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ディストピアを拒絶しユートピアを実現する、たったひとつの冴えたやりかた(なのか?) 橘玲「これからのリバタリアニズム」最終回

『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』の橘玲氏が翻訳(超訳)を手がけ、「転売を「不道徳」だと批判しても意味がない。バカげた行列に並ぶ前に、本書を読むといい」と推奨する話題作、ウォルター・ブロック『不道徳な経済学――転売屋は社会に役立つ』。原著が刊行されたのは40年以上前に原著が刊行された本書が、なぜいま注目を集めているのか? その背景を橘氏が読み解く本連載も、今回が最終回です。「テクノロジーはいまや、すべてのひとに法外な「自由」を提供するようになった。その結果、これからいったいなにが起こるのだろうか」――。

これからのリバタリアニズム 橘玲
最終回

インテリジェント・デザインという「危険」な思想

ピーター・ティールは先に紹介した「リバタリアンの教育」で、「政治」への絶望を告白している。リーマンショック後に、野放図な金融機関を国家が莫大な公金を投じて救済したことで権力がますます肥大化することが確実になったからで、こうした「政治」から逃れるためにリバタリアンは、テクノロジーによる新たな自由の領域を開拓しなければならないと説く。

ここでティールは、サイバースペース、アウタースペース(宇宙)、シーステディング(海上自治都市)の3つの可能性を挙げているが、サイバースペースは個人の自由の領域を拡張したものの、それはしょせんヴァーチャルなものでしかない(「空飛ぶクルマがほしかったのに、手にしたのは140文字だ」とツイッターを評して革新的なテクノロジーの不在を嘆いた)。盟友のイーロン・マスクが開拓しようとするアウタースペースのフロンティアは、リアルな自由を実現できるかもしれないものの実現にはまだ時間がかかる。そう考えれば、パトリ・フリードマン(経済学者ミルトン・フリードマンの孫)が手掛けるシーステディング・プロジェクト(どこの国にも属さない公海上に人工の島をつくり「独立自由国家」を樹立する)こそがもっとも現実的なリバタリアンの目標となる、との展望を語っていた。

だが論文から何年たっても「リバタリアンのための自由国家」は建設の兆しすらなく、ティールは2014年時点で、これ(シーステディング)は「ごくささやかなプロジェクト」であり、実現は「はるか遠い将来になるでしょう」と、当初の目論見から大きく後退している。

おそらくはこれが、2016年の大統領選にかかわることになった理由だろう。「政治」から逃れる術がないのなら、自ら「政治」に介入するほかはない。その目的は、テクノロジーによって自由な空間をつくるプロジェクトを国家権力に邪魔させないことだ。ティールにとって、「大きな福祉国家」を目指すヒラリー・クリントンより、規制のことなどなにも考えていない(自分のことにしか興味のない)トランプの方がずっと好ましいのは自明のことだった(10)。

ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版、ブレイク・マスターズとの共著)で、「ダーウィン主義はほかの文脈では筋の通った理論かもしれないけれど、スタートアップにおいてはインテリジェント・デザインこそが最適だ」と述べている。

進化論を神の教えに反するとして拒絶するキリスト教原理主義者は、学校で「(聖書にもとづく)正しい歴史」を教えるために、”神”を背景に隠し、「宇宙や自然界の神秘は科学だけでは説明できず、知性ある(インテリジェントな)何かによってデザインされた」と主張している。

ティールは反理性的なこの信念を、インテリジェントすなわち”神”から特別な才能を与えられた者たち(ギフテッド)が、テクノロジーのちからによって世界を「デザイン」するのだと読みかえる。これがティールのいう「インテリジェント・デザイン」であり、彼の思想の(危険な)本質が見事に現われている。


「選ばれし者」だけの自由な世界


ティモシー・メイはカリフォルニア大学サンタバーバラ校で物理学の学位を取ったあと、1974年からインテルで働き、34歳で引退してからは政治や社会に関心を移し読書にふけるようになった。ジョン・ギルモアはサン・マイクロシステムズの5人目の社員で、やはり若くして引退し、政治思想を追求するようになった(ニューズグループalt.*の創始者でもある)。エリック・ヒューズはカリフォルニア大学バークレー校出身の優秀な数学者で、暗号研究者でもあった。

1992年、メイ、ギルモア、ヒューズの3人は選りすぐったプログラマーや暗号研究者20人をカリフォルニア州オークランドのヒューズ邸に招待した。全員が過激なリバタリアンで、コンピュータなどのテクノロジーが政治や社会に与える影響への関心を共有していた。彼らにとって人類の未来は、世界政府が個人の自由やプライバシーを抑圧する超監視社会が到来するか、独立した個人がテクノロジーのちからで国家の土台を揺るがし、崩壊させるかのどちらかだった。

ディストピアを拒絶しユートピアを実現するには、「削除不可能なソフトウェア上に存在する数学および物理学の確固たる法則によって」個人の自由を保証しなければならない。この理念を共有したメンバーは、SF作家ウィリアム・ギブスンのサイバーパンクをもじって、自らを「サイファーパンクCypherpunk」と名づけた(cypherは「暗号・暗証」)。

のちに「クリプトアナキストCrypto-anarchist」(cryptoはcryptography 〈暗号法〉の略)とも呼ばれるようになる彼らは、自由な世界を実現するには「安全な暗号通貨」「ウェブを匿名で閲覧することを可能にするツール」「追跡されることなくあらゆるものを売買できる規制のない市場」「匿名の内部告発システム」が必要だと考えた。そしてこれは、わずか20年ほどで、公開鍵暗号(PGP)、ブロックチェーン、Tor(匿名でインターネットに接続するためのブラウザ)、シルクロード(Torを使った闇市場)、ウィキリークスとしてすべて実現することになる。

テクノロジーはいまや、すべてのひとに法外な「自由」を提供するようになった。その結果、これからいったいなにが起こるのだろうか。

1994年(ジョン・ペリー・バーロウの「サイバースペース独立宣言」の2年前)、ティモシー・メイはメーリングリスト上にサイファーパンク的世界観のマニュフェストである「サイファーノミコンCyphernomicon」を公開し、「私たちの多くははっきりとアンチデモクラシーであり、世界じゅうの民主政治と称するものを、暗号化を利用して根底から揺るがしたいと思っている」と書いた。

新しい世界では市民たちがオンラインの利益共同体をつくって、互いに直接関係を結び、国家とまったく無関係に存在することができる。とはいえ、これはすべてのひとがユートピアで幸福に暮らせるということではない。「クリプトアナキズムとは、機会を掴むことのできる者、売れるだけの価値のある能力を持つ者の繁栄を意味する」のだ。

イギリスのジャーナリスト、ジェイミー・バートレットは、それから20年たってメイにその真意を訊ねた。

「私たちは、役立たずのごくつぶしの命運が尽きるところを目撃しようとしているんですよ」と、メイは冗談めかしていった。「この惑星上の約40億~50億の人間は、去るべき運命にあります。暗号法は、残りの一パーセントのための安全な世界を作り出そうとしているんです(11)」

いまや「リバタリアニズムの古典」となった本書の刊行から40年たって、私たちははるか遠くまでやってきた。強大なテクノロジーのちからを手に入れたことで、「究極の自由」を求める旅はさらに遠くまでつづいていくだろう。

それがユートピアなのか、あるいはディストピアなのかを見極めるためにも、まずはリバタリアンの論理を知らなくてはならない。そのための最初のステップとして、これから始まる「不道徳」な者たちを擁護する「自由原理主義」のロジックを存分に楽しんでほしい。

(了)


10 ラッポルト、前掲書
11 ジェイミー・バートレット『闇(ダーク)ネットの住人たち──デジタル裏社会の内幕』CCCメディアハウス

*本記事は、『不道徳な経済学』の巻頭に収録した序説「これからのリバタリアニズム」を再編集したものです。

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