【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その5)【絶賛発売中】
レベッカ・ヤロス『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』(上・下)は、全世界で話題のロマンタジー。読者投稿型書評サイトGoodreadsでは、130万人が★5.0をつけたすごい作品です。その冒頭部分を第3章まで試し読みとして公開いたします。この記事では第3章前半を公開します。
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第3章
ジャックがわたしを殺したいなら、順番待ちをする必要がある。そもそも、ゼイデン・リオーソンに先を越される気がする。
「今日じゃなくてね」わたしは短剣の柄をしっかり握って応じ、ジャックが覆いかぶさって息を吸ったときも、おぞけ立つのをなんとかこらえた。野良犬みたいににおいを嗅いでいる。すると、相手はふんと冷笑し、砦の広い中庭に集まって祝っている候補生と騎手の群れへ入っていった。
まだ早い時刻で、たぶん9時ごろだろうに、もう候補生が列の前にいた対象者ほど多くないのが見てとれた。圧倒的な存在感の革服から推測するところ、2年生と3年生もここにいて、新候補生を吟味しているらしい。
雨が小降りになって霧雨に変わった。人生の最難関試験をさらに困難にするためだけに訪れたようだ……でも、わたしは成功した。
生きている。
やりとげた。
体がふるえはじめ、左膝が急にずきずきしはじめた──橋桁に打ちつけたほうだ。1歩踏み出すと、膝が崩れそうになった。誰にも気づかれないうちに包帯を巻いておかないと。
「どうやらあそこに敵を作ったみたいだね」赤毛が肩に革紐で固定した物騒な弩を軽く動かした。榛色の瞳に抜け目のない色を浮かべ、巻物越しにわたしをじろじろながめる。「私だったらあいつに背中からやられないように注意するね」
わたしはうなずいた。背中どころか、体のあらゆる部分に警戒しなければならないだろう。
次の対象者が橋の上を近づいてきたとき、誰かが後ろから肩をつかんでわたしをふりむかせた。
リアンノンだと気づいたときには、短剣を半分持ちあげていた。
「やったね!」にやっとして、肩をぎゅっと握ってくる。
「やったね」わたしは繰り返し、無理に笑顔を作った。いまでは腿がふるえていたものの、なんとか短剣をあばらの鞘に戻す。さて、ふたりとも候補生として無事到着したけれど、この子を信用できるだろうか?
「どんなにお礼を言っても足りないよ。あのとき助けてもらわなかったら、3回は落ちてたと思う。あんたの言うとおりだった──あの靴底、ものすごくすべりやすかった。この辺の人たち、見た? たったいま髪にピンクの筋が入ってる女の2年生を見かけたし、竜の鱗を力こぶ全体に刺青してるやつもいたよ」
「服従は歩兵のものだから」わたしは答えた。リアンノンが腕を組んできて、人混みのほうへひっぱっていかれる。膝が悲鳴をあげ、腰から足先まで痛みが広がった。足をひきずってしまい、体重がリアンノンの脇にかかる。
まったくもう。
この吐き気はどこからきた? なぜふるえが止まらないのだろう? いまにも倒れそうだ──こんなに脚がぶるぶる、頭ががんがんしている状態で、まっすぐ立っていられるはずがない。
「そういえば」リアンノンが下に目をやって言った。「靴を交換しなきゃ。ベンチがあるから──」
新品同様の黒い軍服を着た長身の人影が雑踏を離れ、こちらに向かってきた。リアンノンはどうにかよけたものの、わたしはつまずいて、まともにその胸に突っ込んでしまった。
「ヴァイオレット?」力強い手が両腕をつかんで支えてくれ、顔をあげると、見覚えのある印象的な褐色の双眸が視界に入った。あきらかに衝撃を受けて目をみひらいている。
安堵の思いが体を駆けめぐった。笑おうとしたけれど、たぶんゆがんだしかめっつらにしかならなかっただろう。去年の夏より背が高くなったようだ。顎を横切るひげははじめて見たし、体つきがたくましくなっていて、思わずまばたきした……いや、もしかしたら、たんに視野の端がぼやけていたからかもしれない。わたしの夢想の中であまりにもたびたび主役を演じてきた、あの魅力的でおおらかな笑顔は、この口をすぼめた苦い顔とはまるで違ったし、すべてが少々……きびしくなったように見えたけれど、それがうまくいっていた。顎の線も眉の形も、体勢を立て直そうとするわたしの指の下にある二の腕の筋肉さえ、硬くこわばっている。去年のどこかで、デイン・エートスは人を惹きつける男の子からいい男になっていた。
なのに、わたしはそのブーツの上に胃の中身をぶちまけそうだ。
「きみはいったい、ここでなにをしてるんだ?」デインはどなった。瞳に浮かんだ衝撃がなにか異質な、剣呑なものに変わっている。これはわたしが一緒に育った男の子じゃない。いまや2年生の騎手なのだ。
「デイン。会えてよかった」ひかえめすぎる表現だったけれど、かすかなみぶるいが全身の強いふるえに変わっていた。喉に胆汁がこみあげ、めまいのせいで吐き気がひどくなる。膝ががくっと崩れた。
「くそ、ヴァイオレット」デインはつぶやくと、わたしをひっぱってもう1度立たせた。片手で背中を、もう一方の手で肘の下を支えて、すばやく人混みから引き離すと、砦の第1守備塔に近い壁際の小部屋に連れていく。そこはひっそりと陰になった空間で、硬い木の長椅子がひとつ置いてあった。そこに座らせて、リュックサックをおろすのを手伝ってくれる。
口に唾がどっと湧いてきた。「吐きそう」
「頭を膝のあいだに入れろ」と命令される。デインからきつい口調を向けられるのは慣れなかったけれど、言われたとおりにした。わたしが鼻から息を吸って口から出しているあいだ、デインは円を描くように背中をさすってくれた。「昂奮しているからだ。しばらく待てば楽になる」砂利の上を近づいてくる足音がした。「誰だ、おまえは?」
「リアンノン。ヴァイオレットの……友だちだけど」
わたしは不揃いなブーツの下の砂利を見つめ、乏しい胃の中身が出てこないようにと念じた。
「聞け、リアンノン。ヴァイオレットは問題ない」デインは指示した。「誰かに訊かれたら、昂奮しすぎたのを落ち着かせているだけだと、僕が言ったとおりに伝えろ。わかったか?」
「ヴァイオレットがどうしたかなんて、誰にも関係ないし」リアンノンはデインにおとらず辛辣に言い返した。「だからなんにも言わないよ。だって、あたしが橋を渡れたのはヴァイオレットのおかげなんだから」
「それが本心だといいが」デインは警告した。声は鋭いのに、手はなだめるようにずっと背中をさすってくれている。
「そっちが誰なのか訊きたいところだけど」リアンノンは切り返した。
「わたしのいちばん古い友だちのひとり」ふるえが次第におさまり、吐き気も薄れてきた。でも、タイミングのせいか姿勢のせいかよくわからなかったので、わたしは膝のあいだに頭を入れたまま、なんとか左のブーツの紐をほどいた。
「そうなんだ」リアンノンが答える。
「ちなみに2年生の騎手だ、候補生」デインはうなった。
砂利がざくっと鳴った。リアンノンが1歩あとずさったらしい。
「ここなら誰にも見えないよ、ヴィー、だから急がなくていい」デインがやさしく言った。
「せっかく橋を渡り切って、橋から投げ落とそうとしたやつからも生きのびたのに、ここで吐いたりしたら弱いやつって思われるからね」わたしはのろのろと身を起こし、背筋をのばして座った。
「まさにそのとおり」と答えが返る。「怪我してるのか?」全身くまなく見なければ気がすまないというかのように、切迫した視線が体をなでまわした。
「膝が痛くて」わたしはささやくように認めた。だってこれはデインだ。5歳と6歳だったときから知っているデイン。うちの母のもっとも信頼する相談役のひとりを父とするデイン。ミラが騎手科へ向けて出発したとき、そしてブレナンが死んだときにも、わたしを支えてくれたデイン。
そのデインは、親指と人差し指でわたしの顎をつかみ、顔を左右にかたむけて確認した。「それだけか? ほんとうに?」その手がわたしの両脇をすべりおりてあばらで止まった。「短剣を身につけているのか?」
リアンノンがわたしのブーツを脱ぎ、解放感に溜息をついて爪先をもぞもぞ動かした。
わたしはうなずいた。「あばらに3本、ブーツに1本」ありがたいことに。そうでなければ、いまこの場に座っていたかどうかわからない。
「ふうん」デインは手をおろし、まるで1度も見たことがないかのような、赤の他人を前にしているかのような視線を向けてきた。でも、それからまばたきすると、その瞬間は去った。「ブーツを交換したのか。ふたりともばかみたいに見えるぞ。ヴィー、この子を信用するのか?」リアンノンに顎をしゃくってみせる。
この子は安全な砦でわたしを待ち受けて、ジャックが試みたように投げ落とすこともできたのに、そうはしなかった。
わたしはうなずいた。ここでほかの1年生を信用できる程度には信用している。
「わかったよ」デインは立ちあがってそちらを向いた。その革服の両脇にも鞘がついていたけれど、なにも入っていないわたしと違って、どちらにも短剣がおさめてあった。「僕はデイン・エートス。第二騎竜団、炎小隊、第二分隊の隊長だ」
分隊長? 眉が勢いよくあがった。騎手科の候補生の中で、いちばん高い階級は騎竜団長と小隊長だ。どちらの地位も3年生の精鋭がつとめる。2年生は分隊長になれるけれど、特別すぐれている場合にかぎられる。ほかの全員が試煉──竜が絆を結ぶ相手を選ぶ機会──以前はただの候補生で、それ以降は騎手となる。ここでは人が死にすぎて、早々と地位を与えるわけにはいかないのだ。
「対象者がどれだけ速く渡るか落ちるかによるが、橋渡りはあと2、3時間で終わるはずだ。名簿を持っている赤毛の女を見つけて──たいてい弩を携帯している──デイン・エートスがおまえとヴァイオレット・ソレンゲイルを自分の分隊に入れたと伝えろ。去年の試煉で助けてやった貸しがあると言えばいい。ヴァイオレットはすぐにまた中庭へ連れていく」
リアンノンが目を向けてきたので、わたしはうなずいた。
「誰かにここを見られる前に行け」デインが吼えた。
「行くよ」リアンノンは答え、自分のブーツに足を突っ込んで、わたしが同じことをしているあいだに手早く紐を締めあげた。
「きみは大きすぎる乗馬用のブーツで橋を渡ったのか?」デインが信じられないと言わんばかりににらみながら問いかけてきた。
「わたしのと交換しなかったら、あの子は死んでたもの」立ちあがると、膝が抗議して崩れそうになり、顔をしかめる。
「そしてきみは死ぬぞ、ふたりできみをここから出す方法を見つけなかったらな」デインは腕をさしだした。「つかまれ。僕の部屋に行かないと。その膝に包帯を巻く必要がある」両方の眉があがった。「それとも、去年僕が知らなかった奇跡の治療法を発見したのか?」
わたしはかぶりをふって、その腕をとった。
「くそ、ヴァイオレット。くそ」デインはわたしの腕を慎重に脇にかかえこむと、空の手でリュックサックをつかみ、小部屋の先にある外壁のトンネルへ連れ込んだ。この外壁はまだ見たことさえない。歩いていくにつれて壁面の燭台に魔法光がともり、通りすぎたあとで消えた。「きみはここにいるはずじゃないだろう」
「よくわかってる」いまは誰にも見られる心配がないので、いくらか足をひきずった。
「きみは書記官科にいるはずだったのに」デインは外壁のトンネルの中を先導しながら憤慨した。「いったいなにがあった? 騎手科に志願したとは言わないでくれ」
「なにがあったと思うの?」と言い返すあいだに錬鉄の門に行きついた。トロル……あるいは竜を閉め出すために建てられたように見える。
デインは毒づいた。「きみのお母さんか」
「うちの母」わたしはうなずいた。「ソレンゲイル家の一員はみんな騎手って知らなかった?」
わたしたちは円形の階段まできていた。デインが先に立って1階と2階を通りすぎ、3階で止まると、金属と金属がこすれる音をたてて別の門をひらいた。
「ここは2年生の階だ」静かに説明する。「つまり──」
「わたしがここにあがったらいけないってことだよね、もちろん」もう少し身を寄せる。「心配しないで──誰かに見られたら、ひとめでむらむらして、一刻も早くズボンを脱がせたくてたまらなかったって言うから」
「あいかわらず生意気だな」その唇に苦笑が浮かび、わたしたちは廊下を進み出した。
「部屋に入ったら、信憑性を増すために『ああ、デイン』とかなんとか叫んでみてもいいけど」わたしはわりと本気で申し出た。
デインは鼻を鳴らすと、木の扉の手前でリュックをおろし、把手の前でひねるような動作をした。錠前がカチッと鳴る音が耳に届いた。
「力があるんだ」わたしは言った。
もちろんはじめて知ったわけではなかった。デインは2年生の騎手で、騎手は全員、いったん騎竜が力を媒介することを選べば小魔法を使える……でもこれは……デインだ。
「そんなに驚いた顔をするなよ」相手はあきれた表情で扉をあけ、リュックを運びながら中へ入るのを手伝ってくれた。
室内は簡素で、ベッドと鏡台、衣装箪笥があるだけだった。机の上に置いてある数冊の本ぐらいしか個人的なものはない。そのうち1冊が、去年の夏わたしのあげたクロヴラ語に関する研究書だと気がついて、ちょっぴり満足感をおぼえる。デインには昔から語学の才能があった。ベッドにかかっている毛布まで、騎手の黒一色だ。まるで、眠っているときもここにいる理由を忘れまいとしているかのようだった。窓はアーチ形で、わたしはそちらへ近づいた。透明なガラスの向こうに、峡谷を越えて広がるバスギアス大学の残りが見渡せる。
同じ軍事大学でありながら、まるで世界が違った。橋の上に対象者がふたりいたけれど、うっかり落ちるところを見ないうちに目をそらす。ひとりの人間が1日に受け入れられる死には限界があるし、わたしはもうたくさんだ。
「この中に包帯があるか?」デインがリュックサックをよこした。
「全部ギルステッド少佐からもらった」わたしはうなずいて答え、手際よく整えられたベッドの端にどさっと腰かけて、リュックの中をかきまわしはじめた。運のいいことに、ミラのほうが荷造りははるかに上手で、包帯は簡単に見つかった。
「気楽にしてくれ」デインはにやっと笑い、閉めた扉に背をもたせかけて足を交差させた。「きみがここにいるのは気に入らないが、顔を見るのはうれしいなんてもんじゃないよ、ヴィー」
顔をあげると、目が合った。この週ずっと──いや、この6カ月──胸にあった不安がやわらぎ、一瞬、ふたりだけになる。「会いたかった」弱みをさらけだしているのかもしれないけれど、どうでもいい。どうせデインは、わたしについて知る必要のあることはほとんどなんでも知っているのだ。
「ああ。僕も会いたかったよ」デインは静かに言い、その瞳がなごんだ。
胸がきゅっと締めつけられ、デインが視線を向けてきたとき、お互いに相手を意識した。触れることさえできそうな……期待感が芽生える。もしかしたら、これだけの歳月が過ぎたあとで、ついに求め合う段階が訪れたのかもしれない。それとも、向こうはたんに旧友に会えてほっとしただけなのだろうか。
「その脚に包帯をしたほうがいい」デインは扉のほうを向いた。「見ないから」
「前に見てないところなんてないじゃない」わたしは腰を弓なりにまげ、革ズボンを太腿から膝まで落とした。うわ。左足のほうが腫れている。ほかの誰かがあんなふうにつまずいたら、あざができるか、場合によってはすりむく程度ですむかもしれない。でもわたしは? 膝頭がずれないように手当てしないといけないのだ。弱いのは筋肉だけじゃない。関節をつなぎとめている靭帯もまるで役に立たないときている。
「まあそうだが、ふたりでこっそり抜け出して川へ泳ぎに行くわけじゃないよな?」デインがからかった。わたしたちはお互いの両親が配属された駐屯地のすべてで一緒に育ち、どこにいても必ず泳ぐ場所や登る木を見つけたものだ。
膝小僧をしっかり包帯で巻いたあと、治療師に教えてもらえる年齢になって以来やってきた方法で関節をまわして固定した。眠っていてもできる熟練した動作だ。怪我をした状態で騎手科を始めるという事態でなければ、心地いいほどなじみ深い。
小さな金属の金具を留めるとすぐに立ちあがり、革ズボンをお尻の上にひっぱりあげてボタンをはめる。「全部着たよ」
デインはふりかえってわたしを一瞥した。「きみは……印象が変わったな」
「革服のせいでしょ」わたしは肩をすくめた。「なんで? 変わったのが悪いの?」リュックサックを閉じて肩に背負うのは一瞬だった。神々に感謝を、こうして包帯を巻いておけば膝の痛みはがまんできる。
「別に、ただ……」デインはのろのろと首をふり、下唇を歯でかんだ。「変わっただけだ」
「ちょっと、デイン・エートス」わたしはにやっとしてそちらへ歩いていくと、デインの脇にある扉の把手を握った。「わたしの水着もチュニックもロングドレスも見たことがあるくせに。効いたのは革服だったってこと?」
ふんと鼻であしらわれたけれど、その手が扉をあけようとわたしの手を包んだとき、頬がほんのり赤くなっていた。「1年離れていても、きみの生意気な舌が鈍っていないとわかってうれしいよ、ヴィー」
「もちろん」廊下に入っていきながら、わたしは肩越しに言葉を投げた。
「この舌でずいぶんいろんなことができるしね。きっと感心するよ」顔がひきつれそうなほど満面の笑みを浮かべたとき、ほんのつかのま、騎手科にいることも、ついさっき橋を生きのびたことも忘れていた。
デインの瞳が熱を帯びた。あっちも忘れたらしい。まあ、ミラはいつでも、この壁の奥にいる騎手は内気な集団じゃないとはっきり言っていた。あした生き残れないかもしれないときに自制する理由はあまりない。
「ここからきみを出さないと」デインは言い、頭をはっきりさせなくてはというように首をふった。続いてまたあのしぐさをすると、錠がカチッとはまるのが聞こえた。廊下には誰もいなかったので、階段まで急ぐ。
「ありがとう」おりはじめたとき、そう声をかけた。「膝がずいぶん楽になった」
「まだ信じられないよ、きみを騎手科に入れるのがいい考えだとお母さんが思ったなんてな」階段を下りながら、隣から怒りの波動が伝わってくるのが感じられた。デインの側には手すりはなかったけれど、気にしていないようだ。1歩踏み外しただけで終わりなのに。
「わたしも。どの兵科を選ぶか母さんが命令してきたのは、去年の春、入学試験の1次に合格したとき。そのあとすぐギルステッド少佐と鍛錬を始めたの」あした死亡者名簿を読んで、わたしの名がその中にないのを見たら、少佐はどんなに誇らしく思うだろう。
「この階段のいちばん下、主階より下に扉があって、峡谷の先にある治療師科への通路に続いている」1階に近づくと、デインが言った。「そこを抜けてきみを書記官科へ連れていこう」
「は?」わたしは1階のなめらかな石の床面を踏んだところで足を止めたけれど、デインは下へ進み続けた。
わたしがついてきていないのに気づいたのは、すでに3段下に行ってからだった。「書記官科だ」ふりむいてゆっくりと言う。
この角度だと見おろす形になり、わたしは相手をにらみつけた。「書記官科になんて行けないよ、デイン」
「なんだって?」デインの両眉がぱっとあがる。
「母さんが許すわけないもの」わたしは頭をふった。
デインは唇をひらき、また閉じ、両脇でこぶしを握りしめた。「ここにいたらきみは死ぬぞ、ヴァイオレット。こんなところにいるわけにはいかない。誰だってわかってくれるさ。きみは志願したわけじゃない──ほんとうの意味では」
怒りで背筋がのび、わたしは眉を寄せて見返した。志願させられたかどうかの話は無視して、ぴしゃりと言う。「まず、ここでの勝算がどの程度なのかは重々承知してるよ、デイン。それと、ふつう対象者の15パーセントが橋を渡り切れないのに、わたしはこうして立ってる。つまり、すでに不利な状況を逆転したってことでしょ」
デインはもう1段さがった。「騎手科にたどりついたのがとんでもない離れ業なのを認めてないわけじゃないんだ、ヴィー。でも、きみは出ていくしかない。最初に格技のマットに乗せられた段階でおしまいだろうし、しかもそれは竜たちに気づかれる前だ、きみが……」頭をふり、歯を食いしばって目をそらす。
「わたしがなに?」むかっとした。「さっさと言ったら。わたしがほかのみんなより弱いって気づかれたとき? そういう意味?」
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・【試し読み】全世界、熱狂! 話題作『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』冒頭公開(その6)【絶賛発売中】
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