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「うつの兆候」ってどんなもの?/ マット・ヘイグ『#生きていく理由』より

#生きていく理由マット・ヘイグ/那波かおり訳 好評発売中

みずからのうつ体験を率直に綴った自伝的エッセイ『#生きていく理由』が世界的ベストセラーになっているマット・ヘイグが、うつの兆しについて解説。

うつの兆候

 うつの兆候を見つけるのはとてもむずかしい。

 うつをまだ経験していない本人が、すでに現われている兆候を認めるのは、いっそうむずかしい。その一因として、多くの人が実際のうつがどんなものかを勘違いしていることがある。世間では〝うつ.という言葉を「落ち込み」の同義語のように用いている。まあ、それはしかたがない。「腹減った」を「飢えてる」と表現する人もいる。しかし、「落ち込み」と「うつ」とのあいだには、「小腹がすいた」と「深刻な飢餓」ぐらいの開きがある。

 うつはひとつの病だが、発疹や咳を伴うわけではなく、症状が見えにくいために、病として発見されにくい。重い病気であるにもかかわらず、驚くほど多くの患者が最初は見過ごしてしまいがちだ。気分の変調がないわけではない。もちろん、ある。しかし、気分の変調というのは認知されにくい。あるいは、別のものと誤解されやすい。たとえば、自分は無価値な人間だと感じたら、うつ持ちはこう考えるだろう

「わたしは現に無価値な人間だから、自分が無価値だと感じるのだ」

 これが病気の症状のひとつだとはなかなか気づけない。気づいたとしても、自己評価の低さと疲労が相まって、それを言葉に出せない場合もある。
 しかしそれでも、うつ病にかかった人が高い頻度で示すサインがいくつかある。それを次に挙げておこう。

疲労 さしたる理由もなく、いつも疲れている。

自尊心の低さ 周囲が気づきにくいことのひとつ。自分の感情を気安く言葉にできない人に起きている場合はなおさら。自尊心の低さは、外出も滞りがちにする。

精神運動遅滞 ときに動作や話し方が非常にゆっくりになる。

食欲の減退 (ただし、食欲が大いに増進するのも徴候のひとつ)。

すぐに怒る (ただし、別の病の徴候でもありうる)。

しょっちゅう泣く

無快感症(アンヘドニア ウディ・アレンの映画『アニー・ホール』の制作時のタイトルだったと聞いたことから、僕はこの「アンヘドニア」という言葉を知った。前にも書いたが、無快感症の人は、どんなものにも喜びを見いだせない。どんな喜ばしいものにも。夕焼けやおいしい食事や八〇年代のチェビー・チェイスが主演するB級すれすれのコメディ映画にもだ。

唐突な内向性 ふだんより口数が少なくなり、内向的になっているように見えたら、その人はうつに陥っている可能性がある(僕自身も、何度かしゃべれなくなったことを思い出す。舌がうまく動かせないうえに、的外れなことを話しているような気がした。自分が話しているのに、他人が話しているような、まるで別世界の出来事のように思われた)。

マット・ヘイグ/那波かおり訳『#生きていく理由』より。

全英No.1 ベストセラー生み出した奇跡のハッシュタグ「#生きていく理由」とは? はこちらから。 

著者紹介

マット・ヘイグ Matt Haig  /写真©Kan Lailey

1975年生まれ。イギリスの人気作家。小説、児童書、ノンフィクションと様々な作品を手がける。邦訳に小説今日から地球人(ハヤカワ文庫)がある。SFタッチの最新小説 How to Stop Time(早川書房近刊)もベストセラーとなり、ベネディクト・カンバーバッチ主演で映画化が予定されている。#生きていく理由は彼の自伝的エッセイ。作家になる前からデビュー以降までの自身のうつ体験を描き、世界中の読者の共感を得た。

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