ガラスの城の約束

今週金曜に映画が公開される『ガラスの城の約束』(ジャネット・ウォールズ)、とっておきの挿話を特別試し読み!

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ハヤカワ文庫『ガラスの城の約束』(ジャネット・ウォールズ/古草秀子 訳)は、好評発売中です。

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大ベストセラー『ガラスの城の約束』の映画化作品が、6/14から全国順次、公開されます(詳しくは、ファントム・フィルム『ガラスの城の約束』)。
ヒロイン(原作者ジャネット・ウォールズ)を熱演するのは、アカデミー賞受賞女優ブリー・ラーソン。映画のなかで印象深い、父と幼いジャネットが砂漠で星空を見上げて語りあうクリスマス・イヴのシーンは、原作においても、とびきり美しい場面。多くの読者が胸に響いた挿話としてまっ先にあげています。詩的なロマンを湛えた珠玉の一節を、まだ読んでいないあなたに特別公開!

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「第二章 砂 漠」 よ り


私はサンタクロースがいると信じたことなどない。

我が家の子どもたちはみんなそうだ。そんなものを信じてはいけないと教えられて育ったのだ。高価なプレゼントを買ってやれない両親は、クリスマスの朝目覚めてツリーの下にサンタクロースがくれた素敵な玩具を見つけて喜ぶよその子どもたちを、私たちが羨むのを良しとしなかった。

そこで、よその子はみんな親に騙されているだけで、北極圏で鈴つき帽子をかぶった妖精たちがつくっているという玩具には、じつはメイド・イン・ジャパンというラベルがついているのだと、私たちに教えた。

「だからって、あの子たちをばかにしちゃいけないよ、ばかげた迷信を信じるように洗脳されてるだけなんだから」母が言った。

我が家でもクリスマスを祝ったけれど、それはいつも、12月25日から一週間ほど過ぎて、まだ綺麗なリボン飾りや包装紙が捨てられ、飾りがついたままのツリーが道ばたに放置されてからのことだった。プレゼントには、クリスマス後のバーゲンセールで、ビー玉や人形やぱちんこを買ってくれた。 

父が監督と喧嘩して石膏鉱山をクビになって、その年のクリスマスがやってきたとき、我が家は一文無しだった。

クリスマスイヴの晩、父は私たち子どもを一人ひとり順番に砂漠へ連れだした。毛布を体に巻きつけた私は、自分の番がまわってきたとき、一緒に毛布にくるまろうと父に提案したが、父は大丈夫だと断った。

父は寒さをものともしなかった。5歳だった私は父の隣に座って、一緒に夜空を見上げた。父は星の話をするのが大好きだった。地球の自転につれて星空がどんな具合に変化するかを説明してくれた。星座の見つけ方や、北極星の在りかで方角を知る方法も。

あの輝く星たちは、荒野に住む俺たちのような人間への特別な贈り物なのだと、父は空を指さした。都会の金持ちは立派なアパートに住んでいるけれど、空は汚染されていて星は見えない。こんな綺麗な星が見える場所と、都会の暮らしを取り替えるなんて、俺は絶対ごめんだと。

「一番好きな星をひとつ、選んでごらん」父が言った。

それはおまえのものだ、クリスマスプレゼントにやろうと、父はつづけた。

「星をあげるなんてできっこないでしょ! 星はだれのものにもならないわ」

「そうだな。星を持ってるやつなんてきいたこともない。だから、先を越される前に自分のものだと宣言してしまえばいいんだよ、コロンブスのやつがスペイン女王イザベルのために『新大陸発見』を宣言したみたいに。それで十分理屈は通るさ」

その言い分は正しいように思えた。父はいつもそんなふうに問題を解決した。

どれでも好きな星をあげるよ、ただしオリオン座の一等星のベテルギウス星とリゲル星はもうローリとブライアンにやってしまったと、父は言った。

私は夜空を見上げて、一番美しい星を選ぼうとした。

砂漠の澄みきった夜空には、数百とも数千とも数百万とも思える星々が瞬いていた。熱心に見れば見るほど、目が暗さに慣れてたくさんの星が見えるようになり、しだいに幾層にも輝く無数の星が姿を現した。と、西の空低く、山並みの上あたりに、ひときわ明るく輝く星がひとつ見えた。

「あれがいいわ」私は決めた。

父はにやりとした。「あれは金星だ」金星は惑星だから恒星ほど綺麗じゃないと、父はつけくわえた。

大きく明るく輝いて見えるのは、恒星よりも近くにあるからだ。金星は自分で光を発してはいない、反射しているだけだ。反射光は一定しているから惑星は輝いて見えるが、恒星は光を脈打つように発するから瞬いて見えるんだよ、と父は説明した。

「とにかく、あれがいいの」私は譲らなかった。

クリスマスよりもずっと前から、私は金星が大好きだった。金星は夜明けに西の地平線で輝き、早起きすれば見られるが、星は朝には消えてしまう。

「まあ、いいさ。なにしろクリスマスだ。欲しければ惑星だろうとなんだろうとおまえのものだ」
そして父は私に金星をくれた。

クリスマスの夕食を食べながら、家族で宇宙の話をした。父は光年やブラックホールや恒星状天体について語り、ベテルギウス星やリゲル星や金星の特徴を説明した。

ベテルギウス星はオリオン座の肩に位置する赤い星だ。人間が目で見ることのできる最大の恒星のひとつで、太陽の数百倍も大きい。数百万年ものあいだ輝きつづけてきて、もうすぐ超新星となって燃え尽きる。ローリはぽんこつの星を選んでしまったのかと私は心配になったが、星の話をするときには「もうすぐ」といっても何十万年も先なのだと父が説明した。

リゲル星は青い星で、ベテルギウス星よりも小さいけれど輝きでは勝る。やはりオリオン座にあって、水の上も歩けたというギリシャ神話の狩人オリオンの左足に位置し、ブライアンはすばらしく足が速かったので、とてもふさわしく思えた。

金星には月のように周囲をまわる衛星はないが、地球に似て大気のようなものが存在する。ただし五〇〇度近く、きわめて高温だ。「だから、いずれ太陽が燃え尽きかけて、地球が寒くなったら、みんなが暖を求めて金星へ移住したがるかもしれない。そうなったら、まずはおまえの子孫の許可が必要だな」父が笑った。

サンタクロースを信じている子どもたちはクリスマスには安っぽいプラスチックの玩具しか貰えないんだと、私たちは笑った。

「何年かすれば、玩具は壊れたり見向きもされなくなったりするけれど、おまえたちには星がある」父は満足げだった。

 
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■著者紹介■ ジャネット・ウォールズ Jeannette Walls

       写真(禁転載)©John Taylor

米国の作家・ジャーナリスト。1960年生まれ。名門女子大バーナード・カレッジ卒業。《エスクァイア》誌、《USAトゥデイ》紙等に寄稿、MSNBC.comで連載したコラムは高い人気を誇った。2005年、秘めてきた少女時代をつづった本書が、ヤングアダルト世代に特に薦めたい大人向けの本に贈られる「全米図書館協会アレックス賞」をカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』等と共に受賞。全米350万部を突破、世界35カ国で翻訳され、2017年に映画化もされる大ベストセラーとなった。初の小説 Half Broke Horses: A True -Life Novel(2009)が《ニューヨークタイムズ》紙のベストブックに選出されている。近著にThe Silver Star(2013)。現在、再婚した夫で作家のジョン・テイラーとヴァージニア州郊外の農場に暮らす。

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ハヤカワ文庫『ガラスの城の約束』(ジャネット・ウォールズ/古草秀子 訳)は、好評発売中です。
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