冤罪から陰謀論まで 〈道徳感情〉で世界を読み解く【管賀江留郎×橘玲 特別対談】
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冤罪から陰謀論まで 〈道徳感情〉で世界を読み解く【管賀江留郎×橘玲 特別対談】

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌――すべての悲劇の根本原因は、私たちの〈道徳感情〉にあった! 冤罪事件の考察を通じて人間本性を抉る話題作、管賀江留郎冤罪と人類――道徳感情はなぜ人を誤らせるのか(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。本書の刊行を記念し、著者の管賀氏と、『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などの著作をもつ作家・橘玲氏との特別対談を公開します。

冤罪と人類

冤罪と道徳感情

橘 『冤罪と人類』を読ませて頂きましたが、よくここまで調べたものだと驚きました。なかでも目から鱗だったのは、〈二俣事件〉最高裁の判事の話。一審二審とも死刑判決だったのを破棄して差し戻すというリベラルな判断ができたのは、実は自分たちが過去に同じような「冤罪体験」をしていたからだという。

管賀 道徳感情を掻き立てられると人々は真実が見えなくなり、無実の人を犯人だと思い込んで非難したりすることがあると理解するには、自分が体験するのが一番早いですからね。

 逆に言えば、司法という伽藍の中に守られていると、独善的な判断を下してしまう可能性もあるということですよね。

管賀 そうですね。冤罪は人間社会を考えるうえで重要なテーマだと思います。たとえば、殺人事件が起きたときに目撃者がいなければ、因果の推察で考えるしかない。目撃者がいたとしても、間違っているかもしれませんし、嘘をついているかもしれない。いろんな証拠を集めても、推察ですから間違いが入る。殺人事件の裁判でなぜ悪いやつを弁護士が弁護しないといけないのかというと、人間には進化の結果として認知バイアスがあって、因果の推察にはエラーが起こりうるから、それを防ぐために反対の立場から意見し合う必要があるのです。そうやって認知バイアスが多少は正される。こういった進化心理学に関するあたりは、橘さんはどのように読まれましたか。

 進化論の部分は本書で書かれている通りだと思います。人間の感情や選択、行動は、すべて進化の圧力によって設計されてきた。脳は環境に適応するよう最適化されているわけですが、私たちが今置かれているのは、あるときは親切かもしれないけれど、ある時はとてつもなく残酷で邪悪になる、そういう高い知能をもった“動物”に囲まれているという状況。これはきわめて特異で、人類独特の環境です。そのなかで生き延びるために、ある種の社会的な感情――たとえば共同体と一体化するとか、名誉を重んじるとか、他者に共感するといったことが進化してきたわけで、それが文化のなかで「道徳」としてまとめられたのでしょう。評判を失うと集団から放逐されて死んでしまうかもしれないし、大きな評判があれば集団のヒエラルキーの上位に立てて、性愛競争でも有利になる。私たちはみんな“自尊心メーター”を持っていて、その針が一定以下に下がらないよう管理している。そのためなら「死にものぐるいで何でもやる」という思考・行動が、社会を複雑にしている根本原因ではないかと思います。

管賀 さらに複雑なのは、評判は言葉による伝言ゲームですから、間違いも多い。一番典型的な間違いが冤罪です。なにも悪いことをしていないのに悪い評判がつく。道徳によって悲劇も起きてしまうわけです。アダム・スミスの『道徳感情論』は「人間には共感能力がある」という部分が注目されますが、本当は「共感によって起こる悲劇をいかに克服するか」という本だと思います。

 所属するグループへの共感を意識させると、自分と違うグループに対しての配慮がなくなるという研究があります。「俺たち(仲間)」と「奴ら(それ以外)」という分断のなかで「俺たち」を結束させるのが、共感の進化的な役割なのでしょう。「共感力=素晴らしい」わけではないというのは、おっしゃる通りだと思います。

管賀 結束した仲間内でも、「あいつは犯罪者だ」となると道徳感情が向けられ非難を受けますからね。「我々」と「彼ら」というのは、つねに流動的です。それをどう克服するかというのがアダム・スミスの問いに他なりません。〈公平な観察者〉をいかに確保するか、という。

ヒトの脳は陰謀論的にできている

 『冤罪と人類』が面白いのは、冤罪という視点から道徳の問題にアプローチしていることです。国家権力や社会統制の問題も含まれていて、より奥が深い。

管賀 国家もまた、人間の評判を最大化するために作ったものですしね。

橘 現代の複雑な状況の背景には、認知バイアスのゆがみ――私の言い方では「進化論的な合理性」が「論理的な合理性」とずれてしまうという問題がある。そこに気付くことに大きな意味があると思います。

管賀 人間の歴史は、それを克服しようとしてきた歴史ですね。一番正解に近づいたのは、アダム・スミスとエドマンド・バークだと思います。

 バークのようなイギリス保守思想の背景にはフランス革命という歴史的大事件があって、「自由で平等な社会」の理想が実現したらどうなるのかを考えた。ある意味、当時の保守主義者が警告していたことが、今起きている。

管賀 自由や平等だと民主制が活性化していろんな意見が出てくるので、認知バイアスを克服する可能性は増える。問題なのは、「美しい計画」を追い求めてしまうことです。現実を無視した理想をかかげることが危ない。そうやって〈システムの人〉になってしまうと、一つの答えにみんなが集まる。陰謀論もそうです。

 あるインタビューで「人はなぜ陰謀論にはまるのか」と聞かれたのですが、これは質問の仕方が間違っていて、もともと脳の基本設計は陰謀論で思考するようにできているのだと答えました。なぜ太陽は昇って沈むのか、なぜ病に侵されて死んでいくのか……自分が理解できないことが次々と起きる状況は、まさに実存的な不安です。そこから逃れるために、旧石器時代の人々は必死に因果論的な説明を探したのでしょう。科学以前の時代に自然現象に何らかの説明をつけようとすれば、呪術的な物語をつくるしかない。そういう意味で、ヒトの脳は陰謀論的にできているのだと思います。

管賀 陰謀論が力を持つ時代と持たない時代がありますね。今のアメリカの状況を見ると、自分たちが選んだ人物が大統領になり、自分は真面目に働いているのに生活が全然よくならない……これを「闇の政府」の陰謀だと考えるのは、ある意味で自然なことだと思うんです。アメリカでは企業献金が無制限にできるようになりましたから、議会で富裕層や大企業に反するようなことは決められない。それを正そうと思うときに、陰謀論にはまっている人を非難してもしょうがない。格差の問題を根本から解決しないといけないわけですから。

 最近邦訳が出たマイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』でも論じられていますが、アメリカはある種の人工国家で、身分や階級のないリベラルな知識社会の理想を追求してきました。人種や性別、性的指向などに関係なく、誰もが平等な機会を得られるような社会を作ろうとしても、どこかで評価や選別をしないといけない。誰を大学に入れ、入社させ、昇進させるのか。そういうときの公正な評価が、学歴、資格、経験といった「能力(メリット)」で、これが「メリトクラシー(能力主義)の専制」を生み出したというのですが……。

管賀 でもそれは、進化的な人間の適応には反している。今もいる狩猟採集民を見ると、獲った食料を平等に分けるだけでなくて、評判も平等に分けるんです。狩りの能力には格差があって、ごく一部の人が9割ぐらいの獲物を獲る。逆に1年間1匹も獲れないという人もいる。すると評判は狩りができる人に集中してしまい、大多数の人は面白く思わない。そのため、みんなで狩りの名人を徹底的に罵倒します。でも、悪口で人の評判を落とすことはできるけど、自分の評判を上げることはできない。そこでどうするかというと、ある部族はランダムに道具を交換するんです。狩りの名人が獲物を得るけれど、それは彼個人の手柄じゃなく、道具の持ち主の手柄になる。道具はランダムに交換し、評判は全員にいきわたる。狩りの名人も、自分が評判を独占することで周囲を敵に回す必要がなく、安全なわけです。みんなにとって幸福になる。
 終身雇用や年功序列といった日本的経営もこれと似ていますよね。会社の中で本当に利益をあげている人はごく一部なわけです。大多数の人は会社に利益をもたらしていないし、マイナスのことしかやっていない人もいる。でも、給料も評判も平等にもらえる。むしろ、利益をもたらしてる人はあまり出世できず、なんの利益も生んでない人が社長になるなんてことも珍しくありません。そういう意味では、理想的なベーシックインカムの仕組みです。お金も評判も平等に分けることで、社会全体の安定を保つ。

橘 ただ、今の社会を動かしているのは、「自由な社会で自分らしく生きたい」「自己実現したい」というリベラリズムですよね。これは長大な人類史のなかで、1960年代ぐらいに初めて現れた極めて特異な価値観です。それまでは、共同体のなかに埋め込まれて生きていくしかなかった。それが第二次世界大戦後に「とてつもなくゆたかで平和な時代」が到来したことで、「すべての人が自分らしく生きることができるリベラルな社会」が理想とされるようになった。こうなると、「one for all, all for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」という共同体主義的な価値観はお話の中だけのものになっていく。これが、会社に滅私奉公する日本的な働き方が若者から見放されている理由でしょう。
 性別や人種や宗教が異なる多様な人たちが「自分らしく生きたい」と望めば、それぞれの主義主張がぶつかるわけですから、当然、利害関係が錯綜して社会は複雑になっていきます。皮肉なことに、社会がますますリベラル化していることが今の閉塞感や生きづらさの一番の要因なのだと思います。

格差が過激化をもたらす理由

管賀 一方で、先ほどの部族の話と同じで、格差が広がってしまうと一部の人の命は危なくなります。トランプを支持するような保守的な白人がビル・ゲイツやヒラリー・クリントンを嫌う根底には、金持ちが気に入らないという感情がある。この状態を放置していると、富裕層にとってもまずいと思います。個人的に命を狙われるというだけではなく、革命なり戦争なりで自分の財産までもおびやかされる。

 まさに映画『ジョーカー』で描かれた世界ですね。歴史学者のウォルター・シャイデルは「格差が広がる理由は一つしかない、それは平和だ」と言っています。アリとキリギリスの童話のように、平和な時代が続けば、稼いだ金を全部使ってしまう人と貯蓄する人の差は年数が経つほど複利で広がっていきます。人類の歴史をみれば、格差を縮小させたのは戦争や内乱、統治の崩壊、感染症のような災厄で、それによって社会が「初期設定」に戻される。第二次世界大戦以降、平和が続く先進国で格差が拡大するのは当然ということになります。

管賀 その格差の拡大は正しいと主張しているアメリカの保守派は、一方で1950年代の偉大なアメリカ社会に戻せと云っています。しかし、当時のアメリカの所得税は最高税率91パーセントで、法人税も現在の何倍も高かったのです。その上、経営者と標準的労働者の給与格差は約20倍にとどまっていました。今は300倍です。じつにおかしな話です。

 貧しい若者が戦場に送られる一方、、富裕層だけがぬくぬくしていれば、管賀さんがおっしゃるように、暴動が起きて富裕層は殺されかねない。だから終戦直後の混乱期には、経済的に成功した人間が富を社会に還元するのは当然だと考えられていた。しかし平和な時期が数十年も続くと、累進税率の道徳的な背景があいまいになって、自分が稼いだ金を国家が搾取するのはおかしいという議論のほうが優勢になり税率が下がる。アメリカの経済史家はこのような説明をしています。

管賀 でも、もし実際に動乱が起きたら富裕層はやられてしまう。狩猟採集民が獲物や評判を平等に分けようとしていた時代から、人間の頭のなかは変わっていませんから。これは危険なことだと思います。道徳感情が強く刺激されると、因果の推察を間違え、非科学的な因果関係を考え出して、それが正しいと思い込んで過激化してしまう。格差が拡大したなかで自分の苦境は誰のせいかと考えて、左右に分かれていると思います。ある人はそれを移民や黒人のせいだと言い、ある人は金持ちのせいだと思っている。

 管賀さんのおっしゃるように、コロナ禍でものすごく多くの人が、今の社会に生きづらさを感じているのは間違いありません。こうしてリベラルも保守も、必死になって、「悪(元凶)」を探そうとする。その極端なかたちが「ディープステイトが世界を支配している」とか、「ビル・ゲイツがワクチンに見せかけてマイクロチップを埋め込もうとしている」とかの陰謀論で、収拾がつかなくなってきているのが現状です。でもこれは突き詰めれば、「自分らしく生きたい」というみんなの願いが(ある程度)実現したからだと思うんです。

管賀 ただ、民主制には憲法があって、みんなに選挙で選ばれた政府を縛っていますから、本来みんなの望むようには仕組みとしてできていない。かつての共産主義を思い浮かべるとわかりやすいと思いますが、〈システムの人〉は自分の理想的な計画を描きます。啓蒙主義者は、ルネッサンスの考えをもとに平等で人間の尊厳を守る社会を作りたいと計画を立てたものの、大混乱をもたらしてしまった。それを抑え込もうとして制度ができた。民衆が選んだはずの政府が、憲法や裁判所によって自由を制限されているのはなぜか? それは、選挙で選ばれた政府がなんでも好き勝手にすると、破滅をもたらすからです。フランス革命以前からそう考えられていました。世の中がおかしくなるのは、人間の認知バイアスで目の前の現実が見えなくなっておかしな計画にとりつかれてしまうからです。それを抑え込むのに一番いいのは、人間に考えさせないこと。人間に考えさせると認知バイアスが入り込みますから。

 そんなことができるのでしょうか。

管賀 古代社会では占いなどをもとに政治を動かしていたわけですが、占いは人間の考えが入らないという点で合理的です。しかし、デルフォイ神殿の巫女が買収されて誰かの都合の良い神託を述べたりといったことが実際にあり、やっぱり人間の認知バイアスが入り込む。これではダメだと考え出されたのが民主制です。多数の人がわいわいやって妥協しているうちに、誰の考えでもない一つの答えが出る。認知バイアスがまったく入らないわけではないのだけど、減らすことができる。どんなに頭の良い人間でも、ひとりの頭で考えると認知バイアスが入り込んでしまいます。

橘 それはおっしゃるとおりですね。

管賀 言い換えれば、ランダム性を持ち込むために民主制が出てきたと思うんです。なぜ平等や自由が必要かというと、ランダム性をもたらすためです。裁判で陪審員や裁判員を集めて事件についての判断を受けるのも、いろんな立場の人がいろんな角度から見て、認知バイアスが入っていないかどうか確認し、本当の犯人なのか考えるためです。一人ひとりに認知バイアスがあるので必ず正しい答えが見つかるわけではありませんが、ランダム性を持たせることが重要です。

橘 しかし、たとえば池袋暴走事故を裁判員が裁けば、ランダム性は消えてしまうのではないでしょうか。「上級国民」を厳罰に処すべきだという世論の圧力に裁判員が影響され、加害者に度を超えた刑を科すかもしれない。認知のバイアスという面から考えると十分ありえますよね。

管賀 そこでみんなが〈システムの人〉になって同じ考えになるとまずいですね。裁判員も裁判官も間違えることがある。でも、大勢の人間がかかわることで認知バイアスが減ると期待されているわけです。認知バイアスを減らす仕組みをどうするのかということを、人間は長年かけて考えてきた。
 凶悪犯罪が起きたり格差が拡大すると道徳感情が強く刺激され、因果推察の錯誤に囚われみんなが一定方向に暴走してしまうのです。そうなると陪審制や民主制も認知バイアスを減らすどころか逆に増幅して破滅に向かいますから、法律や憲法や独立した裁判所からの縛りなどで、人々の好き勝手にできないようになっている。何重にもランダム性を確保しようとしているわけです。

残酷な「評判格差」の時代

――評判という話でいうと、SNSでは「いいね」やフォロワー数の形で評判が数値化されています。

 SNSはますます評判獲得ゲームになっていますよね。世界じゅうでこれだけ急速に広がったのは、人間の脳が、「できるだけ多くの評判を獲得する」ように設計されているからだと思います。ツイッターには100万とか1000万の評判(フォロワー)を持つ少数の人と、フォロワー5人とか10人の無数の人たちがいて、完全にロングテール構造です。そういう意味では、より本質的なのは、「経済格差」ではなくて「評判格差」だと思います。他人がお金をいくら持っているのかはわかりづらいけれど、どれだけ評判を持っているかはツイッターでもインスタグラムでも全部可視化されていますから、こちらのほうがはるかに残酷です。
 ZOZOの前澤元社長がツイッター上で1億円のお年玉プレゼント企画をやっていましたが、あれは経済力で評判を買う象徴的な例ですよね。経済格差と評判格差の相乗効果によって、あらゆる格差がますます拡大していく。

管賀 評判について考えるときにもうひとつ重要な要素は、ユースバルジの問題です。バルジというのは膨らみのことで、ユースバルジは若者が突出して多い状態。中東で問題が起きてきた背景にはユースバルジがあって、1973年の石油ショックを境に石油が値上がりし、中東諸国は経済成長で乳幼児の死亡率が急激に下がり、20年後の若者人口が増えた。一方で、石油依存の経済では大卒の若者にふさわしい仕事がなく、不満を抱えもつ。ちょうどそのころアルカイダ、アラブの春、IS(イスラム国)の動乱が起きました。中東全体に広まったのは、同じような不満をもつ若者が大勢いたからです。逆に日本や欧米で格差が広がっても混乱がおさまっているのは、若者人口が少なくユースバルジがないから。アフリカや東南アジアはユースバルジが当分続くので、混乱はこの先も起きるでしょう。若者に評判を与える必要性を考えないといけません。

橘 先ほどの話につながりますね。仲間内での評判は性愛に直結しますから、若者ほど「評判格差」は深刻です。問題なのは、「貨幣は分配できるけど評判は分配できない」ことです。

管賀 少なくともそれを変える目標を持たないといけません。どの国も失業率を下げようとしているのは、評判を分配することにつながります。

橘 ただ、評判は相対的なものなので、ただ働いていればいいわけではなく、もっと給料の高い仕事に就きたいとか、彼女・彼氏を持ちたいとか、ブランドものでリア充アピールしたいといった自尊心(アイデンティティ)につながってしまう。失業率さえ下がればみんなが満足するわけではないですよね。

管賀 若者の数が減っているのに、陰謀論にとりつかれたり、ヘイトスピーチをしたりという人が結構いるというのは、潜在的な不満があるかもしれないですね。このままの状態を推し進めていくと世界が崩壊してしまうかもしれない。それを防ぐための方策、たとえばベーシックインカムにしても、単に金の分配だけでなく、評判を分配する方法を考えないと。
 ツイッターに関しては、AIが面白いツイートを大量に生成してランダムに配り、それを自分のものとしてツイートすることによって評判の再分配ができるようになるかもしれません。AIが創ったツイートに「いいね」をもらって嬉しいのかと思いますが、考えてみればパクツイなんてことをやる人が大勢いるんですから、これでもある程度の満足感は得られるわけです。
 見つかるとみんなから非難されるのに、他人のツイートを盗む人は後を絶ちません。そんなことをしてまで「いいね」が欲しい。道徳感情によって評判を求めるように進化した人間の性質です。AIからランダムに配られるものなら合法的で誰にも非難されませんから、遥かに満足度は高いでしょう。
 SNS以外の社会全般でも、こういう仕組みを編み出さなければなりません。

橘 非常に興味深いです。今日お話ししてあらためて思ったのは、すべての人がやっているのはつまるところ自分の「評判(自尊心)管理」だということです。自分の評判を守るためなら、他人の生命や正義ですらどうでもよくなってしまう――冤罪というものも、そういう人間の本性にかかわっていると思います。

管賀 生物は「遺伝子の乗り物」だといいますが、人間は「評判の乗り物」といっていいでしょう。良きことをした者には報酬を与え、悪しきことをした者には罰を与えたいと思う、道徳感情を発達させることにより生き延びてきた人類の、それが本質なのです。

(2021年4月13日/オンラインにて実施)

管賀江留郎(かんが・えるろう)
少年犯罪データベース主宰。書庫に籠もって、ただひたすらに古い文献を読み続ける日々を送っている。著書に『戦前の少年犯罪』。

橘玲
(たちばな・あきら)
作家。1959年生まれ。『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』『朝日ぎらい』ほか著書多数。

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