暗黒声優_2560p

月への航海は、人工声優たちの日常業務である――「暗黒声優」その2(草野原々『最後にして最初のアイドル』収録作)

     Ⅱ

「おはようございます! 四方蔵アカネです」
「おはようございます!」
 声優機関室(スタジオ)に挨拶が響き渡る。声優の挨拶は昼でも夜でも「おはようございます」一択だ。
 これから、操船作業がスタートする。声優たちは各自所定の位置に立ち、マイクを発声管の位置に調整する。
 有史以来の天然声優は役者や歌手が兼業していることが多かった。音の媒体であるエーテルの性質を直感的に把握することで、美しい声や歌を響かせることができたからである。『声優』という言葉の起源もそこにある。本来、『声優』という名称は、アニメのアフレコなどで活躍する、声の演技を専門にする役者を指す言葉であり、エーテル操作能力者という意味合いはなかった。声の役者としての『声優』がエーテル操作能力者を兼ねていることは多かったが、あくまでも両者は意味としては別物だった。しかし、アニメ産業が崩壊し、本来の意味での『声優』という職業が成り立たなくなると、言葉の定義が変化していくようになる。『ペンギン』という言葉はもともとオオウミガラスを指すものであったが、オオウミガラスが絶滅したことで言葉が指す対象が変わったのと同じような現象だ。現代の声優が声の役者として仕事をすることもあるが、それは副業としてである。
 現代の人工声優たちの仕事は、『声優』の本来の意味からは遠く離れてしまっている。しかし、役職の名前には当時の色合いが残っている。たとえば、声優を束ねる船の現場管理職は伝統的に監督と呼ばれている。
 また、現代の声優たちは、本格的なエーテル操作をはじめる前に、かつての『声優』と同じように歌や物語を紡ぐ。それにより自らをトランス状態に導入してから、エーテルを操るのだ。ただし現代では、声優をトランス状態にする言語は日常のものと遠く離れており、一般的には意味が通らない一連の音にしか聞こえない。声優養成学校で習うのは、ほとんどがこの専門化した言語だ。もっとも、それを聞いた者は、一様に謎の感動を抱く。無意識のなかに刻みこまれた神話の原型が刺激されるのであろう。
 これは、声優が機械に置き換えられない一因でもある。エーテルを振動させるには、物語における数量化することができない感動や質感を直感的に理解する能力が必要なのだ。解剖学的には、発声管は言語を司る脳領域のウェルニッケ野と密接な神経学的つながりがあることが示されているため、言語の起源ともいわれている歌や神話が関係しているのではないかと推測されている。
 今回集まった声優のなかでは、アカネが一番ランクが高かった。声優は能力ごとにランクづけされる。一番下の見習いであるジュニアクラスは、天然声優に毛の生えたほどの能力しかなく、声優トランジスタなしではやかんに入った水の温度を十度ほど上げたり、弱い光を出したりするのがせいいっぱいだ。その上が、若手声優であるCクラスで、このクラスから宇宙船の補助要員とされるようになる。単独ではやかんの水を沸騰させたり、紫外線を出したりすることができ、数十人が集まればトランジスタを使って小型の宇宙船を重力制御できるようになる。次が中堅声優のBクラスで、アカネはこのクラスに所属していた。民間宇宙船の主力要員であり、数人集まってトランジスタを使えば、たいていの船を重力制御できるようになる。単独では、電流を操って家電が消費するほどのエネルギーが出せるようになる。トップがベテラン声優のAクラスであり、公的な船を操る公務声優や、科学研究機関に所属して粒子声優加速器を動かしている者がほとんどだ。このレベルになると、トランジスタさえあれば一人で小型船を動かすことができるようになり、ガンマ線などの高エネルギー放射が可能になる。単独で短期間の重力制御ができる者もいるらしい。
 アカネは分類上Bクラスだが、実際の能力はAクラスのかなり上の方であるという自信があった。ランクを上げない理由のひとつとして、雇われる頻度の問題がある。ランクが上がれば規定賃金が高くなるが、会社側としてはBクラス以下で十分であるため、ランクが高い声優に金をかけるのを渋る。その結果、雇われる確率がかえって小さくなるのだ。
 Aクラスの上にもクラスがある。そう、レジェンドクラスだ。このランクは文字通り伝説となっている。そのメンバーのほとんどが声優独立戦争に参加し、太陽系から逃げていったからだ。現在では声優事務所連合により情報公開が制限されているが、自分の体よりも大きな発声管を持ち、宇宙船と同化して反物質の生成も可能な、魔術師のような存在だという噂もある。アカネの憧れの対象である最強の声優たちだ。
 今回集まったのは、ジュニアクラスが二人、Cクラスが五人、Bクラスが五人だ。仕事の前には、後輩は先輩に挨拶することが礼儀となっているので、アカネの前には声優たちが列を作って並んだ。その対応のおかげで休む暇もない。先輩も後輩も、両者とも得をしない文化だ。そうしているうちに時間が経ち、出航のときが迫る。
「では、離陸作業(オープニング)いきますので、準備してください」
 今回は、地球から月への短期の航海だ。五時間もかからない。航海の難所の一つがオープニング、つまり、船を地上から宇宙へと飛び立たせる段階だ。重力もエーテルの波の一つなので、逆の位相を持つエーテル波を出せば反重力をもたらすことができる。このとき、よく使われるのが歌だ。声優全員で激しいアップテンポの歌を歌い、トランス状態となることによりエーテル振動を集合させ、重力を消すのだ。
 十二人の声優が監督の指示により歌う。声優トランジスタで増幅されたエーテル振動が、船の外側にあるエーテルアンプから放射される。重力がキャンセルされ、五百メートルの鉄の塊が浮上する。それとともに、エンジンが始動した。駆動力をすべて声優でまかなう声優船は最近増えているが、従来のエンジンと組み合わせるハイブリッド船も多く残っている。
 そして、エーテルを響かせるアカネのなかに、いつもの『声』が聞こえた。アカネだけにしか聞こえない、意味の不明瞭な小さな『声』が。
 この『声』は、物心ついたときから、エーテルを奏でるたびに聞こえてきた。昔はじっと耳を傾けると、なぜだか胸がうずくような気分になったのだが、正体もわからないまま最近はもっぱら無視し続けている。
 地球の大気圏は主に四つの層からなる。上から、熱圏、中間圏、成層圏、対流圏という。熱圏は地球大気と宇宙空間のエーテルとの摩擦が起こっている層であり、大気のなかで最も温度が高い。中間層に降下するにつれてだんだんと温度は減少するが、成層圏でまた温度が上がる。オゾン層が形成されて熱圏からの紫外線が吸収されるためだ。
 宇宙船は対流圏、成層圏、中間圏をやすやすと越え、熱圏に入っていった。エーテル濃度が高まり、青緑色の光が強くなっていく。この高さになると、大気に邪魔されることのないエーテルの風は地球の自転により東から西へと吹くようになる。風上から来る光はエネルギーが強まり青方偏移し、風下から来る光はエネルギーが弱まり赤方偏移する。いまの状況だと、東側は空色、西側は黄色となる。熱圏以上の高度になると、エーテルが濃くなり光や音のエネルギーが強くなるため、目と耳を防護するサングラスと耳栓が必要だ。それでも、地球大気とエーテルとの摩擦により生じるウィィィィィィンという高い音がどこからともなく聞こえてくる。声優をはじめ宇宙船乗員の精神病罹患率が高いらしいが、もしかしたら四六時中この音を聞かされているからかもしれない。
「熱圏を突破しました。オープニング終了です」
 監督がブースのむこうから知らせる。アカネはマイクから下がる。ここからは少人数の声優だけで駆動可能だ。
「アカネさんは、客室に行ってください」
 スタジオを出たアカネに、スタッフが指示をする。この業界では、声優が乗客へのサービスとしてキャビンアテンダントもすることになっている。乗客たちは、乗っている声優を考慮して船を選ぶほどだ。そのため、声優の雇用では顔やスタイルやSNSの登録者数が重要になってくる。いくら操船技術が高くても、客に好かれなければ仕事が手に入らないのだ。まったく、おかしな業界だ。
 とりあえず思考をとめて目の前の仕事に取りかかろう。アカネは同僚たちと一緒に乗客室に出た。自分のほかはジュニアクラスしかいないので、恒例となっている乗客への説明は先にやってしまったほうがよいだろう。
「本日はスターフラッシュカンパニーの地球‐月航路にお越しいただき、まことにありがとうございます。わたしたちは地球大気圏を突破して、現在、月へと航行中です。スクリーンには、地球の様子が映し出されています。綺麗ですね。これが、エーテル摩擦による発光です。重力に引かれたエーテルが大気と衝突しているのですね」
 宇宙船の高度は上がり、スクリーン上の地球は十分に丸みを帯びていた。ネオンのように虹色の発光が輝く。 
「みなさんよくご存知のように、エーテルとは音や光や粒子などすべての媒体です。エーテルという考え方の起源は、古代ギリシャ時代の哲学者、アリストテレスの四元素説にまでさかのぼります。彼は、プリマ・マテリアといういかなる性質ももたないものに、『熱・冷・湿・乾』という性質がつくことにより、『火』『空気』『水』『土』という四つの元素ができると考えました。熱と乾という組み合わせは火、熱と湿という組み合わせは空気、冷と湿という組み合わせは水、冷と乾という組み合わせは土ですね。熱と冷、湿と乾はそれぞれ折り合いが悪くて組み合わせられないそうです。また、アリストテレスは天界の法則を支配する第五元素エーテルを仮定して、それを純粋なプリマ・マテリアと同一視しました。現代物理学は、この四元素説の発想を基本にしています。根源的に存在するものはエーテルのみで、それにこれらの性質がくっついてさまざまなものが現れるという考え方ですね。現在ではアリストテレスのいう四つの性質は、エーテルの周波数のことであるとされています。周波数の数だけ、性質があり、その組み合わせにより世界にあるいろいろな音や光や粒子や力が生まれるということです」
「いや、エーテルではなく『場』の考え方もあるぞ!」
 乗客の一人が野次を飛ばした。『場』か。かなり古めかしいが、まだその概念の支持者がいるわけか。残念なことに、現代物理学では、どのようにその概念が廃れたか、アカネはよく知らなかった。
 アカネはどう対応すべきか数瞬の間、考えた。幸いなことに、博識をきどる乗客が間に入り、沈黙は打破される。
「場ですか。各性質の値を示すような場が性質ごとにあり、しかもなんの媒体もなしで空間さえあれば場もあるという考え方ですね。たしかに、その考え方もできますが、複数の場の相互作用を計算すると無限大が出てきてしまうので、意味がないですよ」
 アカネは助けを受け、こほんと咳払いをして案内を続ける。
「エーテルは地球との摩擦による振動で、光という性質がくっつき、エーテル発光が生じます。地球の生命はすべてこの発光をエネルギー源として生きています。銀河系のなかでも、このように重力的に安定した構造は珍しいです。みなさん、ラッキーでしたね。もし、いまあるような重力構造がなければ、生命は生まれていなかったのですから」
「あのう、地球に落ちたエーテルって、どうなるんですか?」
 乗客の一人が質問する。ググレカスと思いながらも、アカネはマニュアルどおりの返答をする。
「いい質問ですね。実は現代物理学においても、大きな問題の一つなのだそうです。重力に引かれたエーテルは地球大気内に浸透していくはずですが、大気中のエーテル量は予想されるものよりもだいぶ小さいのです。つまり、エーテルが消えている。質量保存の法則を破っているように見えるのです。エーテル消失こそ、物理学において最大の謎の一つです。消えたエーテルは重力エネルギーに変換されているという説もあるようですが」
「現代物理学の三大ミステリーって、重力の起源、エーテル消失、あとダークマターだよね」
「うわ~、よくご存知ですね!」
 口をはさまずにいられないらしい乗客を、わざとらしい口調でもちあげるアカネ。日々の勤労のおかげで、最近は反射的に出るようになってきた。
「エーテル消失の謎のほかに、重力の起源問題があります。大声優時代以前には、物質すべてが重力放射源であるという、万有引力の法則が提唱されていましたが、現代では重力の周波数は非常に複雑であるため、簡単には発生しないのではといわれています。重力が存在する領域では万有引力の法則が現象に合致しますけどね。また、太陽系や銀河系などは、中心部天体からの重力により作られた構造ですが、太陽系のシミュレーションでは、エーテル摩擦により数百万年で地球は太陽に落下するはずです。しかし、地質学的証拠から地球は誕生から約五十億年ほどの月日が経っていることが証明されています。この矛盾を解くために、太陽系において既知の天体以外の重力源、通称『ダークマター』が存在すると仮定されています。観測できていない未知のダークマターが太陽系をすっぽりと覆い尽くしており、惑星が太陽に落ちないようにバランスをとっているという仮説です。しかし、そのようなダークマターの分布は恣意的なのではないかという批判もあります」
「あ、あと、声優によるエネルギー保存則の破れも大問題ですよね」
「そのとおりです。最近ではその問題も含めて四大ミステリーと呼ばれてもいるんですよ。声優としてちょっと嬉しいですね。恥ずかしいような気もしますが……」
 アカネが説明し、ジュニアクラスの声優たちが客への飲み物を配る。毎日の忙しい労働はこうして過ぎていく。

「はぁ~、疲れた……」
 地球と月を往復し、アカネは自宅に帰ってきた。労働の疲れを癒すためストロングゼロを飲みながらベッドに寝転ぶ。能動的なことを何もしたくないので、テレビをつけて適当に見る。画面からアナウンサーの声が聞こえてくる。
「五年前に強奪された特殊小型宇宙戦闘機〈ブラックスワン〉ですが、いまもその行方は判明しておりません。航宙保安庁は今日、情報提供者への報奨金を増額すると発表しました」
 画面には、真っ黒で鋭角の二等辺三角形が飛ぶ姿が映っている。そういえば、五年前、軍の基地から盗まれたとちょっとした騒ぎになったことを覚えている。外見的に強そうなので、自分で乗り回すことを妄想したものだ。まだ行方知れずということは、太陽系外へ持ち去られたのだろうか?
 画面が変わる。今度は、ゴリラの集団が虐殺されている現場だ。ガスマスクをした屈強な軍人たちが、ゴリラを火炎放射器で焼いている。
「ナイジェリアで先週から続いていましたゴリラ声優による反乱は、軍と民間警備会社『ライズ探偵局』の合同作戦により大部分が鎮圧された模様です」
 ナイジェリアの発声管工場でのゴリラ声優の反乱は、ここ数日間メディアを騒がせている事件であった。類人猿牧場はいまや巨大産業になっている。アフリカではゴリラとチンパンジーが、インドネシアではオランウータンが、声優トランジスタの材料として大規模飼育されている。
 類人猿に声優遺伝子を導入したとしても、発声管が生えてくる可能性は低い。大半が奇形となり、出産前に死んでしまう。近年は品種改良の末に発声管を発現しやすいゴリラが作られたが、その副作用で知能も高くなったようで、声優の能力を利用して反乱を開始したのだ。アカネはひそかに応援をしていたのだが、所詮はゴリラ、近代兵器には勝てなかったようだ。
 やはりアタシが最強にならなきゃいけないか、と思いながらぐいぐいとストロングゼロを流しこむ。
 テレビの画面は煙を上げる建物に変わっていた。
「昨日早朝、東京大学付属声優遺伝子研究所で発生した爆破テロ事件についての続報です。犯人を名乗る人物からの声明文がエーテルネット上で公開されました。それによると、犯行理由は『声優が増えすぎた』こと、さらに『声優たちよ、「声」を聞け』という意味が取れない文章が綴られています。犯人を名乗る人物は自らを『暗黒声優』と称しているようです。現場の監視カメラには犯人と思われる人物が映っており、警察は情報提供を呼びかけて……」
 アカネはアナウンサーの声を聞いていられなかった。映像に釘づけにされたからだ。画面には、身長の低い少女が映っていた。黒いフードをかぶっているため顔はよくわからないが、発声管が見えるため声優であることは確実だった。
 これまで数々の声優を見てきた経験からわかる。とても形の良い発声管だ。
 色も大きさもすばらしい。この声優は強いに違いない。それも、トップクラスの強さだ。
 彼女の発声管を手に入れられれば、申し分がないだろう。アカネはあれを体内に移植して最強になった自分を想像してうっとりした。
 しかしながら、『暗黒声優』とどうやって接触すればいいのか、方法がわからない。あの素晴らしい発声管はあきらめるほかないのだろうか。ため息をつき、ニュースを再び聞きはじめる。
「この『声優たちよ、「声」を聞け』とはなんのことでしょうか?」
「おそらく、なんらかの暗号だと思われます。報道を通して仲間に連絡をしているのでしょう」
 声優たちよ、『声』を聞け……。アカネはたしかに『声』を聞いていた。正体不明で、曖昧模糊としているが、なんとなく、熱いものが胸にこみ上げてくる『声』を。
 暗黒声優が言っている『声』とは、このことなのだろうか。いや、違うだろう。世界で起こっている事件がすべて自分と関係しているという妄想は思春期で終わりにすべきだ。
 しかしその晩、アカネはニュースに出てきた暗黒声優の発声管が頭をよぎって眠れなかった。しかたがなく、夜通しSNSに、特に考えることなくだらだらと文章をアップし続けた。自然と、自分が生まれてから聞いてきた『声』について書くことになった。いくつもの壁を隔てて聞こえるように、はっきりしないが、じっと聞いているとなぜか胸が苦しくなってくる『声』のことを。


「暗黒声優」その3はこちら

草野原々『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA)

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