見出し画像

SF小説を照らす灯台のような本。『新しい世界を生きるための14のSF』評・三宅香帆

『新しい世界を生きるための14のSF』
伴名練=編/ハヤカワ文庫JA


「初心者向け!? 嘘!?」
 

 ぶっちゃけ、書店の店頭で本書を手にしたら、そう思ったのではないか。

 816ぺージに及ぶ分厚い文庫本。新進気鋭のSF短篇小説を集めたアンソロジー。読み切れるかなあ、と怯みつつページを捲り始める人もいるだろう。しかし心配は杞憂だ。

「この本でSF読書デビュー」という人も楽しむことができるよう、様々な仕掛けが施してあるからだ。

 本書は、編者・伴名練の選んだ「テーマごとのSF短篇」と、さらに伴名が自ら執筆した「テーマごとのコラム」が収録されている。つまり読者は、たとえばテーマ【AI】の章で、「AIをテーマにした日本のSF短篇小説」「AIをテーマにした日本のSF小説を紹介するコラム」の双方を楽しむことができるのだ。紹介された小説は、今回の短篇を入り口にして、これから追いかけたい作家を見つける契機となるだろう。そして付された解説コラムは、日本SF小説の概観を知るのにとても良い指南役となってくれる。

 断っておくと、私自身は決して良きSF小説読者ではない。本書に収録された新人SF作家たちはおろか、往年のSF名作小説にも、未読のものが多数存在する。しかしそんな私からすると、伴名の挙げるSF小説例には「あ、この話もSFだと思っていいんだ」と驚かされる。たとえば解説において、【動物】の章で『ペンギン・ハイウェイ』(森見登美彦)、あるいは【想像力】の章で『霧笛』(レイ・ブラッドベリ)が紹介されている。「意外とSFって身構えなくてもいいかもしれない……」と思った時には、すでにSF小説の入り口の扉を開いているのだ。

 また本書は、どの章から、どの短篇から読み進めてもいいように編まれている。SF初心者にはぜひあなたの身近なジャンルから読むことをおすすめしたい。たとえば恋愛小説好きな人は、【愛】の章の「回樹」(斜線堂有紀)を読めば、良質な女性同士の恋心の愉悦に浸ることができる。あるいは児童文学が好きな人は【想像力】の章の「夜警」(琴柱遥)を読むと、昔読んだ柔らかくも厳しいノスタルジックな物語を思い出すかもしれない。歴史小説が好きな人は、【改変歴史】の章の「大江戸しんぐらりてい」(夜来風音)を読むと、江戸時代の文化人として有名なあの人が主人公! とニヤリと微笑むことだろう。そう、SF小説と一口にいえど、その出口はフィクション世界のあらゆる分野に通じている。

 今回のアンソロジーに収録された作家はほとんどが新人、SF小説家としてはまだ知名度が低いというのだから驚きである。SF初心者として読みやすい作品が多いことにも感動する。昨今は『三体』ブームをはじめ、海外SFが盛り上がっている印象を受ける。が、本書を読めば、日本のSF小説もまた異様に豊潤であることを改めて実感できるはずだ。

 SF=ロボットや宇宙船のイメージで止まっている人にこそ、手に取ってほしい。あなた好みの小説が、SFという広い海にはかならず浮かんでいる。本書はそんな勢いのある新鋭SF小説を照らす、ひとつの灯台のような1冊となっている。

------
三宅香帆さんによる本書評も掲載のSFマガジン10月号、好評発売中です。

『SFマガジン』2022年10月号


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!