丸山ゴンザレス氏、戦慄。強盗、麻薬、殺人、汚職、その全てを牛耳る、「永遠の都」ローマの闇の王『カザモニカ 黄金便器のゴッドファーザー』
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丸山ゴンザレス氏、戦慄。強盗、麻薬、殺人、汚職、その全てを牛耳る、「永遠の都」ローマの闇の王『カザモニカ 黄金便器のゴッドファーザー』

「正体不明の相手には本能的に恐怖する。ところが詳細に実態がわかったことでかえって戦慄した。それほどカザモニカの闇は濃いからだ」
--丸山ゴンザレス


ローマには、1960年代から秘匿されてきた闇がある。永遠の都で引き起こされる強盗、麻薬、詐欺、殺人、政治家の汚職の背後にある金満マフィアの横暴に、組織の脅迫にさらされながら一人のジャーナリストが切り込んだ類稀なルポ『カザモニカ--黄金便器のゴッドファーザー』から、世界を驚愕に陥れた始祖ヴィットーリオの葬列の場面を公開します。


「朝早く、妻と海に行こうとしていたときのことです。路地に大型トラックが停まっていて、ちょうど、クリスタルと金の装飾が施された黒い馬車を降ろしているところでした。『映画でも撮影するんだろう......』と妻と言っていたんですが、まさか隣人のヴィットーリオが亡くなったとは思いませんでした。あの家では、誰かが亡くなると、葬式で泣く黒服の泣き屋が集まるものですが、今回はいませんでした」ヴィットーリオ・カザモニカはひっそりと人生を終えた。とはいえ、彼の葬儀はスケールが違った。その一例が馬車だ。1903年に作られた一点もので、パンフレットには熱のこもった紹介文が掲載されている。

外側に取り付けられた銀メッキ製のライト、国産のクルミ材だけを使用した品格漂う彫刻、木と銀メッキを使った四本の燭台を備えた純金張りの内部の美しさに、誰もが目を奪われることでしょう。動物による遺体搬送手段として歴史を刻んできたこの大型馬車は、重量約10トン、高さ4メートル、長さ9メートルにも達します。60年代半ばの「爆笑王子」と称された喜劇俳優アントーニオ・デ・クルティス(芸名:トト)をはじめ、ナポリでは数々の著名人の葬儀で使われてきました。

トトの場合は類を見ない儀式で、3回目の葬儀であり、この馬車に空の棺が載せられた。死後30日目に、「サニタ地区の市長」で「犬の鼻」と呼ばれたルイージ・カンポルオンゴの命令で執り行なわれたものだ。無法者(当時はボスの意味)がみずからこの特別な四頭立て馬車を選んだ。アメリカとイタリアの闇社会に君臨したコーザノストラのラッキー・ルチアーノの最後の旅にも同伴した馬車。何十人というカモッラの大物を見送った馬車でもある。

「死とはどういうものか、知っているかい? 誰もが等しくなるということだ」と記したのは、まさしくトトだった。しかしヴィットーリオ・カザモニカにとっては、死は神格化される儀式にほかならなかった。すなわち、万人による彼の権威の称賛である。それは敬意とともに、ローマにとどまらず世界中に広まった。本人もさぞ喜んだにちがいない。自身の名前が各国の新聞やテレビで取り上げられたのだ。これこそヴィットーリオが長らく夢見ていたことであり、ロマ族が帝国の開祖、バビロンの創設者、ファラオやマハラジャの運命の支配者と語り継がれている大昔の伝説の具現化だった。

逆にローマは虚をつかれた形になった。2015年8月20日、気温は30度に達している。焼けつくような暑さの木曜日。聖母被昇天祭の一週間の休暇中で、市街地も郊外も人けがなく、のんびりとリラックスした雰囲気のなか、突如、首都は隙だらけであることが判明した。葬列がナイフのように街を切り裂く。交通渋滞が発生して都市機能を麻痺させる。市の少人数のパトロール隊は、どのように交通規制をすればよいのかわからない。「30年間、勤務しているが、このような事態は初めてだ」と、ベテラン警察官は打ち明ける。

目を覚ましたローマは、カザモニカに、そして彼らの葬儀に占領されていることに気づいた。弔意を表す羽根飾りをつけた六頭の馬に引かれた黒い馬車が、都心に向かって侵略の行進を始める。その後ろに花輪で飾りたてられた九台のバン、さらにフェラーリ、ロースルロイスと続く。葬列はトゥスコラーナ通りを七キロにわたってゆっくりと進む。あたかもヴィットーリオの英雄伝における凱旋行進のごとく、ローマ市街に広がるファミリーの縄張りを練り歩き、やがて目的地の白くそびえ立つサン・ジョヴァンニ・ボスコ教会に到着する。(中略)

■2015年、夏の衝撃

あの2015年8月20日は、広場は人でいっぱいだった。家長に最大級の敬意を表するために、ファミリー全員がそこに集結した。マリアーナのボス、エンリーコ・《レナティーノ》・デ・ペディスの葬儀は行なったが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に苦しみ、呼吸器を外すよう医師に頼んだピエルジョルジョ・ウェルビーの葬儀は断った教会の前に、彼らはいた。

正面には、コロッセオとサン・ピエトロ大聖堂のクーポラを背景に、教皇のような白装束姿で胸に十字架を下げた肖像画と、「ヴィットーリオ・カザモニカ、ローマの王」と大きく書かれたポスターが掲げられている。その横の大きな横断幕には「あなたはローマを征服した。次は天国を征服する」との言葉、そして「さようなら、ツィーオ・ヴィットーリオ。ヌナ、ロレダーナ、マルコ、ジャクリンより」と署名されている。忘れがたい光景だ。教会の出口では、無許可で上空を旋回するヘリコプターから撒き散らされる大量の花びらが棺に降り注ぎ、彼を讃えている。

バンドがスタンバイしていた。葬儀にふさわしいメロディではない。「『ゴッドファーザー』の愛のテーマを演奏してくれ。ここでは俺の命令が絶対だ」と三人の演奏家に命ずるのはルチアーノ・カザモニカだ。ヴィットーリオのお気に入りの甥のひとりで、アッピア新街道にある六つのダンスホールを備えた巨大な施設、パラ・カヴィッキの警備を担当している。プロとしての能力を買われ、「黒い王」マッシモ・カルミナーティによってロマのキャンプの仲介者に選ばれ、サッカーのイタリア代表チームの青いジャージ姿で大物政治家と一緒のテーブルについたことで名を馳せた。

ルチアーノは愛想がよく、気さくだ。ンドランゲタに近いある男は、彼について「他のメンバーとは違って振る舞い方を知っている。きちんとしたイタリア語を話し、私の家族の友人たちとも知り合いだった。ペッシェ一家とかベッロッコ一家とか......」と語っている。弟のシモーネことコンシーリオとともに棺を担いだのもルチアーノだ。ふたりとも、三年後の夏にポルタフルバの一斉検挙で逮捕されることになる。

「その男性の態度や、周囲に大勢いた家族の面々を見て、私たちは言われたとおりにしたんです」演奏をしたアントネッラ・ボナモーレは、判事にそう語った。要するに、「脅迫されるようなことはまったくありませんでしたし、その必要もありませんでした。彼らの意図は明確でしたから」。いまは年金生活を送っている元カラビニエーリ曹長のフランチェスコ・プロコピオですら、逆らうことはできなかった。「すっかり圧倒されて、大波に呑み込まれているような感じだった」。報酬はいっさい支払われずに、バンドはそのマフィア映画のサウンドトラックを演奏させられた。

そうしてニーノ・ロータが作曲した『ゴッドファーザー』の愛のテーマから始まり、『2001年宇宙の旅』、『青い珊瑚礁』の「パラダイス」と、さまざまなジャンルの寄せ集めが演奏される。棺にはヴィットーリオが愛したエルヴィス・プレスリーのCDも収められた。というのも、ロマの人々にとって死は異なる意味を持つからだ。彼らの伝説では、死は人を欺く怪物に満ちあふれた果てしない世界の入口として描かれている。永遠に彷徨うかもしれない不可解な次元。こうした世界観が先祖代々受け継がれてきた。

「目の上にコインを置いて、棺には故人の愛用品、スパイス、お守り、金を入れる」と教えてくれたのは、自身の民族の文化を熱心に研究しているロマのアーティスト、ブルーノ・モレッリだ。「来世の敷居をまたぐのに、こうした品々が必要となる。でないと宙ぶらりんになって、地獄に堕ちて、人々に襲いかかる吸血鬼になってしまうかもしれない。ロマの民は誰もが地獄に堕ちた死者を恐れている」

■浮き彫りになるファミリーの「伝統」

すなわち伝統の問題だ。カザモニカの長大な英雄伝説において、この壮麗な葬儀は最も重要なエピソードとして残る。しかし、解釈の違いによっては最もいかがわしいものにもなる。ローマの反応は、驚愕からすぐに憤慨に変わった。今回にかぎっては、すべての社会階層と政党が団結した。市当局は「首都のマフィア(マフイア・カピターレ)」事件の痛手、つまり、隅々まで広まった結託と共犯関係という腐敗した骨組みをあらわにした捜査の重圧を忘れたがっていた。マッシモ・カルミナーティの逮捕から九カ月間、市民の関心はもっぱら彼のことだった。突如、「マフィア」という言葉があらゆる話題の中心になった。唯一、確かなのは、ローマがページをめくろうとしていることだった。あるいは少なくとも、夏という季節に乗じて話題を変えようとしていた。

ところが、ファミリーの家長に対する敬意は、人々に現実を受け入れることを強いた。たとえ法廷において正式な論争がまだ開始されていなくても、首都の中心部に、マフィアとして影響を及ぼす何か別のものがある。政治権力には属さないもの、イタリア南部から持ち込まれたものではなく、この都市で生まれたものだ。2015年8月22日付の『ロッセルヴァトーレ・ロマーノ』紙は、恥ずべきことだとはっきりと論じ、責任を取らせるべく犯人探しをしている。ローマ市長のイニャツィオ・マリーノはバカンスで海外に滞在しており、俳優のジジ・プロイエッティまでもが「スカイプをつなげばすむことだ。疲弊した街に戻ってこい」と抗議の声をあげた。面目を潰されたと感じ、市民も公的機関もショックを受けていた。あたかもあの大規模なセレモニーが、計算された挑戦にほかならなかったかのように。

しかし、こうした反応は自尊心の表れではない。結果的に、とりわけファミリーの実態が理解不能だという新たな事実が露呈した。このように、長年にわたって彼らの力を過小評価してきた挙句、今度はその行動を過大評価している。

困惑したのは彼らのほうだった。これまでずっと同じやり方で死者を弔ってきたのだ。最初は34年前の1981年8月に同じ通りで行なわれた葬儀だった。それゆえ、いまになってこれほど大きく騒がれる理由が彼らにはまったくわからない。自分たちの世界で孤立しているせいで、首都の空気が変わりつつあることに気づかなかったのだ。自分たちの価値観、アイデンティティが攻撃にさらされている。それに対して、彼らは傲慢な態度で威勢よく立ち向かうが、そこに敗北の始まりの兆しが見られることは否めない。

批判にはひとつひとつ反論する。実際、花や告別式に費やした金額は6000ユーロ、馬と馬車には3000ユーロのみだという。資金は寄付によって集めるのが彼らのやり方で、そうやって結婚式や葬儀を執り行なう。そして、会場は決まって彼らの教会であるドン・ボスコだ。だが、ヴィットーリオの父親や「ジプシーの女王」と呼ばれた母親の葬儀の際も、これほどさまざまな催しや儀式は行なわれなかった。

とはいえヴィットーリオは自由の身で、まったくボスらしくなかった。彼の犯罪記録を見てみると、白地小切手や詐欺罪といったささいなものしか見当たらない。彼自身、インタビューでは繰り返しこう語っていた。「私は自動車売りのジプシーだ。マフィアだなんて、とんでもない! 過去に罪を犯したことは認めるが、マフィア、高利貸し、麻薬などという言葉は聞きたくもない」。飛行禁止のローマ中心部の上空をヘリコプターが飛んだからといって、彼らに何の罪があるというのか。「禁じられているのなら、パイロットがそう言えばよかったのよ......」と娘のヴェラが不満をあらわにする。さらに『ゴッドファーザー』の音楽については、「父はあの映画とテーマ曲が大好きで、私たちは父の願いを叶えただけ」

2015年9月8日、彼女は国営放送Rai1(ライ・ウノ)の人気トークショー番組『ポルタ・ア・ポルタ』に出演し、父親を教皇になぞらえた。けれども教会の壁に掲げられた写真に関しては、「教皇のような服装をしていたわけじゃないわ。見えないけれど、ズボンはブルーだったから」と断言している。「ローマの王」と褒め称えたことに他意はないという。「父は私たちの心の中の王様だと言いたかったの。でも、私たちは読み書きが得意じゃないから」。

無知を嘆き、虐げられていることをアピールしつつ、なんでも言い訳をする。このように、彼らは下卑た笑みさえ浮かべて、高利貸し、恐喝、暴力に対する非難を隠そうとする。司会のヴェスパが「あなたたち絶滅した家族」という表現を用いるなり、ヴェラは「絶滅したってどういうこと? 私たちはみんな生きているわよ」と噛みついた。

テレビでのパフォーマンスは、むしろやぶ蛇となる。ジャーナリストのフランチェスコ・メルロは、2015年9月10日付の全国紙『ラ・レプッブリカ』で次のようにまとめている。「葬儀ではローマを縄張りとするマフィアとしての素顔が暴かれたにもかかわらず、『ポルタ・ア・ポルタ』ではイタリアの下層民の仮面をかぶった」

地元でもこの話題で持ちきりだった。住民の声を集めようと通りを歩き回ると、皆、言いたい放題だ。「なんともひどい葬式だった」とぼやくのは、ショッピングカートを押した70代の男性だ。スーパー、バール、道端など、いたるところでこの件が議論されていた。出会った人々の顔には憤慨、軽蔑、不信、立腹といった感情がありありと浮かんでいる。不安が広まり、やがて怒りに変わる。

ある女性は何度も同じ話をしては嘆く。「昨日はガソリンを湯水のように使っていた。みんなひどく怒ってた。こんなことが繰り返されるなんて、ばかげてるわ」。それでも、教会の前庭を出て、とりわけきれいに掃除された広場(ある商店主が「半ズボンをはいていたころからAMA(都市のゴミ処理サービス)など見たことがなかった」と証言するほど普段とは異なる状態)を通り抜けて角を曲がると、別の声も聞こえてくる。「誰にでも自分に見合った葬式をする権利がある。金持ちで余裕があるなら、好きなようにすればいい」と言うのは、ブランドもののセーターを着て、パンツを腰ばきしている若者だ。

さらに、次のような指摘もあった。「ひとりの人間が死んだだけだ。私は彼に何かされたわけでもない。もっとひどいことは、ほかにいくらでも起きる。どうしてこんなに騒ぐのか、理解できない。私はここで育った。カザモニカ一家のことも知っている。みんなが思っているような連中ばかりじゃない。過ちを犯せば、きちんと代償を払う。それに、ほかのやつらだって、お偉方だって、いろいろやっている。みんな同じ穴のムジナだ。政治家を見てみろ......」。いつもの決まり文句だ。どこにでもマフィアはいるし、マフィアなど、どこにもいない。

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市民の暮らしにこれほどまでに深く根をはるカザモニカの正体とは?
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