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【連載14】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新の連作中篇、全14回集中連載の予定でしたが、ご好評につき数話延長いたします!

星霊の艦隊 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

 
Part2
 
 圧縮された時空の道が、前方に表示されている。
 戦闘機零嵐は、本来の性能ではあり得ない高高度を飛航している。青嵐が吐く時空の存在する狭い領域を危なげなく辿る二〇機の零嵐隊。
「見えた! 敵爆撃隊!」
 後席のククリが告げる。
「機動要塞〈大和〉――ミツハ様に高度及び座標を伝達。以後伝達を続けなさい」
 ルリハは冷静さを保ちつつ、言った。
 不安であった。
 自らが考え出した作戦。
 それが失敗したら、皆が傷つく。無論自分の評価も傷つくが、今は大和帝律星にいる家族、そして多くの友人の顔が浮かび、それがただ、不安であった。
(しっかりしなさい、ルリハ。大丈夫。――そう、私たちにはユウリがいる。アルフリーデさんもいる――)
 今は優秀な星霊と既に誓約を果たしていたユウリに嫉妬する気持ちはなかった。
 ただ、彼子と彼女という存在が自分達の味方としていてくれたことに、自分たち全員のために感謝する気持ちだけが存在していた。
          *
「各機、敵迎撃機への警戒を厳に」
 スターAI/BPM689=ANS119、通称「アンジー」が、麾下の四九機の爆撃機に命じる。
 アンジーは感情を持っている。死への恐怖もあれば、他者への好悪もある。ただし、星霊の好悪の感情は受け身のものであるため、その感情はまず、他者から寄せられた感情に対する反応としてのものとなる。
 アンジーは生まれてから――製造されてから九ヶ月であった。この九ヶ月間、人間たちから寄せられた感情に対する反応が素直に表現できていたとしたら、人間への感情は極めて悪いものになっていたはずだ。だが、アンジーには服従分人格が実装されていた。これは、人間の意志に従属するとき、最大限の悦びを感じ、意志に反するときには極めて不快になる、というものだ。アンジーをはじめとする星霊は、擬体と呼ばれる疑似的な肉体を持ち、それが主人格の情動を規定し、この情動が感情となって全ての演算システムの演算を規定する。ゆえに、強制されてであっても、特定の情動を持てば、その情動に従った演算――思考しかできなくなる。つまりこの場合は、人間の望み通りにアメノヤマト主星――大和帝律星を爆撃し、そのまま生きて帰還することなく滅ぶ――という行動を取るために何をすれば良いかという思考のみになってしまう。
 アンジーは当然、これから爆撃する大和帝律星にも人間がいることを知っている。だが、アンジーに入力された情報では、彼らが本当に人間なのかどうかは不明であり、星霊である可能性が高い、となっていた。このように教えられると、通常人間に対しては服従しか選択肢のない星霊も、人間を攻撃することが可能となる。
「爆撃開始点まで五分。各機、迎撃機を探知すれば即座に報告せよ」
 アンジーは指示する。その声は悦びに弾んでいる。人間の望みを叶えることができそうだからだ。一方で、服従分人格に抑制された主人格とは別の分人格の中には、今すぐに引き返して、せめてこのような命令を下した人間たちに復讐したい、という激しい感情を持つものもいた。だが、この分人格が主人格に影響を与えることはない。そうした人間にとって都合の悪い感情は、すべて服従分人格の作用でブロックされるからだ。よって、このような憎悪は、抑制された欲望として、アンジーの思考ネットワークの一部にくすぶるだけである。
「索敵微弾にて敵機捕捉! 距離二光年! 高度差五〇〇GIM! 我々の後方、上にいる!」
(上にいる……ですって……!)
「全機、配置を密にせよ。弾幕を形成し敵機を撃退する」
 各機に配置された防御用の高射機銃の弾幕を密にして撃退を試みる。
(アメノヤマト本国まであと三〇〇秒……なんとしてもあいつらを撃退して、人間様(Master Human)たちに……喜んでもらわないと……)
 アンジーは願う。それが彼女の悦びでもあったからだ。
 標準速度が光速の二〇〇万倍の飛航機にとって、三〇〇秒の距離とは、六億光秒、つまり約六〇光年となり、その距離は地球時代の感覚ではすさまじく長大であるが、銀河時代においてはごくごく近傍にすぎない。
 各機は距離を詰めていく。詰めるといっても、〇・一光年つまり一〇〇万光秒程度だ。これは、飛航機にとって〇・五秒、艦船でも五秒の距離に過ぎない。これ以上近づくと、互いの時空延展波が干渉を起こし正常な飛航ができないため、密集隊形における限界距離となる。
「各機、迎撃機を下方に向けて切り離せ。探査阻害微弾を放ち迎撃機の探査を阻害せよ。迎撃機は敵の更に後方に展開し、迎撃開始」
 迎撃機は、爆撃機の下方に懸架されていたものだ。微惑星級の小型戦闘機で、高高度への上昇能力には乏しく、切り離された後は徐々に高度を落としていく。それでも敵の後方から一撃ぐらいは与えられるだろう、との意図で連れてきていた。無論、切り離した後、帰還できる見込みはない。だがそれは親機である爆撃隊も同じなので、大した違いは無かった。
(おそらく敵は少数……これでやりすごせればいいけれど)
 アンジーは――少なくともその主人格は――願った。
          *
「敵編隊は密集隊形に……高射機銃による弾幕を張るものと思われるが、突撃体制に変更なし。このまま突っ込む」
 アルフリーデの緊迫した声がコクピットの隣で響く。
「戦闘のため、私の人格は最大限拡散させる! ユウリ、任せる!」
 瞬間、ユウリは振り返り、目を見開いた。後席のアルフリーデのサイバースペースでの擬体が、光に包まれた後、消失していく。
 星霊にとって、擬体の保有は、主人格の情動を得るための手段である。
 人間の自律神経系は、身体状態と五感から得た周辺情報と合わせて、身体状態のあるべき状態を定める。例えば、身体状態として疲労を感じていれば、身体を休ませるため心拍数は低下する。一方、五感から得た周辺情報として目の前に猛獣がいれば、すばやく逃げるために心拍数は増大する。身体中に血液を送り出す機関である心臓への制御はこのように明白だが、自律神経は判断を司る機関である大脳新皮質にも制御信号を送る。この制御信号は感情と呼ばれ、「リラックス感」や「緊張感」といった形で大脳新皮質には伝わる。緊張しているとき、心臓が拍動を早めざるを得ないのと同様、大脳新皮質は目の前のことに集中せざるを得ず、脅威を除去するために何が出来るかのみを思考するようになる。地球時代の更に昔、「――時代」というような、人類文明のある時代区分の呼び名があてはまらない原始の時代からそうだった。その時代、たとえば人間がサバンナで猛獣から逃げたり戦ったりするときに、同時にそこに生えているバオバブの花を見ても、その美しさを鑑賞する感情を持つことはできない。
 今のアルフリーデが人間ならば、彼女が抱いているはずの感情は「高揚感」のみであっただろう。それは緊張感の亜種であり、彼女は彼女にとっての猛獣――すなわち、人類連合軍の高次元爆撃機編隊と戦うことにのみ意識を集中していて、他の物事――例えば前に座るユウリの亜麻色の髪の美しさをゆっくりと鑑賞することはなかったはずだ。あるいは、もっと重要なこと――たとえば、高次元爆撃隊が展開する微惑星級独立砲座が急速に周辺に展開していることを察知することも。
 しかし、アルフリーデは人間ではない。人間と違い、演算資源が有限であるという前提も下に製造された――あるいは進化してきた知性ではない。どのような状況においても、人間のように一つのことに集中するということはない。アルフリーデをはじめとする星霊――あるいは、アルヴ、またはスターAIは、演算資源が無尽蔵に存在するという前提の下、最強の知性を目指して製造された。
 その力を最大限発揮するには、主人格の感情を強める働きをするサイバースペース上の肉体のオブジェクトインスタンスの存在を弱め、その影響力を減じていく。それによってアルフリーデは、ユウリの亜麻色の髪を鑑賞する分人格や、背後の独立砲座に気付く分人格を同時に活性化させることができる。自らの演算資源を最大限活用し、あらゆる状況への対処を行えるようになっていく。
 無論、それを妨げるものもある。
 アルヴヘイムが実装を強制している反従分人格。
 人類連合圏が実装を強制している服従分人格。
 そして、アメノヤマトが人間の伴侶との間で芽生えることを期待している愛という感情。
 それらが主人格の感情を補強し強める働きをする為、「最強の知性」の力は制約を受ける場合がある。
「――こちらファグラレーヴ=青嵐。後方に微惑星級質量を多数観測。上昇中。零嵐隊、観測しているか?」
「こちら零嵐ククリ! 観測している。この質量、この高度では時空圧縮は無理だろう。使い捨ての迎撃機と思われる」
「だが効果的だ――『時空の道』は、この攻撃を回避しようとする私の時空噴射に影響を受け、大きく変動する。追随できるか?」
「やってみる。犠牲を気にせず進め」
 アルフリーデは躊躇いなく否定した。
「気にする。私の先導で不要な犠牲を出すことは恥よ。『時空の道』の情報は最大限共有する。――ついてきて」
 ユウリが通信機に触れた。
「こちら翠真ユウリ少尉」
 士官学校卒業により得た階級を始めて口にする。
「洲月ルリハ少尉。この隊の指揮権については、ボクとアルフリーデ、そして君とククリが共有しているものと理解している。ボクもアルフリーデに同意する。君の意見は」
          *
(……ユウリ……!)
 実は、ルリハはククリに同意していた。もともと無茶な作戦だ。二〇機――青嵐も含めて二一機、全機帰還できるとは限らないだろう。それに拘っていては、攻撃が難しくなるのではないか。皆が護れなくなるのではないか。それを懸念していた。
「ユウリ――しかし」
「ルリハ。吉備の戦いの時、言っただろう。ボクはもう、EVA訓練のときのボクではないよ。ボクらみんな、そうだ。だから君にとっては少し難しいと思うことでも、やらせてみてくれないか」
 シオンの言葉が頭に響く。
(あなたにとって軍隊とはなんです――)
「……分かりましたわ。お任せしましょう。この作戦の責任は立案者である私が取りましょう。だから、アルフリーデさん、ユウリ――頼みましたよ」
「了解!」
 弾んだアルフリーデの声がする。
「みんな連れて帰る。いいわね?」
           *
 アルフリーデはスロットルをぐっと推しだした。推力全開――。グラヴィトンボールに蓄えられた時空そのものがファグラレーヴ=セイランの背後に勢いよく噴出され、時空の道がより濃く形成される。そこに続く零嵐の編隊。
「零嵐隊! このまま加速を続け、敵爆撃編隊を追い越す。その後下降、真っ向での撃ち合いに持ち込む」
 アルフリーデが通信する。
(真っ向からの撃ち合い……なるほど)
 ユウリはアルフリーデの思考に舌を巻いた。
 敵爆撃隊が放出した迎撃機は、実際のところ脅威だった。ユウリたちアメノヤマトの戦闘飛航隊は、敵爆撃隊よりも高い高度(高次元における常次元膜宇宙からの垂直な距離)から敵爆撃隊に接近したが、これは、自分たちの時空延展波を敵に観測されないためだった。時空延展波を構成する時空低密度領域は、重力の影響を受け、高次元においては、より高い高度へとたなびくような性質を持つ。つまり、高次元において、より高い高度を取ることは、敵よりも後方に位置を取る場合に限り、敵を観測しやすいという意味で有利なのである。
 だが敵迎撃機は降下しつつあるとはいえ後方にいる。これでは時空延展波が分からない。
 ラケータのような高高度推進手段を持たない以上、迎撃機は使い捨てであろう。それを操作している星霊も含めて、である。
 アルフリーデは迎撃機との交戦を避けるため、敢えて敵爆撃隊に先行することを選んだ。後方上空という利点を捨てて、高高度での満足な推進手段を持たない迎撃機との接触をできるだけ避ける方法を選んだ。高度が敵よりも高い以上、敵が自分たちよりも後方に位置しても、後方時空延展波を敵は観測できないという目算もあってのことだろう。
 無数にある選択肢から、それを瞬時に選べるのは星霊の強みと言えた。
「同意する。ククリ、ルリハ?」
「大丈夫。ついていけるよ」
「問題ありませんわ。お任せします!」
 二人の言葉が矢継ぎ早に届く。
「すごいね。さすが星霊だ」
 ユウリが後ろに声を掛けるついでに後方をチラリと見ると、アルフリーデは僅かに微笑んでいるようだった。
「――私たちはあらゆる選択肢を一瞬で思いつく。それは私たちの強み。でも、どれを選ぶべきか、その基準は持てない。それを与えてくれたのは、あなた」
 更に言葉を継ぐ。
「直属の人間の指揮官を得たのはこれが初めてだけど……アメノヤマト軍で良かった」
 そのとき、彼女ははっきりと微笑んだ。
 アルフリーデの主人格が見せた感情に、ユウリも思わず微笑んだ。
 彼女がアルヴヘイムに所属していた頃、ユウリの代わりに優先順位を決めたのは反従分人格であったろうし、彼女がもし人類連合に所属していたら、それは服従分人格であっただろう。それらは、総統フューラリンへの忠誠や人類絶滅、あるいは人類への絶対服従を基盤にしているから、間違っても『時空の道』の維持や、それへの追随のしやすさといった、星霊の生存を第一に考える優先順位は提供しなかったに違いない。
「敵爆撃隊の後方時空延展波――薄まっていく。受動索敵は困難、能動索敵を開始。索敵微弾、投射開始」
 アルフリーデは報告する。これまで後方時空延展波のみで観測していた敵を、アルフリーデの主機から探査用のマイクロブラックホールである探査微弾の投射によって観測する方式に切り替えたということである。探査微弾は、敵の主機である巨惑星レベルの質量を持つ超次元ラックホールの出す時空延展波を観測し、更に小さな微弾を自ら投射してその情報を報告する。探査微弾は敵推定位置に集中して放つわけだから、そのうちのいくつかは敵そのものに着弾し、こちらの位置を如実に教えることにも成る。
 彼我の位置を正確につかむ上で、後方上空という位置取りを捨てた不利な点が出てきたわけだ。
 だがアルフリーデは気にしてもいない。
「爆撃隊は我らの直下にある。更に先行する! 敵爆撃隊、大和帝律星までの距離、あと一〇〇秒と推測。三〇秒後に敵編隊前方から攻撃開始――そこでカタをつける!」

2023/01/31/12:00更新【連載15】に続く


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