誰が殺し、誰が殺されるのか――? 特異な構成のミステリ『ゲストリスト』より訳者あとがきを公開!
見出し画像

誰が殺し、誰が殺されるのか――? 特異な構成のミステリ『ゲストリスト』より訳者あとがきを公開!

Hayakawa Books & Magazines(β)

海外ミステリファンの方々から大きな反響をいただいておりますルーシー・フォーリーの『ゲストリスト』。今回は本作の翻訳者の唐木田みゆき氏による訳者あとがきを公開いたします。

○訳者あとがき


 アイルランド沖の小さな孤島で一夜の宴が繰り広げられる。いまをときめく有名人カップルのウェディングパーティーだ。オンライン雑誌を立ちあげた女性起業家ジュール、サバイバル番組で活躍中のハンサムな売れっ子ウィル。しかし、華やかなパーティーで大勢が浮かれ騒ぐうちに、島は激しい
嵐に見舞われて停電、しかも外の暗闇で死体を見たと言う者が現れ、招待客たちに動揺が走る……

 本書は二〇二〇年の英国推理作家協会(CWA)賞ゴールド・ダガーのロングリストにノミネートされた心理サスペンス小説で、孤島を舞台にした殺人劇である。アガサ・クリスティーのポップな現代版とも言われ、高い評価を得ている。島というクローズドサークルと、主要人物全員の心理を描写しながらもフーダニットを成立させる趣向に、クリスティーの『そして誰もいなくなった』を思い起こす読者もいるだろう。著者はとくに語っていないが、かの作品を意識したのではないかと思わせる場面も作中にある。

 ただ、本書にはクリスティーの名作を引き合いにしては語りきれない並外れた特徴がある。まず、全体が登場人物六名の一人称(「わたし」「おれ」「ぼく」)で書かれ、その主要登場人物たちがつぎつぎと入れ替わって自分の思いを語る中で物語が進んでいく。さらに短い挿入部がいくつもあり、そこだけが場面を俯瞰する形で三人称になっている。つまりこの小説の視点は七つあり、そのうち六つまでが一人称視点だ。それが読みづらいどころか、視点の切り替えと時系列の構成の巧みさで読み手はストーリーへと難なく引きこまれてしまう。「常道無視の小説手法を成功させた」として書評家が賞賛するゆえんだ。
 もうひとつ面白いのは、荒涼とした孤島に集まった招待客たちが、浮世の憂さを晴らそうとしだいにはめをはずしていくくだりだ。宴たけなわとなって悪乗りし、思う存分猥雑にお下品に盛りあがっていく様子がじつに力強く、クリスティーのロジカルな作風とはまったくちがう。この孤島には、人
間たちの混沌としたエネルギーが炸裂している。そのほか、アイルランドならではの風景や土着の伝説が織り交ぜられ、その野趣に富んだ情緒がいい。
 結婚式やウェディングパーティーはこのうえなく幸せな行事である一方、一波乱起こりかねない場でもある。疎遠だった親族、古い友人、学校時代の知り合い、ふだん会わない人々が一堂に会したとき、さまざまな思惑や疑念が交差して、ときには水面下で積年の恨みが再燃することもあるだろう。この小説でも、各登場人物の語りによってそれぞれの過去と心の傷がしだいに明らかになる。そして嵐の襲来に合わせるように緊張が高まり、完璧なはずのウェディングパーティーについに惨劇が起るというしだいだ。

 ここでイギリスの結婚式について蘊蓄を少し。
 作中にはベストマンという花婿付添人代表、アッシャーという花婿付添人たち、ブライズメイドという花嫁付添人が登場する。
 ブライズメイドは日本の結婚式でもおなじみになりつつあるが、結婚式で花嫁のサポート役としてそばに立つ女性のこと。花嫁の友人や親族から選ばれる未婚の女性で、何名かでつとめるのが一般的だ。もともとは中世のヨーロッパが起源で、幸せを妬む悪魔から花嫁を守るために、花嫁と同じようなドレスを着て付き添い、悪魔の眼を惑わして新婦を守るという伝統が由来とされている。ブライズメイドの男性版がアッシャー、アッシャーたちのまとめ役がベストマンだ。ベストマンは花婿を支えてアッシャーたちとともに結婚式の準備や進行をつとめる大役で、花婿が最も信頼する男性がなるも
のとされている。
 ちなみに結婚前の独身最後の自由を楽しむパーティーで、男性版をスタッグ・パーティー(アメリカではバチェラー・パーティーという)、女性版をヘン・パーティーと呼んでいる。〝スタッグ〟は牡鹿という意味だが、古くはオスの動物全般をさし、〝ヘン〟は雌鶏だが、これも古くはメスの鳥全般をさした。スタッグ・パーティーの起源はイギリスではヘンリー八世とされ、六人も妻を迎えた国王が婚礼のたびに前夜に派手な祝宴を開いたのがはじまりと言われている。

 さらにもうひとつ、イギリスの学校と試験について。
 本書では登場人物たちが過ごしたパブリックスクール時代の出来事が重要な要素となっている。アメリカでパブリックスクールといえば文字どおり公立の学校のことだが、イギリスの場合、かなり裕福な家庭の子供しか入学できない、私立学校のなかでも伝統と格式と学費がトップクラスのエリート校をさす。近世になって貴族の身分に属さない富裕層ジェントルマンが勃興し、その子弟のための学校が必要となったので、高貴な身分以外の一般の(パブリック)者たち、つまり富裕層の子弟が学ぶ場所として生まれたのがパブリックスクールだ。
 作中に試験の名前でGCSEやAレベルテストというものが出てくるが、どちらもイギリスが実施している全国統一試験だ。GCSE(General Certificate of Secondary Education)は十六歳で受け、これに通れば義務教育修了の資格となるが、成績によって今後の進学先が左右されるので重要な
試験となる。そして十八歳のときに自分の希望進路に合わせてより専門性の高いAレベル(GeneralCertificate of Education, Advanced Level)テストを受け、これによって入学可能な大学が決まるシステムになっている。作中で言われるような、AレベルテストですべてA評価というのは当然ながら相当な秀才だろう。
 物語の背景について簡単に補足説明をしたが、イギリスの風習や教育事情を少しでも身近に感じる手助けになれば幸いだ。だれが主役とも決めがたい六人の登場人物全員の心の内を味わい尽くすもよし、ひとりだけ贔屓にして心を寄せるもよし、いずれにしても、このサスペンスを存分に楽しんでいただけたらと思う。

 著者のルーシー・フォーリーはロンドン在住、編集の仕事を経て二〇一五年に小説家としてデビューした。旅行が大好きで、アイルランド西部のコネマラ地方の旅でこの作品のインスピレーションを得たという。本書は五作目だが、殺人物のミステリーを書いたのはこれが二作目で、現在三作目を執筆中とのこと。これからもますますサスペンスの離れ業を披露してもらいたいものだ。

 二〇二一年十月

〇あらすじ


アイルランド沖、泥炭と湿地に覆われた孤島にて、メディアで活躍するふたりの豪華な結婚式が開かれる。花嫁は急成長中のオンライン雑誌の創設者、花婿はテレビで自分のサバイバル番組をもつ人気者。だが、誰もが憧れるカップルへの祝福の裏には、さまざまな思惑が潜んでいた。謎めいた警告の手紙、姉妹の秘密、過去の遺恨――そして婚礼の夜、ついに凄惨な事件が発生する。徐々に明らかになる事件の全貌。誰が殺し、誰が殺されるのか? 暴風雨に閉ざされた島での群像劇を、時系列を交錯させ巧みに描いたミステリ

【書誌情報】
■タイトル:ゲストリスト
■著訳者:ルーシー・フォーリー/唐木田みゆき訳 
■定価:2,310円 ■ISBN: 9784150019730
■レーベル:ハヤカワ・ミステリ
※書影等はAmazonにリンクしています。





みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!
ありがとうございます!今日のおすすめは『三体』です。
Hayakawa Books & Magazines(β)
早川書房の書籍&雑誌コンテンツをお届け。キャンペーン、著者紹介、目録のアップも。公式ホームページは、http://www.hayakawa-online.co.jp/