チェーンのヘッダー

米ミステリ界の巨匠ドン・ウィンズロウによる『ザ・チェーン 連鎖誘拐』著者へのインタビューを特別掲載



『犬の力』『ザ・カルテル』『ザ・ボーダー』などで知られる米ミステリ界の巨匠ドン・ウィンズロウ。彼が『ザ・チェーン 連鎖誘拐』著者エイドリアン・マッキンティに創作の秘密を尋ねたインタビュー記事を特別掲載いたします。

二〇一九年九月二十一日


ドン・ウィンズロウ(以下DW) エイドリアン、いそがしかったこの夏が終わって、今はどうしてる?

エイドリアン・マッキンティ(以下AM) 元気でいますよ、あなたも元気そうですね。もう十月だ。早いものです。ハロウィーンの飾り付けやカボチャが、ニューヨークのいたるところに出現してる。あなたが地球の公転という大きなサイクルに繋がっていて、執筆などがそれに影響を受けるのかどうか、知りませんけど。

DW 受けないよ。ぼくは早起きをして、何があろうと毎日書く。きみはその〝サイクル〟にどう影響を受けるんだ?

AM まあ、セントラルパークの最高地点へ行って山羊を生贄に捧げたりはしませんが。でも九月になると、「そうだ、学校も始まるし、秋もやってくるし、新しいプロジェクトを始めるときじゃないか」とは思うようになりますね。

DW リー・チャイルドはこの二十年間、九月十日になるたびにそうするらしい。

AM それが仕事を首になった日だからですか?

DW そう。きみは新しいプロジェクトを始めた?

AM 始めましたけど、ぼくは迷信深いんで、それについて話すのはやめておきます。あなたは何作か同時に新作を書いてるんですか?

DW というわけでもない。シリーズものの中篇をいくつかね……。で、エイドリアン、大事な質問だけど、なぜ犯罪小説なんだ?

AM 犯罪小説は、ぼくがベルファストで育った頃はいつも、低級なジャンルと見なされていました。詩が、言うなれば芸術の女王で、詩人が尊敬されていたんです。次がたぶん、戯曲と文芸小説タイプ。SFやロマンス、犯罪小説はいちばん下でした。でもぼくは犯罪小説が、それもアメリカの犯罪小説が大好きだったんです。労働者階級や中流階級のキャラクターがたくさん出てきて、ぼくの友人や両親みたいな振る舞いや話し方をしていましたからね。当時(一九七〇年代から八〇年代)のアイルランドやイギリスの文芸小説を支配していたのは、〝お洒落な〟人々と、彼らのどうでもいい退屈な問題ばかりでした。ザ・スミスの言葉を借りれば、「ぼくの人生については何も語ってくれない」わけです。あなたは? なぜ犯罪小説なんです?

DW このジャンルにだんだん惹かれるようになったんだ。犯罪小説の中じゃ、ほとんどなんでもできる。それを〝犯罪小説〟と呼ぶかぎりね。子供の頃はどんなものに影響を受けた?

AM アメリカの小説と、とりわけ七〇年代から八〇年代のアメリカのテレビですね。《ロックフォードの事件メモ》《刑事スタスキー&ハッチ》《刑事コジャック》《ヒルストリート・ブルース》、そんなのが学校や仲間内ではやってました。実際そういう番組には、少なくとも脚本の編集や構成、物語の展開という点じゃ、すごくうまくできてるのが多かったですね。《ヒルストリート・ブルース》なんか、十三、四人の主要登場人物の全員が、シーズンを通してそれぞれの物語を持ってました。《ザ・ソプラノズ》や《ザ・ワイヤー》にはそういう工夫がなかったけど、《ヒルストリート・ブルース》はありました。

DW その頃はどんな本を読んでいた?

AM ほとんどSFと犯罪小説です。十二歳のときに『ゴッドファーザー』を読んで、それがすごく面白かったんです。SF小説もね。フランク・ハーバート、アーシュラ・K・ル・グィン、フィリップ・K・ディック、サミュエル・R・ディレイニーといった人たちの作品です。

DW きみの執筆手順を教えてもらえる?

AM 手順と言うほどのものじゃないですよ。手順というと、やけに整った感じに聞こえちゃいます。

DW じゃ、どんなやり方?

AM 書くのをそんなに楽しんだことはないですね。ゲラを読むのはいちばんいやだな。だってゲラ読みの段階になると、自分の書いたくだらないジョークや生煮えのアイディアと向きあわなくちゃならないし、それをなんとかできるわけでもないんで。

DW 仕事をするのはいつ?

AM あなたはいつです?

DW さっきも言ったけど、朝早くから一日じゅうだね。

AM ぼくは書くのをできるだけ逃れようとして、ノルマに達するとすぐにやめます。

DW ノルマはどのくらい?

AM 五百語か千語のどちらか。締切が迫っていれば別ですけどね。前に法的措置をとると言われたことがあって、そのときは十日で九万語の小説を書いたけど、その話はまた別のときにでも。

DW 『ザ・チェーン』の創作過程を話してくれる?

AM 一冊の本の冒頭のアイディアが不幸にしてひらめいてしまったら、ジェイムズ・パタースンでもないかぎり、そいつを書かざるをえません。書きはじめたとき、最初の百ページぐらいまではちゃんと頭にあったんですが、後半がどうなるかはまるでわからなくて。後半の最終構成に取りかかるまでには、書いたり、手を入れたり、書き直したりで、何か月もかかりました。

DW シェイン(シェイン・サレルノ、マッキンティとウィンズロウのエージェント)は、そのプロセスにどんな影響をおよぼしたの? 彼がこの本に最初から拍車をかけたがっていたのは知ってるけど。

AM シェインはロサンジェルスできつい一日を過ごすと、ぼくが世界のどこにいようとうれしそうに電話してきて、おまえの最新原稿は〝やたらと長すぎる〟、もっと削って展開を速くしろとわめくんです。ぼくは彼が実際には原稿を読まずに、単語数だけをもとにダメ出しをしてるんじゃないかと思って、一度うっかり、じゃあきみなら具体的にどこを直す、と訊いたんです。すると翌日、彼は四十ページにおよぶファイルを送ってきて、物語のどこを削れるか、場所をひとつひとつ教えてくれました。あれは失敗でしたよ。

DW この数か月に起きたことで最高だったのは?

AM そうですね、《ニューヨーク・タイムズ》のベストセラー入りは大きかったな。自分が《ニューヨーク・タイムズ》のリスト入りするなんて、ほとんど諦めていたから。あと、パラマウントの映画化の話も大きかったな。これまでは、何冊書いても生活はかつかつだったけど、実際に経済的安定が手にはいったら、何もかも変わるんじゃないかなと思います。世間の人は、作家というのは屋根裏部屋で腹を空かせながら最良の仕事をするものだと思いこんでるけど。それは大まちがいです。天才か何かなら、屋根裏部屋で腹を空かせながら書いたものが優れた作品になることもあるだろうけど、たいていの作家は、ある程度の経済的安定があって初めて、いい作品を生み出せる。昔からそうです。シェイクスピアの初期の作品は、正直に言えばイマイチだけど、彼が木戸銭の分け前をもらえるようになってから、質が向上します。

DW 最後の質問。今はどんな作家や芸術家に刺激を受けてる?

AM 大勢いますからね、新作が出るのを心待ちにしているアメリカ人作家に限定してもいいですか? ジェイムズ・エルロイ、ドン・ウィンズロウ、ジョーン・ディディオン、ドン・デリーロ、ドナ・タート、スティーヴン・キング、コーマック・マッカーシー、ジェスミン・ウォード、スティーヴ・ハミルトン、キム・スタンリー・ロビンソン。数週間前に読みだしたばかりの新しい作家が、オテッサ・モシュフェグ――めちゃくちゃ愉快で面白いですね。

DW ありがとう、エイドリアン。

AM こちらこそ。じゃ、山羊を生贄に捧げにいってきます。

(翻訳:鈴木恵)

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【書誌情報】
タイトル:『ザ・チェーン 連鎖誘拐』上下
著者:エイドリアン・マッキンティ  訳者:鈴木恵
原題:THE CHAIN
価格 :各780円+税  ISBN:9784151833045/9784151833052
※書影等はAmazonにリンクしています。

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