか?」
 比較生物学者は、肩をすくめた。
「何だってあり得ますよ。奴が、何を食っていたかもわからないんだ」
「ヅガッダグドマネングは、船を食ってた」
 再び、イップの言葉を無視して、スターク博士は、地震学者に質問した。
「空洞の中に、金属は見つからないか?」
 地震学者は、顔を上げて、博士を見返した。
「この計器の精度じゃあ、そこまでは無理だ。直径五メートルの鉄球でも入ってりゃ、話は別だがね」
「空洞の大きさは?」
「一番でかいので、直径七メートルってところかな」
「表面からの距離は?」
「横から狙えれば、十メートルと少し」
「じゃあ、そこを狙ってみよう」
 スターク博士は、ピンクのヘルメットをかぶったボーリング技術者を手招きした。汚れで黒ずんだ顔をしたボーリング技術者は、足場のパイプをぽんぽんと叩いてから、テーブルのところまでやってきた。スターク博士は、ビヒモスの絵を指し示して、訊ねた。
「このあたりから、水平に二十メートル。打ち込めるか?」
 ボーリング技術者は、白い歯を剥きだして、笑顔を浮かべた。
「柔らかい岩盤を二十メートルぽっち? お安い御用だ。問題ない。やれるよ」
「じゃあ、頼む。どれぐらいかかる?」
 ボーリング技術者は、カツブシ岩のほうを見た。
「足場を組み直して、冷却用の放水バルブを二カ所に設置する。シリンダーは三本も継げばいけるな。日没までには、掘り抜けるだろう」
 スターク博士は、満足げに頷いた。
「急いでくれ。時間が貴重だ」
 比較生物学者が、首を傾(かし)げた。
「それが胃なのかどうかもわからないし、船があるかどうかも不明なんですよ」
「船はある」
 スターク博士は、無理に、声に確信を込めた。これがあやふやな賭けだということはわかっていた。証拠と言えるのは、何枚かの粘土板だけなのだ。しかし、シュリーマンだって、不確かな情報をもとに、トロイの遺跡を掘り当てたのだ。昔の井戸掘りは、木の枝一本で、水脈を辿った。自分だって、文字通りの金鉱を掘り当てないとは限らない。
 地震学者が、からかうような口調で言った。
「もし、何もなかったら?」
 スターク博士は、地震学者を睨み返した。
「何もなくても、サンプルを解析できる。ビヒモスの身体構造を推定できれば、次にどこを掘ればいいか、わかるかもしれない」
「で、また掘るわけだな。しまいには、あいつを、スイス・チーズみたいに穴だらけにしちまうことになるぞ」
 スターク博士は、頷いた。
「そうだ。必要なら、そうする」
「時間は」
 と、イップがのんびりした口調で言った。
「いくらでもあるさ」

 イップは、『発掘現場』から少し離れた砂丘の上から、忙しげに立ち働く地球人たちを眺めた。足場を組み、掘削(くっさく)設備を設置し、角度を計測する。紙を指さしながら試掘をし、ビットを交換し、また試掘をする。それは、イップには、よく理解できない作業だった。
 どうしてまた、あんなに急いで働かなくちゃいけないんだろう。カツブシは逃げていったりしないのに。カツブシはいつもそこにあって、仲間を育(はぐく)み、おれたちを養ってくれる。
 ちっぽけで安っぽい粘土板に目の色を変えて、でかい岩に攻撃をかける地球人たちの気持ちは、イップにはわからなかった。まあ、少しばかり得意ではある。彼がいなければ、博士は、絶対に粘土板を見つけることができなかったろうし、こんな大騒ぎは始まらなかったはずだからだ。
 イップの粘土板については、長老会議も大喜びだった。カツブシ岩の周りにたくさんの人が集まってくるのはいいことだ、と議長のグドガは言っていた。
 イップも、その意見には同調する。
 それにしても、全く酔狂なこったと、彼はカツブシを噛みながら思った。
 八十人が、カツブシにか。
 とにかく、当面、スターク博士はガイドに用はなさそうだった。さっきも、彼の言葉をまともに聞いていないようだったし。博士の無関心は、イップにとっても好都合だった。
 イップは、今のうちに現場から距離を置かせてもらうことにして、カツブシ石を噛みながら、夕陽に向かって歩き出した。
 地球人たちが何を見つけることになるのか、少しだけ、興味があった。ヅガッダグドマネングは、本当にいたのかもしれないし、本当に船を食っていたのかもしれない。船が、本当に財宝を積んでいたということだって、あり得なくはない。
 しかし、イップは知っていた。
 何を見つけようと、連中は、そいつを家に持ち帰ることはできないのだ。

 シリンダー・ビットを駆動するモーターの音が急に高まり、次いで低くなった。スターク博士の目の前に、引き抜かれたシリンダーが置かれた。
「一丁上がり」
 ピンクのヘルメットをかぶったボーリング技術者は、放水バルブでシリンダーを冷却してから、工具を使ってビットを外し、直径二インチのシリンダーを開いた。
 長い円柱形のサンプルが、スターク博士の学術調査隊の前にその姿を現した。放水に濡れ、夕陽に照らされたそれは、褐色というより、オレンジ色に見えた。金属のきらめきも、貴石の輝きもない。財宝のかけらにあたるものは何も見あたらなかった。ただの、オレンジ色の岩塊だ。
 しかし、サンプルを目にした途端、スターク博士の全身が硬直した。
「これは──」
 博士は、言葉を継ぐことができなかった。スターク博士だけではない。ボーリング技術者も、地震学者も、比較生物学者も、周囲の学生や作業員たちも、言葉を失い、身動きもできずに、その場に立ちつくしていた。

 飼い慣らされたネコトカゲの群れが、『発掘現場』のキャンプをあさっている。彼らがテントを咬(か)み裂き、乗り物や発掘機材に爪を立て、食料を食い尽くしてくれるから、この件も不幸な事故として片づけられるだろう。
 イップは、砂に覆われた柱の列に向かって、手を振った。
「ざっとこんなもんだ」
 長老会議議長のグドガが、イップの労をねぎらった。
「悪くない。これだけあれば、一年はもつだろう」
 イップは、得意げに頷いた。
「酔狂な奴らは、他にもいそうだぞ。また来月あたりに、もっと粘土板を仕込んでおくつもりだ。どこかの遺跡の、菱形の石板の下に」
 グドガは頷くと、満足げに、カツブシ岩の近くに並ぶ八十本のカツブシ石を見渡した。イップが、酔狂な学術調査隊を現地に案内したのは三日前のことだった。カツブシ岩の中で眠っていたカツブシ菌は、水分を与えられて爆発的に繁殖した後で、自滅してしまったはずだ。
 その過程で、カツブシ菌は、地球人の体表を覆い、瞬時に水分を吸い尽くして、動きを奪った。連中は、何にやられたのかもわからないうちに、カツブシ石と化してしまっただろう。小さなカツブシ石とは違って、巨大なカツブシ岩の中には、有害な放射線が届かない。だから、カツブシ菌の胞子(ほう し)は、死滅せずに水分を与えられるのを待っているのだ。苦い経験からその事実を学んだクロッカス現地人が、カツブシ岩を食おうとしない本当の理由はそこにあった。
 当分、カツブシの種は尽(つ)きない。つまり、グドガの種族は安泰(あん たい)だ。彼らは、地球人が思っているほど、怠惰ではない。砂漠の恵みである化石食料──カツブシ石は、採掘するだけではなく、手間をかけて栽培することもできるのだ。粘土板という種を遺跡に蒔いて、貪欲という肥料を施(ほどこ)す。すると、やがて時を経て、高さ二背丈ほどもある栄養たっぷりのカツブシ石が育つ。
 カツブシ岩は、仲間を呼び寄せ、育み、グドガの種族を養ってくれる。
 まったく、馬鹿で欲深な地球人どもだ。グドガは、すっかり乾燥して堅くなった、石像のようなスターク博士の顔を見上げながら、感慨深げに頭を振った。
「ありがたいことだ。八十人が、カツブシにな」

(了)

■『7分間SF』あらすじ

話題の『5分間SF』が「+2分間」ぶん面白さ増量(当社比)で帰ってきた! 辺境の惑星で調査隊が出会った食料資源“カツブシ岩”の正体とは? 人間を模倣する機械の群れから本物の人間を見分ける唯一の方法とは? あらゆる時空を飛び回るビジネスマンとその妻が手にした予想外の幸福とは? 思わずあっと驚く結末が今度もあなたを待ち受ける! 1話7分で読めていつでもどこでも楽しめる、人気のSF作品集第2弾

7分間SF_帯

草上仁『7分間SF』(ハヤカワ文庫JA)本体価格680円+税
カバー・本文イラスト:YOUCHAN カバーデザイン:早川書房デザイン室

シリーズ第一弾の『5分間SF』はこちら↓↓

(担当編集:小野寺真央

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!