ハーバードの個性学入門

グーグルやマイクロソフトも「平均思考」の限界に突きあたった!? 『ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』

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ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』トッド・ローズ/小坂恵理訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫/好評発売中


わたしたちは、ものごとを評価する際、平均値を基準にしたランク付けを当たり前のように行なっています。しかし、このランク付けがじつは機能していないと、著者はいいます。グーグルやマイクロソフトなどの大企業が人事採用や社員の業績評価において、従来のランク付けにもとづく方法に限界を感じ、方針を転換し始めている様子も本書では紹介されています。

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第4章「才能にはバラツキがある」より抜粋

2000年代半ば、グーグルはすでに時代を代表するインターネットの巨人への道を順調に歩んでおり、史上稀にみる成功を収めた革新的な企業としての評価を固めつつあった。非常にハイレベルな成長とイノベーションを維持するため、グーグルは才能ある社員の採用に貪欲な姿勢で臨んだ。幸い現金は潤沢で、社員には高額の給与や特別待遇だけでなく、革新的な製品の開発に取り組むチャンスが与えられた。

当然ながらグーグルは、働きたい企業の世界ランキングにおいて最上位に位置するようになった。2007年には毎月の応募者が10万人となり、最高の才能は選び放題だった。ただし問題は、最高の才能をどのように確認するかだった

当初グーグルは、フォーチュン500企業の大半と同じ選抜方法を採用した。各応募者のSAT(大学進学適性試験)の点数、GPAの評価、ディプロマ(日本でいう卒業証書)の三つに注目し、最上位にランクされる人物を採用したのだ。まもなくマウンテンビューにあるグーグルのキャンパスは、SATの点数が満点にちかく、学業成績が最優秀で、カリフォルニア工科大学、スタンフォード、マサチューセッツ工科大学、ハーバードなどの名門校で修士号以上の学位を取得した社員であふれかえった。

一握りの測定基準、場合によってはひとつの測定基準のみで個人をランク付けすることは、新入社員を採用する際に共通の習慣であるばかりか、既存の社員を評価する方法としても最も普及している。2012年、世界最大の会計事務所デロイトは6万人以上の社員ひとりひとりを対象に、プロジェクトごとの成績を点数評価した。そのうえで、年度末に「コンセンサス会議」を開き、各プロジェクトにおける点数をまとめて平均値を割り出し、一から五までの五段階で最終的な評価を下した。要するに各社員は、ひとつの数字のみで評価されたのである。これ以上に簡単な評価方法は、まず想像できない。

ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、2012年にはフォーチュン500社のおよそ60パーセントが、ひとつの数字だけで社員を評価するシステムをいまだに採用していた。おそらく最も極端なのは「強制分類」で、1980年代にゼネラル・エレクトリック社が採用した「ランク・アンド・ヤンク」(年に一度、最も業績の悪い社員を特定し、解雇する人事制度)が先駆となった。

強制分類制度では、社員がひとつの数字で評価されるだけではない。あらかじめ決められた割合の社員が平均以上と平均だけでなく、平均以下にも振り分けられなければならない。平均以上に分類された社員はボーナスを支給され昇進も可能だが、平均以下ともなれば警告を受け、場合によっては呆気なく解雇されてしまう。2009年には大企業の42パーセントが強制分類制度を採用しており、そのひとつマイクロソフト社の評価制度は「スタック・ランキング」(マネージャーに従業員を五段階で分類させる制度)として知られる。

もちろん、これだけ多くの企業が採用や人事評価の基準としてひとつの点数だけにこだわる理由は理解しやすい。簡単で直観的に理解しやすいし、客観性が感じられ、数学的な確実性が印象づけられる。平均以上にランクされた志願者は採用し、社員には報酬を与えればよい。平均以下の志願者は採用を見合わせ、社員は解雇すればよい。才能豊かな社員がほしいときは、「ハードルを上げれば」よい。採用や昇進の基準となる点数を高くするのだ。

個人の才能や実績を単独または少数の尺度でランク付けすることは、いかにも理にかなっているようだ。ところが2015年の時点で、グーグル、デロイト、マイクロソフトの各社は、ランク付けに基づいた採用・評価制度を修正または放棄していた

グーグルは成長も採算性も順調に伸びていたが、2000年代半ばになると、才能の選抜方法にどこか間違っている兆候が見られるようになった。採用された社員の多くは経営陣が期待したほどの実績を上げられず、リクルーターや管理職に対する不信感が社内で膨らんでいった。学業成績、テストの点数、ディプロマなど、ほとんどの会社が利用するお馴染みの測定基準では、せっかくの才能を見逃されてしまう候補者が大勢いるように感じられたのだ。

グーグルの製品品質業務の人材募集担当ディレクターを務めるトッド・カーライルは、私につぎのように説明してくれた。「われわれは採用すべきだった人材に目を向けてこなかった。その反省から、〝失われた才能〟について分析するために多くの時間とお金をかけ始めた

デロイトでも2014年には、点数だけで社員を評価する方法は期待ほどの成果を上げないことが認識され始めた。社員の業績を計算でランク付けするプロセスに毎年200万時間以上という、途方もなく多くの時間を費やしてきたが、このランク付けの価値に疑問が持たれるようになったのだ。

ハーバード・ビジネスレビュー誌の記事(マーカス・バッキンガムとの共著)で、当時デロイトのリーダー開発担当ディレクターだったアシュリー・グドールはつぎのように書いている。点数だけを参考にしたランク付けで明らかにされるのは、社員の真の業績ではなく、むしろ業績を評価する関係者固有の特徴だった。その事実が調査から判明した結果、デロイトでは従来の方法が中止された。「内部関係者も外部の人間も、点数だけで業績を評価する従来のやり方は機能しないことをはっきり認識するようになった。何を手放す必要があるのか、明確にしなければという意識が芽生えた」と、グドールは語った。

一方マイクロソフトでは、スタック・ランキングは悲惨な結果を招いた。2012年のヴァニティ・フェア誌の記事は、マイクロソフトがスタック・ランキングに依存していた時代を「失われた十年」と評価した。業務が厳密にランク付けされる制度のもとで、社員は競争に駆り立てられ、お互いに協力をしぶるばかりか、成績がトップの人物といっしょの仕事を回避するようになった。自分のランキングが下がる恐れがあるからだ。

記事によれば、スタック・ランキングが採用されているあいだ、マイクロソフトは「官僚的で慢心した組織に変質してしまった。既成の秩序を乱しかねない革新的なアイデアを握りつぶす管理職が図らずも報いられるような社内文化が蔓延していた」という。2013年末、マイクロソフトはいきなりスタック・ランキングを放棄する。

では、グーグルもデロイトもマイクロソフトも、どこがいけなかったのだろう。

これらの革新的な企業はいずれも当初、平均主義的な見解にしたがい、個人を評価するうえでランク付けは効果的だと信じた。ひとつのことに秀でている人間は、ほとんどの物事にも秀でているというフランシス・ゴルトンの説に基づいた発想だ。

そして私たちの大半にとって、このアプローチはうまく機能するはずのように思える。結局のところ、何事においても他人より優れた人間が存在するのは紛れもない事実ではないだろうか。ならば、ひとつの基準でランク付けを行ない、そのランク付けにしたがって潜在能力を推測することは可能なはずだ。しかしグーグルもデロイトもマイクロソフトも、才能を数字で要約し、味気ない平均と比較するという発想は、機能しないという現実を突きつけられた。

しかし、それはなぜだろう。ランク付けが予想外に失敗した根本的原因は、何だったのだろうか

それは一次元的な思考である。一次元的思考に陥る理由は、個性の第一の原理、すなわちバラツキの原理によって説明することができる。

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ハーバードの個性学入門 ―― 平均思考は捨てなさい』は早川書房より好評発売中です。

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◉本書の抜粋記事
日本的「平均思考」は、なぜ有害なのか?
ハーバード流「平均値を気にしない生き方」とは?
東大教授・柳川範之氏、推薦! 独創的な知性が身につく『ハーバードの個性学入門』の読みどころを紹介!
「あなたの知能は『平均』以上ですか?」――こんな問いに振り回されない個性を磨くには?」



■著者紹介
トッド・ローズ Todd Rose
ハーバード教育大学院で心/脳/教育プログラムを指揮し、個性学研究所長を務める。〈個人の機会最大化のためのセンター〉共同設立者。高校中退後、10種類もの最低賃金労働に就き、怠け者で愚か者などと言われたどん底時代を経て、大学の夜間クラスに学び、ハーバード教育大学院で博士号を取得する。その後、世界的な研究者となるという規格外の経歴の持ち主。2016年に本書を刊行し、《ワシントン・ポスト》紙などのベストブックに選出される。近著にDark Horseがある。

■訳者略歴 
小坂理恵 Rie Kosaka
翻訳家。慶應義塾大学文学部英米文学科卒業。訳書にアグラワル&ガンズ&ゴールドファーブ『予測マシンの世紀』、セガール『貨幣の「新」世界史』、ストーン&カズニック『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史2』(共訳)(以上、早川書房刊)ほか多数。

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