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ジェイン・オースティン作品のヒロインとヒーローが総出演する、異色のミステリ作品『『高慢と偏見』殺人事件』訳者あとがき【2月6日発売】

2023年アウディ賞(Audie Awards/優れたオーディオブックに贈られる賞)ミステリ部門にノミネートされた『『高慢と偏見』殺人事件』が2月6日に発売されます!

本書はジェイン・オースティン作品の長篇6作品のカップルが総出演のパスティーシュ・ミステリです。

こちらのnoteでは、訳者の不二淑子さんによる「訳者あとがき」を公開いたします。

『『高慢と偏見』殺人事件』
クローディア・グレイ(著)/不二淑子(訳)
2025年2月4日発売予定/ポケット版
本体価格:2,700円(+税)/ISBN:978-4-15-002012-5

訳者あとがき

  時は1820年6月。摂政時代末期のイングランド。

『高慢と偏見』のエリザベスは、ダーシーと結婚して二十二年が経った。三人の息子に恵まれ、ペムバリーの女主人として暮らしている。『ノーサンガー・アビー』のキャサリンは、聖職者ヘンリー・ティルニーの妻、一男二女の母親のほかに、匿名の女流作家という顔を持っている。『エマ』のエマは、ナイトリーと結婚して十六年。極度に心配症な実父の死後は、ドンウェルアビーに腰を落ち着け、夫と娘と息子と暮らしている。縁結びに対しては、節度ある距離を保っている。(興味がないとは言っていない。)『説得』のアンは、五年前にウェントワース大佐と結婚後、英国海軍艦長の妻として、世界の海を旅した経験を誇りに思っている。夫妻には愛娘がひとりいる。『マンスフィールド・パーク』のファニーは、最愛の従兄エドマンドと結婚して四年になる。信仰心のあつさと臆病な性格は相変わらずだ。『分別と多感』のマリアンは、年の離れたブランドン陸軍大佐と結婚したばかり、新婚ほやほやの十九歳である。

 200年以上前の作家でありながら、現在も多くの読者の心を掴んで離さないジェイン・オースティン。その六作品の魅力的な登場人物たちが、(著者の計らいという名の)偶然の導きによって、ドンウェルアビーに大集合。ナイトリー夫妻が主催するハウスパーティで初めて顔を合わせた。ところが、初日の正餐会の最中に、かのジョージ・ウィッカムが、無作法にもドンウェルアビーに乗り込んでくる。どうやら、ウィッカムとつながりがあるのは、親戚のダーシー一家だけではないようで、パーティは一気に不穏な雰囲気に包まれる。そして翌日の深夜、その招かれざる客人が、屋敷内で何者かに殺害された。ハウスパーティに参加していたキャサリン・ティルニーの長女ジュリエットと、エリザベス・ダーシーの長男ジョナサンは、ウィッカム氏殺人事件の真相に強い興味を抱く。そこでふたりは、厳しい礼儀作法と世間の眼をかいくぐりながら、協力して捜査を進めるのだが――。

 

 ジェイン・オースティンには、『高慢と偏見、そして殺人』(P.D.ジェイムズ著/羽田詩津子訳)や『高慢と偏見とゾンビ』(ジェイン・オースティン&セス・グレアム゠スミス著/安原和見訳)など、有名無名問わず、多くのファンフィクションがある。今回、新たにその輪に加わった『『高慢と偏見』殺人事件』――ジェイン・オースティンとアガサ・クリスティのマッシュアップ――を執筆したのは、『ロスト・スターズ』や『ブラッドライン』といったスター・ウォーズ作品でも知られる、ヤングアダルト作家のクローディア・グレイだ。

 インタビューによれば、彼女の執筆の動機となったのは、『高慢と偏見、そして殺人』を読んだときに、被害者と容疑者が自分の期待とちがっていたことだったという。これは、作品の世界観や登場人物たちがすでに読者に熟知されている二次創作作品ならではの感想であり、とても興味深い。(普通の推理小説を読んでいて、被害者と容疑者の選定に不服を抱く読者がどこにいるだろうか?)とはいえ著者は、味わった大きな失望を、身勝手にも尊敬する作家のせいにするのではなく、ウィッカム氏を殺すべきだと考える小説家がいるなら、わたしが自分で殺してしまおうと思ったそうだ。かくして、ジェイン・オースティンの作品のヒロインとヒーローが総出演する、異色のミステリ作品が生まれることとなった。

『『高慢と偏見』殺人事件』では、オースティンの原作のラストでめでたく結ばれた夫婦たちが、それぞれの問題を抱えながら、ドンウェルアビーにやってくる。著者は、各夫婦にとって、いずれは火種となりそうな問題を、実にうまく掬いあげている。オースティン作品随一の悪党、ジョージ・ウィッカムを殺した犯人は誰なのか?――その手がかりは、事件現場だけでなく、ジェイン・オースティンが構築し、著者が受け継いだ人間関係の綾のなかにも隠されている。本格ミステリとは一風異なる流れで、事件の謎が解きほぐされていく過程を、ジェイン・オースティンファンにも、ミステリファンにも愉しんでいただければうれしく思う。

 また、本作品のオリジナルキャラクターである、ジュリエット・ティルニーとジョナサン・ダーシーの人物造形は、この作品の大きな魅力のひとつだ。彼らは摂政時代と現代のそれぞれの価値観の橋渡し的な役割を果たしている。ジュリエットとジョナサンが覚える紳士ジェントリ階級への違和感は、読者の違和感とも重なる部分があるだろう。過去と現在というふたつの時代の常識のちがいを、彼らの目線を通じて体験してみてほしい。

 この若いふたりは、両親たちのように一冊の本のなかで結婚に至るわけではないが、信頼できる捜査パートナーとしての関係を着々と築いている。シリーズ第二作、The Late Mrs. Willoughby(2023)では、本作でもちらりと登場する『分別と多感』のジョン・ウィロビーの新妻が毒殺された事件を、第三作、The Perils of Lady Catherine de Bourgh(2024)では、フィッツウィリアム・ダーシーの叔母、キャサリン・ド・バーグ令夫人が脅迫された事件を解決する。さらに、2025年発売予定の第四作、The Rushworth Family Plot(2025)では、エドマンド・バートラムの姉マリアの元夫ラッシワース氏の殺人事件を捜査予定だそうだ。捜査だけでなく、ふたりの恋の進展も気になるところであり、ぜひ日本の読者のみなさまにも続篇をお届けできるよう願っている。

 

 なお、本文中の聖書の引用文は、すべて新共同訳を使わせていただいた。

 

 本書を翻訳するにあたり、ジェイン・オースティン原作の翻訳家のみなさま――阿部知二氏、大島一彦氏、中野浩司氏、廣野由美子氏(五十音順)――ならびに、映画『プライドと偏見』(2005年字幕版)、『EMMA エマ』(2020年字幕版)、『いつか晴れた日に』(1995年字幕版)、『説きふせられて』(2007年字幕版)、BBCドラマ『エマ ~恋するキューピット~』(2009年字幕版)の各字幕翻訳家のみなさまによる、すばらしい翻訳および詳細な時代背景知識から、多くのことを学ばせていただいた。この場を借りて、諸先輩がたの偉業に敬意を表するとともに、深く御礼を申しあげたい。

 また、翻訳期間中には私的な事情のため、早川書房の三井珠嬉氏、校閲課のかたがたに、通常以上に多大なご配慮とお力添えを賜った。心からの感謝を。

 2024年12月

◆著訳者情報

クローディア・グレイ 著

1970年生まれ。イタリア、トリノ在住の作家。2008年に〈エヴァーナイト〉シリーズでデビュー。2015年からは〈スター・ウォーズ〉サーガのスピンオフ小説を手掛ける。

不二淑子 訳

英米文学翻訳家 訳書『名探偵の密室』マクジョージ,『毒花を抱く女』イェンナス,『災厄の馬』ブキャナン,『かくて彼女はヘレンとなった』クーニー,『円周率の日に先生は死んだ』ヤング(以上早川書房刊)他多数

◆書誌情報

タイトル:『高慢と偏見』殺人事件
著訳者:クローディア・グレイ
訳者:不二淑子
発売日:2024年2月6日
判型:ポケット版
本体価格:2,700円(+税)
ISBN:978-4-15-002012-1