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ITという呪いの果てに――『なれる!SE』の夏海公司、新作記念エッセイ

『なれる!SE』『ガーリー・エアフォース』などの人気シリーズで知られる夏海公司氏がハヤカワ文庫JAに初登場! 『はじまりの町がはじまらない』が発売されました。刊行を記念して、夏海氏によるエッセイを公開します。(本文はSFマガジン10月号にも掲載されます)

『はじまりの町がはじまらない』
イラスト:鈴木りつ

ITという呪いの果てに 

夏海公司

 あらかじめ謝罪しておきます。

『なれる!SE』というIT業界ものを上梓したこともあってか、IT業界とSFの関わりなんてテーマをご期待いただいている節もあるのですが、僕は件の業界に心底トラウマを抱えており、あまり面白いことが書けそうにありません。申し訳ないです。

 とはいえ、ITという題材が僕の創作に多大な影響を与えていることは否定のしようもなく、何を書こうと――それがSFであろうとファンタジーであろうと――結局、関連する要素が入ってきてしまいます。入ってくるのだなぁ、ということが今回早川様で発表の場をいただき、よく分かりました。

 ここで言う〝要素〟は、天才ハッカーとかスーパーコンピュータとかのガジェットの話ではありません。もっと裏側の、データ処理方式やシステム構造の話です。

 たとえば投機的実行というCPUの高速化手法があります。

 将来実行しうる処理が複数ある場合、そのいくつかをあらかじめ計算しておき、必要になった処理結果だけ採用するというものですが、作家的には、これって結構救いのないパラレルワールドものだなという感想を抱いてしまうのです。

 すなわち、システム高速化のために生み出された世界が、不要になった瞬間、ばっさばっさと廃棄されていくような。中のデータからすれば『なんのために俺達は産まれてきたんだ!』と叫びたくなるような。彼らが自我を獲得して、待ちうける運命を悟った瞬間、絶望する話ってなんかSFっぽくないですか。

 あるいはOSI基本参照モデルというコンピュータネットワークの概念モデルの話。多種多様な要素からなるコンピュータ通信を、七つの階層に分けて開発・メンテナンスしやすくしたものですが、最下層(第一層)はハードウェア・ケーブルなどの物理層、第二層は隣接機器間の通信定義、第三層で遠隔機器間の通信定義、第四層以上でアプリケーションの世界と来て、この各層に独立した自意識を持つ存在がおり、他階層の異質な存在とやりとりするとしたら――

 ここまで書いて、拙作の読者であれば、「あ、なるほど」と思う方もいるかもしれません。そう、戦闘機擬人化ものの小説、『ガーリー・エアフォース』はまさしく、こうした階層構造の世界をテーマとして扱っています。もっと言えば、あれはとある理由で階層間のやりとりがぐしゃぐしゃになっており、物理層の存在が本来アクセスできない階層にアクセスできてしまっています。つまりシステム開発の禁則であるレイヤ・バイオレーションが起きているわけですね。〝どこかの誰か〟がそういうことをやらかしやがったせいで、世界が大変というプロットなわけです。

 昨年末、SFマガジンでもご紹介いただいた青春ボーイミーツガール『僕らのセカイはフィクションで』は、仮想化基盤をモチーフにしました。こちらは並行世界にホストとゲストという従属関係があった場合、ゲスト世界の住人がどんな光景を目撃するかがテーマです。更に言うと、本来厳密に分かたれているゲスト世界同士の境界が破れたら、どうなるか。これは創作ではなく現実に存在するトラブルで、XenやKVMの仮想化基盤で発見されたVENOMという脆弱性の話です。その脆弱性を突くマルウェアを擬人化して、美少女にしてみるとあらびっくり、ライトノベルになってしまいました、という企画経緯です(本当です)。

 こうした企画も、視点を変えて、トラブルシュートするSEの物語にすれば『なれる!SE』シリーズに収録できるわけで、要するに僕は業界小説だろうが、SFだろうが、ファンタジーだろうが、ずっとIT障害を取り上げて対処しているわけです。もはや呪いです。あの業界に関わりたくなくて作家業を続けているのに、気づけばインスピレーションを一番受けてしまっています。業が深いとしか言いようがありません。

 そして今回、早川様の作品『はじまりの町がはじまらない』で選んだテーマも、結局IT産業と関わるものになりました。

 もちろん、『MMORPGのNPCが自我を得た』というトレーラーの時点でITと無縁なわけがないのですが、ではなぜ彼らが自我を得たのか、自我を得た結果どうなっていくのか――という練りこみで助けられたのは、やはりSE時代の知識や経験でした。

 別に本稿は己のマゾヒストぶりを知らしめるものではないのですが、経験上、件の業界の経験とプロットがうまくはまると、作品の完成度が跳ね上がるのはよく分かっています。なので今回もまたやっちまったよ、と思いつつ、SFファンの皆様には、SE上がりのライトノベル作家の作劇を是非、楽しんでいただければなと思います。

   *

 余談になりますが、ライトノベルで企画を立ち上げる際には、どういうキャラを作るか、そのキャラ同士の関係性はどういうものか、をまず議論することが多いです。今回、早川様でやりとりさせていただいて一番驚いたのは、キャラの属性に関するオーダーが一つもなかったことでした。

 打合せでいただいた言葉を思い出すと、『この話、もう少し風呂敷広げられませんか?』、『もう少し……もう少し』、『どうした! おまえのイマジネーションはその程度か! 笑わせるな!』(若干の脚色あり)だったので、なかなかに刺激的でした。

 僕の場合、キャラクターを起点にお話を作り始めても、結局、世界観やプロットの仕掛けを思いつくだけ入れてしまうので、着地点は同じかもしれませんが、レーベルが変わっただけでここまで作劇のやり方が変わるのは素直に興味深かったです。

 願わくは今後も二度・三度とカルチャーショックを受けられることを祈りつつ、SFファンの皆様にも新鮮な面白さを提供し続けられることを願って、初見のご挨拶とさせていただきます。

 夏海公司でした。

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MMORPG「アクトロギア」のサービス終了が決定。そんななかゲーム世界の〈はじまりの町〉で町長を務めるオトマルは、唐突に自我を獲得する。同じく覚醒した毒舌秘書官のパブリナの説明で、世界の終わりを阻止するためには冒険者たちの満足度向上が必須と理解した町の住人たち。ショップやクエストの最適化、近隣国との交易。NPCたちの奮闘はやがて世界の外側をも巻き込む大事件へ――終わりかけゲーム復興物語!


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