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(6/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第6回!

光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!

3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日の8/17まで、毎日1節ずつ6節までを無料連載!
発売日朝に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)

山口優『星霊の艦隊1』ハヤカワ文庫JA 1078円(税込)
カバーイラスト/米村孝一郎
キャラクター・衣装原案/じゅりあ

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〈大和帝律星〉が星域・霊域ともに全面的に高次元攻撃を受け、特に星律系第三惑星〈仁央星〉に所在する〈氷見名市〉の住民が襲撃された事件は、“氷見名事件”と呼ばれた。事件当時、アルフリーデは、帝律次元軍近衛艦隊に所属していた。
 彼女の出身は〈アルヴヘイム党律圏〉である。だが、〈党律圏〉のあり方に疑問を感じた彼女は〈アメノヤマト〉に亡命し、氷見名事件の時は帝律次元軍への所属が認められたばかりであった。そして、同僚の星霊らと共に、第三惑星に殺到する敵飛航機迎撃に出撃し、〈氷見名市〉上空で戦っていたのである。
 敵の飛航機は惑星地表付近にも侵入しており、擬体の背に物理時空での大気圏内飛行用の翼をつけた形態(これを“艤装限定展開”状態という)で人間を襲っている機体すらあった。
 アルフリーデも艤装限定展開状態となり、地表に急降下していった。
 氷見名神社の境内(けいだい)は、砂利が敷き詰められ、周囲は木々で囲まれた場所だった。
 そこで、艤装限定展開状態の敵戦闘機の擬体が、一人の華奢な子供を組み敷いていた。その子供の髪は亜麻色のショートカット。そのそばには、艶やかな黒髪の子供が倒れている。
 それが、ユウリとナオだった。
 アルフリーデは銀色の翼から陽電子ビームガンを展開し、ユウリを組み敷く敵の星霊少女の背中に向けて、ビームを容赦なく放つ。ビームは大気分子との対消滅の光を放ちながら、一直線に敵に吸い込まれていく。
 敵の星霊──その擬体の外見は少女に設定されていた──は、防御フィールドを展開、陽電子ビームを弾く。翼を開いて上昇に転じ、アルフリーデに向かってきた。
 敵の星霊少女は、他の〈連合圏〉の星霊と異なり、その背中の翼の色や、擬体の胸元の星勾玉の色合いはややくすんでおり、金色というより金褐色といったほうが適切な色をしていた。
(特殊な機体かしら──。でもわたしは負けはしない)
 アルフリーデは敵の星霊少女に向けてまっすぐ急降下していく。両者同時にビームを放つ寸前、アルフリーデは僅かに軌道を逸らし、敵の星霊の背中をしたたかに蹴りつけた。
体勢が崩れた敵にありったけのビームを浴びせる。敵が逃げていくのを見送って、襲われていた亜麻色の髪の子供の足下に降り立った。
「〈アルヴヘイム〉……!」
 息も絶え絶えのユウリは、そう呟いた。
 当時、亡命したてだったアルフリーデの擬体は未だ、〈アルヴヘイム党律圏〉の灰色の軍服を着ていたのだ。
 アルフリーデはゆっくりと首を振った。肩まで伸ばした真空色の髪が揺れる。冷たい視線をユウリに送る。
「わたしの名はアルフリーデ。アルフリーデ・フォン・ファグラレーヴ=セイラン。かつて〈アルヴヘイム〉の星霊だったけれど、亡命し、今は〈アメノヤマト〉の近衛艦隊に所属している」
 そして、横たわるユウリの傍らにしゃがみ込んだ。彼子の身体はぐったりしていた。皮膚のあちこちでうっ血が見られる。広範に遺伝子を破壊されている──そう診断する。そして、彼子の遺伝情報──かなり破壊されていた──をスキャンし、そのバックアップ情報について、〈大和帝律星〉に照会する。ない。そちらも、襲撃で破壊されていた。氷見名神社の星霊にも照会する──連絡不能。
 そして、戦闘機の星霊であるアルフリーデには、未だに、人間のバックアップ情報を収容する能力はなかった。少なくとも、その能力を発揮するには、特殊な手続きが必要だった。
 アルフリーデは首を振った。
「……あなたはもう助からない」
 平板な口調を保ったまま、言う。
「……だと思ったよ」
 ユウリは冷静にそれを受け止めた。アルフリーデは頷いた。
「この領域は、既に物理時空と化している。敵の妨害は続いていて、誰もあなたのバックアップ情報を取得できない。そして、敵の攻撃による火災が著しい。助かるには、ここから連れだし、物理時空で惑星近傍に展開する味方の航擁艦に連れて行き、収容されるしかない。でも、助かる見込みのない人は、ここで看取る」
 ユウリは頷いた。
 アルフリーデの判断は冷静であり、冷徹だった。亡命したてで、人間と一緒に行動し始めて日が浅かった。だから、冷静であることを隠そうともせず、人間の感情を思いやって気を遣い、嘘をつくこともなかった。
 じっとユウリを見つめ続ける。言いのこすことがあれば、それを聞き取ることが義務だと思ったからだ。
 ユウリの両頬に涙が流れていた。
「不思議だな……もう諦めたと思っていたんだけど……でも……やっぱり……まだ生きていたい……」
 アルフリーデはユウリの手を取った。その手の甲の紫の端玉を、自分の胸の真空色の星勾玉に当てる。
「あなたの遺伝情報は破壊されている。バックアップ情報も破壊された。わたしにはまだ、人間のバックアップを取る能力も無い。けれど、この状態でも生き残る方法がたった一つある。試してみる?」
「それは……?」
「テスタメント・フェルトラーク。アルヴの神聖な誓い。〈アメノヤマト〉の言葉では、誓約(うけひ)」
「それは……軍艦の指揮官になる人間が、艦長になる星霊とするものだ」
「〈アメノヤマト〉ではそうなっている……でもその起源はもっと古い。わたしたち星霊が、人間と共に生きていた遠い過去の短い幸せな時代……その時に考え出されたもの。だから本来は、あなたが指揮官でなくてもいい。わたしが軍艦でなくてもいい。承(う)ける?」
「……承ける」
 ユウリは言った。
「ボクは、まだ──生きたい。生きてまた、ナオや、みんなと……笑い合ったりしたい……!」
 ナオとは、ユウリの傍らに倒れている黒髪の子供だろう、と当時のアルフリーデは想像した。ナオと生きたいというユウリの言葉に、アルフリーデは確かな意志があると感じた。それは極限状態になって初めてはっきりと分かった、譲れない、絶対に譲れない意志なのだろう。
「Achtung(告げる)」
 アルフリーデは自身の星勾玉に触れてそう言い、そして唱え始めた。
「Ich werde den Gottern sagen, dass ich mit diesem Kind ein Testament machen werde. Lass uns zusammen leben. Lasst uns eine edle Seele machen. Erzahlen Sie den Gottern das selbe?(我、神々に告げる。この者と共に生きること、この者と共に高貴なる魂を為すことを、許し給え。汝、同じように神々に望むか?)」
 真空色の瞳で、星霊の──いや、アルヴの少女は、ユウリを見つめた。
「Ja(ヤー)と、言いなさい」
 ユウリには躊躇(ちゅうちょ)はなかった。
「ヤー」
 そして、二人は青い光に包まれた。

そこまで話し終わって。アルフリーデは口を閉じた。
「ああ……なんとなく、ボクも覚えているよ……」
 ユウリが覚えていたのは、誓約の後の一瞬の光景だった。意識を失っていく中で、向かい合う少女──アルフリーデが、僅かに微笑んだのを見て、安心したのを覚えている。
 それは、今まで見た微笑みの中で、最も美しく、高貴な微笑みだった。その微笑みに、ナオへの友情とは別の、強い感情を覚えた。
(ああ……きっと、ボクはこの子から離れられなくなる)
 そう予感した。
 練習艦隊で再会したアルフリーデとは、すぐに互いを配偶官と認め合い、既に一年以上、共に戦っている。彼女の優しさ、強さ、全てに憧れていた。それは親友のナオに感じるのとは別の強い親しみの感情であった。
 だが、アルフリーデとともにずっと一緒にいるためには、単に彼女と配偶官同士であるだけではダメだ。敵に奪われた自分の一部を取り戻し、今の不安定な立場を脱しなければならない。
(そのためにも、〈人類連合圏〉を倒す……必ず……!)
 ユウリは一人決意を固め、ぐっと手を握った。

7/7へ続く)

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第1章 第1節(8/10公開)

第2節(8/11公開)

第3節(8/12公開)

■用語集■(8/12公開)

第4節(8/13公開)

第5節(8/14公開)

第6節(8/15公開)

第7節(8/16公開)


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