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映画『焼肉ドラゴン』で大注目の劇作家・演出家、鄭義信。最新作『赤道の下のマクベス』を語る


2/2に初日を迎えた舞台『密やかな結晶』の脚本・演出(原作:小川洋子、出演:石原さとみ他)、2018年初夏公開の映画『焼肉ドラゴン』の監督(出演:真木よう子、井上真央、大泉洋他)などで注目を集めている鄭義信(チョン・ウィシン)。
『悲劇喜劇』3月号では、3/6に新国立劇場で初日を迎える鄭氏の新作戯曲『赤道の下のマクベス』を掲載する。
『赤道の下のマクベス』は、1947年のシンガポール・チャンギ刑務所を舞台に、BC級戦犯として裁かれた日本人と元日本人だった朝鮮人の不条理な運命を問うた作品だ。
今回は『悲劇喜劇』への戯曲掲載を記念し、鄭氏にインタビューを行った。新作戯曲の創作秘話や「作・演出」で気をつけていること、また方言の言葉がもつ強さなどをたっぷりと語ってもらった。(取材・文=編集部)

――本作は、2010年に韓国ソウルの明洞芸術劇場で韓国語にて初演されました。今回は新国立劇場上演のために大幅に改訂されたとのことですが、具体的にはどのような改定を加えたのでしょうか。
 改訂版は場所を一九四七年のチャンギ刑務所に限定していますが、初演版ではそれに加えて、現在の泰麺鉄道の始発駅を舞台にした話が並行して進んでいきます(注:泰麺鉄道とは太平洋戦争中に日本軍がインパール作戦の物資輸送のためタイ・ビルマ間に建設した鉄道。連合国捕虜や現地人が動員され数万の死者を出し、「死の鉄道」とも呼ばれた)。かつてBC級戦犯として死刑判決を受けながらも、釈放されたという過去を持つ老人を連れて泰麺鉄道のドキュメンタリーを撮るという話です。今回はそれをカットして、チャンギ刑務所に話を絞りました。それから新しく小西正蔵という日本人の男を登場させました。

――初演時の韓国のお客さんの反応をいかがでしたか。
 とても熱い反応がありました。再演もされて、中国でも上演されました。日本でどんな反応があるのか、今からどきどきしてます。

              鄭義信氏

――シリアスな中身とは裏腹に、『赤道の下のマクベス』というタイトルは多くの人に訴えていてキャッチーだと思いました。どのような発想が元になってこうしたタイトル、あるいは内容になっていったのでしょうか。
 赤道直下にあるチャンギ刑務所に収監された人たちの中に、芝居好きの男が一人いる、というのが最初の発想でした。彼が劇中劇をするなら何の演目がいいのか? 初めは肌の色が違う男が主人公である「オセロー」が、朝鮮人と日本人の話を書いていくうえでふさわしいかなって。でも言ってみれば「オセロー」は妻殺しの話です。「マクベス」のほうが今回の題材の本質につながるだろうと思って、それで結局「赤道の下のマクベス」というタイトルにしました。でも、もしかしたら「赤道の下のオセロー」になっていたかもしれませんね(笑)

――「赤道の下のオセロー」も面白そうです(笑)。
本質から考えていくと「マクベス」の方がいいと思ったとのことですが、そこをもう少し詳しく話していただけますか。
 BC級戦犯たちの多くは、とくに軍属として捕虜監視員として志願した朝鮮人たちは、捕虜を死に至らしめた要因は、命令によるものであって、自分たちに罪はなかったという意識が強かったと思います。「赤道の下のマクベス」の主人公である南星もそうだったんですが、死刑判決前、自分もまた結果的に捕虜を死に追いやり、戦争に加担した一人であると認めるんです。マクベスはそのままでも王になれたかもしれないのに、なぜ王を殺害したか? という大いなる疑問に、南星はマクベスが自分から破滅に向かう道を選択したという結論を引き出すんです。そして、南星は自分の罪により、死刑台に送られることを受け入れるんです。マクベスの殺人の不条理さと、戦争における殺人の不条理さが重なっていく気がしたんです。

――鄭さんが新国立劇場に書き下ろした、戦後の影の日本史を描いた三部作『たとえば野に咲く花のように』『パーマ屋スミレ』『焼肉ドラゴン』の時代設定は1950~1970年代でしたが、今回『赤道の下のマクベス』は戦後すぐの1947年です。時代設定を変更した狙いや、時代を変えて戯曲を執筆したことで新たに感じたことはありますか。
 三部作も狙って三部作を書いたわけでなく、たまたまそうなったところがあります。ですから三作品書いた後に、じゃあ次は八十年代を書くのかとなると、単純にそうもならない(笑)。自分の書きたいこと、やりたいことを優先させたら一九四七年になりました。「戦争というあの不条理さは何だったのか」をきちんと書いておかないとなという気持ちになったんだと思います。
僕はこれまで歴史の大きな流れの中でこぼれ落ちていく市井の人たちを描き続けてきましたが、今回もそれは同じです。歴史を動かしているのは実は名もない人たちであるという。
かつて取材したときの話ですが、炭鉱が閉山になった後、そこで働いていた人たちが万博のための関西空港の滑走路建設に流れていったという話を聞いて、心に強く響くものがありました。今の日本の歴史や経済を陰で支えてきたのは、まさに名もない、「在日」をふくめ市井の人たちだったんだなと、打たれるような思いでした。だから、歴史の波の中へ消えていったり、隠されていったりする人たちを、演劇として記録しなくちゃという想いは強くありますね。

――鄭さんは戯曲も書いて演出もされる「作・演出」の方ですが、戯曲を書く段階で演出のイメージはもっているのでしょうか。
 いや、それはないですね。戯曲を書くときは「作家脳」です。書いている時は、登場人物の像みたいなものが自分の中に強くあるので、その人を書くためにはどうやって言葉を紡ぎだそうということを一生懸命考えていますからね。戯曲がどう流れていくのかしか考えていないです。
でも演出をするときは「演出家脳」になって、どう演出したら観客に分かりやすく伝わるかを一生懸命考えます。昔はそれが出来なかったんですけどね。「演出家の鄭義信」は「作家の鄭義信」が書いた言葉を忠実に言わせなきゃと、俳優に無理強いしていた時期もありました。でも今は俳優たちと一緒にどうやって面白く作っていくかと考えるようになりました。戯曲上の人物とそれを演じる俳優の間にはギャップがあって、そのギャップをどう演劇として埋めて、どう観客に届けるかが大事なわけですから。だから流れの悪い台詞は容赦なくカットもしますね、「作家の鄭義信」はカンカンに怒っているだろうなとか思いながら(笑)

――そこまで「作・演出」の「作」と「演出」が分かれているのは驚きました。
 そうですか。書いているときは笑ったり泣いたりしながら書いていますからね。傍から見たら気が狂っていると思います(笑)。生理で書いています。そろそろ疲れてきたから笑いたいなと思って、笑えるシーンを書いたり。だから後で読むと感情のフェースでは繋がっているけれど、事実関係の整合性が取れていないこともあります。
演出をするときは、自分で書いた戯曲なのに、ほとんど知らない人が書いた戯曲に取り組んでいるような気持ちでやっています。生理的にではなく理性的になって、理詰めで考えていきますね。
たとえば今上演中の『密やかな結晶』も、「作家の鄭義信」が転換のことを全く考えないで戯曲を書いているから、「演出家の鄭義信」がかなり困りました(笑)

――『赤道の下のマクベス』では、いわゆる「標準語」の日本語の他に、朝鮮語、日本語の方言、英語が使われているため、台詞を読んでいて画一的でない重層的な手触りを感じます。「標準語」ではない台詞への思い入れがありましたら教えてください。
 僕は関西出身なので、関西弁の台詞を結構書いてきているんですよね。関西弁のもっている、たおやかさや豊かさがすごく好きです。それから九州の言葉も何本か書いているんですけれど、やっぱり地方ごとの言葉がもっている強さには「標準語」に無いものがあるので、僕は自分が書いている戯曲では、できるかぎり地方なら地方の言葉を使いたいと思っています。「標準語」だけの芝居よりは、いろいろなバックグラウンドをもった人が一つの場所に集まって、いろいろな言葉が錯綜する芝居の方が面白いと思いと思いますし、リアルかなと思います。
それから僕の祖母が一世で、十四の時に日本に渡ってきたので、流暢に日本語が話せなかったんですよね。日常会話は韓国語と日本語とチャンポンでした。幼少時は祖母とずっと二人で暮らしていましたから、言葉が重層的になることに違和感をおぼえないのかもしれないですね。

――朝鮮語にも方言はあるんですか。
 あります、あります。プサン(釜山)とソウルの言葉は全く違います。イントネーションもアクセントも違う。祖母がプサンの出身だったので、プサンに初めて行った時、市場にいる婆ちゃんたちの会話が異常なほど分かったということがありました(笑)。すごく韓国語が上達したのかなって思ったら、祖母がいつも話していた言葉を覚えていたんですね。

――この作品をきっかけに、歴史やBC級戦犯に興味を持つ人が増えるといいですね。
 そうだとしたら嬉しいです。『世紀の遺書』(1984年、講談社)という本に載っている、趙文相というBC級戦犯として絞首刑となった人が処刑になる二分前まで書いていた手記は、何度読んでも涙します。BC級戦犯の中に、朝鮮人と台湾人がいて、朝鮮人百四十八名、台湾人百七十三名が有罪になり、うち朝鮮人二十三名が死刑となったという事実を、しかも彼らは日本人として処刑されたという不条理を知ってもらいたいですね。

――最後に、これから「赤道の下のマクベス」をご覧になる方に向けて伝えたいことはありますか。
 BC級戦犯を扱った作品で、戦争の不条理さを感じさせる、とても厳しい話だと思います。ですが、絶望の中にあってかろうじて残された自分たちの生を必死に生きようとする姿を描いています。それを希望と呼べるかは分からないですが、それでも人の営みというのは延々と続いていくんだなということを感じてもらえれば嬉しいです。

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鄭義信、最新作『赤道の下のマクベス』は、悲劇喜劇2018年3月号に全文掲載。また、公演予定は次の通り。

2018/3/6(火) ~ 2018/3/25(日) 新国立劇場 小劇場 (東京都)

2018/4/5(木) ~ 2018/4/6(金) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール (兵庫県)

2018/4/11(水) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール (愛知県)

2018/4/15(日) 北九州芸術劇場 中劇場 (福岡県)

作・演出=鄭義信
出演=池内博之 浅野雅博 尾上寛之 丸山厚人 平田満  
   木津誠之 チョウヨンホ 岩男海史 中西良介

【公演HP】http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009660.html


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