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トランプはアメリカというジェットコースターの乗客にすぎない。ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断』まえがき

ベストセラー『100年予測』で知られるジョージ・フリードマンの最新作、『2020-2030 アメリカ大分断――危機の地政学』が本日発売。米大統領選を前に必読の本書より、「まえがき」を全文公開します。

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ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断』まえがき

現在、アメリカ合衆国は困難な時代の真っただなかにある。アメリカ人の眼はいま、ドナルド・トランプ大統領にじっと向けられている。反トランプ派は、彼を腐敗した能無しだと考える。一方の支持者たちは、特権階級のエリートによる攻撃にさらされた犠牲者だと考える。あたかも彼という人間が〝問題〟か〝解決策〟であるかのように、緊張の波はトランプのまわりに集中して押し寄せる。

これは新しい現象などではない。今日の社会で見られるような敵対的な怒りと分裂は、アメリカ史のほかの時代に比べれば取るに足らないものだ。たとえば、19世紀の南北戦争では65万人が犠牲になった。あるいは1,960年代には、デトロイト暴動を鎮圧するために第八二空挺師団が駆りだされたこともあった。エイブラハム・リンカーンは「文盲」や「猿」などと揶揄された。リチャード・ニクソンは犯罪者と呼ばれた。実際にニクソンは犯罪者になったが、すべての責任をマスコミになすりつけた。リンカーン、ニクソン、トランプといった一部の大統領たちは、一方からは罵ののしられ、他方からは愛される。しかし実際のところ彼らは、問題を起こすほどの権力を握ってはいないし、みずからが乗る潮流をコントロールすることもできない。

アメリカ人はしばしばジョージ・ワシントン、アンドリュー・ジャクソン、エイブラハム・リンカーンを引き合いに出し、大統領という存在におおいに重きを置こうとする。なんと皮肉なことだろう。なぜならヨーロッパ諸国の首相と比べると、アメリカの大統領にはそれほど権力がないからだ。建国者たちは意図的にそう設定し、この取り決めは長い歴史の試練に耐えつづけてきた。アメリカの大統領はふたつの議会、数多くの連邦判事、そして五〇の独立した州と向き合わなくてはいけない。自身で何かを成し遂げることなどめったにできないにもかかわらず、大統領はつねに国民の心に眼を向ける。そのため国が周期的かつお決まりの危機に陥ったとき、アメリカ人は、出来事の物理的な原因を理解しようとするのではなく、大統領を非難したり褒めたたえたりする。

本書では、アメリカ史の根底にあるこの一連のプロセスに焦点を当てたい。私たちが置かれている状況をより幅広い歴史という文脈で読み解き、現在の〝激しい感情〟の全体像をとらえていきたい。さらに、2020年代~30年代に差し迫っている真の危機について予測し、アメリカ合衆国がその痛みと混乱を解決し、より強く生き生きとした存在として対岸にたどり着く方法を考えてみたい。

現在、アメリカ合衆国では大きな構造変化が立てつづけに起きており、これらの変化が社会に深刻なひずみを生みだしている。連邦政府は周期的な移り変わりのただなかにあり、その運営方針や社会との伝統的な関係も変わりつつある。システムのなかの欠陥が増すにつれ、変化はさらに加速していく。同時に経済システムも根本的な変化のさなかにあり、過剰な資金流入と投資機会の減少などがそれを後押ししている。結果としてイノベーションの質は下がり、生産性の伸びは大きく低下する。これらのふたつのひずみにくわえ、グローバル・システムのなかでバランスをとろうとする姿勢から生まれる圧力との狭間で、アメリカ社会をひとつにまとめてきた接着剤の力は弱まり、2020年代をとおしてさらにその力は弱まっていく。大統領が誰であれ、今後10年にわたってこの国の空気は恐怖と嫌悪に覆われつづける。

当然ながら、これははじめて起きた事態などではない。

一歩下がって長期的な視点から見ると、アメリカの歴史にはふたつの大きな周期(サイクル)が存在することがわかる。それらのサイクルを理解すると、今日の合衆国が置かれた状況をより深く把握することができる。ひとつは、およそ80年ごとに生じてきた「制度的サイクル」。一度目の制度的
サイクルは、1780年代後半のアメリカ独立戦争の終結と憲法制定から始まり、1865年の南北戦争によって終わった。二度目の制度的サイクルはその80年後、第二次世界大戦の終わりとともに幕を閉じる。次のサイクルが生まれる緊張感はいままさに増しつつあり、2025年あたりに実際の移行が起きる。

もうひとつの周期は「社会経済的サイクル」で、およそ50年ごとに生じてきた。直近でサイクルが移り変わったのは1980年ごろ。一九六〇年代後半に始まった経済的・社会的な機能不全が1980年ごろにピークに達し、システムの抜本的な変化につながった。のちの章でくわしく説明するように、そのまえに社会経済的サイクルが移り変わったのは、大恐慌が始まったあとの1930年代初頭のことだった。そのひとつまえのサイクル移行は、南北戦争のあとにアメリカが再び始動しはじめた1880年代。私たちはいま新たな社会的・経済的不安定の時代に直面しており、このサイクルは2020年代末ごろに終わる。

ふたつの主要なサイクルの流れに注目すると、これまで見えなかったものが見えてくる。現在の制度的サイクルは、2020年代なかばの危機とともに終わる。そして社会経済的サイクルは、そのあと数年以内に起きる危機によって終わる。ふたつのサイクル移行がこれほど接近し、事実上重なり合うのは米国史上はじめてのことだ。当然ながらこれは、2020年代がアメリカ史のなかで非常に困難な時期のひとつになることを意味している。とくに、世界のなかでアメリカが担う〝役割〟について考えると、このサイクルの重なりはより大きな意味を持つことになる。そのような複雑で新しい役割は、以前のどのサイクルのあいだにもほぼなかった要素だといっていい。そう考えれば、現在のトランプ政権は、いまの時代と次の時代の前触れでしかない。肯定的にとらえようが否定的にとらえようが、これはドナルド・トランプについての問題ではないのだ。彼を大胆で精力的な大統領だと考える人もいれば、下品で無能だと考える人もいる。しかしその向こう側に眼を向けたとき、トランプは──そして私たち国民もみな──アメリカというジェットコースターの乗客にすぎないということがわかるはずだ。

これらの社会経済的サイクルのあとにはいつも、自信と繁栄の時代がアメリカに訪れたことを忘れてはいけない。南北戦争のあとには驚異的な成長の時期が続き、その35年後にアメリカは世界の工業製品の半分を生産するようになった。第二次世界大戦のあとには、かつてないほどの規模で知的職業階級が成長した。冷戦後にはITバブルが起き、世界は一変した。私は、破滅が来ると予測しているわけではない。アメリカ史の次のフェーズが始まる2030年初頭までひどく困難な時期が続き、その後には自信と繁栄の時代が続くと予測しているのだ。

ほかの国でときどき起こる事態とは異なり、このようなサイクルはアメリカを破壊するのではなく、むしろ前に推し進めてくれる。このサイクルは、いわば合衆国を動かすエンジンのようなものだ。直前のサイクルで生まれた問題とともにそれぞれの期間は始まり、アメリカの強さを引きだすための新しいモデルを生みだす。最終的に解決策の効果が消え、それ自体がまた解決すべき新たな問題になる。

これらのサイクルがじつに規則正しく素早く切り替わるというのは、とりわけ驚くべきことだろう。ほかの国々では、サイクルのタイミングと激しさを予想するのはきわめてむずかしい。一方、アメリカのサイクルははるかに予測しやすく、移行もより頻繁に起きる。その下支えとなるのは、アメリカが築き上げてきた素早さと機敏さだ。さらに、アメリカ合衆国の構造──制度、
国民、土地──がそのような結果を生みだしたといっていい。それらすべての要素が、急速な成長のためだけでなく、成長を管理するための土台を作り上げていった。国の成長は、かならずしも直線的なものではない。使い果たされて効果がなくなった古いシステムは破壊され、新しいシステムと置き換えられなければいけない。アメリカという国の性質はつねにそのような流れをうながしてきたし、(以降の章で検討するように)今後もうながしつづけるにちがいない。

ここで忘れてはいけないもっとも重要な事実は、アメリカ合衆国は発明された国家であるという点だ。たとえば中国やロシアのように、何千年にもわたって固有の地域に住みつづけてきた限定的な人々の集団から国が自然に生まれたわけではない。そうではなく、アメリカ合衆国は意図的かつ迅速に作りだされた国だ。アメリカの体制はまず独立宣言のなかで計画され、憲法によって制度化された。多くの国から来た人々と多くの言語からアメリカは成り立っており、彼らが移り住んできた理由もさまざまだった。みずからの意思で来た者がほとんどだったが、無理やり連れてこられた人々もいた。アメリカ合衆国の人々は、白紙の状態から自分たちを作り上げた。多くの点において、アメリカの土地がアメリカそのものを作りだしたといっていい。アメリカは、ほとんどの人には想像すらできなかった可能性、かつ誰も予測できなかった方法で利用できる可能性を国民に与えた。

体制、国民、土地が一体となり、ほかの多くの国にはない機敏さがアメリカにはもたらされた。体制は柔軟に構築され、発展のために国民に大きな自由が与えられ、国民は猛スピードで土地を利用していった。だからこそ米国は、驚異的な速さで発展することができるのだ。すべてのものはある時点でかならず消耗するため、国を崩壊させるような危機がたびたび起きる。しかし実際のところ、アメリカは危機を糧にまた立ち上がり、驚くべき素早さでまた国を築いていく。

私はこの本を三つのパートに分けた。第1部では、米国の性格、価値観、「アメリカ人」の形成につながった歴史について説明したい。くわえて、合衆国に強い回復力があり、極端な時代を生き延びることができる理由についても考えていきたい。第2部では、ふたつの主要なサイクルについてくわしく解説する。米国史に影響を与える現実について考え、アメリカがいま直面している危機をもたらした要因にとくに注目したい。第3部では、将来の予測をする。2020年から2030年までの10年のあいだにふたつのサイクルの巨大な力が接近したとき──史上はじめての事態となったとき──いったい何が起きるのか? そして最後に、嵐が過ぎ去ったあとの状況とアメリカの将来に眼を向けたい。

この本で私が描くのは、アメリカ合衆国が水面下でどのように機能しているのかという物語だ。それを理解するためにはまず、米国の体制、国民、土地の特性を掘り下げて考える必要がある。合衆国の真の物語とは、成長のためにその形を体系的にどう変えてきたのかという物語である。つまり私たちは、建国時からのアメリカの形の変化を理解しなければいけないということだ。それからサイクルの動きに注目を移し、それが未来について何を予示しているのかを最後に見きわめる必要がある。

(了)

本書の見立て

ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断――危機の地政学』(濱野大道訳、本体2,000円+税)は早川書房より好評発売中です。




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