
過去の歴史に現在の姿が、現在の歴史に過去の姿が見える。『ヴィクトリア朝時代のインターネット』『謎のチェス指し人形「ターク」』著者トム・スタンデージ氏インタビュー
英経済週刊紙「エコノミスト」(The Economist)編集者のトム・スタンデージ氏の2冊の著書、『ヴィクトリア朝時代のインターネット』と『謎のチェス指し人形「ターク」』が今年に入って相次いでハヤカワ・ノンフィクション文庫に収められ話題になっている。
インターネットやAIのルーツを18世紀以降の歴史の中で探った新鮮な視点で欧米での注目度は高く、『ヴィクトリア朝時代のインターネット』はテレビ番組でも何度も取り上げられ、『謎のチェス指し人形「ターク」』は現在、Netflixでのドラマ化が検討されているという。
新装なった両書に対するスタンデージ氏の思いを、訳者の服部桂が聞いた。

トム・スタンデージ (著)・服部 桂 (翻訳)
(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

トム・スタンデージ (著)・服部 桂 (翻訳)
(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
――これまでどういう仕事をされてきたのですか?
1998年に「エコノミスト」にサイエンス担当記者として入ってから、現在は副編集長として、これからのテクノロジーの動きを日々追っています。さらには、そうした成果をビジネスや地政学的な観点からまとめて今後のトレンドを考える「The World Ahead」(これからの世界)という年刊特集号の編集も担当していて、私が考える来年以降の予測記事なども書いています。(https://www.economist.com/the-world-ahead/2023/11/06/tom-standages-ten-trends-to-watch-in-2024)
またこうした仕事とは別に、これまでに7冊の歴史書も書いてきました。今回出版された2冊以外にも、2013年にはSNSの歴史を古代ローマ時代から探る本(Writing on the Wall: Social Media—The First 2,000 Years)、それ以前には、海王星発見の歴史(The Neptune File:2000年)、『世界を変えた6つの飲み物』(インターシフト、A History of the World in 6 Glasses:2005年)などがあり、2021年には、車の未来を占う本(A Brief History of Motion: From the Wheel, to the Car, to What Comes Next)も出しています。
――1998年に出されたデビュー作『ヴィクトリア朝時代のインターネット』が、ネットバブルの起きていた当時の業界で大きな話題になっていて、おまけにその4年後に出された『謎のチェス指し人形「ターク」』にはAIの意外なルーツが描かれており、衝撃を受けましたが。
『ヴィクトリア朝時代のインターネット』は当初、「ネットのカルトな古典」(dotcom cult classic)などと評され、シリコンバレーを中心に熱狂的なファンも多かったと記憶します。
ある日、ウィキペディアの創設者ジミー・ウェールズ氏と夕食に偶然同席したことがあり、話の流れでテクノロジーの歴史について論議することになりました。すると彼が歴史を学ぶなら私のこの本を「ぜひ読んだ方がいい!」と勧めてきたのです。結局私がその本の著者だと告白して大笑いになりました。
また『謎のチェス指し人形「ターク」』が出たばかりの2002年に、シアトルの友人が開いてくれた小さな夕食会に、アマゾンのジェフ・ベゾスも来ていたのです。現在ほどお金持ちでも有名でもなく、あまり目立ってはいませんでしたがね。そしてその会合から少しして、アマゾンがこの本のタイトル(原題)から取った「メカニカル・ターク」という、オンラインの利用者にタグ付けなどの作業を依頼するプラットフォームを立ちあげたのを知って、こりゃなんだ!と思いました。このサービスはまさに、アマゾンという巨大な自動人形のような存在を人間の利用者が裏で助ける話なのです。
――もともとどういうきっかけで、これらの本を書くことになったのですか?
この2つの本が扱っている電信と自動人形(オートマトン)には、電信がインターネット、自動人形がロボットやAIと、現在非常に似通ったテクノロジーが存在します。それに気づいて、過去に人々がこうしたものにどう反応したかの記録が、いまの人々がネットやロボット、AIなどをどう扱うかを考えるうえで参考になると思ったのです。
1860年代に電信が普及すると、人々はそれが世界に平和をもたらすと考えましたが、1990年代のインターネットの普及時にも世間では同じような意見が流布していました。そして両者とも、新しい犯罪やオンライン婚を生み出し、ニュースの伝搬やビジネスのスピードを速めることになりました。
同様に1770年代に出現したチェスを指す機械式の自動人形は、機械は考えることができるのか、考える機械というものに危険性はないのか、人間の仕事を奪うのではないかという、現在のロボットやAIに対するのとまるで同じような世間の反応を引き起こしました。
私は歴史を扱う本で、過去の歴史に現在の姿が、現在の歴史に過去の姿がそれぞれ同じように再現されていることを示したかったのです。
また2013年に書いた『Writing on the Wall』では、現在のSNSのルーツを、古代ローマ時代に見い出そうとしました。この本も現在のネット社会を考えるうえで、おおいに参考になると思います。
これらを通して学べることがあるとすると、テクノロジーはいろいろなものが出現して消えていくものの、人間の本性はそのままで、何世紀もの時代を隔てて違ったテクノロジーが出て来ても、まるで似通った反応をするということです。
――そうした本の視点はかなりユニークですね。
底流として潜んでいるテクノロジーの変化と、それによって引き起こされる社会的・文化的な変化の両方を同時に調査することはなかなか困難です。新しい開発の現状を追いつつ、それによって起きる、もしくは起こりうる変化までを目配りし、それらをまとめて本に書いていく事が、自分のジャーナリストとしてやるべき課題だと思っています。そのためには非常に多様な情報源を総合的にまとめ上げるための努力が必要ですが、それを楽しんでやっています。
――今回出された本を書いてから少々時間が経過しましたが、その後の変化について感じるところはありますか?
『謎のチェス指し人形「ターク」』を執筆していたのは2001年で出版は翌年でしたが、それはちょうど現在の第三次AIブームが起きる前のタイミングでした。その頃にはAIは低調で、最近の注目の元になったディープラーニングの技法が出て来たのは、やっと2010年頃の話です。
私は学生の頃にはオックスフォード大学のコンピュータ科学部門でAIシステムを作る研究をしており、1990年代にすでにAIについてもいろいろ書いていました。しかしAIがなかなか実用化しないのでしびれを切らして、もっと広い分野を取材するジャーナリズムに転向したんです。
しかし近年になってAIの分野で急速な発展が起きたので、ジャーナリストとしての仕事を楽しみながらこの分野の記事をいろいろ書いています。そのおかげで、この本の内容がより現在の状況と深い関係にあることが実感できるようになってきたんです。
歴史本に書いた自動人形や電信の話は、過去の出来事として現状に左右されません。ところが現在のテクノロジーの方が日々変化していくせいで、何年も経った私の本の内容といろいろ比較してより深く語れる機会が増え、ずっと読まれているという結果になりとても驚いています。
――最近はどういう分野に関心を寄せていますか?
現在一番関心を持っているのは、科学革命の時代とともに始まった探偵小説についてです。ホームズのような探偵はいつの時代でも、最新のテクノロジーや方法論を駆使して犯罪を捜査しています。こうした相互の関連について、まだどんな本が書けるかわかりませんが、いろいろと興味に任せて調査中です。
――世間はまだ騒いでいますが、AIの今後についてはどう考えていますか?
AIは重要なテクノロジーです。現在はインターネットと組み合わさったAIへの期待が過熱する一方で、悲観論や懐疑論も出ていますが、実際の現状はこうした二極化した反応の間のどこかにあるはずだと思います。しかしAIはインターネットがそうであったように、重要で有用なツールとして、われわれの生活のあらゆる面に影響を及ぼすでしょう。
私としては、AIが進化を遂げて人間に不死をもたらすという最も楽観的な意見や、AIがわれわれの仕事を奪って人間を滅ぼすという最も悲観的な意見のどちらにも賛成はできません。こうした極端な見方はメディアの見出しには使いやすいですが、AIはその両極論に陥ることのない、それらの中間に属するテクノロジーだと思います。
AIも他のテクノロジー同様、良い面と悪い面を備えており、潜在的に生産性を向上させる可能性がある一方で、偏見を生んだりいろいろな失敗も生み出したりするでしょう。そうした場合考えるべきは、それから生み出される良い面をいかに最大限にし、その欠点をいかに最小限に抑えるかということです。
――それ以外にも期待しているテクノロジーは?
スマートグラスがもっと進歩して安くなることで、オーグメンティッド・リアリティー(拡張現実)やミクスト・リアリティー(複合現実)と呼ばれるVRの可能性が高まることをずっと期待しています。これらとAIが合体することで、次世代の新しいコンピュータやネットとのインターフェースが実用化されれば、現在のスマホの次のトレンドとなるでしょう。しかしそれは2030年以降までは起きないかもしれません。
――日本に対してはどう考えられていますか?
まず今回のような形で、私が昔に書いた本が美しい文庫本になって、引き続き日本の新しい読者の皆さんに届いていることを大変うれしく思っています。
日本にはもう長いこと行っていませんが、楽しい思い出ばかりが残っています。私の印象では、欧米がテクノロジーに悲観的で悪い話ばかり取り上げるのに対して、日本はテクノロジーの可能性について、より良い未来を拓いてくれるという楽観的な期待をまだ持っている国ではないでしょうか。新幹線やゲーム機、最新型のスマホに溢れている国として、とても親近感を持っており、近々また訪れたいと思っています。
『ヴィクトリア朝時代のインターネット』は好評発売中。そして、『謎のチェス指人形「ターク」』はハヤカワ・ノンフィクション文庫の最新刊として10月23日に発売予定です!
『謎のチェス指し人形「ターク」』目次
まえがき
第1章 クイーンズ・ギャンビット拝命
第2章 タークのオープニング
第3章 最も魅惑的な仕掛け
第4章 独創的な装置と見えない力
第5章 言葉と理性の夢
第6章 想像力の冒険
第7章 皇帝と王子
第8章 知能の領域
第9章 アメリカの木の戦士
第10章 終盤戦
第11章 タークの秘密
第12章 ターク対ディープ・ブルー
著者紹介

トム・スタンデージ(Tom Standage)
ジャーナリスト・作家。1969年生まれ、オックスフォード大学卒。英『エコノミスト』誌副編集長。『ニューヨーク・タイムズ』『ガーディアン』『ワイアード』など多数の新聞・雑誌に寄稿。著書に『世界を変えた6つの飲み物』『謎のチェス指し人形「ターク」』『A Brief History of Motion』など。
訳者略歴
服部 桂(Katsura Hattori)
1951 年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学理工学部で修士取得後、1978 年に朝日新聞社に入社。84 年にAT&T 通信ベンチャーに出向。87 年から89 年まで、MIT メディアラボ客員研究員。科学部記者や雑誌編集者を経て2016 年に定年退職。関西大学客員教授。早稲田大学、女子美術大学、大阪市立大学などで非常勤講師を務める。著書に『VR 原論』『マクルーハンはメッセージ』『人工生命の世界』など。訳書にケリー『テクニウム』『〈インターネット〉の次に来るもの』、マルコフ『ホールアースの革命家』など。監訳書にダイソン『アナロジア AI の次に来るもの』(早川書房刊)がある。