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映画『Arc アーク』公開迫る! 原作者ケン・リュウ×石川慶監督特別対談

 いよいよ今週金曜日、6/25に公開が迫った映画『Arc アーク』。ケン・リュウの傑作短篇「円弧(アーク)」を原作とし、人類初、永遠の命を得た女性の人生を描いたこの物語。映画にあわせて刊行した『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』に収録した、原作者のケン・リュウ氏と石川慶監督の対談の一部分を特別掲載します。

映画『Arc アーク』公開記念
石川慶 監督 × 原作者 ケン・リュウ 対談
(インタビュアー:堺三保) 

──監督はなぜ、リュウさんの原作短篇「円弧」を映画化しようと思ったのでしょうか。

石川 自分は元々、大学で物理を専攻していて、SFもずっと好きで読んでいたんです。そんな中で、ケン・リュウさんの作品集を読んでいたときに「円弧」と巡り会いました。そのテーマが自分の心情と大きくリンクして、またすごく日本の情景として浮かんできて、大好きだと思ったんです。それでその後、プロデューサーから「何か映画化したい原作はありますか」と聞かれたときに「円弧」のことを伝えたら、プロデューサーががんばって権利を取ってきてくれました。

──ケン・リュウさんは映画化のオファーを受けてどう思いましたか?

リュウ 非常に驚きました。私はこの作品はアメリカを舞台にしたアメリカ的な物語だと考えていたので、他の国を舞台にして映像化するという発想がなかったのです。ですが、オファーをいただいたときに、石川監督から「なぜ「円弧」をおもしろいと思ったか」ということを聞いて、彼の持つビジョンを知ることができ、ともに映像化という旅に乗り出したいと思ったんです。

──その監督がおもしろいと感じた具体的なポイントはどこだったんでしょうか。

石川 すごく東洋的な感覚というか、物事をはっきりと白と黒にわけてジャッジしたりしない感じですね。それが、とてもダイレクトに心に響いたんです。もちろんアメリカで大予算を使って作られるケン・リュウ原作映画も観てみたいとは思うんですけど、このアジアで東洋的なフィロソフィーをシェアしながら作ることで伝えられる、ケン・リュウさんの世界観やメッセージというものがあるんじゃないかと思いました。そういうことを伝えられるように、ケン・リュウさん宛てのお手紙を書きました。

──そんな監督の思いから作られた映画『Arc アーク』をご覧になって、ケン・リュウさんはどんな感想を抱かれましたか?

リュウ 素晴らしいと思いましたね。もちろん先に脚本を読ませていただいていましたが、映画というモノは脚本が視覚化される過程にマジックがあるんだと思うんです。本作では、ビジュアル的なストーリーテリングがとても優れているところに敬意を感じました。例えば、プラスティネーションで死体をポージングするときに、ストリングス(紐)を使うところだったり、ダンスをメタファーとして使ったりという表現ですね。そこにとても感動しました。

   西洋の考え方だと、個人というものを定義づけるときに、その人の周辺のモノを取り除いていくんですけど、前から私はそのやり方はちょっと間違っているのではないか、と思っていたんです。より正確に個人というものを定義するには、その人と周囲の人との関係性が大事なことなんじゃないかと。そして、そういう個人の捉え方というのは、東洋的なものなのではないか、とも思うんです。そういう風に考えたとき、プラスティネーションの場面で、生きた人間と死体とをストリングスでつないでダンスのように動かすという描き方は、まさに両者の関係性のメタファーとなっていて、心に響くものがあると思いました。生と死をストリングスでつないでいるというのは、まさに人と人との関係性を代表するものを表しているわけですから。

──今、ケン・リュウさんが言及された、ダンスとストリングスを使ったプラスティネーションの描き方は、原作を大きくふくらませた部分だと思うのですが、監督はこれをどうやって思いつかれたんでしょう?

石川 今日は絶対それを聞かれるだろうと思って、昨日、原作を読み返しました(笑)。自分としては、すでに原作の中にこの映画で表現しているような操り人形のようなイメージが書かれてる気がしたんですね。この文章で書かれている静謐な美しさを、映画的言語に移し替えないといけないと思って、何か発明しなければと考えました。そこからのプロセスはまさに地獄の苦しみでした。迷っていたとき、自分の友人のアーティストから、インスピレーションを受けたんですよ。彼はポリゴンの無機物の中に枯れた花とかの有機物を設置するアート作品を作っている人なのですが、その作品を見たときに、何か、時間が止まってしまったというか凍りついたように保存されている、と感じました。もしかしたらプラスティネーションってこういうことなのかもしれない、と思ったんです。

──もう一つ、原作からふくらませてあるのが、小林薫さん演じる利仁だと思います。なぜ彼の部分をふくらませようと思われたのでしょう。

石川 原作を読んだとき、主人公と映画の利仁にあたるチャーリーとの関係にはすごくドラマがあると思っていました。ここをふくらませないといけないと思っていたんですが、二人きりの話にしてしまうとどうしても主人公の贖罪の話になってしまいそうな気がしたんです。でも、この原作の本当のテーマには、彼に対する贖罪みたいなものだけではないと思いました。彼が誰とどんな関係を結んでどんな時間を過ごしてきたかを、主人公が知ることが大事なんじゃないかと考えて、それで原作には登場しない、風吹ジュンさん演じる利仁の妻・芙美を登場させたんです。

──小林さんと風吹さんの場面はどれもとても美しかったと思います。ケン・リュウさんはどうお感じになりましたか?

リュウ この映画で最も素晴らしい瞬間の一つが、自分の子供が自分とは独立した一人の人間であることを、主人公が認識した瞬間だと思うんです。芙美が登場することによって、その物語に肉づけがしっかりとされたと思います。主人公は彼らとの出会いでやっと成長することができたんだ、と思って非常に感動しました。私は、自分の作品を脚色してもらうときは、自分の作品にはなかったモノを加えることで、脚色するフィルムメイカーの作品にしてもらいたいし、それを楽しみたいのですが、そういう意味でもとても感動しましたね。

──今、ケン・リュウさんは、映画の後半でようやく主人公のリナが人間的に成長するという話をされましたが、この主人公はそのために何十年という時間を必要としたわけですよね。つまりそのためにはこの作品にでてくるような不老不死という技術が必要だったということも言えると思うのですが、おふたりは不老不死実現のような科学技術についてどうお考えなのでしょう。

石川 脚本段階でケン・リュウさんが「自分はこの作品の世界をディストピアとしては描いていない」とおっしゃっていたのを思い出します。「例えばビデオゲームみたいに、昔さんざんその害を問われたり批判されたりしたものでも、社会にどんどん浸透していくし、自分たちの子供たちは多分世界をより良くするものをどんどん作っていく。僕は世界をそんな風に見ているんだ」って言われたのが、ものすごく心に刺さったんです。この「円弧」という小説を読んで自分が一番共感した新しい部分もそこなんだろうなと。今までだと、不老不死の話は、結局は人は死なないとダメだよね、みたいな結論になりがちだったけど、そういうジャッジはしないのが大事、でも、自分の人生を完結させることで円弧を閉じるみたいな考え方をすることもありなんだ、と、考えながら作ったつもりです。

リュウ まさに今、監督がおっしゃった通りですね。私はフューチャリストなので、テクノロジーそのものには良いも悪いもなく、私たち人間の強さや弱さがテクノロジーによってあらわになるだけだと考えています。だから不老不死に関しても、それが可能になったときには、人間の長所や短所が増幅されるだけだと思っています。

   かつてプラトンは書物というものが生まれたときに「自分の頭で考えなくなる」と、すごく危険視しました。それと同じように、発売当初は危険視されていましたが、今や私たちにとってスマホは第二の脳というか記憶装置のようなものになっていますね。不老不死にしても他のどんな未来的な科学技術にしても、私たちの子孫にとっては当たり前の技術になっているでしょう。人間そのものというのは、どの時代であっても本質的にはそんなに変わらないのではないでしょうか。

ケン・リュウ×石川監督対談のつづきはこちらでお楽しみください!

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『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』
ケン・リュウ=著
古沢嘉通=編訳
装幀:早川書房デザイン室

つらい別れを経て心身ともに疲弊したわたしは、職員募集中だったボディ=ワークス社の門を叩く。防腐処理を施した死体にポーズを取らせ、肉体に永続性を与えるその仕事で才能を見いだされたわたしは創業者の息子ジョンと恋に落ちる。ジョンは老齢と死を克服したいと考えており……。――石川慶監督、芳根京子主演で映画化された表題作ほか、母と息子の絆を描く感動作「紙の動物園」、地球を脱出した世代宇宙船の日本人乗組員の選択を描く「もののあはれ」など、知性と叙情の作家ケン・リュウによる傑作を選びぬいたベスト・オブ・ベスト。
〈収録作品〉
Arc アーク
紙の動物園
母の記憶に
もののあはれ
存在(プレゼンス)
結縄
ランニング・シューズ
草を結びて環を銜えん
良い狩りを

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『Arc アーク』
2021年6月25日(金)全国ロードショー

■CAST
芳根京子
寺島しのぶ 岡田将生
清水くるみ 井之脇海 中川翼 中村ゆり/倍賞千恵子
風吹ジュン 小林薫

■STAFF
脚本:石川慶、澤井香織/音楽:世武裕子/監督・編集:石川慶
原作:「円弧(アーク)」ケン・リュウ/古沢嘉通訳
配給:ワーナー・ブラザース映画

(c) 2021 映画『Arc』製作委員会

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