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受け継がれていくSF――『2010年代海外SF傑作選』まもなく発売!(選者・橋本輝幸)

2010年代に発表された海外SF短篇を選りすぐった日本オリジナル・アンソロジー『2010年代海外SF傑作選』発売(12/17・木)までもう少し!
『2000年代海外SF傑作選』同様、本作の編者を務めた橋本輝幸氏による、収録作品見どころガイドを掲載いたします!

『2010年代海外SF傑作選』まもなく発売!
橋本 輝幸(SF書評家)

 2020年12月17日発売予定のアンソロジー『2010年代海外SF傑作選』の内容をちらりとお見せします。90年代にデビューしたピーター・ワッツ、チャイナ・ミエヴィル、テッド・チャンを除けば、おおむね1970年代後半から1980年代前半に生まれた、私にとっては同世代の作家が収録されています。

1. 「火炎病」ピーター・トライアス/中原尚哉訳★初訳
2. 「乾坤と亜力」郝 景芳/立原透耶訳★初訳
3. 「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」アナリー・ニューイッツ/幹 遙子訳★初訳
4. 「内臓感覚」ピーター・ワッツ/嶋田洋一訳★初訳
5. 「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」サム・J・ミラー/中村 融訳★初訳
6. 「OPEN」チャールズ・ユウ/円城 塔訳
7. 「良い狩りを」ケン・リュウ/古沢嘉通訳
8. 「果てしない別れ」陳 楸帆/阿井幸作訳☆新訳
9. 「“ ”」チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通訳★初訳
10. 「ジャガンナート――世界の主」カリン・ティドベック/市田 泉訳
11. 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」テッド・チャン/大森 望訳

 さて、今回収録した作品のいくつかはメインテーマあるいいはサブテーマを共有しています。「火焔病」と「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」と「果てしない別れ」は健康。「乾坤と亜力」と「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」と「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はロボットやAIと人間とのつきあいかた。2010年代は身近なトピックへの関心がSFへの関心と接続した時代でした。環境、歴史そのほか社会問題と接続したSFが大いに注目されました。詳細は本書の解説を読んでいただくとして、ここではどんなお話が収録されているかを紹介します。
 ピーター・トライアスの「火炎病」は、炎のような幻覚を常時見続ける病気に罹患した兄の助けになりたくて、ARでこの幻覚を再現するスタートアップ企業に参加した青年の物語です。コンピュータ・グラフィックスやゲーム、SNSなど現代らしい実在の固有名詞がふんだんに盛りこまれています。本作におけるテクノロジーは相互理解を促進する、希望ある存在です。郝景芳「乾坤と亜力」は人間の子供を理解しようとするAIのハートフルな物語。アナリー・ニューイッツ「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」でもまたコミュニケーション能力が重要な役割を果たします。題名のとおり、人間ではない存在たちが伝染病の流行を防ぐため活躍します。
 ここまではテクノロジーが人間を助ける話ばかりでしたが、ピーター・ワッツ「内臓感覚」は大企業が絶大な力を握り、一方でバイオテクノロジーを用いた個人テロも可能になった近未来をシニカルに描いています。サム・J・ミラー「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」でも、作品の背景としておもちゃを使った悪ふざけが世界を転覆させる様子が見られます。
 先日、第二長篇で全米図書賞を受賞したばかりのチャールズ・ユウ「OPEN」は、恋人たちの関係性の終わりを書いた不思議な小品です。ここから切り替えて後半に突入です。
 ケン・リュウ「良い狩りを」はファンタジイであり、スチームパンクであり、サイボーグものSFでもあり、一作の中でさまざまな変身を見せてくれる傑作です。Netflix『ラブ、デス&ロボット』でのアニメ化でさらに評判が広がりました。陳楸帆「果てしない別れ」もまた異色の変身譚で、近未来から深海に舞台を移して展開するラブストーリーです。
 チャイナ・ミエヴィル「“ ”」は素粒子のような非-存在生物の研究をまことしやかに述べた掌篇。一方、カリン・ティドベック「ジャガンナート――世界の主」は変わり果て、巨大生物の体内で一生を終える未来の人間たちの生態をつぶさに語ります。
 本書をしめくくるテッド・チャン「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、人工生命の育成に関わる様々な問題がソフトウェア産業や子育てと重ねられて読者に提示された普遍的な中篇です。
 以上11篇、コミュニティとコミュニケーション(あるいはディスコミュニケーション)をテーマとする作品が集まった1冊です。『2000年代海外SF傑作選』と比べると身近なスケールの話が多く、よりとっつきやすい内容となっています。しかし『2000年代海外SF傑作選』で言及したニュー・ウィアードやニュー・スペースオペラといった動きはすっかり消え去ったわけではなく、後続の世代のクリエイターにも影響を与えています。例えばゲームでは、ディック、イーガン、ワッツ、ミエヴィルの影響下にある『SOMA』(2015)や〈SCP財団〉やジェフ・ヴァンダミアの《サザーン・リーチ》との関連性を指摘される『CONTROL』(2019)などが登場しています。本書収録作には欠けている宇宙SFも、映画やゲームとしては今でも身近です。1980年代に現れたサイバーパンクもドラマやアニメ、ゲームの形で健在です。活字のSFが今後どうなるのか予測することはわかりません。しかし、どのように変わったとしてもこれからも脈々と受け継がれていくことはまちがいないでしょう。未来や技術は人間と不可分のものですから。

2010年代海外SF傑作選_帯

『2010年代海外SF傑作選』
橋本輝幸=編
カバーデザイン:川名 潤

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橋本輝幸さんによる『2000年代海外SF傑作選』の読みどころガイドはこちら!


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