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柴田勝家は面白い!  日本SF作家クラブ会長、池澤春菜が語る『アメリカン・ブッダ』

柴田勝家(※SF作家)さんのSF短篇集、『アメリカン・ブッダ』が、書評家の細谷正充氏が選出する「第三回 細谷賞」を受賞! 記念に本書巻末に収録されている、SF作家クラブ新会長・池澤春菜さんによる解説を公開します。

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 柴田勝家は面白い。
 いやだってまず名前からして面白い。「何だよ柴田勝家って、武将かよ(笑)」って言いながら本人に会った人全員、ハイライトを失った目で「はい、柴田勝家でした」って言う。ちなみに本名は綿谷翔太。え、なにその男子アイドル育成ゲームでピンクの髪で萌え袖のマスコット的存在、天然と見せかけて実はやや腹黒キャラみたいな完璧な名前?!
 一人称は「ワシ」だ。名前の近いところで、声優の柴田秀勝さんの声で再生していただきたい。懐かしいところだと『銀河旋風ブライガー』のOPナレーション、鬼太郎のバックベアードだ。で、それに含羞と甘えを程よくミックスして、ドジっ子要素を盛大に振りかけると、柴田勝家の「ワシ」になる。
 見た目も面白い。凄く大きい。そして髭もじゃ。この間、日本SF作家クラブでZoom会議している間中、ものすごく集中して議事録を取っていた勝家氏、画面には終始、眉間の皺とおでこしか映っていなかった。怖いよ、勝家氏。
 中身も面白い。フィンランドのワールドコンに一緒に行った時、トランクの鍵を忘れてきた勝家氏(お家にあったことをお母さんに電話して確認)。致し方なく、現地で服を調達。I love Finlandと大書されたベタすぎるTシャツを買う。あと何故か短パン。でも唯一手元に残されていた靴は、ばっちり革靴で、良くわからない生き物になっていた。
 慣れない短パンで足首を冷やしたのか、その後疲労骨折していた。マジか。
 ちょっと前にも、足首グネって、打ち合わせお休みしてた。足首弱点か。
 ワールドコンのジャパンパーティで、その風貌から大人気だった勝家氏。なぜかパーティ会場の地下にサウナがあり、パーティに遊びに来た参加者が次々と腰巻きタオルに濛々たる湯気のフィンランド流正装になっていく中、ひとり借り物の着物で佇む勝家氏。「みんな優しいです」と目を潤ませて感動する勝家氏。
 あだ名が必要ではないかということになり、フィンランドチームで色々検討した結果、カッツェになった勝家氏(でもこの解説でカッツェを連呼するとかっこつかないので、勝家氏で行きます)。編集部からは殿と呼ばれている。要素揃いすぎか。
 骨を埋める覚悟をしたメイド喫茶があり、そこで執筆をしている勝家氏。でもメイドさんたちにはなかなかの塩対応を食らっているらしい。
 駄目だ、いくらでもエピソードが出てくる(ちなみに、わたしは勝家氏の大学の先輩なので、多少暴露しても、先輩権限で許されると思っている)。
 そして何より、柴田勝家の書くものは面白い。


 第二回ハヤカワSFコンテスト大賞を『ニルヤの島』で受賞し、デビュー。自身の専攻であった民俗学をSFと融合させた、著者ならではの一作。これがまぁ、骨太で、ド直球で、がっぷり四つで、意欲的で、難解で、凄いのだ。作風と言い、本人の芸風と言い、大変な新人が現れた、と当時も話題だった。
 そこから、確実に、実直に作品を重ねてきた勝家氏が、もしや一つ抜けたのでは、と思ったのが『ヒト夜の永い夢』だ(上から偉そうだけど、先輩だからいいのだ)。
 柴田勝家は真面目なのだ。たぶん、めちゃくちゃ資料とか集めて、読み込んで、うんうん唸りながら書いている(メイド喫茶で)。ひたすら自分の書くものに誠実であろう、今ある全てを注ぎ込もう、とする。ただ、エンタテインメントとどう折り合いをつけたらいいのか、ちょっと迷ってた時期もあるんじゃないかと思う(勝手なこと言ってるけど、先輩以下略)。
 それが、『ヒト夜の永い夢』で、ああ、こういうことか、と一つ本人の腑に落ちたのではないかしら。緩急の付け方、大風呂敷の広げ方も軽やかで、筆運びにも書いている本人の楽しさが見える。もちろん苦労したと思う。きっとものすごい試行錯誤をして、呻吟しながら書き上げた長編だ。
 でも、あそこで柴田勝家は、柴田勝家Mk貳になれたのではないか。その結果は、この短編集に如実に表れていると思う。

 収録作の解説を少し。
『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』、初出は『SFマガジン』二〇一六年十二月号、後に『伊藤計劃トリビュート2』『短篇ベストコレクション: 現代の小説2017』『2010年代SF傑作選2』にも収められた。第四十九回星雲賞【日本短編部門】受賞。わずか二十二ページのこの短編が、その年SF界に与えた衝撃は大きかった。
 少数民族×仮想現実という意味で、『アメリカン・ブッダ』と呼応し合う作品かもしれない。
 ちなみに星雲賞受賞祝いで刊行された電子書籍版のボーナストラックは、「星の光の向こう側『アイドルマスター シンデレラガールズ ビューイングレボリューション』体験記」。その振れ幅たるや。世界よ、これが柴田勝家だ。
『鏡石異譚』は、二〇一七年『ILC/TOHOKU』に収録された作品。岩手県にILC、国際リニアコライダーが実装された近未来をベースに、小川一水、野尻抱介、そして我らが柴田勝家が競作。面白いのは、このILCが正に現在進行形の計画だということ。
 リニアコライダーとはなんぞや。難しいので、さっくり説明すると、次世代の直線型衝突加速器で、電子や素粒子をすっごい勢いでばーーーーーんとぶつけて、ビッグバンを人工的に再現しちゃおうぜ、というもの。
 勝家氏はそこに持ち味である民俗学を加え、量子論的重ね合わせをトッピングし、少女の成長の物語を描き出した。
『邪義の壁』は、二〇一七年『ナイトランド・クォータリーvol.11』収録作品。ナイトランド・クォータリーは、ホラー&ダーク・ファンタジー専門誌。vol.11のテーマは、憑霊の館。
 民俗学とホラーの相性のいいこと。ひたひたと主人公を侵食していく狂気にぞくぞくする。でもわたし、壁ってそんな厚みないと思ってた……。
『一八九七年:龍動幕の内』は『ヒト夜の永い夢』の前日譚。この南方熊楠という在野の博物学者、生物学者、民俗学者は、フィクションを軽く凌駕する逸話まみれの凄まじい人物。端的に言えば、天才、奇人。六カ国語を操り(理解できたのは十八~二十二カ国語とも)、無類の博覧強記、夏はほぼ裸で過ごす、自由自在に吐ける必殺技持ち、昭和天皇に御前講義した時はキャラメルの箱に粘菌標本を入れて渡す……どんな奇想天外なSFの中においても、熊楠先生ならさもありなん、と思わせてくれる強キャラです。
『検疫官』は『SFマガジン』二〇一八年十月号掲載、後に『年刊日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形』に再録。
 水際で感染を食い止める検疫官、ただし対象は病原体ではなく、物語。体よりも思想に影響を及ぼすもの。故に、より不可逆的。自らの職務に誇りを持っていたひとりの検疫官は、不思議な少年と出会ったことで変わっていく。
 柴田勝家作品に関わりのあるテーマの一つに、ミームがあるのではないかと思う。伝播しながら進化し、変化していく文化的な情報。知ることによって変わる、進化か、退化か。デビュー作『ニルヤの島』では模倣と類似、ミームが大きな意味を持っていた。SFマガジン二〇一五年一月号に掲載された『戦国武将、ミームを語る─柴田勝家インタビュー』が大変面白いので、機会があればcakes版を読んでいただきたい。

 表題作の『アメリカン・ブッダ』は書き下ろし。わたしはこれが一番好き。
 この短編集は、二〇一六年からの作品が収められている。柴田勝家の進化の過程だ。その中でも、この作品は、最新型。真面目さと、素のヘンテコさと、今ある世界の中から掬い取る物語の種、そしてヒトへの希望。今の柴田勝家の要素が全て詰まった短編だと思う。

 さて、Mk貳に進化した柴田勝家は次にどうなるのか。
 個人的には、海を越えて欲しいと思う。それこそ南方熊楠のように。勝家氏の描くものは、充分に世界文学たり得る。
 日本の柴田勝家から、世界のカツイエ・シバタへ。カッツェ、世界へ羽ばたく。
 あくまでわたしの勘なので、根拠ゼロなのだけど、勝家氏の書くものは、英語でそのまま読めると思うのだ。日本特有の、日本ならではの、これが日本だ、という枠ではなく。翻訳されたものを読んだ人が、名前を見なければ日本人作家だと気づかないような、日本の外にシームレスに繋がるベースがある。
 でもって、あの風貌だ。売れる受けるいける、絶対。
 いつの日かKatsuie表記がスタンダードになる日を、先輩、楽しみに待ってる。
 でも、足首は大事にするんだよ。

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【表題作試し読み】

そして10月25日(日)、著者の柴田勝家さんと池澤春菜さん、堺三保さんのトークイベント(オンライン)が開催決定! ぜひご参加ください。


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