
久しぶりに会った友人からの重すぎる〈一生のお願い〉にどう応えるか? 小説『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(シーグリッド・ヌーネス、桑原洋子訳)好評発売中
久しぶりに会った友人の〈一生のお願い〉。それも、文字どおり、最期の時間をそばにいてほしいという願いに、どう応えるか――。
早川書房は、1月23日に、アメリカの作家・シーグリッド・ヌーネスによる『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(原題What Are You Going Through、桑原洋子訳)を発売します。ここでは、その読みどころと著者について記します。

シーグリッド・ヌーネス、桑原洋子訳
早川書房より、2025年1月23日に紙・電子同時発売
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本書『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(原題What Are You Going Through, Riverhead Books,September 8, 2020)は、死期が迫る友人との時間を通して、友情、愛、喪失の深い意味を探る小説だ。
本書を原作とする映画が、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルによって撮られ、2024年、第81回ベネチア国際映画祭にて最高賞である金獅子賞に輝いた。日本では2025年1月31日に公開される。
著者のシーグリッド・ヌーネスは、2018年に全米図書賞を受賞した『友だち』で知られている。『友だち』と本作は対をなしており、前者が身近な人の死を体験した人の物語であるのに対し、後者は死期が迫る友人に寄り添う女性の物語である。
その時まで隣の部屋にいて――あらすじ
中年の女性作家である「わたし」は、友人を見舞うため、アメリカのとある大学町へ向かった。友人とは若い頃にひとつ屋根の下で暮らしていたが、長らく会っていなかった。再会を喜びながらも、緊張していた。率直で皮肉っぽい口調は彼女そのままだったが、大きく変わって見えた。友人は癌を患い、余命が限られていたのだ。
ある日、友人は思いがけない告白をする。安楽死のための薬を持っていると明かし、「わたし」の助けを借りたいという。「死ぬのを助けてほしいって言ってるんじゃないの(…)隣の部屋に誰かがいてくれるって思っていたいの」。時期はまだ決めていないと言うが、その言葉に揺らぎはなかった。「わたし」は迷う。願いに応えること、応えないこと――友人の助けになるのは、どちらの選択なのだろうか。
友人と過ごす時間の合間に、さまざまな人々と「わたし」との会話も描かれる。元恋人や隣人親子、人生ですれ違う人々、そして宿泊先のホスト、そこで飼われる保護猫までもが登場する。よく話すのは彼らのほうだ。友人がこれまでの人生を語るように、彼らも自分の話を聞いてほしいと強く願っていた。とくに印象的なのは、「わたし」の元恋人による講演だろう。彼は気候変動による世界の終末を予告し、「もう終わりなのです」と語る。彼の話は、やがて来る終わりを予感させ、友人の死を見つめる物語の背景となる。
「あなたはどんな思いをしているの?」が紡ぐ物語
本作のテーマは重い。しかし、ユーモアと深い共感もある。たとえば、友人が「わたし」に頼むときのやりとりだ。著者ヌーネスはインタビューでこう語る。「友人にはどこか不遜なユーモアが感じられます。『お得意の冒険心はどこ行った?』と軽口をたたく場面や、『できるだけ楽しい時間にするね』と約束する場面です」( 全N P R米公共ラジオ放送)
なにより、語り手である「わたし」自身が軽やかなユーモアの持ち主だ。独白のようであり、会話のようでもある文章は、時に脱線しながら、独特な距離感で進んでいく。静かな声で大切なことを語りかけられるような体験――それが本書の魅力だ。
本書の原題What Are You Going Through(あなたはどんな思いをしているの?)は、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユによる「神への愛のために学業を善用することについての省察」という文章の英訳から引用している。この「go through」という表現は、登場人物たちが自らの体験を語るときや、他者の人生に思いをはせるときにくり返し使われている。
ヴェイユの言葉が示すように、本書のテーマは、他者への共感を育むことにある。語り手は、人生ですれ違う人々、ときには保護猫の話を聞くなかで、彼女たちの苦しみや存在そのものを深く理解しようと努める。人々の話に耳を傾け、丁寧に受け止める。「正しい」「間違い」という判断を下すのではなく、多様な視点を浮かび上がらせていく。
暗闇の中にある美しさとユーモア
本書では、避けがたい個人の死と、人類全体の危機が予告される。この悲観的で切迫した現実は作品全体に影を落としている。しかし、作品は決して暗闇に沈むわけではない。それはきっと、最も暗い時代にもユーモアを大切にする著者だからだろう。ヌーネスは語る。「人間の経験の多くは悲しみに満ちています。人生にはたくさんの喪失があり、長く生きるほど、失うものは増えていきます。人も、夢も。でも、誰かに読んでもらうために書く以上、そこには必ず、ある種の美しさや楽しさが必要です。とても悲しいことを書いていても、それを読んで楽しめるものにし、さらには心を前向きにさせることもできるのです」(NPR)
老いや死、孤独や苦悩という避けられない現実。その不安をどう和らげるのか? ゆっくりとした死をどう見届けるのか? 本書はその直接的な答えを提出しているわけではない。しかし、これらの難題と向き合うヒントを示している。「あなたはどんな思いをしているの?」という問いかけを通じて、他者の声や人生に注意を払い、人生の深みを探り、困難を乗り越えるきっかけにすること。その姿勢は、言語や文化の違いを超えて、日本の読者にも響くだろう。
哲学的な洞察と共感に満ちた本作は、完成度の高さと独自性から、多くの批評家や読者から絶賛され、数々の有力メディアのベストブックリストに名を連ねた。また、先述のアルモドバル監督による映画化によって国際的に注目を集めている。
著者について
シーグリッド・ヌーネスは、1951年ニューヨーク生まれ。ドイツ人の母親と、中国系パナマ人の父親をもつ。バーナード大学、コロンビア大学を卒業後、ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス誌の編集アシスタントを務め、1995年に、最初の小説『神の息に吹かれる羽根』を発表。これまでにホワイティング賞、ローマ賞などを受賞し、称賛を得てきたが、名声を確固たるものとしたのは、7作目の小説『友だち』(2018年)だ。本作は全米図書賞を受賞し、2024年にニューヨーク・タイムズ紙の選ぶ「21世紀のベスト100」の1つに選出されている。同年にデヴィッド・シーゲルとスコット・マクギー監督によって映画化された。
ヌーネスは、執筆とともにコロンビア大学やプリンストン大学で教鞭を執っている。その作品は30以上の言語に翻訳されている。ニューヨーク市在住。
最後に、執筆と読書に関する著者自身の言葉を紹介しよう。「わたしが作家になったのは、コミュニティを求めていたわけではなく、一人でひっそりと、自分の部屋でできることだと思ったからでした。本を書くことで、奇跡が可能になると発見したのは幸運でした――世界から離れつつ、同時に、世界の一部であり続けることができるのです。わたしが書くのは、他の人間とつながりを作ることについてです。確かに、それは孤独のなかで行うことです。でも、書いている限り、読者を思い浮かべている限り、独りぼっちではないのです。読書にも同じことが言えます」
著作リスト
・A Feather on the Breath of God (HarperCollins, 1995)(『神の息に吹かれる羽根』杉浦悦子訳、2008年、水声社)
・Naked Sleeper (HarperCollins, 1996)
・Mitz: The Marmoset of Bloomsbury (Harper Flamingo, 1998)(『ミッツ ヴァージニア・ウルフのマーモセット』杉浦悦子訳、2008年、水声社)
・For Rouenna (Farrar, Straus and Giroux, 2001)
・The Last of Her Kind (Farrar, Straus and Giroux, 2006)
・Salvation City (Riverhead Books, 2010)
・Sempre Susan: A Memoir of Susan Sontag (Atlas Books, 2011)
・The Friend (Riverhead Books, 2018)(『友だち』村松潔訳、2020年、新潮社)
・What Are You Going Through (Riverhead Books, 2020)(本書)
・The Vulnerables (Riverhead Books, 2023)
2025年1月(早川書房編集部)