樹木たち文庫カバー03-02

木が葉っぱを落とすのはトイレのため?! 驚きの冬の過ごし方の数々。傑作ノンフィクション『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)から特別抜粋

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樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声
ペーター・ヴォールレーベン/長谷川圭訳 ハヤカワ・ノンフィクション文庫

◉書評・メディア情報
朝日新聞(1月13日)記事(伊藤比呂美氏・詩人
HONZ(3月13日)書評(足立真穂氏)
朝日新聞(12月15日)書評(東直子氏・歌人、作家)
週刊朝日(11月10日)書評(西條博子氏)
朝日新聞(7月30日)書評(椹木野衣氏・美術批評家、多摩美術大学教授)
東京新聞(6月25日)書評(宇江敏勝氏・作家、林業家)

◉本書の抜粋記事
人間の知らないところで、樹木たちは会話をしている? でも、どうやって?
樹木たちは見えないところで友情と愛情を育んでいる? しかも親密さで対応まで変わる!?

著者の新作『動物たちの内なる生活』(本田雅也訳)も好評発売中! 抜粋記事

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「冬 眠」(本書 第22章)

夏の終わりごろ、きれいな緑色だった樹冠が淡い黄色に変わり、森は独特の雰囲気に包まれる。まるで木々が疲れ果てて、活動期を終えてしまったかのようだ。私たち人間と同じで、一生懸命に働いたあとはゆっくり休みたいのだろう。

そんなとき、クマや野ネズミなら冬眠するが、樹木はどうするのだろう? 私たち人間のアフターファイブのような安らぎの時間が彼らにもあるのだろうか? じつは、樹木と同じような行動をする動物がいる。ヒグマだ。ヒグマは冬に備え、夏から秋にかけてたくさん食べて体重を増やす。樹木も同じだ。クマと違って果実やサケを食べたりはしないが、日の光をいっぱい浴びて糖質などをつくり、クマのようにそれを皮膚に蓄えておく。ただし、樹木は太ることができないので、今ある組織を栄養分で満たすだけだ。

クマは食べれば食べるだけどんどん太るが、木の場合、満たされてしまえばそれで終わりになる。たとえば野生のサクラやナナカマドなどは、まだまだ日差しの強い時期が続いているというのに、8月になると早くも赤く染まりはじめる。今年の活動はもう終わり、といわんばかりに。樹皮の下と根っこのタンクが満たされたので、それ以上糖分をつくっても蓄える場所がないからだ。まだまだ太ろうとするクマを尻目に、そういう木々は冬眠の準備を始める。ほかの樹種は貯蔵タンクが大きいのだろう、秋の終わりまで光合成を続ける。だが、最初の木枯らしが吹くころにはそれも終わり、すべての活動を停止する。

なぜ、そんなことになるのだろう。理由の一つは水分にある。木は液体の水しか利用できない。水が凍ってしまうと、体内の水の通り道が凍った水道管のように破裂してしまうため、多くの樹種ではすでに7月ごろから活動を弱めて、体内に流れる水の量を減らそうとする。

ただし、(先に挙げたサクラやナナカマドなどの例外を除いて)2つの理由であまり早い時期に活動を停止してしまうわけにはいかない。1つは、晩夏に訪れる天気のいい日を光合成に利用するため。もう1つは、葉に蓄えられた物質を幹や根に移動させるためだ。特に重要なのは葉緑素だ。翌年の春に新しい葉に送り込むために、葉緑素を成分に分解して、どこかに保管しておかなければならない。

葉緑素の分解と保存が終われば、葉の本来の色である黄色や茶色が見えてくる。この色はカロテンからきているのだが、警告の意味もあるのではないかと考えられている。この時期になると、暖かい場所を求めてアブラムシをはじめとする昆虫が樹皮のしわの隙間などに逃げ込む。健康な木は葉の黄色をきれいに輝かせることで、自分には翌年も抵抗力があるぞ、と合図している。これは、その木には免疫力があって充分な防御物質が分泌できるということを意味しているので、アブラムシの子孫などの目には脅威に映るのだろう。だから彼らは、発色の薄い病弱そうな樹木を探す。

しかし、ここまで慎重な冬支度がどうしても必要なのだろうか? いや、針葉樹はほかにもたくさんの方法があることを教えてくれる。彼らは緑色の針葉をずっとつけたままだ。毎年葉を生え替わらせようなどという気はまったくない。だが、かわりに、不凍液の役割を果たしてくれる物質を葉のなかに含めることにした。また、乾燥した冬でも水分が失われないように、針葉の表面をワックスの層で厚く覆っている。樹皮も硬く、呼吸のための気孔はとても深い部分にある。どれも水分がなくなるのを防ぐためだ。乾燥した地面からは水を吸い上げることができないのに、地上の木が水分をどんどん失えば、そのうち枯れて死んでしまうからだ。

一方、広葉樹にはそうした仕組みがない。だからブナやナラは寒い時期がくると、大急ぎで葉を落とす。では、どうして広葉は分厚い保護層や不凍液をもつように進化しなかったのだろう? 広葉樹は、毎年春になるとせっせとたくさんの葉をつくり、冬がくると葉を落とす。たった数カ月のためにこれだけのことをするのは、果たして理にかなっているといえるだろうか?

進化という観点から見ると、その答えは〝イエス〟だ。広葉樹がこの世に現われたのはおよそ1億年前と考えられているが、針葉樹はすでに1億7000万年前に誕生していた。つまり、広葉樹のほうが〝新しい〟。広葉樹が行なう冬支度は、実際とても有意義だ。そのおかげで〝冬の嵐〟という巨大な力に耐えられるからだ。

10月を過ぎたころから強風が増えてくる。樹木にとっては生きるか死ぬかの大問題だ。時速100キロに値する風が吹けば、大木ですら倒れることがある。時速100キロといえば、週に一度は吹く程度の強さでしかないが、換算すれば200トンもの重圧がかかる。ただでさえ秋の長雨で土壌がぬかるみ、根が不安定になっているので、普通ならひとたまりもなく倒れてしまうはずだ。

そこで広葉樹は対策を立てた。風の当たる面を減らすために、帆を、いや、〝葉〟をすべて落とすことにしたのだ。その結果、一本につき1200平方メートルもの面積に相当する葉がすべて地面に消えてなくなる。帆船にたとえると、40メートルの高さのマストに掲げた幅30メートル高さ40メートルのセールをたたむのと同じ計算だ。それだけではない。幹と枝は、一般的な乗用車などより風の抵抗を受けないような形になっている。しかも、しなることができるので、突風が吹いても風による圧力は樹木全体に分散する。こうした仕組みが結合して、広葉樹も無事に冬を越すことができる。

では、5年や10年に一度の強風が吹いたときにはどうなるのか? そんなとき、森の樹木は協力して危機に立ち向かう。どの木もそれぞれ独自の強さや太さや、経験をもっている。そのため、暴風が吹くと、どの木もいっせいに同じ方向にしなるが、それぞれが違った速度でもとに戻ろうとする。木が一本しかないと、最初の風で揺れてバランスを崩しているところにもう一度強風が吹いたときには、しなりすぎて倒れてしまう可能性が高いだろう。

しかし、森ではそうはならない。それぞれのスピードで揺れるので、枝同士がぶつかり合い、揺れにブレーキがかかる。そのため、バランスを崩している時間が短くなり、次の強風がくるころにはみんな静止している。だから、二度めの強風も一度めと同じように耐えられるのだ。みんな個体として自立しながらも、同時に社会としても機能している。森林を見ていると、思わず感心してしまう。とはいえ、念のために付け加えておくが、嵐の日に森に入るのはできるだけ避けたほうがいい。

話を戻そう。広葉樹が毎年欠かさず葉を落とすのは、風に対処するためだけではなく、別の理由もある。雪だ。すでに述べたように、1200平方メートルもの面積に値する葉が落ちてなくなるのだから、枝に積もるごく一部を除いて、降ってくる雪の大半は直接地面に落ちることになる。

雪よりさらに重いのが氷だ。私も数年前に体験したことがある。その日、気温は0度を少し下まわり、霧雨が降っていた。そんな天気が3日も続いていたので、私は森のことを心配していた。雨は枝に落ちるとすぐに氷に変わっていったからだ。どの木もガラスでコーティングされたように見た目はとてもきれいだったが、シラカバの若木は重みに耐えかねてみんな腰を曲げていた。

この子たちはもうだめだ、と私は悲しくなったのを覚えている。成木、特にダグラスファーやトウヒといった針葉樹もひどいありさまで、木によっては枝の3分の2を失っていた。大きな音を立てて折れた枝が落ちてくるのだ。彼らがふたたび以前のような樹冠を茂らせるには、数十年かかるだろう。

ところが、私はその後、曲がってしまったシラカバの若木たちに驚かされた。数日後、氷が溶けたときに95パーセントがまっすぐに立ち直ったのだ。それから数年たった今、彼らにはなんのダメージも残されていない。ただし、わずかとはいえ、再生しなかった木もある。曲がって安定を失った幹が折れ、ゆっくりと土に還っていった。

落葉とはつまり、気候に対する優れた防衛手段なのだ。それに樹木にとってはトイレをすませる機会でもある。私たちが夜寝る前にトイレに行くように、樹木も余分な物質を葉に含ませて体から追い出そうとする。木にとって葉を落とすことは能動的な行為であり、冬眠に入る前にすませておかなければならない。翌年も使う物質を葉から幹に取り込んだら、樹木は葉と枝のつなぎ目に分離層をつくる。あとは風が葉を吹き落としてくれるのを待つだけだ。

この作業が終わると、木はようやく休むことができる。活動期の疲れを癒やすためにも、休息は絶対に必要だ。睡眠不足が命にかかわる問題なのは、樹木も人間も変わりない。実際、ナラやブナを植木鉢に植えて、室内に置いてもその木は長生きできない。人間がいるのでゆっくり休めないからだ。ほとんどの場合、1年以内に枯れてしまう。

ところで親木の下に立つ若木には、特別なルールがある。親木が葉を失うと、日の光は森の地面にまで届くようになる。若木にとっては思う存分光を浴びて、エネルギーを蓄えるチャンスなので、まだ葉を落とすわけにはいかない。だが、気温が突然下がると大変だ。マイナス5度ぐらいの寒さになると、どの木も活動が鈍り、冬眠を始めてしまう。そうなるともう分離層をつくれないので、葉を落とせなくなってしまう。

でも、幼い木はそうなってもかまわない。まだ小さいので、風になぎ倒されることも、雪に押しつぶされることもないからだ。このような時間差を、若木は秋だけでなく春にも利用する。親木たちより2週間ほど早く新しい葉をつけ、日光浴を楽しむ。

では、どうして若木には活動を始める時期がわかるのだろう? 親木がいつ葉を広げるのか、知らないはずなのに。その答えは気温の差にある。地面の近くでは、30メートルの上空に比べて2週間ほど早く暖かい春が訪れる。樹冠のあたりはまだ厳しい風が吹いて気温も低く、暖かくなるにはもう少し時間がかかるが、地面の近くは落ち葉の層が腐葉土として熱を発するうえに、大木の枝が晩冬の風をブロックしてくれるので、上空よりも気温が高くなるのだ。秋の2週間と合わせておよそ4週間、若木は存分に生長できる。この期間だけで、生長期全体の20パーセントにも相当する。

広葉樹にはさまざまなタイプの倹約家がいる。基本的に、葉を落とす前に翌年のために蓄える物質を枝に取り込むのだが、樹木のなかには倹約する気などさらさらない種類もあるようだ。たとえばハンノキは、明日のことなどどうでもいいとばかりに緑色の葉を落とす。ハンノキは主に湿った肥沃な土地に生えるので、毎年あらたに葉緑素をつくる余裕があるのだろう。必要となる物質は、足元の菌類やバクテリアが落ち葉からつくってくれるので、それを根から吸収すればいいのだ。

窒素もリサイクルする必要はない。ハンノキに共生する根粒菌がどんどん供給してくれる。ハンノキ林1平方キロメートルにつき、根粒菌が1年で30トンもの窒素を空気から取り込んで、根に譲り渡してくれる。これは農家が畑に散布する窒素肥料よりも多い量だ。ほかの樹種が倹約に努めるかたわらで、ハンノキは贅沢な暮らしを続けている。トネリコやニワトコも同じような特徴をもっていて、秋の森林の模様替えには参加せずに、緑のまま葉を落とす。

では、色を変えるのは倹約家だけなのだろうか? いや、そうとはかぎらない。黄色やオレンジ色や赤は葉緑素がなくなったあとに見られるカロテノイドやアントシアンの色だが、同じようにのちに分解される。ナラはとても慎重な木なので、それらすべてを貯蔵してから茶色くなった葉だけを落とす。ブナは茶色くなった葉もまだ黄色い葉も落とし、サクラは赤い葉を落とす。

広葉樹の話が続いたので、少し針葉樹に目を向けてみよう。針葉樹の仲間にも広葉樹のように葉を落とすものがいる。カラマツだ。どうしてカラマツだけがほかの針葉樹がしないことをするのか、私にはわからない。葉を落とすか落とさないか、そのどちらが生き残りにとって有利なのか。もしかすると、自然の進化も答えを決めかねているのかもしれない。葉を落とさないことの利点は、春になっても新しい葉をつくることなく、すぐに光合成が始められることにある。だが、樹冠が春の日差しを浴びて光合成を始めるころにはまだ地面が凍っていることもある。そういうときには、水分が根から送られてこないため、葉が乾燥してしまう。去年できたばかりの葉はワックスの層がまだ厚くないので、水分の蒸発を抑えることができずに特に枯れやすくなっている。

ちなみに、トウヒやマツ、モミやダグラスファーといった針葉樹も葉を落とす。傷んであまり役に立たなくなった古い葉を捨てるためだ。それでもモミは10年、トウヒは6年、マツは3年、葉を使いつづける。枝が区分けされていて、その葉が何年めかもわかるようになっている。マツは毎年4分の1の葉を捨てるので、冬は少しみすぼらしい姿になるが、春にはまた新しい葉が生えて、元気な姿を見せてくれる。

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著者/ペーター・ヴォールレーベン

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© Tobias Wohlleben
1964年、ドイツのボンに生まれる。子どもの頃から自然に興味を持ち、大学で林業を専攻する。卒業後、20年以上ラインラント=プファルツ州営林署で働いたのち、フリーランスで森林の管理を始める。2015年に出版した本書は全世界で100万部を超えるベストセラーとなった。2016年、さまざまなアウトドア活動を通じて、人々に森林と樹木のすばらしさに気づいてもらうため、"森林アカデミー"を開設した。同年発表の続篇『動物たちの内なる生活』(早川書房刊)もドイツで27万部を突破し、28カ国で順次刊行されている。

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